死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第63話「お見舞い」

「ジークさん!」

「お久しぶりです」

 

 高町ヴィヴィオとハイディ――アインハルト・ストラトスは、緒方サツキとの決闘に敗れ、大怪我を負って入院したというジークリンデ・エレミアのお見舞いに来ていた。

 公式試合でないとはいえ、無敗だったジークリンデが完全敗北を喫した。二人とも昨夜にそのあまりにも信じ難い事実を知らされ、驚きのあまりその場で呆然としたほどだ。

 今のところ、ジークリンデの敗北を知っているのは立会人として居合わせたヴィクトーリアとファビアに、二人から報告を受けたヴィヴィオとアインハルトだけである。

 ヴィヴィオに名前を呼ばれ、病室の窓側にあるベッドの上で儚げに外を眺めていたジークリンデは、できる限りの笑顔で振り向く。

 

(ヴィヴィちゃんにハルにゃん。久しぶりやね)

「は、はい」

「……念話、ですか?」

 

 アインハルトの問いにコクリと頷くジークリンデの頭から下顎にかけて、そこそこ分厚い包帯が固定されるような形で巻かれている。

 あの日、サツキの最後の一撃を食らって頬から下顎までの骨が砕け散り、その前にも脇腹を殴られたことで肋骨もへし折れてしまったのだ。

 医者が言うには魔法による処置を行ったので回復に向かってはいるものの、まだ治ったわけじゃないので安静にしておく必要があるとのこと。

 

(しばらくは念話でないと会話もできんのよ)

「そ、そうなんですか……」

 

 困ったような顔で念話を飛ばすジークリンデを見て、何とも言えない表情になってしまう。

 ヴィヴィオが座ったのを確認し、持っていたお見舞いの品が入っている袋を机の上に置き、涼しそうな顔で椅子に腰を下ろすアインハルト。

 こういうとき、何を話せばいいのかわからない。迷いに迷ったジークリンデは最初に思い出したことを聞いてみることにした。

 

(戦技披露会、やったかな? ヴィヴィちゃんはそれのエキシビションマッチをやるって言うてたけど、準備の方はどうなん?)

「順調ですよ~。不安もありますけど、楽しみで仕方ないんです」

 

 ヴィヴィオは管理局主催で行われるイベント、戦技披露会でミウラ・リナルディとのエキシビションマッチを控えており、それに勝てば母である高町なのはと一対一で戦うことになっている。

 これに関しては本人達から話を聞いていたので一応知っているのだが、ジークリンデ自身も当時はサツキとの決闘を控えていたので気に掛ける余裕が全くなかったのだ。

 次に何かを迷っているような表情のアインハルトへ視線を向け、彼女の緊張をほぐそうとにへら顔になるジークリンデ。

 

(ハルにゃんもいろいろ頑張ってるらしいやん)

「……は、はいっ。あなたとの約束を果たすために頑張ってます!」

 

 ジークリンデの声が脳に伝わってボーっとしていた顔がハッとなり、慌てた声で簡潔にまとめた返答をするアインハルト。

 彼女もまた世界一という夢を叶えるべく、そのために無敗の元チャンピオンであるジークリンデと頂点で戦うという約束を果たすべく、まずはU15で世界を取ることにしたのだ。

 しかし、返答したアインハルトは再び何かを迷っているような表情になって少し俯く。

 一体どうしたんだろうとヴィヴィオが不思議そうな顔できょとんと首を傾げていると、彼女は意を決して静かに口を開いた。

 

「――気分の方は?」

 

 気分。そう聞かれて最初は何を言っているんだと片眉を吊り上げるジークリンデだったが、すぐに察したのか一旦目を瞑り、思い返すように目を開けて語り始める。

 

(なんて言えばええのかわからへんけど……良くはないよ。最悪や)

 

 まだ明るさが残っていたジークリンデの表情が徐々に悔しいようなまだ実感が持てないような、曖昧なものになっていく。

 アインハルトとヴィヴィオが一点の曇りもない生真面目な表情で耳を傾ける中、ジークリンデはそれを確認することなく続ける。

 

(最初はエレミアの神髄を発動してたのもあったから、負けたって実感はなかったんよ。けど、殴られた箇所からズキッとした痛みが走る度に、最後の場面が浮かんでくる)

 

 互いに極限レベルの状態で行われた決闘。ジークリンデはエレミアの神髄によって思考が停止していたものの、意識はあった。

 イレイザーという消し飛ばす魔法で蹂躙し、敵を一人残らず殲滅するまで止まることのない最強の自動防衛機能。

 自分では物事の選択ができないのに、身体が勝手に無駄のないシンプルな動きで敵を殲滅していく。機械に身を任せるようなものである。

 そんな神髄を使ったジークリンデを、サツキは真正面から叩きのめした。余計な思考のない状態だったこともあり、まるで実感が抱けなかった。

 

(寝るために目を瞑っても同じや。泣きたくなるほどの悔しさとか、叫びたくなるほどの怒りとか、色んな感情が湧いてきて、頭がおかしくなりそうになるんよ)

 

 ジークリンデ・エレミアは負けたことがない。皆の知らないところで負けている可能性もあるのだが、ヴィヴィオとアインハルトの知るジークリンデは少なくとも無敗の最強選手だ。

 サツキとの決闘も世間では練習試合という扱いになっており、公式でも欠場はしたものの、戦って負けたという記録は存在しない。

 しかし、それは言い換えると胸に刻まれるほどの大きな敗北を知らないことに他ならない。

 だからこそ、ジークリンデは実感を抱けないまま今回の敗北を噛み締めた。おそらく競技選手としては初であろう敗北を。

 

(忘れようにも忘れられへんから、遠い昔の思い出みたいに懐かしんでもみた。けど、やっぱり何も変わらんかった。気づけば朝になってるし、眠れたと思えば夢にまで出てくるんよ)

 

 一番勝ちたかった相手に、これまでにないほど圧倒的な力の差を見せつけられたうえで負けた。

 それが原因なのか、今のジークリンデには敗北が強く表れている。今まで表に出すことのなかった弱さが表面化してしまったかのように。

 

(おまけに胸が締め付けられるような痛みもあるし、苦いし辛くもある。こんなん初めてや)

 

 と、ジークリンデは右手で胸元を掴むと少し俯き気味だった顔を上げ、話を聞いているであろうヴィヴィオ達の方へ振り向く。

 ここでようやくヴィヴィオが顔を曇らせ、アインハルトが険しい表情をしていることに気づき、どうにかしようとあたふたし始める。

 

(ご、ごめんなっ。わざわざお見舞いに来てくれたのにこんなこと言うてしもーて――!?)

「ジークさん!?」

「だ、大丈夫ですか?」

(あはは、大丈夫大丈夫……)

 

 あたふたと動いたことで脇腹の怪我に障ってしまい、涙目になるジークリンデ。下顎が砕けていなければ小さな呻き声も出していただろう。

 すぐに一息ついて落ち着き、まあこれだけは言えると二人に念話を飛ばす。

 

(そやからこそ、今は練習が、格闘技がしたくてたまらんのよ。早よこの怪我を治して、身体を動かしたい)

 

 複雑だったジークリンデの顔に少しずつ晴れやかな色が浮かび、とても自然で裏もなく、楽しみで仕方がないといった感じに微笑む。

 ヴィヴィオは自分のことのように嬉しいのか目を輝かせ、アインハルトも強張っていた表情が和らいでいき、口元を綻ばせる。

 

「――それなら尚更安静にしていないとダメよ?」

 

 二人を見て一安心したジークリンデが背もたれたところで病室のドアが開き、保護者的存在であるヴィクトーリアが入ってきた。

 気づいたヴィヴィオ達が礼儀正しく挨拶する中、ジークリンデは視線を泳がせながら口元を引きつらせる。聞かれてたんか、と思いながら。

 何かイケないことをした際の反応を見せる幼馴染みへ視線を向け、呆れた表情でため息をつく。

 

(そ、そんなことはわかってるんよ。せやけど)

「わかってるのなら隠すような仕草を見せる必要はないと思うけど?」

(…………)

「目を逸らさないの」

 

 まるで親が子を叱るような光景を前に、ヴィヴィオとアインハルトは微笑ましいと思いながらも、苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……また来たよ」

 

 最後の決闘が終わってからちょうど一週間。ファビアはあれから毎日、人工呼吸器をつけて眠るサツキのお見舞いに訪れていた。

 規則的に胸を上下させ、静かに息をし続けるサツキ。プスー、プスーという人工呼吸器の音が止むことなく病室の中に響いていく。

 これまで無敗を誇っていたジークリンデ・エレミアとの決闘を、開始前から満身創痍というハンデを背負いながらも制したサツキ。

 

 

 ――しかし、彼女が負った代償は大きすぎた。

 

 

 腹部の刺し傷、出血多量による血圧の低下、神経及び肉体への過大な負荷。

 神経負荷以外は決闘だけでなくヴェルサとの戦闘によるものも大きく、あれがなければここまで酷くはならなかったと思われる。

 一命こそ取り留めたサツキだが、医者が言うには内部へのダメージも大きかったようで、しばらくは目を覚まさないとのこと。

 

 サツキが何らかの事件に巻き込まれたと判断したファビアは翌日、同じ嘱託魔導師のルーテシア・アルピーノと共に平原から少し離れたところに建っている廃工場を調べた。

 その廃墟は以前、決闘の場である平原に行くための目印として扱われており、血だらけのサツキが歩いてきた方向に建っていたものだ。

 ファビアはそこで何かがあったのだと確信した。いくらサツキでも重傷を負った状態で、そこまで長い距離を移動できるわけがないのだから。

 

 

 ――だが、そこに事件性を窺わせるほどの証拠は全くなかった。

 

 

 ただ、痕跡と言えるものは一つだけあった。壁や床のクレーターや亀裂が、できてからまだ日が経っていなかったのだ。

 しかし痕跡が見つかったとはいえ、それだけでは事件性の証拠にはなり得ない。

 そこでファビアは一か八か、ある人物(?)を訪ねてみることにした。

 

「ラト。アーシラト」

 

 静かに眠るサツキ――正確には彼女の首に付いているチョーカーに話しかけるファビア。

 すると名前を呼ばれたチョーカーが赤紫色に点滅し始め、それが終わると同時に言葉を発した。

 

〈何でしょう? ファビアさん〉

 

 サツキの愛機であり、ベルカ式のインテリジェントデバイスであるアーシラト。愛称はラト。

 自分はまだ機能していると言わんばかりに光るラトに、ファビアはある質問を投げかける。

 

 

「――あの日、サツキに何があったのか教えて」

 

 

 

 

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