「つまりお前のケンカにアタシが横槍を入れる形になったわけか」
「は、はい」
コンビニ付近でぶつかった少女から話を聞こうとさっきの公園へ連れてきたのはいいが、クロとは昼飯確保のため一旦別れることになった。
何故かアタシを知っていたこの少女の名前はフーカ・レヴェントン。泊まり込みのバイトで食い繋いでおり、絡んでくる不良達とケンカ漬けの日々を送っている問題児らしい。
コイツが言うには先日、いつものように路地裏で不良の集団とやり合って袋叩きにされていたところを、どこからともなく乱入してきたアタシに助けられたとのこと。
最初はただの勘違いだと思っていたが、レヴェントンに『その日は雨が降っていた』と言われたことで曖昧ながらも思い出し、今に至る。
「で、何の用だ? わざわざアタシに獲物を横取りすんなとでも言いに来たのか?」
「ち、違います! わしはただ、助けてもらったお礼も含めて緒方さんに会いたいなと――」
「いや、お前を助けたつもりはなかったんだけど」
確かにあの時、ゴロツキ共がコイツを集団でボコっていた。だけど助けたつもりは毛頭ない。たまたまそういう結果になっただけだ。
納得がいかないのか「それでも……!」と何か言おうとしていたレヴェントンだが、近くにあった時計を見て焦りながら弁当を食い始めた。
「焦っても弁当は逃げねえぞ」
「お昼休憩の最中だったんです! じゃけどもう時間がありません!」
そう言いつつ、三箱もある弁当を平らげていくレヴェントン。ちなみに弁当の中身は駅弁のそれだった。匂いである程度わかってたけど。
トントンと箱を叩いてタバコを一本取り出し、マッチ棒で火をつけて一服する。それにしてもクロがまだ来ない。ガツガツと弁当を食べるコイツを見てたらアタシも腹が減ってきたぞ。
くつろぐように紫煙を吐いていると、お茶を飲み干したレヴェントンが勢いよくベンチから立ち上がった。よっぽど急いでるんだな。
「で、ではまた後日に! 今回はまともに話せんかったので!」
「あっ、おいコラ」
物凄く慌てているようで勝手にまた会う約束を押しつけると、レヴェントンはこちらに一礼し猛ダッシュで公園から去って行った。
……いろいろ言いたいことはあるが、それはまたの機会にしよう。強引に約束させられたからどっちにしても会うのは確実だし。
ていうかアイツの口調、どっかで聞いたことがあると思ったら広島弁か。エレミアの関西弁といい、こっちじゃどういう認識なのか気になるな。
そういや広島弁のヤンキーともやり合ったなぁと地球にいた頃を思い返していると、隣に二箱の弁当を持ったクロが座り込んだ。
「遅えよ」
「……さっきの子は?」
「時間がないとかで弁当食ったら失せやがった」
「じゃあ、そのゴミはあの子のやつ?」
「は? ゴミ?」
思わず首を傾げ、クロが指差す方へ視線を向ける。そこにはさっきレヴェントンが平らげた弁当箱が綺麗に置かれていた。ご丁寧に蓋まで閉め、使ってた箸を紙袋に戻してやがる。
いやいや、ここまで綺麗に纏めるくらいなら自分で処理しろよ。何で置きっぱなんだよ。いくら故意じゃなくてもこれは酷いぞ。
口に咥えていたタバコを左手に持ち、口の中に溜まった煙を広げるように吐き出す。とりあえずこのゴミはクロに処分させよう。
「汚えから片付けておけよ、そのゴミを」
「な、なんで私が……あうぅ……!」
「適任だからに決まってんだろ」
クロから受け取った豚カツ弁当の蓋を開け、彼女の頭を軽く撫でる。気持ちよさそうに目を細めながら嫌がっても説得力に欠けるぞ。
このあと本当にレヴェントンの分までゴミを処理してくれたが、これっきりだと可愛らしく頬を膨らませながらそっぽを向くクロだった。
「……お、お久しぶりです」
「ああ、そだな」
「うぅ……」
翌日。公園の木の上で寝ていたところを『会うのが恥ずかしい』と訳のわからないことをほざくクロに無理やり連行されたアタシは、出入り口で誰かを待っていたっぽいハイディと再会した。
覇王の子孫であるハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト。前から思ってたけど名前長すぎだろ。知っている奴は一回でもいいからツッコめよ。ちなみに友人からは『アインハルト』と呼ばれているようだ。
気合いでも入っているのか、上着を軽く羽織ったワンピースのような服を着ている。常時フードファッションのアタシにはあんまりわからんが。
アタシを強引に樹上から叩き落としたクロは頬を赤く染めて後ろに隠れており、チラチラとハイディの顔色を窺っている。
「クロ。あなたの言う一緒に連れていきたい人というのは……」
「……こ、このサツキだよ」
「まずは説明しろ。カブトムシみてえに落としやがって」
元凶のクロに説明を求めるも、後ろに隠れたまま出てこようとしない。それを見かねたのかハイディが代わりに説明してくれた。
内容はこうだ。クロと仲良くなりたいハイディは知り合いを通じて彼女と二人きりで会う約束を持ちかけるも、当のクロが人見知りなのもあって二人きりはまだ無理と一度は拒否されてしまう。それでもハイディが粘った結果、もう一人連れていくという条件で交渉は成立したらしい。
……うん、あれだ。クロの野郎、どうでもいいことでアタシを生け贄にしやがった。
ちょっとイラついたのでクロの頭を一発ぶん殴り、引き剥がしてハイディに押しつける。そろそろアタシから自立することを覚えろ。
「い、痛い……!」
「あの、何も殴る必要はなかったんじゃ……」
「アタシの眠りを妨げたソイツが悪い」
痛そうに頭を押さえるクロと、彼女の頭を現在進行形でよしよしと撫でるハイディ。外見は似ても似つかないが、雰囲気は姉妹のそれだ。
何かタバコを吸いたくなってきたので箱を取り出した途端、お返しのつもりなのか立ち直ったクロにその箱を奪い取られた。
しかも今度はハイディの後ろに隠れ、さっきみたいにチラッと顔を見せてきた。何コイツ、めちゃくちゃブチ殺したいんだけど。
「べー、だ」
「おい返せ」
「どちらをですか?」
「箱に決まってんだろ。ソイツはくれてやる」
「私を物みたいに扱わないで」
まさか大人しそうなハイディまで悪ノリしてくるとは思わなかった。だがしかし、箱を取り返さないとタバコが吸えないままだ。
ていうか何がべーだコノヤロー。人形のような無に近い表情であっかんべーやりやがって。せめて女の子らしく可愛い顔でやれ。
「返せオラ」
「あっ……!」
「!?」
一瞬でハイディの背後に回り込み、クロが持っていた箱を素早く奪い返す。最初からこうすべきだったかもしれない。
ちょっと速く動いたせいかハイディはアタシの姿を見失っていたが、クロの驚く声を聞いてすぐにこちらへ振り向いた。
……仕方がない。ホントは寝るつもりだったけどコイツから何か情報が得られそうだし、クロの誘いに乗ってやるか。
「おいハイディ。行き先は決まってんのか?」
「はい。最近できたショッピングモールでランニングシューズを買おうかと――」
「やっぱパス」
「待ってアインハルト、それ私も初めて聞いたんだけど」
「今決めましたので!」
ドヤ顔でペッタン胸を張られても困る。
「運動の後はお食事です!」
「元気だねえ」
「うん。つくづくアインハルトが脳筋だって思い知らされるよ」
あれからハイディの提案で何故かスポーツジムに連れていかれ、アタシとクロはやりたくもないトレーニングを散々やらされた。
だが、アタシがトレーニング器具を破壊しかけたせいで予定よりも早く出られたよ。ちなみにクロは真っ先に死にかけてたな。
もちろんアタシはトレーニング何ぞこれっぽっちもしていない。というか別に強くなりたいとは思ってないのでする必要がない。
そして汗をびっしょりと掻いたハイディのお腹が鳴ったので昼飯を食べようとクロが提案し、フード店にやってきたというわけだ。
「しっかしこの店、言うほど人気ないのな」
「そうですね。何でも近くに新しいお店ができたせいで、お客さんを持っていかれたとか」
「どんな仕事にも競争はある……」
「管理局にもあるんですか?」
「うん……一応」
ハイディとクロが二人だけの世界に入ったのでアタシは箱からタバコを取り出し、今回はオイルライターで火をつけて一口吸う。
やれやれ、ここが喫煙席で助かったよ。ハイディのことだから普通に禁煙席という地獄の空間を選ぶのかと思ってたんで命拾いしたわ。
さて、まだ時間はあるな……またサフランにお札をくれてやるか。すれ違う度に彼女の表情を見ているのだが、未だに余裕がない状態なのだ。
「――サツキさん」
「あ?」
財布の中身を確認しようとした瞬間、いきなり二人だけの世界から厳しい現実世界に戻ってきたハイディに話しかけられた。
「何だ」
「私は………………い、以前、あなたに勝負を挑んで完膚なきまでに打ち負かされました」
「そうだな」
「そうなの?」
今なんか凄え間があったけど、どうやら通り魔の件はもうハイディにとって黒歴史になってるっぽいな。後でからかってやろう。
タバコを一口吸って紫煙を吐き出し、トントンと灰皿に吸い殻を落とす。へぇ、他と違ってコイツは注意してこないのか。
クロはアタシとハイディがやり合ったことを知らない――わけではないのだが、何故か知らない素振りを見せている。さては勘違いしてるな?
「通り魔時代の――」
「お、大きな声で言わないでくださいっ!」
「…………あっ」
アタシの通り魔時代という言葉に反応し、顔を真っ赤にしてあたふたと両手を振るハイディ。クロは自分の勘違いに気づいたようだ。
ハイディはコホンとわざとらしい咳払いをすると、多少落ち着いたのかまだ頬をほんのりと赤く染めたまま真剣な表情になった。
「今の私ではサツキさんやジークさんにはとても敵いません。ですが――いずれお二人に追いついてみせます」
そう告げるハイディの表情はいい意味で清々しいものになっていた。ヴィヴィオが言っていたことは間違ってなかったらしい。
「いいぜ、忘れてなきゃ待っといてやるよ。けどな、生憎アタシは三位決定戦になんぞ興味はねえ。本当に追いつきたいのならまず目先のエレミアに勝つんだな」
彼女の宣戦布告を受け取り、アタシも好戦的な笑みで返す。挑戦状みたいなものを突きつけられるなんて、クーガ・ビスタの一件以来だわ。
ちなみに目先のエレミアってのはそのままの意味だ。アイツの方がハイディと同じ競技選手である分、距離は近いからな。
クロが無言でフライドポテトを食べる姿をチラ見で見つめていると、ハイディがきょとんとした顔で口を開いた。
「その言い方だと、サツキさんの方がジークさんよりも強いことになりますよ?」
「近いうちにそうなるから大丈夫だ」
そう、近いうちに――エレミアとの決闘当日である10月31日の午後に。
急ピッチで仕上げたとはいえ、広島弁風の口調が死ぬほど難しかった。
《今回のNG》TAKE 18
「通り魔時代の――」
「お、大きな声で言わないでくださいっ!」
「通り魔の――」
「やめてくださいっ!」
「…………通り魔――」
「やめちぇッ! や、やめてくださいっ!」
何これ面白い。