死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第61話「決着」

「ガァァァァ!!」

 

 吼えるような声を上げ、オーラ状の魔力光を全身に纏ったサツキの拳と、機械のように冷たい無表情で振るわれたジークリンデの拳が激突する。

 その衝撃で周囲の地面が抉るように削られ、山林の木々はざわめき、両者の足下には当たり前のように巨大なクレーターが出来上がった。

 サツキはギリッと歯を食いしばって突き出した左拳を引っ込め、次は右の拳を打ち出す。

 まるで最初から纏われているかのように風が逆巻き、大気が唸るほどの拳打。さすがのジークリンデもこの一撃は危険と判断し、

 

「ッ……!」

 

 紙一重でそれを避ける。

 ――直後。彼女の後ろから離れた位置に立っている木々が赤紫色の衝撃波に包まれ、吹き荒れる暴風に巻き込まれるように薙ぎ倒された。

 

「き、木が……」

 

 エレミアの神髄を発動しているジークリンデは特に反応しなかったが、二人を見守るファビアとヴィクトーリアは驚きで顔をポカンとさせ、吹き飛んだところをまじまじと見つめている。

 そんな感じで呆然とする二人の金髪少女だったが、その顔をさっきまでの真剣な表情に戻すことはできなかった。何故なら、

 

「えっ」

「消えた――!?」

 

 二人が平原の方へ向き直した瞬間、ジークリンデの目の前にいたサツキが消えたからだ。足音どころか、僅かな気配すら残さずに。

 ジークリンデも完全に見失ったようで辺りを見渡していたが、突然背後に現れたサツキの前蹴りを食らい、前のめりに体勢を崩す。

 咄嗟に踏ん張ったジークリンデは背後へひねり蹴りを繰り出すもすでにサツキの姿はなく、虚空を蹴るだけに終わってしまう。

 

「――ッ!?」

「ハァァッ!」

 

 見えないサツキを警戒して構えた途端、背筋にかつてないほどの悪寒が走り、同時に右から獣じみた声が響き渡る。

 自身の直感が発する危険信号に従い、本能的に首だけ動かす。いや、首しか動かせなかった。

 そしてその先にあったのは――

 

「ッ!!」

 

 ――常軌を逸した轟音と衝撃波が発生するほどの速度で迫り来る、サツキの強靭な左脚だった。

 

 ジークリンデはすぐさま直撃を避けるべく、右腕でガードの構えを取る。

 だが、サツキの左脚はそのガードを装着されていた鉄腕を粉砕することでこじ開け、脚を振り抜いた衝撃で彼女の全身にダメージを与えた。

 さらに発生したそれはこの程度じゃ満足できないと言わんばかりに、ジークリンデの左側にあるもの全てを吹き飛ばしていく。

 

「ガイスト――」

 

 絶対に逃がさない。まるでそんな思いが込められたかのような攻撃を、体勢を整えたジークリンデはサツキの眼球目掛けて正確に振るう。

 が、口元を歪めたサツキは猛獣の爪とも言えるそれを、瞬間移動でもしたように姿を消すことであっさりと回避してしまった。

 このまま翻弄され続けるのか。そう思いかけたところで、サツキが目の前に姿を現す。

 

「ごは、ガァッ!」

 

 彼女は一息つくように血を吐くと三度姿を消し、ジークリンデの頭上を取った。

 これにはさすがに気づいて上方を見やったジークリンデだが、迫り来る槍のようなサツキの両脚を見てすぐに回避行動に移る。

 彼女の鋭い両脚が回避したジークリンデの代わりに地面を突き刺した瞬間、凄まじい轟音と共に大きなクレーターが発生した。

 すかさず宙返りをして体勢を整えるサツキ。それを隙だと判断したジークリンデは、拳を握り込むと一気にサツキの真横を取る。

 

「グゥッ!」

 

 左へ回り込んだジークリンデが放つ、漆黒にも見える紫の魔力が纏われた拳を、止まったハエを見るような目でかわすサツキ。

 今のは消し飛ばす魔法、イレイザーを含んだ一撃だ。当たればどんなに防御を強化していようと、問答無用で大ダメージになる。

 しかし、今のサツキは誰よりも早く反応できる状態――野獣モードになっている。ただでさえ飛び抜けたスピードを出せるサツキが、少なくともその倍は速く動けるようになったのだ。

 例えエレミアの神髄を発動させたジークリンデであろうと、彼女の動きを読まなければ目で追うどころか反応すらできない。

 

 

 

 ――尤も、手負いの状態でそんな動きを長時間維持するのは難しいが。

 

 

 

「あがッ、ごふ……!」

 

 ジークリンデから少し離れたところに姿を現したかと思えば、お腹を抱えて血を吐く。おそらく傷口への負担が大きかったのだろう。

 サツキが顔を上げるよりも先に地面を蹴り、ギチギチと力を込めた鉄腕を目にも止まらぬ速さで振り下ろすジークリンデ。

 命を刈り取る鉄の爪――ガイスト・ナーゲル。

 サツキはそれを残像付きでかわし、身体を捻って音速の拳打を放つ。

 唸る拳を咄嗟にかわすことで直撃は免れたジークリンデだったが、木々を地面ごと吹き飛ばす拳圧が頬を掠り、鮮血が噴き出した。

 

「ッ……」

 

 驚いたかのように立ち止まり、切れた頬から流れる血を凝視するジークリンデ。表情こそ無のままだが、まさか今の自分が傷つけられるとは思っていなかったようだ。

 

「こんなときによそ見かァ?」

 

 サツキはジークリンデが構える瞬間を狙って地面を蹴りつけ、彼女の脇腹へ右拳を叩き込む。

 バキボキと肋骨が痛々しい悲鳴を上げ、脇腹にめり込んだ拳が上方へ振り抜かれたことにより、身体が宙を泳いでいく。

 だが、ジークリンデは途中で体勢を変えると華麗に着地し、何事もなかったかのように構える。その際、少し脇腹を庇うようにふらついた。

 

「ゼァァァァ!」

 

 吼えながら全身に纏ったオーラ状の魔力光を激しく迸らせ、隙ありと言わんばかりにジークリンデの背後へ回り込むサツキ。

 ジークリンデも微かに聞こえた足音を頼りに後ろへ振り向き、すでに目と鼻の先まで迫っていた左拳を交差した両腕でガードする。

 が、拳圧に乗せられる形で放たれた赤紫色の衝撃波に飲み込まれ、単純に拳の威力を殺しきれなかったことも手伝ってガードしたまま数十メートルほど後ろへ引きずられてしまう。

 足下が酷く抉れるも何とか踏ん張り、両腕によるガードを慎重に解いて周囲を見渡すジークリンデ。その周囲も衝撃波によって、ごっそりと削るように吹き飛ばされていた。

 

「チッ……」

 

 突き出した拳をゆっくりと引っ込め、何かを悟ったような顔で舌打ちをするサツキ。

 魔力付与の打撃とはいえ、全力の攻撃を一発放っただけで腹部の傷口から血が軽く拭き出し、拭いたはずの口元からも血が流れ出していく。

 それだけならまだしも、初撃の時点で全身の骨が悲鳴を上げ、野獣モードのリスクでもある精神的な疲労も蓄積されている。

 

 

 

 ――これ以上は身体が持たねえか。悔しいが、次で決めるしかなさそうだ。

 

 

 

 腹を括った顔で左の拳を溜めるように構え、その一点に持てる全ての力を集中させていく。

 同時にサツキの全身を覆っていた魔力光が流し込まれるように少しずつ左拳へ集束され、炎のように揺らめくオーラと化す。

 ジークリンデも頃合いだと判断したのか、紫色に光る圧倒的な力を両手に纏って構える。

 その様子を見ていたヴィクトーリアは二人の無事を祈り、ファビアは今にも崩れ落ちそうな表情でサツキを見つめていた。

 

「エレミア――」

 

 お前は凄えよ。そう言いかけたところで声を詰まらせ、小さく舌打ちをするサツキ。

 普段はスキンシップの激しいジークリンデを毛嫌いしているサツキだが、選手としての意見が合わなかっただけで彼女の実力は認めている。

 己の五体で人体を破壊する技術を求め、極めていった『エレミア』の末裔にして、試合では一度も負けたことがない次元世界最強のアスリート。

 そして何より、

 

 

 

 ――勝ち負けに興味のなかったアタシに勝ちたいと、心から思わせてくれた相手。

 

 

 

 もちろん、最初からそう思っていたわけではない。ジークリンデと何度も対決するうちに『負けたくない』という思いが芽生えたのだ。

 サツキにとっての勝ちは、相手を自分が満足するまでブチのめすことだ。それは今でも変わらないし、これからも変わらない。だが、ジークリンデだけは純粋に倒したい。

 一言で言えばライバル関係だが、それをサツキが知るよしもない。尤も、ジークリンデの方は彼女を強くライバル視しているが。

 

「グギギギギ……!!」

 

 このままではマズイ。そう思ったサツキは拳を構えたまま今度は感覚の方にも意識を向け、野獣モードの発動条件として最大限に研ぎ澄ませた五感をさらに研ぎ澄ませていく。

 脳天と目の奥から信じられないほどの激痛が走り、集中力を乱されそうになるも必死に堪える。

 その痛みと引き換えに、鋭敏だった動物並みの感覚が最後の一線を超えるかのように極限レベルで冴え始めた瞬間、

 

「ッ!」

 

 

 

 ――世界が、変わった。

 

 

 

 周囲の雑音は聞こえなくなり、視界から色が消え、その場に完全なる静寂が訪れる。

 すると今が好機だと判断したらしいジークリンデが、数十メートルは開いていた距離を一瞬でゼロへと縮めてきた。

 すぐに反応して回避しようとしたサツキだが、全身の痛みと左拳に全ての力を一点集中させているせいで動けず、失敗に終わる。

 そんなサツキにお構いなく、触れるもの全てを破壊する左の鉄腕が振り下ろされ、動けない彼女を引き裂いたところで――

 

「ガァッ、あァ……!?」

 

 

 ――世界は元に戻った。

 

 

 戦う前から少し乱れていた息が尋常でないほどに荒れ、全身の力が一瞬抜けてしまう。

 目の前で鉄腕を振り下ろしたはずのジークリンデも、構えた位置から動いていない。

 何らかの確信を持ったサツキは息を整えながらニヤリと笑い、視界が奪われないように頭と両目から流れ出る血を右手で拭き取る。

 

 

 

 ――刹那。

 

 

 

「ガイスト・クヴァール……」

 

 沈黙を貫いていたジークリンデが地面を蹴り、数十メートルはある間合いを一瞬でゼロへと縮める。人間のそれとは思えない、桁外れの動き。

 そして振り下ろされる、あらゆる命を無に帰す漆黒の爪。紫色の魔力が形を変え、サツキの命を刈り取らんと揺らめく。

 初動の時点で反応こそしたサツキだが、全身の痛みと左拳に全ての力を一点集中させているせいで動けない……。

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

「ド、ラァッ!」

 

 彼女は直撃するはずだった漆黒の爪を、あらかじめ僅かに残しておいた魔力で五体をほんの一瞬だけ操作することにより、回避してみせたのだ。

 

 

 

 ――身体自動操作。

 

 

 

 今のように五体を外から完全操作し、身体がどれだけ破損しようと動かせるハイリスクの魔法。

 魔法という存在に出会って間もない頃、サツキが地球で習得した唯一の技術的な魔法でもある。実際に使ったのはこれで二度目だが。

 先ほどサツキの視界に映っていたのは、彼女がジークリンデの振り下ろす鉄腕を避けられずに食らって死んでしまう……という未来。サツキはそれを事前に予知したのだ。

 

「…………ッ!!」

 

 同時に左拳へのチャージが完了し、攻撃を回避するべく事前に弱めていた踏み込みを、地面が酷く陥没するほど強く行うサツキ。

 よほど集中しているのか、踏み込みの衝撃で腹部の傷口が開くも意に介さないどころか全く気づいておらず、その瞳は間髪入れずに右腕を構えるジークリンデの姿を捉えていた。

 

「歯ァ……」

 

 ファビアと過ごした日々、ジークリンデといがみ合い続けた日々。

 それらをまるで走馬灯でも見ているかのように、鮮明に思い返していく。

 

「食いしばれ……!」

 

 サツキよりも早く攻撃を入れるしかないと判断したジークリンデが、イレイザーを含んだ右腕を視界から消えるほどの速度で振り下ろす。

 

「■■■■■■■――ッ!!」

 

 全てを吐き出すように獣の如き咆哮を上げながら、サツキは改めて腹を括る。

 もう、避けることはできない――いや、ここまで来たら避ける必要はない。

 仕掛けてきたジークリンデと同じタイミングで、禍々しい赤紫色の揺らめくオーラが纏われた左拳を、大気が唸るほどの勢いで打ち出し、

 

 

(これで――終いだ……!!)

 

 

 圧倒的な力を纏った右腕に抉られるよりも早く、ジークリンデの右頬へ叩き込んだ。

 そのまま誰にも止められない、破ることのできない絶対の拳を深く、深く顔面に抉り込む。

 すると歯を食いしばって堪えていた、ジークリンデの頬から骨の砕け散るような音が聞こえ、口元から血が吹き出していく。そして――

 

 

 

(エクシード・メテオブロォォォォ――ッ!!)

 

 

 

 ――そして、サツキが身体を捻りながら拳を振り切ったことで、どうにか踏ん張っていたジークリンデの身体が豪快に宙を舞い、辺り一面を抉るように吹き飛ばす拳圧と、ドスンという重い音と共に地面へ叩きつけられた。

 

 

 

 

 ――あばよ。ジークリンデ・エレミア。

 

 

 

 

「…………」

 

 仰向けになったジークリンデが動かなくなったのを確認し、力を使い果たしたこともあってその場に立ち尽くしながら空を見上げるサツキ。

 そんな彼女に元にはファビア、ジークリンデの元にはヴィクトーリアが駆け寄っていく。

 力なく左拳を天に掲げ、勝利を実感するサツキだったが、

 

「――――」

 

 吊っていた糸を切られた人形さながらに、バタリと倒れ込む。

 そしてファビアの悲痛な叫びを最後に、目の前が闇となった。

 

 

 

 

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