「へぇ……」
ヴィヴィオに試合を申し込まれてから二日後。アタシは指定された時間と場所――真っ昼間にどっかの港を訪れていた。見たところ倉庫区画のようだが……。
それにしても、まさかこんなところがあるなんて知らなかった。もう少し早く気づいていればここを隠れ家にしていたところだ。
「サツキさーん! こっちで~す!」
声がした方を振り向くと、ヴィヴィオが元気に右手を振りながら立っていた。その近くにはノーヴェとストラトス、そしてその他二名のクソガキがいる。おいおい、今からやることは見せ物か?
そんなことを考えつつも、アタシはヴィヴィオから少し離れたところに向き合う形で立つ。
「今日は来ていただいてありがとうございますっ!」
そう言ってペコッと頭を下げるヴィヴィオ。この礼儀正しさ、誰に似たのやら……。
アタシは周りを見渡し、よくこんなところを確保できたなと素直に感心した。どうせ練習場でやるんだろ? とかずっと思ってたし。
「ここは廃倉庫だし、許可も取ってあるから安心していいぞ」
「つまりそれはここが壊滅するまで暴れてもいいってことか?」
「…………………………ほどほどにな」
なんだ今の間は。
(それと頼みがある)
いきなり念話に切り替えたかと思えば頼み事かよ。それぐらい口頭で言えよめんどくさい。久々にイラッときたが、この程度でキレるわけにはいかないのでグッと堪える。
最近は短気じゃなくなってると思ってたのになぁ……まあ、我慢しますかね。
(で、頼みってなんだ?)
(……今回は真面目に相手してやってくれないか?)
(は?)
そう言われて何を言ってるんだコイツは、って感じの表情になる。つまり本気を出せってことか? それとも真面目に戦えってことか?
ははっ……バカじゃねえの? なんでアタシがそんなお節介しなきゃなんねえんだよ。
(お断りだ)
(頼む。今度定食でも奢ってやるから)
(うぐっ……)
ここで定食(タダ飯)を取引材料に出すとか卑怯にもほどがある。
(…………少しでいいか?)
(ああ、やってくれるなら)
定食(タダ飯)の誘惑に負けてしまい、少しだけ真面目にやることになってしまった。
ファミレスの件でヴィクターに多大な借金ができた今、タダ飯は貴重な食料だ。食費は家賃や水道代その他諸々から引こうと思っていたが、それを知ったクロから野菜やら魚介類やらの差し入れをもらうことで事なきを得ていた。だけどもう大丈夫。これで三日は飯抜きでも生きていけるぞ!
「最初から全力でいかせてもらいますっ!」
そう言ってクリスを高く掲げ、「セットアップ!」と叫んだヴィヴィオは光に包まれる。そして一分も経たないうちに大人モードとなった。
それに対して、アタシは何もしない。というかする必要がない。素が一番だしな。
「……セットアップしないんですか?」
必要ねえからな、と一蹴する。ストラトスやノーヴェのときはフェアにするためにセットアップしていたが、無限書庫でハリーとやり合ってからは気が変わった。していようとしてなかろうと同じことだと。
ヴィヴィオは一瞬だけムッとした表情になる。
まあ、無理もないか。生身でセットアップした相手とやる。傍から見ればそれは自分をバカにしているのか? と捉えられるのが普通だからな。
ノーヴェがルールを説明してる中、アタシはまだ抜けてない眠気のせいであくびしていた。
「それじゃあ――試合開始ッ!」
そんじゃ、遊んでやりますか。
□
私は棒立ちであくびをしているサツキさんに開幕速攻でハイキックを繰り出すも、まるで最初から読まれていたかのようにかわされてしまう。
見た感じは隙だらけで、アインハルトさんのような威圧感はまったく感じられない。だけど合宿のときにそのアインハルトさんを圧倒していたのは事実だし、無限書庫では番長、一昨年の都市本戦ではジークさんとも互角に渡り合っていた。でもこうして向かい合ってみると、それが全て嘘のように思えてくるほど何も感じられない。底も見えないし、強さも曖昧だ。なのに得体の知れない違和感がある。だから私は直で知りたいと思った。この人の本当の強さを。
すぐにサツキさんの顔へ右拳の連打を放つも、彼女はこれを遅いと言わんばかりに身体を少し逸らすだけで回避し、次に繰り出した左の蹴りも同じ要領で避けられてしまった。
今までのサツキさんは回避主体ではなく、圧倒的な耐久力にものを言わせて大抵の攻撃を受けきる戦法を取っていた。だけど今回は違う。受けきれる攻撃を、攻撃そのものをかわしている。
バリアジャケットを着けてないから?
これが本来の彼女だから?
それとも――私とやるのが不満だから?
最初の答えはまずないだろう。彼女は無限書庫で戦った際、生身で戦っていたのだから。
なら本来の姿はどうか。……失礼だけど、あのサツキさんが綺麗なスタイルで戦うとはとても思えない。これもないかな。
残った答えは一つ。やっぱり、私相手じゃダメなのかな……?
「おぅ?」
そう考えているうちにも、私は拳のラッシュと蹴りでサツキさんを壁側へと追いつめた。彼女自身はその事にまったく気づいていなかったようで、ちょっと呆けた顔になっている。
これなら……!
「スパークスプラッシュ!」
私は右の拳に電撃を纏わせ、それをサツキさんの懐へ打ち込んだ。壁に激突したらしく、その衝撃で煙が舞い、彼女の姿が見えなくなる。
サツキさんは避ける素振りを一切見せていなかった。だから捉えたのは確実だ。ダウンは無理でもダメージくらいは与えたはず――
(――いない!?)
煙が晴れるとそこにサツキさんの姿はなく、私の拳が直撃したことで破壊されたであろう壁があった。じゃあ私が捉えたのは残像……っ!!
背後から凄まじい殺気を感じ、急いで振り向くと無傷のサツキさんが立っていた。ほぼ条件反射で防御体勢に入ろうとするも、彼女は一瞬で目の前に現れ、右の拳を振り――!?
「え――」
サツキさんの右腕が視界から消え、一瞬だけ脳裏を“死”という文字がよぎる。
その直後、顔面を中心に強い衝撃を受け、私の意識は途絶えた。
□
「ん……」
「お、気がついたか?」
目を開けると私は仰向けになっていた。コロナとリオは心配そうに、アインハルトさんとノーヴェはホッとした顔で私の顔を覗き込んでいる。
私はすぐに上半身を起こし、頭の痛みを堪えながら周りを見渡す。なんで仰向けになってたんだっけ……頭もクラクラするし……はっ!
「サツキさんは!?」
「先ほど帰られましたよ」
アインハルトさんにそう言われ、自分が負けたことを実感する。そっか……やっぱり負けちゃったのか。一発も当てられなかったなぁ~。
それにいつものサツキさんらしくなかったとはいえ、強かったのは確かだ。力だけじゃなく、残像を作れるほどのスピードもあった。どうすればあんなに強くなれるのかな……?
「サツキさんの拳、速すぎて見えなかったよ」
私がそう言うと、ノーヴェ以外の全員が顔を合わせて「え?」という表情になった。あ、あれ? 何か変なこと言ったかな?
「そんなに速かった……?」
「いえ、そこまで速くなかったような……」
「少なくともあたし達には見えてたよ?」
「え? え?」
みんなには見えてたってどういうこと? 私にはまったく見えてなかったのに……。
私が困惑していると、何かの映像を見ていたノーヴェがやっと口を開いた。
「……これを見てくれ」
そう言ってノーヴェは自分が見ていた映像を見せてくれた。そこに映っていたのは、右拳を振り下ろすサツキさんと身構えようとしている私だった。みんなの言う通り、彼女の拳は視認できないほどのスピードで振り下ろされてはおらず、どっちかと言うとその拳はパワー寄りのものだった。
しかもよく見てみると拳は寸止めされており、その直後に私は倒れている。おそらく拳を止めた際の衝撃を受けてしまったのだろう。
それを見た私はさらに困惑してしまう。確かに今ははっきりと見えている。なのにあのときは全然見えなかった。なんで……?
「一応だが、心当たりはある」
「ほ、ほんと?」
ノーヴェの言葉を聞いた私は俯きそうになっていた顔を上げる。だけどすぐに「まだ確証がない」と言い、そのまま考え込んでしまった。
このあとサツキさんが回避主体のスタイルになっていたのは、ノーヴェがそうしてほしいとお願いしていたせいだとわかった。でもノーヴェが言うには『本気でやってほしい』という意味で、サツキさんらしくない『真面目な戦い方でやってほしい』という意味ではなかったとのこと。サツキさん、勘違いしちゃったのか……。
今回の試合でわかったのは、サツキさんの強さが本物だったということ、実際に対峙しないとわからないこともあるということだ。相手の実力は映像や客観的な視点だけじゃ測りきれない。私は改めてそれを思い知らされたのだった。
〈マスター〉
「なんだ?」
〈
「あー……言えることは一つだけ。次からは例えタダ飯1年分がもらえたとしても、
〈……………………〉
「なんか言えよ」
《今回のNG》TAKE 5
「え――ぐがっ!?」
「あ」
サツキさんの拳が顔にめり込み、私は仰向けに倒れてしまう。これで五回目だよ……痛いってレベルじゃない。鼻が折れてなきゃいいけど……。
「「ヴィヴィオぉ――っ!?」」
「ヴィヴィオさぁーん!?」
「ちゃんと止めろよサツキ! マジでヴィヴィオの顔が持たねーぞ!」
「お、おう……ごめん」
申し訳なさそうなサツキさんの謝罪を最後に、私の意識は途絶えた。