「サッちゃん。女の子の格好してくれへん?」
「お前は何を言ってるんだ。アタシは女だぞ」
「女の子の格好してくれへん?」
「ナイスジョークだジーク。あとアタシは女だ」
「女の子の格好してー」
「…………冗談が好きだな、ジークは。ね、冗談だよね? アタシは女だぞ?」
「はよ脱げや」
「テメエそれが本音だろ!?」
「…………え、エレミア。冗談も程々に――」
「
間合いを取りながらとてつもない緊張感を漂わせるアタシたち。
「おいクロ。これなんとかしてくれ」
「……それはこっちのセリフ」
目の前にいるジークを警戒しつつ、クロと二人で天を仰ぐ。
――きっかけはジークの些細な一言だった。
「ロシアンチョコ食べよ!」
「なんだその物騒な名前のチョコレートは」
学期内試験の結果が発表された日の夜。ギリギリでスーパーの特売に間に合ったアタシが帰宅すると、ジークが黒い箱を掲げながらそう叫んでいた。なんだよロシアンチョコって。名前だけでどんなお菓子かわかってしまったじゃねえか。
そのすぐそばで「まさにアホミア」と、呆れた顔でジークを見ているのは癒し要員のクロ。そろそろ癒しじゃなくてストレスになってきたと思っているのは内緒である。まあ、そんな顔をしているという点ではアタシも同じだがな。あのジークが、自らギャンブルを提案してきたのだから。
そう思いつつ、両手に持っていたスーパーの袋をテーブルの上に置く。
「ヴィクターがくれたんよ」
「何あげてんだあの親バカ……!」
次会ったらけちょんけちょんにしてやる。
「アタシはいらねえから、一人で勝手に食ってろ」
「……右に同じ」
なんか危ない気配がビンビンなので、アタシとクロはジークの誘いをバッサリと断ることにした。とりあえず上着のポケットからタバコを取り出し、オイルライターで火をつけ一服する。
ライターで火をつけるこの感触、久々だなぁ。
最近はマッチで火をつけてたから忘れそうになってたよ。
「なんや二人とも、ノリが悪いなぁ~……タバコ吸うのやめーや」
そう愚痴りながらジークはチョコレートの箱を開け、さっそくと言わんばかりに一つ頬張った。
それにしても……ロシアンチョコ、ねぇ。ロシアンつったらやっぱりロシアンルーレットのロシアンだよな? だとしたらあのチョコには何種類の味があるというんだ……?
――よし、前言撤回。
「一つよこせジーク。食べてやる」
「へ? な、なんや急に」
「…………私にも一つ」
「あっ、魔女っ子まで!」
ジークが持っている箱からチョコを一つ取り、思いきって頬張る。すると何度か味わったことのあるフルーツ果汁のような味が口いっぱいに広がり、まるでミックスジュースを飲んでいるかのような……って、
「ミックスジュースか!」
まさかのミックスジュース味だった。チラッとクロの方を見てみると、今にも床の上でのたうち回りそうな顔になっていた。ふむ、何かを堪えているようだが……あ、吹き出した。
我慢できずに吹き出したクロはひぃひぃ言いながらキッチンに走り、口を洗うように水を飲み始める。ああ……辛い系の味に当たってしまったのか。ドンマイとしか言えないな。
そういや一番最初に食べたジークは何味だったのか。ふと気になったアタシはさっきから人形のように動かないジークの方へと視線を向ける。やけに大人しいな……それにアイツからアルコールの匂いが――
「んちゅ~」
「ホアッタァ!?」
いきなり抱きついてきたかと思えば唇をすぼませてキスしてきやがった。もちろんさせるわけがない。唇だけは守ろうと必死に顔を逸らすも、頬に柔らかい感触が押しつけられる。
危ねえ! いや最悪だ! 額の次は頬かよ! ていうかアルコールの匂いヤベェ! なんの味食べたらこうなるんだよ!?
「サッちゃ~んちゅ~して~」
「死ね! 今すぐ死ね!」
なんじゃコイツ!? 酔ってるせいか無駄に力が強えっ! クソッ、全く引き剥がせないし右脚が動かせないから踏ん張りも利かねえ……! ていうかやめろ! それ以上引っ付くな! 暑苦しいしなんかハーブの匂いがするし……
「ん? ハーブ?」
なんでアルコールにハーブの匂いが混じってんだ? しかもこれは……ニガヨモギ、アニス、ウイキョウ。これらのハーブを扱ったお酒と言えば……おいおい、よりによってアブサンかよ。
アブサンと言えば複数のハーブやスパイスを主成分とした薬草系リキュール――混成酒の一つだったはず。アルコール度数は70%前後……チョコに入れていいもんじゃねえぞ!?
「はむっ」
「んぅ!? おいバカやめろ! 耳を噛むな!」
くすぐったい! なんかくすぐったいし変な声が出そうになったからやめてくれ!
てか、よく考えたらいくらなんでもおかしいぞ。アルコール度数の凄まじいアブサンを摂取したんだ。ワインの香り程度で酔っ払うジークならすぐに酔い潰れて眠るはずなのに……なんでこんなに元気なのコイツ。
そんなアタシの心情を見透かしたのか、ジークはそこそこある胸を張ってこう告げた。
「
「そんなラブパワーがあってたまるか!」
何堂々と宣言してやがる。顔も真っ赤にしやがって。あと酒臭い。
要はこういうことだろう。ジークのアタシに対する愛とやらが酔っ払うことで限界突破してしまい、歯止めが利かなくなったと。……これのどこに意識を保っていられる要素があるんだ?
「とりあえず結婚しよ~」
「待て! 過程はどうした過程は!? いきなりハネムーンでエンジョイする気か!?」
ええい、こうなったら……!
「クロ! この酔っ払いをなんとかしてくれ!」
いつの間にか復活していたクロがすぐそばでアタシたちを見ていたので、迷わず助けてもらうことにした。頼むぞクロ……!
「…………今、鉛筆を削るのに忙しい」
《知り合いの貞操》<《鉛筆削り》
アタシの貞操もずいぶん軽く見られたものだ。
「鉛筆を削ってるように見せかけてアタシのどら焼きを勝手に食べてるクロなんて大っ嫌いだ!」
「…………っ!!(ブンブン)」
赤面した状態で否定のポーズを取りながらも、どら焼きを食べることは全くやめないクロ。なんてわかりやすい奴なんだお前は。
しかし、クロはどら焼きを食べながらもこっちに来てジークを引き剥がしてくれた。
「………………これをどうしろと?」
「始末してくれ」
「無理」
この役立たずが。
「サッちゃ~ん」
「な、なんじゃい」
「服を脱いで~」
「脱ぐわけないやろこのドアホ!」
思わず関西弁で返してしまった。あー……地球にいた頃が懐かしい。
「ほら~はよ脱いで~」
「脱がへんつってるだろ! なんぼ言うたらわかるんやおどれは! わかったらその裾を掴んでいる手を離せ! 服が伸びてまうやろ!」
「……サツキ、口調口調」
「あ」
もうダメだ。コイツのアタシに対する愛とやらが限界突破しているように、アタシのコイツに対するストレスも限界突破しているんだ……。
これがハリーやシェベルにバレようものならアタシのあだ名は“女たらし”になってしまうな。
「そや、脱ぐのが嫌なら――」
「見えない! アタシにはジークがどこからともなく取り出したとにかく透け透けのウェディングドレスなんて全く見えねえぞ!」
クソッタレが。そんな衣装を着るぐらいなら裸の方がマシだって一瞬思っちまったじゃねえか。
「えへへ~揉み心地ええなぁ~」
「おまっ!?」
ジークはいつの間にかアタシの胸を揉んでいた。今度はセクハラか――いや、よく考えたらこれは日常茶飯事だわ。もう慣れた。
「離せ酔っ払い!」
「おぶふっ!?」
やっと反撃するだけの気力を取り戻したアタシは右の拳で思いっきりジークを殴り飛ばし、次に持っていた松葉杖でひたすら追い討ちを掛ける。
これを食らったジークはその場で力なく倒れ、ようやく沈黙した。
よ、よし……! これで起きる頃には酔いが覚めて元に戻ってるはず……!
「…………お疲れさま」
疲労のあまり肩で息をしていると、右手で鼻を摘まんだクロが突然口を開いた。
「よく言うぜ、この薄情者が」
「……私だって自分が可愛い」
お前の言う友達とはその程度か。
「とりあえず、明日には記憶がなくなってるはずだ。酔っ払うってのはそういうもんだからな」
「……疲れたから帰る」
「そうか」
そんじゃ、アタシも寝るとしますか。
ジークを処分するとしたら明日だ。最低でも喉元は潰してやる。……やれやれ、これで何度目の処分になるのかねぇ。
「おはよサッちゃん。今度のハネムーンはどこがええかな?」
「なぜだぁあああああああっ!!」
翌日。ジークは酔いから覚めていた。しかしこの通りである。吹っ切れた感が尋常じゃない。
今までのジークもそれなりにぶっ飛んだ発言はあったが、それでも一線は弁えていた。だからこそ、第一声がハネムーンはさすがに笑えねえ。いきなり叫んだアタシは絶対に悪くないぞ。
「子供は何人――」
「それ以上はいけない!」
言葉を遮って正解だった。最後まで聞いていたら恋愛の定義を崩されていたかもしれん。
しかもそれ以前に性別という壁が立ちはだかっていることをコイツは知らない。
「ジーク。昨日のことは覚えてるか?」
「昨日? 覚えてへんけど、サッちゃんが浮気でもしたんか?」
なぜそうなる。
「……あっ、思い出した!」
なんだ? 何を思い出したんだ?
「――
「どこからツッコめばいいのかわからねえ!!」
今このときほどジークへのツッコミが追いつかないと思ったことはない。
このあとも朝食を食べながらジークのお喋りに付き合わされたが、最終的に松葉杖でひたすら殴ることで落ち着かせたのだった。
《今回のNG》TAKE 36
「…………今、どら焼きを食べるのに忙しい」
《知り合いの貞操》<《どら焼き》
クロは自分に正直で偉いなぁ……!!