※注意※俺解釈な上、原作には無い捏造人物が登場します。
我々が生きた時代は、激動の時代であった。
融合、決別。平和、戦争。暴風雨と晴天といった相反する熱を内包した時に我々は生きた。 時代の嵐は、多くの花を蹴散らし、艶やかさをいや増した。 後世の歴史学者達は、我等が生きた時代を何と例えるであろうか。 私ならば、差し詰め「百花繚乱」といった処か。
フェルマー回顧録より一文を抜粋す。
フィレスは寝台の上で上半身を起こしていた。背中にはクッションが置かれており、上半身をゆったりとそのクッションに預けている。布団の下の足は無造作に伸ばし、のんびりした空気が流れる部屋で側にいた侍女から薬を受け取った。
今日は兄と母方の祖父が見舞いに来る事になっている。二人とも忙しい中、時間を割いてフィレスの見舞いに来てはいたのであるが、フィレスが眠りについていたり、医師の診察を受けていたりと中々面会までとは行かなかった。兄も祖父もフィレスとはそれそれ一度だけ短い時間に顔を合わせて二言三言言葉を交わした程度であった。
今日はそうではなく、時間を取って顔を合わせて会話が出来る。片腕を失いディパンへ帰ってきたフィレスは、この面会を数日前から大変楽しみにしていた。
「兄様とお祖父様に会うのは何日ぶりかしら。」
うきうきとした様子のフィレスを控えて侍女が窘める。
「フィレス様、お薬をお飲みになって下さい。」
「だってこれ苦いんだもの。」
「お飲みにならないと、アレス様とクロムレア公にはお会い出来ませんよ。」
小さな子供に言い聞かせる様に侍女が微笑みながら諭した。
「わかってるわよ。」
少し拗ねた口調でフィレスは返事をしながら手の中の薬を見る。少し眉を寄せた後に薬の入った杯の縁に唇を当てた。
意を決した様に目を瞑るとフィレスは苦い薬を一気に飲み干す、すぐに口直しの水を受け取り杯の半分程飲んで、やっと一息ついたのか、ふぅと小さな息を吐いたその時、待ちに待った兄と祖父が訪ねてきた。
「フィレス、具合はどうだい?顔色はずいぶん良くなったね。」
「殿下、ありがとうございます。お薬のお蔭で随分楽になりました。」
「それは良かった。明るい声が聴けて、この爺めも嬉しゅうございます。」
「クロムレア公、ありがとうございます。沢山お見舞いを頂いて。」
殿下こと兄アレス、クロムレア公はアレスとフィレスそしてセレスたち三兄妹の母の父、すなわち祖父となる人物である。
笑顔で会話を交わす三人を窓から入る日の光がふんわりと包み込み、そして部屋の空気を温かいものとしてゆく。
お祖父様ことクロムレア公が会話をしながらフィレスの侍女へ目配せをする。侍女は小さく頷くと他の侍女を連れてフィレス達三人を残して部屋から出ていった。
寝台脇の椅子にアレスが座る。
懐から一通の手紙を取り出すと、静かにフィレスへと差し出した。
フィレスは手紙をそっと受け取ると、何も書かれていない封書の裏を確認する。封蠟はパルティア王家のものでそれが手紙の差出人がシフェルだという事をフィレスに確信させた。
受け取った手紙を大切そうに胸へと押し当て俯いたフィレスの表情は兄にも祖父にも見えない。
「ありがとうございます、兄様。」
礼の言葉を述べながら嬉しそうな表情で顔を上げたフィレスの水色の瞳は潤んでいた。
出奔してから後の行動はギルムを通して祖国へと連絡は入っていた。
父からいや国王を通して王子たる兄アレスにもすべてではないにしろ、フィレスの取った行動をある程度知っている。
そして今、ディパンを取り巻く状況やフィレスの立ち位置を本人と共に確認しておかねばならない。これはアレスとクロムレア公の共通認識でもあった。
例え残酷な通告であっても、知らぬよりは知っていた方がいいに決まっている。それは本人が与り知らぬところで利用されるのを防ぐ意味もあった。
「王子アレス」を「武」でセレスが「智」でフィレスが支える。
妹二人はいずれは嫁すとはいえ、それは三兄妹の夢であった。
だから頑なにセレスはフィレスが武器を手にすることを拒んだ。「武」は自分が引き受けるという自負が当然あったし、王族の女子が人を殺める目的でもある武器を手にすれば王城でどういう扱いを受けるか、身に染みてわかっている。
アレスはセレスの気持ちを知っていたし絶対に武器を持つことを許可しない事も知っていた。だが兄と姉の両方に反対されれば、妹はどんな気持ちになるか。おそらくすべてを否定されたと受け取るであろう。その絶望がもたらす感情も。だから最後まで反対はしなかった。兄と何より国王陛下が認めれば、最終的にセレスも折れざるを得ないのだ。
フィレスが髪を切ってまでも「武」を手にしたいとの訴えにもセレスは頭を縦に振らない。武器を手にした姫は徹底的に蔑まれる。
最終的に弓を手にした妹は、片方の腕を失いディパンへ帰って来た。
だが、アレスは知っている。
セレスがフィレスに奪わせたかったのは「命」であると。
いくら王族のしかも嫡子の姫とはいえ、国王の命令無しに国を出ていい訳がない。
ディパンに対抗する勢力に攫われて身代金の要求で済めばまだいい方で、下手をしたら命を奪われる。だが国としてそういう類の要求に応じてしまえば往々にして国益を損なう。
フィレスが取った行動は、この混乱した世界情勢にあって国の危機を招きかねない行動でもあった。それはアレスもセレスも、国王も知るところである。国王は連れ立って国を出たギルムとシルフィードとすぐ繋ぎを取り、折を見て国へ帰還させる手筈であったとアレスは読んでいる。
しかし、戦況は姉妹の対決へと流れた。
セレスは自分の命を手土産に、いや裏切り者の命を手土産にすればフィレスがディパンに帰ってもそれ程咎められる事はないだろうと判断し、「射なさい」と命じた。
目の前に居ないもう一人の妹は、祖国にも嫁した国にも帰ることは出来ないのだ。例え天地がひっくり返っても。
だがしかし、「裏切り者」の首級としてなら祖国への帰還が叶う。裏切り者たる自分の首級を取った妹は、ディパンにおいて寧ろ英雄と奉られるだろう。セレスにとって妹を助ける事になり、自分も罪人とはいえ祖国へ帰る事ができる。自分の死さえも妹を守る盾とする。姉らしいセレスらしい一石二鳥の手であった。
アレスはそういったセレスの考えを正確に理解していた。長年、この王城で「嫡子の服を着た庶子」と表裏関係なく蔑まれてきた。それでも屈することなく、三人になる前は二人で心を添わせて耐えてきたのだ。
二人の妹の内一人は遠い場所へと去ってしまった。
残る一人は手の届く場所に帰ってきた。
辛い話を目の前に居る妹にこれからしなければならない。17歳の少女には酷であろうが話さなければならないのだ。なぜなら本人に自覚が有ると無しでは全てにおいて一変する。フィレス本人の与り知らぬ場所で利用されるのは既定路線なのだから。
アレス以外にセレスの思いを知るのは多くない。フィレスであってもアレス程には理解しているとは言い難い。でも祖父クロムレア公はそれを知る数少ない一人であり、何より自分たち三兄妹を公私ともに支えてきた人物である。アレスは祖父と二人で見舞いに来た。
「お話があるんでしょ?兄さん。」
泣きそうな顔でフィレスが言った。
「聡いな、フィレスは。」
その聡明さは、時に残酷だ。苦笑いの下に想いを隠しアレスはフィレスへと手を伸ばす。
大きな手で蒲公英色の頭をそっと撫でた。