百花繚乱   作:moon

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椅子に座ったクロムレア公は足を組み、同じく組んだ手を膝に乗せると二人の孫を無言で見つめていた。

アレス、今この場に居ないセレス、フィレスの三人を産んだ王妃スフィアはクロムレア公の娘である。彼女は三人目の末娘を産んだ数時間後にこの世を去った。

 

 

 

ディパンは幾多の国の例に漏れず初めから一つの国ではない。幾つかの勢力が覇を競い何回かの内戦を経て王家が統一を果たした。

王家に対して最後まで抵抗した勢力がある。海賊が支配する一帯で、そこは現クロムレア公の領地である。この事実から判る様に、クロムレア公の先祖は海賊だ。

初代クロムレア公は海賊達の統領であった。彼は王に対して膝を折る事で自分達の船を国に接収させなかった。初代クロムレア公が王に対して膝を折り、その配下の海賊達は今まで通り自分達の支配者(=初代クロムレア公)に対して膝を折る。間接的ではあるが、この事により海賊達は王に対して恭順の意を示した事になる。王は船を奪い取る代わりにクロムレア公の爵位を与え、納税と外国の海賊退治という義務を課した。海賊達は自立心の強い連中であり、自分達が認めた統領以外の人間による支配を絶対に認めないばかりか、徹底的に抵抗をする。過去の戦いで海賊達の気性を熟知している王は二つの義務と必要最低限の登城、それ以上は求めなかった。行き過ぎた干渉や義務は彼等に不満という因子を残しかねないからである。

時間が流れ、クロムレア公配下の船団は正式にディパン海軍に編入され左海軍となった。今までのディパン海軍は右海軍となる。自動的に左海軍の提督となったクロムレア公だが相変わらず年に数回の会議以外は登城しようとはせず、その習慣は今も尚続いている。

 

公爵となった経緯は兎も角、公爵となってからの歴史も王家に対する忠誠も門閥貴族に決して劣りはしない。過去に何度か襲った飢饉の最中でさえ税を満額納めて国を救ったという歴然たる事実もある。だがそれを声高に主張すればクロムレア公に対する風当たりが強くなる。本能的にそれを悟っている歴代のクロムレア公は決して愚を犯さない。中央との間の距離を時には縮め時には離すといった具合に絶妙な間合いを取っていた。だか決して一定の距離以上に近づこうとはしない。そのような態度が隙あらば難癖を付けようと手ぐすね引いて待ち構えている貴族達の反感を益々買った。彼等は何があってもどうやっても絶対に「公爵」を認めはしないし、「公爵」もそれは承知している。

あからさまな誹謗や中傷。すべてを了承した上でクロムレア公の娘スフィアは王の下へと嫁いだ。

過去の経緯もあって中央の貴族達は王妃を「海賊出身の卑しい身分」と揶揄し、表面上はともかく(時には表立って)腹の中では彼女を王妃とは決して認めていなかった。

その最たるものがスフィアが産んだ三人の子供たちに対する「嫡子の服を着た庶子」という言葉だ。一見は嫡子であっても中身は庶子との誹りは、彼女の産んだ子供達を「嫡子」として認めないすなわちスフィアを王妃として認めないという暗喩でもある。

現国王は艶福家で王妃以外の妾妃達がおり、彼女達はいずれも位の高い貴族の娘だった。スフィアが嫁いだ時には男児が一人女児が二人、計三人の庶子がいた。スフィアの産んだ子供達は、特にアレスはこの男児の存在により生まれた瞬間から継承という戦いを強いられたのである。

アレスが王たる器でなかったら、或いは継承戦はこれ程までに熾烈にはならなかったかもしれない。だがアレスは王たる器を備えていた。そして「嫡子」として生まれた。

これはディパンにとって悲劇だったのか、それとも喜劇だったのか―――――

 

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クロムレア公は静かに瞼を閉じた。

 

ぎりぎりの均衡を保っていた戦況は、ディパン参戦によって僅かに対ロゼッタ陣営へと傾いた。傾いた戦況を更に勢いに乗じてこちら側へと引き寄せる事に成功した。

おそらくこの戦争に勝つ。

秘密裏に進めていた同盟はまだ締結には至っていない。詰めの協議が残っているのと公表する時期を各国が伺っていたからだ。だがこれはフィレスを旗印とする事で白昼の下に晒す事が出来る。

いくら王族の姫とはいえ、何の権限も無い十七歳の娘が同盟を締結させるなど普通に考えれば不可能だ。

しかし、フィレスには大義名分を与える事は可能なのである。

 

―――――この戦いを何としても止めたい一心で国を後にした。

―――――敵に寝返った裏切り者の姉と対峙し、

―――――姉に重傷を負わせたが、その姉に片腕を奪われた。

 

といった悲劇的な要素が過分に混ざった立派なお題目だ。悲劇というのは、大衆が得てして好む物語でもあるが故に目隠しと成り得るのだ。

悲劇の姫君が、現実を憂いて同盟を提唱する。四大国は同調して同盟を結び対ロゼッタ包囲網を築いた。以上が四大国が描いた台本である。

 

何も知らなければ単なる駒で済む。

観衆の熱気を受け止め、観衆が熱狂する調子の良い言葉を並べて己の言動に酔えばいいだけの話だが、用済みになった駒は目障りになった駒は必ず捨てられる。

フィレスは「智」をもってして兄を支えようとしただけあり、賢くそして聡明だ。何も知らせないまま持ち上げたところで程無く真実に気づくだろうと、アレスとクロムレア公は考えている。

 

利用されていたと気づけば、聡明であるが故に自尊心を傷つけ自信や思考を奪い、腕の傷と相まってフィレスをどん底へと突き落とす。いずれは立ち直るにしても時間がかかるのは火を見るよりも明らかだ。戦争が終わり次第フィレスはパルティアに嫁がねばならぬ身であり、他国というディパンより厳しい環境で姫ではなく次期国王の妃として生きていかねばならない。

生国に重きを置き、嫁いだ国を立てる。一見矛盾した難しい位置に立たねばならず、しかも上手くこなさなければ万が一何事があった時、ディパンからもパルティアからも援助を受ける事が出来なくなる。要は見殺しにされる。

自国と他国の差こそあれ、宮廷とはそういう場所だ。

 

クロムレア公は深く息を吸い込んだ後、ゆっくりと瞼を開く。

 

だからこそ、兄と祖父は現実を告げるという選択をした。

だがらこそ、フィレスに言葉を掛ける。

 

「何故、国を出た?妹姫。」

 

アレスの胸にうずめていた顔をフィレスはゆっくりと声のした方へ、クロムレア公へと向けた。

 

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