死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第72話「表と裏の日常」

 

「サッちゃん! これに名前を書いて!」

「あ? どれだよ――誰が書くかバカヤロー」

 

 ジークが限界突破を果たしてから一週間後。

 アタシはジークが差し出してきた婚姻届を見て心底呆れていた。……これ、軟化するどころか悪化の道をたどっているんだけど。あと貞操の危機が倍増した気しかしない。

 このままいけば、コイツはアタシ以外にも食いつく百合女になってしまう。確実に。

 

「べ、別に書くだけならええやろ!?」

「よくねえよ」

 

 吹っ切れた変態ほど怖いものはない。これに関してはジークの他にもウェズリーが該当する。それ以外の連中はまともだと信じたい。

 まともな奴ほど扱いやすいし、個性もそんなに強くないからな。

 

「ところでジーク」

「んー?」

「圧力鍋が真ん中から破裂していたんだが、心当たりはないか?」

「………………(サッ)」

 

 やっぱりテメエかコノヤロー……!

 

「あれいくらしたと思ってんだ!? お前が着てるそのボロジャージの二倍は高いんだぞ!?」

「ボロジャージって言うのやめてーや! せめて勲章のついたジャージと言ってほしいんよ!」

 

 まずは勲章という言葉の意味を一週間かけて調べてこい。話はそれからだ。

 今朝、いきなりジークが『花嫁修行するからまずは料理をやってみたいんよ』とかほざいたので仕方なくやらせることにしたのだ。なんの料理をやったのかは知らんが、料理器具を破裂させたのだから絶対に手順以前の問題である。どうやったら圧力鍋が破裂するんだよ。

 とりあえず、コイツが料理できないのはよくわかった。もう二度とさせない。

 

「そんなことより、はよ書いてほしいんよ!」

 

 何がそんなことだテメエ。お前にとってはそんなことでも、アタシにとっては一文無しになるかならないかの瀬戸際なんだぞ。財布も軽いし、何よりヴィクターへの借金が返済できていない。

 それにお前、去年なんて掃除してたときに椅子をぶっ壊したり、食器を洗ってるときに皿を割りまくったり、挙げ句の果てにはリモコンを壊しかけたこともあったよなぁ? アタシは決して忘れねえぞ。無念に散っていった彼らの想いを。

 

 まあ、このまま放置しておくのもあれなので、仕方なく婚姻届を受け取る。

 どれどれ……おい、

 

「なんでお前が嫁なんだよ!? ここはアタシにするべきだろ!」

「サッちゃんはどう見てもお婿さんやろ! 無駄に漢らしいし!」

 

 それは褒めてんのか? 貶してんのか?

 

「チッ…………まあいい(ボォッ)」

「あ――!! 燃やさんといてぇー!!」

 

 だが、もう遅い。必死の消火活動も空しく、婚姻届は五分も経たないうちに綺麗さっぱり灰となった。ありがとう、マイライター。

 ジークは燃え尽きた婚姻届(だった灰)を両手で持ちつつ落胆している。けどまあ、コイツのことだから婚姻届の予備はまだあるんだろうな。そう思うと気が遠くなってきた。しかも、これはある意味始まりに過ぎないんだよねぇ……。

 遠い目になりながら苦虫を噛み潰したような顔になっているアタシをよそに、ジークはすぐに立ち直ってどこかへ出掛けようとしていた。

 

「どこ行くんだ?」

「ヴィクターから婚姻届をもらいに行くんよ」

 

 あんの親バカァ……!

 

「……アタシも行く」

「へ?」

 

 とりあえず婚姻届の発生源であるアイツはこの手でブチ殺す必要がある。

 

 

 □

 

 

「どうしてサツキがいるのかしら?」

「いちゃ悪いのか?」

 

 ヴィクターの屋敷――ダールグリュン邸。

 久々に訪れたということすら忘れつつあるアタシは、屋敷の主であるヴィクターを今すぐぶん殴ろうと拳を握り締めていた。

 最近会ってなかったから気づかなかったが、ロシアンチョコの件も大体コイツのせいだ。一言で言うなら全ての元凶。ボロクソになるまで処刑するには充分な動機である。

 さっそく拳を振り上げるも、後ろにいたジークに引き止められた。

 

「サッちゃんストップや! ここでヴィクターを殺してもなんも解決せーへんよ!?」

 

 いや思いっきり解決するから。発生源であるコイツは今この場で葬り、畑の肥料にしなければならねえ……!

 ゲームでもよくあるが、無限に量産される敵はこまめに一つ一つ倒してもキリがない。そんなときは二度と生み出されないように生みの親を徹底的にブチのめす。アタシがやろうとしていることはそれと全く同じことである。

 

「まったく…………あなたはいつもカッカしすぎよ? 少しは牛乳でも飲んで落ち着きなさいな」

 

 落ち着けないのは主にお前らのせいだ。

 

「ヴィクターの言う通りや。最近のサッちゃん、いつもより短気になっとるよ?」

 

 だからさ、その原因が君たちにあるということを察しようよ。でなきゃアタシもこんなにイライラすることはないんだよ。

 とにかく、ジークと畑の――ヴィクターはここで葬ってやる。

 

「なあジーク」

「なんや――へぶっ!?」

「ぶへっ!?」

 

 今起きたことを簡単に述べると、ちょっぴりキレたアタシがジークにジャーマン・スープレックスをかまし、たまたま後ろにいたヴィクターがそれに巻き込まれた、というわけだ。

 互いに頭のてっぺんから激突したジークとヴィクターは目を回していた。ざまあみろ。

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「ひどい目に遭いましたわ……」

(ウチ)が何をしたって言うんよ……」

「それぞれ自分の胸に聞いてみろ」

 

 数分後。消化不良ながらもヴィクターへの復讐を果たしたアタシは、ただ一人紅茶を飲みながらジト目で二人を見つめていた。

 まずお前らは反省するということを覚えようか。話はそれからだ――とは言わないが、そうでもしないと永遠に解決しない。それだけのことをコイツらはやらかしちゃったわけだし。

 こんな奴の借金を返済しようと言うのだから、アタシもなんだかんだでバカである。

 

「で、用は何かしら?」

「婚姻届をもらいに来たんよ!」

「ごめんなさいジーク。婚姻届はあれで最後だったの」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ジークは仏像みたいな顔になった。おいおい、あかんわこれ……モザイク掛けんとヤバイわ。見せられないよマジで。

 モザイク必須な顔になっているジークは、その顔を保ったまま夢かどうかを確かめるために自分の頬をつねり出した。

 そして思いっきり息を吸い込み、

 

「……ヴィクターのドアホーー!!」

「グッハァッッ!!」

 

 涙目で屋敷全体に響くほどの大声で罵声を上げた。それをモロに聞いたヴィクターは白目になって吐血し、再びぶっ倒れたのだった。

 一部始終を見たアタシは顔を引きつらせながらこう思った。

 

 ――親バカってのは諸刃の剣だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「がぁっ……!?」

 

 翌日。夕方の路地裏にて、アタシはある程度回復した右脚のリハビリを兼ねて暴れ回っていた。

 ……よし、痛くない。たった今もゴロツキである男を蹴り飛ばしたが、違和感はなかった。これならもう少し派手にやっても大丈夫だろう。

 さっそく蹴り飛ばしたゴロツキの頭を両手で固定し、その顔面に膝蹴りをひたすら入れる。歯が抜けようと、流血しようと関係なく蹴り続けた。

 

「ん?」

 

 そして十発目を入れようとした瞬間、男の一人が背後からアタシを羽交い締めにしてきた。

 へぇ、少しは頭を使えるのか。今まではとにかくビビりながら向かってくる奴ばっかりだったもんなぁ……おもしろい。すぐに標的をその男へと変更し、羽交い締めにされたまま前進する。

 

「こ、こいつ……!?」

「はっ、死にたくなけりゃしっかり掴まってろ。……どっちにしろお前らの末路は変わらんがな」

 

 前進する先にはこの男の仲間たちが出口を塞ぐように立っており、退いてくれそうにはない。

 ――よし、一人残さずブチのめそう。

 まずはアタシを羽交い締めにしている男の脇腹へ肘打ちをかまし、足払いで男をうつ伏せの状態にしてから鳩尾へ蹴りを入れて沈める。

 次に別の男が振り下ろしてきた鉄パイプを右手で受け止め、左の拳を顔面へ打ち込む。その直後に後頭部を鈍器で殴打され、懐を蹴られるも、振り返りながら後ろにいた男を殴り飛ばす。

 そんな調子で出口を塞いでいた連中をブチのめしていき、最後の一人を思いっきり壁へ叩きつけたところで攻撃の手を止めた。

 

「…………あれ? もう終わり?」

 

 つまんねえの。

 外面では声を殺すように笑いながらも、内面ではそう思って痰を吐く。ん……また口が切れたな。よくあることだけど。

 それにしても、スタンガンはねえだろスタンガンは。ヴィクターのせいで耐性がついていたから良かったものの……普通なら気絶してるぞ。

 フードを被って路地裏を後にし、タバコを吸いながらケーキでも買って帰ろうかなと思ったときだった。

 

「サツキ?」

 

 背後から聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、後ろを振り返ると私服姿のハリーが立っていた。

 

「……何してんだよ」

「なにってそりゃお前――ケンカだよ」

 

 何を今さら、と軽く笑いながら答える。ハリーはそんなアタシを見て目を見開き、まるで信じられないものを見るような顔になった。

 ……もしかしてインターミドルを今年限りで引退することがバレたのか? いや、あれは誰にも話してないからそれはないな。ま、例えバレようと引退することに変わりはないけど。

 吸っているタバコの煙をリング状にして吐きながら、少し首を傾げる。それなりに付き合いの長いお前は知ってるだろうに。

 

「お前…………」

 

 ハリーが何か言おうとしていたが、途中で口ごもったせいで聞き取れなかった。なんて言おうとしたんだ? ……まあいいか、どうでも。

 そんなことより今の時間がもったいないと思い、何も言わずにその場を後にする。その際、後ろからハリーの声が聞こえたような気がしたが、これを気のせいだと思って聞き流すことにした。

 

 

 □

 

 

 オレは何も言わずに立ち去っていくサツキの背中を見て少しばかり戦慄する。フードを被ってたせいで口元しか見えなかったが、それは何かの呪縛から解放されたことを喜ぶように歪んでいた。

 サツキがケンカ好きなのはとっくに知っている。だけど、それでもあいつのあんな表情を見たことは一度もない。今までのサツキは楽しそうにしながらも、心のどこかで諦めている節があった。それは今になっても変わらないのだろう。

 

 なら、あの表情はなんだったんだ?

 

(サツキ……)

 

 普段はオレたちをとことん振り回してやりたい放題した挙げ句、まったく反省しない理不尽なヤツ。公式戦で戦ったことは一度もないが、模擬戦では何度も戦った仲だ。

 ……そんな腐れ縁が、今では遠い誰かにしか見えなくなっていた。

 

 

 ――お前は本当にサツキなのか?

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 9

「サッちゃん! これに名前を書いて!」
「あ? どれだよ――」


 → 記載済みの婚姻届と誓約書


「……………………」
「サッちゃんあかん! 頭が、頭蓋骨がメキメキ言うてる! 言うてるからぁーっ!」

 無言でジークにアイアンクローをかましたアタシは何も悪くない。絶対に。


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