死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第55話「終わりの始まり」

「ふっ、ほっ、はっ!」

 

 10月30日。ダールグリュン邸の庭でシャドーをこなす少女――ジークリンデ・エレミアは明日の決闘に備えて然るべき鍛錬に励んでいた。

 決闘の相手は筋金入りのヤンキー、緒方サツキだ。彼女とは今に至るまで試合を含めて三度も対決し、初戦こそ僅差で勝利したものの、それ以降は引き分けに終わっている。

 しかし二戦目は第三者の乱入がなければ敗北していた可能性があり、三戦目もジークリンデが現時点で持てる力の全てを出し切ったにも関わらず、倒すには至らなかった。

 ジークリンデにとって、サツキは立ちはだかる壁にして最強のライバルだ。サツキが競技の世界から身を引いたことを一番残念に思っているのも実は彼女だったりする。

 

「精が出るわね」

「……ヴィクター?」

 

 鍛錬に励むジークリンデに優しく声を掛け、暖かい目でそれを見守る金髪の女性。その後ろには執事であろう男性が静かに立っている。

 彼女にヴィクターと呼ばれた女性の名はヴィクトーリア・ダールグリュン。このダールグリュン邸の主にしてジークリンデの昔馴染みだ。

 今でこそある程度の制御ができているジークリンデだが、幼い頃は先祖から受け継いだ力に振り回され塞ぎ込んでいた。その時から彼女を見守っていたのがヴィクトーリアである。

 

「当たり前や。明日になればサツキとやり合える。そう思うと楽しみでしょうがないんよ」

「そう。けど無理は禁物よ? 公式の試合じゃないんだから」

 

 ヴィクトーリアの言う通り、明日行われるジークリンデとサツキの決闘は公式試合ではなく、野良試合どころか下手すれば喧嘩の部類に入る。

 なので世間に知られても問題のないよう、表向きは練習試合として扱われるらしい。尤も、知られさえしなければ何の問題もないのだが。

 

「多分、サツキとまともにやり合える機会は明日で最後かもしれへん。せやから勝つよ」

「ふふっ……頑張りなさい」

 

 小さな子供のように目を輝かせるジークリンデを見て嬉しそうに微笑み、執事のエドガーが淹れた紅茶を椅子に座って飲むヴィクトーリア。

 ジークリンデも一旦シャドーを終えると首に掛けていたタオルで汗を拭き、楽しそうに取り出した通信端末を操作していく。

 

 

 

 

 ――この勝負、勝つのは(ウチ)や。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いよいよ明日か」

「明日だね」

 

 とある公園――アタシとクロが最初に出会った公園にて、アタシはクロと共についさっき届いたエレミアからのメールを見ていた。

 内容は明日の決闘についてだ。まず場所は変わらず西部の山林地帯の近くにある平原。少し離れたところにある廃工場が目印らしい。

 次に時間は午後とこれも変わらないが、エレミアは日没まで待ってくれるとのこと。

 なお、向こうが言うにはヴィクターが立会人として同行するらしい。ちなみにこっちは管理局員という名目でクロの同行が決定している。

 

「サツキはどう思ってるの?」

「さあな。でもまあ……それなりに楽しみではあるんじゃねえか?」

「疑問形で返されても困る」

 

 よくわからない、というのが本音だった。確かにエレミアとの意外と長き因縁に決着をつけられるのは喜ばしいことだが、最近いろいろあったせいか実感が薄れているのだ。

 つっても人としての感情はまだ残ってるし、人としての価値観もまだ生きている。力に関しては言うまでもない。心配はないだろう。

 タバコを一口吸い、天に向かって紫煙を吐く。まともに吸えなかったあの頃が懐かしいぜ。

 

「それと――仕事を辞めたのも本当なの?」

「ああ。さっき退職願を出してきた」

 

 あのブラックな闇金とは今から一時間前にケリをつけてきた。まるで退職届を出したかのようにあっさりと辞めることができたよ。

 これで無職に戻ってしまったが、ぶっちゃけ不安よりも解放感が勝っているので問題はない。アタシは自由の身というわけだ。

 ……もちろん怪しいところはあるがな。特にあのヴェルサが黙認するほどあっさりとしていたところが。何か裏があってもおかしくはない。

 というか裏社会と繋がりのある職場で働いていた以上、後で消されても不思議じゃねえ。しばらくの間は油断できないな。

 

「……ねえサツキ」

「ん?」

 

 タバコの吸い殻を落としていると、クロが少し頬を赤くしながらアタシの手を掴んできた。いつ見ても小さな手だな、お前の。

 

「エレミアとの決闘が終わったら……また旅にでも出ようよ。二人で」

「…………終わったらな」

 

 何かデートに誘われた。それも新婚旅行クラスのやつに。お前はそれでいいのか、とはあえて言わない。提案自体は悪くねえしな。

 このあとはサフランのいる公園に行って、やることやってどっかの木の上で寝る。銭湯を利用すれば風呂は確保できるので体臭には困らん。

 ……いや、このあとじゃなくて今からか。そろそろアイツが掃除する時間だし。

 

「そんじゃ、日が沈む前に西部の公園に行くか」

「うん――えっ?」

 

 クロの小柄な身体を担ぎ上げ、人が見てないのを確認してから樹上へジャンプする。お姫様抱っこじゃ動きにくいからな。

 その樹上から別の樹木へ飛び移り、さらにそこそこ大きなビルの屋上に飛び移る。さて、こっからどうやって行こうか。

 

「お、下ろして……! こんな形で運ばれるくらいならお姫様抱っこの方がマシ……!」

 

 とりあえず黙ってくれると嬉しい。それとお姫様抱っこはアタシが嫌だ。

 

 

 

「おっ、いたいた」

 

 数十分ほどで西部の公園に到着し、習慣のように清掃活動をしている少女――サフランの姿を捉える。無駄に作業服が似合ってんだよなぁ。

 もう慣れた手つきで財布からお札を取り出し、五枚あることを確認する。これ以上渡すとアタシの生活費が危ないからな。

 それに、こういう形でお金を渡すのも今回で最後だ。そろそろサフランの借金も返済できてそうだしな。無理だったら頑張れとしか言えない。

 サフランにバレないよう近づこうと一歩踏み出した途端、クロが可愛らしい仕草でアタシを引き止めた。ここまで来て何だよ一体。

 

「おい」

「…………」

「おいクロ」

「…………」

「クロ!」

「え、あっ……ご、ごめん」

 

 アタシがサフランに聞こえない程度の声で怒鳴ったところでようやく反応し、服の裾を必死に掴んでいた手が離れる。

 さすがに何事だと思い、一歩踏み出したままクロの顔を覗き込む。その表情は不安に包まれており、どこか遠いところに行こうとしているアタシを引き止めがっているような感じだ。

 

「今はどこにも行かねえよ。今はな」

 

 そう言いながら俯くクロの頭を軽く撫で、止めていた足を動す。早くしねえと肝心のサフランがいなくなってしまうからな。

 小さな足音がしたのでチラッと後ろを見てみると、クロが俯いたままアタシの後をついてきていた。置いていかれるのが嫌だったのだろうか。

 そしていつものように気配を殺してサフランとすれ違い、同時に取り出したお札を彼女の上着ポケットに入れた瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

 不意に水でも浴びせられたような悪寒を覚え、思わず立ち止まりそうになってしまった。

 何だ今のは。いや、今のは恐怖だ。何とも知れない恐怖を感じた。エレミアに迫られたときのそれが可愛く思えてくるほどのものを。

 

『あっ、またお札が入ってる』

「っ……!」

 

 それでも立ち止まることなく公園を後にし、胸に手を当てて息を整える。あの場にアタシが恐怖するほどの奴でもいたのだろうか?

 幸いにもサフランはこちらの存在に気づかなかったが、反応が冷静だったのを見る限り薄々勘付かれているのかもしれない。

 詰まりかけていた息が整ったところで一旦立ち止まり、心配そうにアタシの顔を覗き込むクロの存在にようやく気づく。

 

「だ、大丈夫……?」

「あ、ああ……心配すんな」

 

 どうにか笑顔を作って彼女の頭をポンポンと叩き、深呼吸して落ち着く。

 ふぅ……気のせいじゃない。サフランとすれ違った際、確かに悪寒が走った。それも今まで感じたことのなかったものを。

 そもそもサフランって何者だ? ただの借金を背負ったボランティア少女にしてはおかしいところもあったしなぁ。

 もう一度サフランに会うか。そう思ったところで、ズボンのポケットから振動が伝わってきた。ああ、通信端末のバイブか。

 

「誰だこんなときに……」

 

 悪寒に襲われた後ということもあり、苛立ちながら端末を取り出す。誰だか知らんが大した用じゃなかったらブチのめしてやる。

 そう決心して端末を少し乱暴に操作し、メールの画面を表示して送り主の名前を見た瞬間、アタシの顔から表情が消えていくような感じがした。

 

「…………」

「さ、サツキ……?」

 

 何かクロが話しかけてきたがそれどころじゃない。あの野郎、やけに静かだと思ったらこういう形で仕掛けて来るとはな。

 それにこのメールの内容……どうやら明日は人生で一番忙しい日になりそうだ。

 

「……クロ」

「何……?」

「後でエレミアに伝えとけ――」

 

 冷や汗を掻きながらも口元を歪め、クロにハッキリと告げる。

 

 

 

「――大事な用ができたから、遅れるってな」

 

 

 

 

 

 

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