死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第60話「最初で最後」

「ごは……っ!」

 

 少し足を進めたところで血を吐き、体勢を崩すサツキ。日没というタイムリミットにはギリギリ間に合ったが、身体は限界を迎えていた。

 倒れないよう両手を膝の上に置き、乱れきった息をできるだけ整える。初めは小さかった腹部の傷口は開き、未だに血があふれ出ている。

 一歩、また一歩と、ゆっくりながらこちらへ確実に歩み寄ってくるボロボロのサツキを、ジークリンデはただ呆然としながら見つめる。

 ファビアはそんな彼女を引き止めようと、だらんとしていた左手を掴んで引っ張る。ヴィクトーリアもサツキを止めようと前に出た。

 

「離せ、クロ……!」

「嫌……!」

「無茶も大概にしなさい!」

 

 サツキの目に映るはジークリンデだけ。自分の左手を掴むファビアを乱暴に振り払い、ヴィクトーリアの言葉にも耳を貸そうとしない。

 ついでと言わんばかりにヴィクトーリアの体を張った制止も退け、ダメージがぶり返して重くなった身体を引き摺る形で前進していく。

 が、満身創痍の身で思い通りにいくわけがない。途中で躓くように転倒し、腹部の傷口に衝撃を受けて血反吐を吐いてしまう。

 さっきまでヴェルサとやり合っていたのが嘘のように身体が重い。全身が悲鳴を上げている。腹の傷口も風が当たる度に激痛が走る。

 

「あ、がァ……!?」

「っ……!」

 

 もういい。痛みで悶えるサツキを見て、ファビアはそう思わずにはいられなかった。ヴィクトーリアもサツキから目を逸らしそうになる。

 一方、二人とは真逆にジークリンデは何かを我慢するように顔を歪めるも、自分に視線を向け、起き上がる彼女を見つめ返していた。

 

「サツキ……!」

 

 辛うじて立ち上がったサツキに、今にも泣きそうな顔でしがみつくファビア。

 皮肉なことに彼女の小さな身体が傷口に当たり、さらなる痛みを覚えてしまう。しかしファビアを気遣ってか、声は殺している。

 ファビアの必死な姿、ヴィクトーリアの無力な自分を恨むような表情を見て苛立ってきたのか、隠すことなく眉を顰めるサツキ。

 すると自分にしがみつくファビアを開いた傷口に関係なく強引に引き剥がし、

 

「――っ!」

 

 握り込んだ左拳で彼女を殴りつけた。

 何が起きたのかわからないといった顔で、ヒリヒリと痛む頬を押さえるファビア。ヴィクトーリアも驚きの表情を浮かべ、彼女の元へ駆け寄る。

 ジークリンデさえも呆気に取られて二の句が継げない中、サツキはありのままの自分を表した言葉を、この場にいる全員に告げる。

 

 

 

「ヤンキー、ナメんじゃねえよ……っ!」

 

 

 

 口元から血を流し、息を荒げるサツキ。邪魔するなと言わんばかりにファビアとヴィクトーリアをギロッと睨み、唇を噛み締める。

 二人とも蛇に睨まれた蛙のように身体をビクッとさせ、渋々下がっていく。今のサツキは止められないとようやく悟ったらしい。

 一歩、二歩、三歩と足を進めたところで立ち止まり、ついにジークリンデと対峙する。

 

「げほっ……お待たせ、と言ったとこか」

 

 「ククク……」と喉を鳴らし、口元を三日月のように歪めて無邪気な笑みを浮かべるサツキを見て、思わずたじろぎそうになるジークリンデ。

 彼女は持つ能力こそ凶悪だが、その性格は試合で相手を負傷させただけで心を痛めるほど優しく、繊細だ。サツキも過去に一度だけ『競技選手のくせに虫が良すぎる』と評したことがある。

 そんな心優しいジークリンデが、腹部に風穴を開けて今にも死にそうなサツキを前にしているにも関わらず、止めることを躊躇っていた。

 もちろん、約束なんて投げ出してでも止めたいと思ってはいるが、ここでやめるなんて言ったら重傷を負ってまで約束を守りに来てくれたサツキに申し訳が立たない。

 

「…………もう、止めへんよ?」

「余計な、お世話だ……」

 

 止めたい。早く病院に連れていきたい。

 声を震わせながらも、必死に平静を装う。尤も、サツキやヴィクトーリア達はそれが痩せ我慢であることを見抜いているが。

 戦慄が心に波打つかのように身体も小刻みに震えていたが、サツキに穏やかな声で話しかけられた瞬間、その震えはピタリと止まった。

 

「なあ、エレミア」

「?」

「アタシはごはっ、お前が嫌いだ」

 

 途中で血を吐くも言いたいことを言いきり、苦虫を噛み潰したような顔になるサツキ。

 ジークリンデはもう慣れたと言わんばかりにため息をつき、人差し指で頬を掻いて苦笑いしながら当然のようにこう返す。

 

「ええよ別に。(ウチ)はサツキが大好きやから」

 

 初対面はまさに最悪だった。シチュエーションがアレだったために尻フェチなどと変態のように扱われ、弁解したのに殴られたのだから。

 次に出会ったのはクリスマス。誤解が解けていなかったせいでまた変態扱いされ、誤解だとわかってもらえたが気が合わなかった。

 それからは会う度にいがみ合い、どんなに些細なことでも何かあるとすぐ喧嘩に発展し、最後は保護者のヴィクトーリアに止められる。それが当たり前になっていった。

 

 

 ――しかし、転機は突然訪れる。

 

 

 インターミドル都市本戦、決勝。そこでジークリンデとサツキは激突した。

 これまでの対戦相手とは訳が違う、格闘技は素人ながらも喧嘩殺法を極めた、他とは一線を画す圧倒的な存在。

 ……とはいえ、実力的にはほぼ互角だった。展開的にはサツキが終始優勢だったものの、最後はジークリンデがこの勝負を僅差で制した。

 だが、彼女が試合で取ったある行為が原因でサツキの逆鱗に触れ、二人の間に亀裂が生じたこともあり疎遠になってしまう。

 関係自体は後に少しだけ改善したが、何故かジークリンデはスキンシップが激しくなっていたのだ。サツキの毛嫌いっぷりが増すほどに。

 そして会う度に追いかけっこやバトルと言ったゴタゴタを起こしまくり、今に至る。

 

「…………あはは」

 

 大体思い返したところで乾いた声で笑い、どこか遠い目になるジークリンデ。サツキを好きになれる要素が、どこにもない……。

 いや、そもそもどうして自分はこんなときに笑っていられるんだ。サツキは満身創痍なのに、身体が血で染まっているのに。

 すぐさま苦笑から恐ろしく真剣な表情に戻し、両手で頬を叩く。

 

「かはっ……もう、時間がねえわ」

 

 またもや血で汚れた口元を拭き、血の混じった唾を吐き捨てるサツキと、もう言うことはないとシンプルな構えを取るジークリンデ。

 沈黙がその場を支配し始めようとした瞬間、サツキが唐突に口を開いた。それも、何かを思い出したかのようにハッとした顔で。

 

「エレミア」

「ん……?」

「一つだけ、言っとくわ」

 

 突然らしくないほど優しそうな笑みを浮かべたかと思えば、すぐにいつもの好戦的な笑みに戻るサツキ。そんな彼女を見て、不思議そうに首を傾げるジークリンデ。

 サツキは少し唸りながら考え込む仕草を見せたが、すぐに何かを決心したような顔で告げる。

 

 

 

「――今からやること全部、これで最初で最後だバカヤロー!!」

 

 

 

 次の瞬間、サツキの足下に赤紫色の正三角形を基調とし、内側に紋様が刻まれた巨大な陣――古代ベルカ式の魔法陣が展開された。

 続いて正方形だった瞳孔が猫のような垂直のスリット型へと変化し、威嚇する犬や猿のように犬歯を剥き出しにしていく。

 片隅で待機したファビアもヴィクトーリアも、そして構えたままのジークリンデも、目の前に光景に驚きを隠せない。あのサツキが感情に任せることなく、自分の意思で魔法を使ったのだから。

 

「ハァァァァァ……!!」

 

 今から使いたくもない魔力をフルに使う。

 今から残った力を最後の一滴まで振り絞り、限界を超える。

 今からジークリンデに勝利し、彼女との間にできた因縁に決着をつける。

 それらの『最初で最後』を、サツキは簡潔に一言でまとめたのだ。

 ……本当にこれで最初で最後だと、何度も自分に言い聞かせながら。

 

「さ、サツキ――!?」

 

 力を溜めるような姿勢で魔力をその身に纏っていくサツキの名を呼ぼうとしたところで、ジークリンデの思考が停止しそうになった。

 何かを振り払うように首を横へ振り、停止寸前だった思考を巡らせるジークリンデ。

 一体何が起きたのかと戸惑いを見せたものの、その原因がサツキの周囲の空気を揺るがせ、噴き出るように放たれている今までにない強烈な殺気だというのはすぐにわかった。

 どうにか思考の停止を阻止することに成功し、ホッとしたところで獰猛な笑みを浮かべたサツキがゆっくりと口を開く。

 

「……腰抜けか? お前は」

「は?」

 

 いきなり何を言うてるんや、と思わず間の抜けた顔になるジークリンデ。まさかこんなときに挑発されるとは思いもしなかったのだろう。

 どう答えようか考えていると、サツキができるだけ微笑んだまま独り言のように呟いた。

 

「まァ、別にいいけどな。お前が何をしようと、結果は変わらねえし」

「……その言い方やと、(ウチ)が負けるの確定してるんやけど」

「え? わざわざ負けに来てくれたんだろ? 違うのか?」

 

 その一言が、ジークリンデに心に火をつけた。

 額にうっすらと青筋を浮かべ、口元を引きつかせながらサツキに向かって大声で言い放つ。

 

「――言うてくれるやないかっ!!」

 

 直後だった。ジークリンデの瞳が恐ろしく澄み切ったものとなり、雰囲気も今のサツキに近いものへと一気に変わったのは。

 命の危機が迫ると自動的に発動する、エレミアの神髄。一種の防護機能とも言えるそれを、ジークリンデもまた自分の意思で発動したのだ。

 サツキは機械のように構え直した彼女を見て満足そうに微笑み、四足獣の如き姿勢を取る。

 

 

「さァ、始めようぜ……!」

「……っ!」

 

 

 

 

 最後の撃鉄が、ついに落とされた――。

 

 

 

 

 




 魔法に関してはかなり迷いましたが、最初で最後ということもあり使わせることにしました。
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