死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第51話「邂逅」

 アタシが人生初の仕事を始めてから一ヶ月ほど経ち、ちょうど十月の半ばを過ぎた頃。

 冬が近づいていることを知らせるかのように気温は下がり、肌に当たる風がとても冷たい。

 サフランの件やクロへの軽い借金で生活費がかなり危ないことになっていたが、支払いの期日にはギリギリ間に合ったので止まっていた電気や水道が使えるようになった。

 これにはクロやたまにやって来る(来んな)エレミアも『やっと普通の家になった』と大喜び。無論、アタシにとっても嬉しいことだ。テレビが見れるしネットもできる。ちゃんとした風呂にも入れるし冷房や暖房も自由自在に扱える。

 帰る場所があるってのは実に良いもんだ。まさにそう思いながらいつものようにクロとマンションの階段を上り、四階の右から三番目にある我が家の扉を開いたときだった。

 

 

 

「…………何もねえな」

「…………何もないね」

 

 

 

 アタシの家が、塵の一つも残さず綺麗に無くなっていたことを知ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ!」

「くたばれこのガキッ!」

 

 闇も一緒に包み込んでザーザーと降り続ける雨の中、人気のない路地裏で一人の少女が不良の集団に囲まれ、袋叩きにされていた。

 長めの茶髪を大きなリボンでポニーテールに纏めたその少女は、鉄パイプで殴られ、頭を踏みつけられてもなお、青緑色の瞳で不良達を睨む。

 そして握り込んだ拳に青色の光――魔力を宿すと、それを掬い上げるように男二人の下顎へ叩き込み、辛うじて袋小路から脱出する。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 少女は荒れていた。どうすればいいのかわからず自棄になり、血気盛んな性格でもあったことから不良との喧嘩へ身を投じるようになっていた。

 とはいえ、少女が喧嘩漬けの日々を送り始めてから約一ヶ月。二、三人ならまだしも、それ以上の数を相手にするのは無謀でしかない。

 

「ナメんなコラァ!」

「ヒャッハァー!」

「っ!? しま――」

 

 一瞬動きが止まったところを一気に畳みかけられ、再び袋叩きにあってしまう。

 もう一度脱出を図ろうと拳に魔力を宿すも、同じ手が何度も通用するほど現実は甘くない。

 すぐに勘付いた不良の一人に腕を蹴られ、握り込んでいた拳を強制的に解かれてしまった。

 痛みで顔を歪める少女に牙を剥かんと襲い掛かる、圧倒的な数の暴力。しかしそれは、突如現れた第三者によって阻止された。

 

「あぎゃぁ!」

「何だてめーは!?」

 

 自分を囲っていた不良が一人、また一人と吹き飛ばされていく。何が起きているのか確かめるため、ガバッと顔を上げる少女。

 鈍い音が聞こえてくる方へ振り向くと、男の顔面に右の膝を容赦なく突き刺し、別の男を豪快に殴りつける女性の姿があった。

 180後半はあろうかという長身に、女性らしさを残しながらも完璧に引き締められた体。

 夢ではない。格闘技選手の理想を体現したかのような存在が、そこにはいた。

 

「くそ、あのガキの仲間か!?」

「構うな! やっちまえ!」

 

 完全に不良達の矛先が少女からいきなり現れた女性へと向けられ、女性の方もそれを待っていたかのように不良を一人ずつ殴り飛ばす。

 不良達には仲間だと認識されたらしいが、少女の知り合いにあんな女性はいない。仮にいたとしても、歴戦の猛者と野獣を掛け合わせたかのような雰囲気の女性など忘れるわけがない。

 女性は金髪の男に鋭い蹴りを入れ、彼が身体をくの字に曲げたところで頭を鷲掴みにし、顔から地面に何度も叩きつけていく。

 これをチャンスと見たのか、不良達は少女の時みたく女性を袋叩きにしようと囲う。が、十秒も持たずに女性が振り上げた拳の風圧で一蹴されてしまう。

 

「ぐはぁっ! おぐっ!?」

「あがっ!? ごふっ!」

 

 圧倒的な数の暴力を捩じ伏せる、一人の女性による絶対的な暴力。降りしきる雨の中で繰り広げられ、止まる気配のないそれを前に、他の不良達は恐怖のあまり動けずにいた。

 それでも彼女を止めようと羽交い絞めにしても簡単に脱出され、背後から後頭部を鉄パイプで殴りつけても全く意に介されない。

 同じくその光景を見ていた少女も、助けられたとはいえやはり良い思いは抱いておらず、苦虫を潰したような顔になっている。

 

「がはぁっ!」

「く、来るなぶふっ!?」

 

 喧嘩腰のまま怯える不良達を一撃で無力化していき、残る不良が二人になったところで細身の男を蹴り倒しマウントを奪う女性。

 彼女がそのまま男の顔面に拳の連打を地面に亀裂が入るほどの勢いで叩き込んでいると、彼の口からある言葉が吐き出された。

 

「お、お前、まさか“死戦女神”か……!?」

「だったら何だゴラ」

 

 死戦女神。他の不良とは一線を画す、ミッドチルダ最強のヤンキー。

 素手でアスファルトを粉砕、街灯を片手で持ち上げ軽々と振り回す、どれだけ徒党を組もうと返り討ちにされるなど様々な武勇伝が存在する。

 特筆すべきはそれらを、魔法によるフィジカル強化抜きで行っているという点である。この世界では当たり前のように使うフィジカル強化を彼女は一切使っていないのだ。

 少女もある程度の噂は聞いていたが、もっと筋骨隆々とした外見の人物だと想像していたため、目の前で暴れている女性が“死戦女神”であることに少なからず驚いていた。

 

「くたばれ化け物――ッ!!」

「あァ?」

 

 未だに状況が飲み込めない少女でも聞き取れるほどの叫び声が聞こえ、化け物呼ばわりされた女性は少し苛立ちながらも後ろへ振り向く。

 二人の視線の先には、自棄にでもなったか女性を轢こうとバイクで走らせる不良の姿があった。おそらく最後の一人だろう。

 女性は逃げるどころかその場で握り込んだ左の拳を溜めるように構え、バイクとの距離が完全に縮まると同時に身体を捻って拳を突き出す。

 

「う――!?」

 

 ――次の瞬間、バイクは跡形もなく粉々になり、間髪入れずに発生した拳圧で女性を中心に降っていた雨が吹き飛ばされた。

 バイクに乗っていた不良と上半身を起こしたまま動かずにいた少女も紙のように宙を舞い、放物線を描いて壁に激突する。

 かつてない痛みが背中を襲い、涙目で顔を歪める少女。その目には女性を中心に隕石が落ちたかのような巨大クレーターが映っていた。

 

「あー……ちょっと力んだなこりゃ」

 

 やっちまったと言わんばかりに空を見上げ、苦笑いでもしているのか左手で頭を掻く女性。もう不良達のことなど眼中にはないようだ。

 唾を吐き捨て、少女の存在に気づいていないのかそのまま立ち去ろうと女性が背を向けた途端、拳圧で吹き飛ばされた雨が再び降ってきた。どうやら一時的なものだったらしい。

 

「何だったんじゃ、ありゃぁー……」

 

 あまりにも唐突過ぎる出来事を前に、少女は闇の中へと消えていく女性の背中を見つめ、冷たい雨を肌に浴びながら呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家がぁ、家がぁぁぁぁ……」

 

 エレミアとの決闘まで残り一週間。何の前触れもなく我が家を失ったアタシは、一夜を過ごした公園のベンチで頭を抱えていた。

 今まで当たり前のように過ごしていたせいでこれっぽっちもわからなかったが、帰る場所を失うのってこんなにも響くものなのか。ちょうど『帰る場所があるってのは実に良いもんだ』とか思い始めた矢先に起きたし。

 あのあと管理人へ直訴したものの、誰かに口封じされていたようで肝心なところだけは答えてくれなかった。売り払われたのは確実だが。

 問題は誰が売り払ったかについてだが、それが知っている人物だとすれば大体見当はつく。機会があればすぐにでもブチのめすつもりだ。

 

「……サツキはエレミアみたいに放浪生活でもやっていけるでしょ」

「そういう問題じゃねえんだよ」

 

 半年前のようにアタシの様子を見に来たクロに入れられたツッコミを軽く受け流し、ライターで火をつけたタバコを一口吸う。

 ……だがクロの言う通り、やろうと思えばエレミア顔負けのサバイバル生活でも生きてはいける。実際に経験もしてるしな。

 なので我が家を失ったこと自体はそれほど気にしておらず、帰る場所を失ったことで……えーっと……何て言えばいいのかわからないが、傷付いた心をどうにかしたい。

 

「仕事はまだ続けてるの?」

「一応な」

 

 アタシは生活費の全てを払った今でもブラックな闇金で警備員兼ボディーガードを勤めているが、エレミアとの決闘前には辞めようと思う。

 目標の一ヶ月勤務は達成したし、飯を食える程度にはお金も得た。これ以上暗部に浸っているところで働くのはごめんだ。

 ちなみに口座は依然として空っぽである。元々お金には余裕がなかったので。ゴロツキから調達した分もタバコや飯ですぐに消え去るしな。

 

「…………飯でも食うか」

 

 コクッとクロが頷いたのを確認し、ベンチから立ち上がる。とりあえず気分転換に腹ごしらえだ。それから風呂にも入りたい。

 そういえば最近、学校にもまともに行っていないなぁ。仕事に集中していたせいでもあるが、行く気がなかったのも事実……まあいいけど。

 公園を出たところで紫煙を吐き出し、続いて痰を唾と一緒に吐き捨てる。やっぱりタバコじゃ腹の足しにはならねえか。

 ちょうど交差点付近にあるコンビニを通り過ぎたところでタバコを投げ捨てた瞬間、左の肋骨に小さな肩のようなもの――クロと年齢の近そうなガキんちょがぶつかってきた。

 

「サツキ?」

「おいゴラァ……」

 

 テクテクと前を歩いているクロの声を聞き流し、ムカついたこともあって舌打ちしながらその場で立ち止まった少女に目をやる。

 クロよりほんの少し高い身長、長めの茶髪を大きなリボンで纏めたポニーテール、少し濁ってるようにも見える青緑色の瞳。

 少女はぶつかった拍子に落としたであろう袋を拾い上げ、大丈夫かどうか確認する。匂いからして中に入っているのは食べ物だな。

 どうやら袋は無事だったようで安堵の息をついた少女だが、すぐにハッとなって焦り気味にこっちへ振り向き、ご丁寧に頭を下げる。

 

「す、すみません――あっ!?」

「ん?」

 

 アタシの顔を見るなり驚きの声を上げ、口をパクパクさせる少女。どっかで会ったか?

 

 

 

 




 この出会い、vvst1話を見て絶対にやりたいと思った。時系列的にも問題はないはずだし。
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