「ふぅ……」
ベンチで息を整えながら、どうして目の見えないサツキが普通に動けたのかを考える。
なんだかんだで未だにわからねーが、目が見えなくなった後の動きは目が見えてるときに比べて動物的なものだった気がする。一番最初に見せた『脱力した自然体の構え』となんか関係があるのか? ……とりあえずキレてるのは明白だけど。
オレが顔を俯かせながら考え込んでいると、心配そうな顔のリンダが呼び掛けてきた。
「リーダー、さっきよりも疲労が……」
「大丈夫だ」
顔を上げ、どうにか微笑んでそう答える。まだ顔のダメージは抜けてねえか。
魔力も体力もまだ残ってるが、おそらく最後まで持つことはないだろう。しかも第1ラウンドのときより疲労やボディのダメージが蓄積しているのもまた事実だ。だから――
――このラウンドでケリを着けてやる。
「さぁーて、軽くぶっ飛ばしてやりますか!」
「「「オォスッ!!」」」
さっきと同じくルカ達の気合いの入った掛け声を背に受け、クラッシュエミュレートを回復してリングに入る。
サツキはとんでもなく強え。ヘンテコお嬢様やミカ姉、それにもしかしたらジークより強いかもしれない。それでも勝たなきゃなんねえ。勝たなきゃ先には進めない。
――オレは勝ってあいつらと一緒に世界戦に行きたいんだよ。
前にした決意を固めながら、リングの中央で歩みを止める。今倒すべき相手であるサツキは、目の前で顔を少し俯かせながら沈黙していた。
初めて見るな……こんなサツキは。そう思うとほぼ同時に、彼女のある変化に気づく。
(こいつ……)
試合じゃ必ず束ねていた髪が解かれ、いつも通りの髪型になっていたのだ。
どういうつもりだ? 髪は鬱陶しいから試合前に必ず束ねている。サツキ自身がいつもそう言っていた。なのに、わざわざ自分からその髪を解くなんて……。そのせいかはわからないが、観客の一部もサツキを見てざわつき出していた。
今のサツキには何を言っても無駄だな。彼女の纏う雰囲気でそう判断し、深呼吸してから気を引き締めて構える。
絶対に勝つ。今はそれだけを考えろ!
《第3ラウンド、開始ですっ!》
開始のアナウンスと共にブザーが鳴り響き、サツキから目を離さないように睨みつける。
そのサツキはブザーの音が聞こえなかったかのように棒立ちの状態から動きがない。本当に、こんなサツキは初めてだよ……。
じっとしていても仕方がない。そっちが動く気ねえんならこっちから動いてや――
「――っ!?」
こっちから仕掛けようとした瞬間、背筋が凍るほどの寒気を感じ、本能的な感覚で両腕を顔の前で交差する。そしてその直後、身体が吹っ飛ばされるように宙を舞っていた。な、何がどうなってんだこれは……!?
ぎこちない感じでどうにか着地し、隙を突かれないようにすぐさま体勢を整えてから右の拳を突き上げているサツキへと視線を移す。表情は髪に隠れてわからないが、その姿勢からオレを殴り飛ばしたということだけはすぐに理解できた。
オレが慎重に構え直すと、サツキは立っていた場所を陥没させるほどのスピードで突っ込んできた。これを迎撃するために急いでサツキの顔目掛けて右拳を突き出そうとした瞬間、ようやく彼女の顔を見たオレは絶句すると同時に体中の血液が逆流するほどの恐怖を感じ、思わず目を見開く。
死に物狂いの形相。
それは試合じゃいつも余裕を見せていたサツキが、今回初めてその余裕をなくすほど追い詰められたことにより、集中力が一段と増したことを物語っていた。お前でも余裕がないときはここまで必死になるのか……。
その勢いと凄みに気圧されたオレはサツキから逃げるように仰け反ったことで、顔面を左の拳で思いっきりぶん殴られてしまった。
――その直後、背後から何かを吹き飛ばしたような轟音が響いてきた。
「嘘だろ……?」
顔の痛みを堪えながら後ろを振り向いたオレが目にしたのは、サツキの拳圧で削り取られたように変形していたリングだった。それを見て背筋に嫌な汗が流れ落ち、再び本能的な感覚で上体を右へ反らす。さっきまで頭があったところをサツキの右拳が通過し、風を切る轟音と壁が砕ける音を耳にした。危ねえ……けど、やっぱりそうだ。
サツキの振るう速くて鋭い拳が雑な大振りに変わっている。純粋な破壊力が増した分、精度が落ちているので比較的かわしやすくなった。
しかし、それは並みの選手だったらの話。サツキの場合は力を抑えるために無理やりはめていた型を脱ぎ捨てたようなものだ。
(これが本来のサツキか……!!)
雑な大振りであるにも関わらず、振るう拳の速さと鋭さは健在。精度に至ってはさっきよりも向上している。よく見れば体勢も完全に素人のそれである。なのに……付け入る隙がない。
オレも負けじと右の拳をサツキの顔面に打ち込んだが、彼女は何事もなかったかのように左拳で顔面をぶん殴ってきた。これを上体を少しだけ後ろへ反らすことでなんとか回避するも、避けきれなかった拳圧がオレを襲った。あまりの衝撃に意識が翔びかけてしまうも、ギリギリのところで保つことに成功する。そしてすぐさま生成した魔力弾を撃ち込もうとするが、それよりも早くサツキの左拳が腹部に叩き込まれた。
一瞬息が詰まってしまい、お腹を押さえながらその場で踞りそうになる。続いて右の拳が目に入り、避けるどころか動く暇もなくそれをモロに食らってしまう。鼻の辺りからそこの骨が折れたかのような激痛が走り、倒れはしなかったものの痛みを堪えきれずに膝をつく。
「誰が休んでいいつったよ?」
このラウンドに入ってから一度も口を開くことのなかったサツキは低い声でそう言うと左手で膝をついていたオレを無理やり起こし、握り込んだ右の拳を叩き込んできた。同時に発生した拳圧により再びリングの表面が轟音と共に吹き飛び、拳を打ち込まれたオレは倒れるか倒れないかというギリギリの状態に持ち込まれてしまった。
どういうわけか、サツキの攻撃はモロに食らっても不思議とダウンを奪われることがない。それでもダメージは受けるし体力も削られる。サツキとリング内にいるときは一時も休むことができないし、許されることもない。
まさに生き地獄だ。ここまで厄介だと思ったことは一度もねえ。
「…………やるしかねーな」
このままじゃ最後まで持つどころか今倒れちまう。こんなところで力尽きるぐらいなら一か八かやってやる……!
ふらつきながらもサツキから距離を取り、ガンブレイズ・フルバーストを撃つためにもう一度魔力のチャージを始める。当然、そうはさせまいと言わんばかりにサツキが突っ込んできた。
――お前ならそう来てくれると思ったぜっ!
「レッドホークッ!」
すぐさま左腕から赤熱の鎖を放ち、サツキを足止めするように身体の至るところへ打ち付けていく。サツキも一度はこれを素手で弾くも、鎖の先端に気を取られていたのかそれ以外の部分による打ち付けをモロに食らっていた。さらにその場で立ち往生し始め、突撃どころじゃなくなっている。よし、足止めは成功だ。次はチャージし終えた魔力を一気にぶっ放す!
レッドホークを一旦引っ込め、それとほぼ同時に右の拳から特大の砲撃魔法――ガンブレイズ・フルバーストを撃ち出した。
それを見て悔しそうに舌打ちし、仕方ないといった感じで左手を猫の手のような形にして後ろへ引くサツキ。これも予想通りだ。この局面ならお前は砲撃を避けずに必ず弾き返してくる。ここまでは狙い通りなんだよ! ここまではな!
案の定、サツキは後ろへ引いていた左手を突き出し、螺旋の回転というおまけ付きでガンブレイズ・フルバーストを弾き返してきた。オレはその隙にサツキの左側へ回り込んでレッドホークを起動させ、ガクンと動きが止まった彼女を嘲笑うかのように遠隔操作でいなし、拘束する。
サツキは珍しく『しまった!』という顔になるも、慌てることなくレッドホークを力ずくで引きちぎるように破壊し始め、同時に拘束も解き始めた。心なしか、身体の所々が赤紫色に点滅してるようにも見える。ちぃっ、やっぱりサツキには拘束なんて通用しねえか……!
オレは右手を地面に付かせてから魔法陣を展開し、左の拳を魔法陣の中心に叩きつけ――
「ヴォルカニック・ブレイズ!」
サツキの足下から全力の遠隔発生砲撃をぶっ放した。予選じゃできるだけ出し惜しみしてた隠し球だけど、お前が相手ならその必要もねえ。それに、これなら弾き返すことはできねーはずだ。
疲れとダメージで息が荒れ、視界は混濁し、立っていることすらままならないが、それらを全部気合いで堪えながら立ち込める爆煙が晴れるのを待つ。これで終わってくれれば……
「なん……っ!?」
だが――その心配は一瞬で霧散した。ボロボロになったサツキが爆煙の中から現れたのだ。
――ドロップキックを、繰り出しながら。
「がぁ……!」
立つだけで精一杯のオレがそれを避けられるはずがなく、モロに食らって数メートルほど転がるはめになった。
あの一瞬でかわしたのか……拘束が意味を成さなかったとはいえ、さすがにあれをかわすのは無理だと思ってたぜ。だけどあいつのバリアジャケットはボロボロだった。つまり回避はできたが完璧にかわせたわけじゃないってことになるな。
全身の痛みに耐えながら歯を食いしばり、とにかく立ち上がろうとわずかに残った気力を振り絞る。まだだ、まだ終わっちゃあいねえ……! サツキだって満身創痍なんだ……勝機が完全になくなったわけじゃない……! それに、こんなところで躓いて――
「――あ」
やっと立ち上がったオレの視界に入ったのは、豪快な跳び膝蹴りを放つサツキの姿だった。
《今回のNG》TAKE 8
なんだかんだで未だにわからねーが、目が見えなくなった後の目が見えてるときに比べて動物的なものだった気がする。一番最初に見せた『脱力した自然体の構え』となんか関係があるのか――
「あ」
よく考えたらあいつ、いつも動物みたいな動きをしていた気がしないでもない。……てことはいつも通りか。
「深く考えたオレがバカだった」
「り、リーダー……?」
なんか向こうでサツキが『お前は元々バカだろ』って言ってるような気がするけど気のせいだろう。うん、多分。