死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第65話「再始動」

「それにしても意外だよねぇ~」

「意外、ですか?」

 

 ミッドチルダ北部。そこにある聖王教会にて、シスターのシャンテ・アピニオンと来客であるファビアとアインハルトがお茶会をしていた。

 今日の目的はそれに加え、もうすぐ戦技披露会で行われるヴィヴィオの試合の応援に皆で行こうという話もあったのだが、全員承諾であっさりと終わって暇になっていたのだ。

 ちなみにもう一人の来客であるルーテシア・アルピーノと、先ほどまで紅茶を淹れていた二人のシスターは現在、席を外している。

 こっそりと首に掛けているロケットペンダントを開き、一人嬉しそうにほくそ笑むファビアをよそに、シャンテはどこか複雑な表情で口を開く。

 

「――サツキさんが入院するなんてさ」

 

 怒り、悲しみ、失望、安堵がごちゃ混ぜになったような声を出し、拳を握り締めるシャンテ。

 サツキに何か恨みでもあるのだろうか。アインハルトとロケットペンダントを仕舞ったファビアがそう思っている間にも、シャンテは続ける。

 

「あの人さ、他人には散々言うか一発は殴るくせに、肝心の自分は刺されただけで呆気なく倒れてる。納得いくわけないじゃんこんなの」

「刺されたって言うけど、サツキはその後も動いてたんだよ? 倒れない方がおかしいよ」

 

 あの時、サツキは身体が真紅に染まった状態であるにも関わらず、ジークリンデを倒すという思いだけで止まることなく動き続けた。

 彼女は限界を超えていたのだ。腹に風穴を開けた状態で動けるだけでも異常なのに、役目を終えて倒れるのは当然だろう。

 この場でその事情を知っているのは当事者のファビアしかいないのだが、アインハルトはそれを察したかのように俯いた。

 

「そ、それでもあたしは納得できないよ……。あとこういうのは良くないってわかってるんだけどさ、あの人が入院したって聞いたときに安心しちゃったんだよね……」

「「安心?」」

 

 不思議そうに首を傾げ、綺麗に声がハモるファビアとアインハルト。アインハルトに至っては俯いてた顔をすぐに上げている。

 一体何に対しての安心だろうか。発言からして間違いなくサツキだと思われるが、少なくともシャンテの表情を見る限り彼女が無事だったことへの安心ではなさそうだ。

 シャンテは他の人に聞かれていないか周りを見渡し、コクリと頷いて肯定した。

 

「あたしは初めて会ったときからサツキさんのこと、化け物や悪魔だってずっと思ってたんだよね。だから今回の件を聞いて、やっとあの人があたしらと同じ人間だって思えたんだよ」

 

 彼女の本心であろう言葉を一言一句聞いたファビアは心当たりしかないと言わんばかりの表情になり、アインハルトも一戦交えたときを思い出して整った顔を少し歪める。

 数の暴力を単身で払い除け、断空や鉄腕の一撃をモロに食らっても平然と起き上がり、肩の関節が外れてもあっさりとハメ直し、あの神髄を発動したエレミアさえも退けた。

 確かにこれはあり得ない。シャンテがサツキを人外と認識しているのも納得できてしまう。

 ……とはいえ、その一部はシャンテの自業自得によって刻まれたトラウマが絡んだものであり、今のところ半分は過大評価でしかない。

 

「何にせよ、お見舞いには行かないから。あの人が意識を取り戻したところに鉢合わせた結果、流れるように殺されるなんて嫌だし」

「さすがにそれは被害妄想が過ぎるかと……」

「いくらサツキでもそんなことはしない」

「うるせーなっ! わかってるよそんなことは! だけどあの人なら普通にやりかねないんだよ! アインハルトは知らねーだろうが、サツキさんはそういう人なんだよ!」

 

 長い間サツキと一緒にいたファビアはともかく、二回しか会ったことのないアインハルトは絶対に知らないと判断したシャンテ。

 彼女はかつて自ら生んだ誤解でサツキを怒らせ、一方的に蹂躙され死にかけたことがある。その時のことが、今でも心に刻まれているのだ。

 が、そんなトラウマ持ちの彼女へ追い討ちを掛けるように、心外だと言いたそうなムッとした顔のファビアとアインハルトは異議を唱えた。

 

「私がどれだけサツキと一緒にいたと思ってるの? あの人のことは誰よりも、ダールグリュンやエレミアよりもわかっているつもりだよ」

「確かに付き合いは長くありませんが、サツキさんがどんな人かは会話しただけで何となくわかります。多分シャンテさんが思っているほど凶暴な方ではないと思いますよ」

「ちくしょう! これだとあたしが間違ったことを言ってるみたいじゃんか!」

 

 ひねくれ出したシャンテを慌てて宥めるアインハルトをよそに、ファビアはアホらしいとまるでサツキのような態度を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここで負けたんやな」

 

 ミッドチルダ西部の山林地帯にある、極限レベルの決闘が行われた例の平原。ようやく補助なしで歩けるようになったジークリンデは、ヴィクトーリアと共にそこへ訪れていた。

 攻撃の余波を受けた地面は酷く抉られ、木々は全て薙ぎ倒されている。あの日以降、誰もここに手を付けていないのだ。

 荒野と化した平原を静かに眺めるジークリンデを、ヴィクトーリアが後ろから母親のように少し不安そうながらも温かい目で見つめる。

 

「ジーク……」

 

 幼馴染みの名前を小声で呟き、あの日ここで起きた出来事を懐かしむように振り返る。

 その日の午後。日没というタイムリミットの三時間前にやってきたジークリンデだが、サツキが現れたのは日没ギリギリだった。

 重傷を負っていた彼女はジークリンデとの約束を果たそうとそのまま戦闘を始め、勝利を収めたのだ。

 ファビアはもちろん、ヴィクトーリアもその瞬間を脳裏に深く焼き付けている。ジークリンデの、幼馴染みの初敗北を。

 

「変わったものね、サツキも……」

 

 出会った当初は加減を知らないだけの選手だと思っていたが、その実態は不良。それもハリー・トライベッカのような見た目だけの自称ではなく、他者の大切なものを平然と奪えるヤンキー。

 彼女とは馬が合わず、常にいがみ合っていたジークリンデは今に至るまで気づいていないが、ヴィクトーリアは早い段階で察した。

 

 ――サツキ自身も把握しきれていない、その内に秘められたドス黒い本質を。

 

 自分達とは決して相容れることのない存在、違う世界の住民。普通に接しながらも、ヴィクトーリアは心の底でそう思っていた。

 しかし、今年に入ってサツキは大きく変わった。一時期とはいえ社会人として働き、誰かのために動いているような素振りすら見せたのだ。

 生粋のヤンキーが少しずつ年相応の少女になっていく姿を見て、ヴィクトーリアはまるで自分のことのように喜んだ。

 ……彼女が今もなお当たり前のように暴力を振るい、当たり前のように喫煙する点以外は。あの二つだけはどうしても許容しきれない。

 

「帰ろ、ヴィクター」

「……ええ」

 

 どこかすっきりとした顔のジークリンデにつられ、にっこりと微笑むヴィクトーリア。

 それでも元気そうに振る舞う彼女の目元が赤く腫れ、少し鼻声になっているのが気になったが、大体の察しはつくので触れないことにした。

 

「もういいの?」

「うん。せやけど、強いて言うならあそこはあの状態のまま残しといてほしいな」

「ふふっ、何とかしてみるわ」

 

 まだサツキの本質が変わっていない以上、決して気を抜くことはできない。だが、今ぐらいは好きにしてもいいだろう。

 隣で楽しそうに空を見上げる幼馴染みを見て、ヴィクトーリアは安堵の微笑をもらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もお見舞いとはご苦労なこった」

「毎日行っているらしいじゃないか」

「別に。好きでそうしてるだけだし」

 

 戦技披露会も無事に終わり、今年の終わりまで半月を切ったある日。外では冬の訪れを知らせるように雪が降り始め、少しばかり積もっている。

 そんな寒い中、ファビアはいつものようにサツキのお見舞いへ行く途中でハリー・トライベッカとミカヤ・シェベルの二人に出くわし、目的が同じだったこともあり同行させることにした。

 明るい表情で笑うハリーと涼しい顔のミカヤに対し、ツンとした態度のファビア。

 決して二人を嫌っているわけではないが、サツキと長い間一緒にいたせいか今まで以上に不器用な態度を取るようになったのだ。

 

「サツキの入院にも驚かされたが、あのジークに勝ったと聞かされたときはそれ以上だったね。非公式とはいえ、無敗記録が破られたんだから」

 

 口元を引きつらせるミカヤの言い分にハリーもどこか不機嫌そうな顔で「だよなぁ」と同意し、気を紛らわすようにため息をつく。

 この二人もジークリンデの打倒を目標の一つにしているのだが、よりによってサツキに先を越されたので複雑な心境だったりする。

 そうこうしているうちにサツキの病室がある階へ到着し、ハリーは確認のために口を開く。

 

「この先だっけか? あのバカが寝てやがる病室は」

「そうだよ――ん?」

 

 目的の病室が見えたところで、ファビア達は進めていた足を止めてしまった。その付近に看護師が何人か集まっていたからだ。

 一体何があったのだろうか。そう思ったファビアが声を掛けるよりも先に、最年長のミカヤが看護師の一人に話しかけていた。

 

「何かあったんですか?」

「は、はい。実は――」

 

 まさかと思ったファビアはここが病院だということも忘れて駆け出し、閉まりかけていた病室のドアをやや乱暴に開ける。その刹那、

 

「……サツ、キ…………?」

 

 声がこぼれた。ファビアの腕から持参していた着替えが落ち、彼女の後を追うように病室を覗き込んだハリーとミカヤも目を見開く。

 豪雨や強風に見舞われようとお構いなく、ファビアが毎日訪れていた病室。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには誰もおらず、ベッドの上には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、その近くには破壊された窓があった。

 

 

 

 

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