ただ、私のせいで相手方に迷惑かけてしまうかもしれず、不安です。
妖怪の山、山頂付近にて
青年の暴走から2週間程度経ったある晴れた日
「寒いな……」
ブルッと青年は身体を震わせる。
暫く寝たきりだったので、季節の変化や時間の感覚も曖昧になってしまっているようだ。
しかしながら、体の傷は癒えている。
戦闘特化の天狗って凄いなぁと青年は、つくづく思った。
いや、それだけじゃないのかも知れないが……
「ありがとうな……霖之助、それにみんな……ごめんなさい」
ボソッと青年は、暗い表情で呟く。
「ねぇ、今どんな気持ち?」
耳元で囁かれた。
誰なのかは分かりきっていた。
「最悪ですね、声も聞きたくない相手に声を掛けられたんですから」
チッと舌打ちして青年は、答える。
「随分なご挨拶ね……」
不敵な笑みを浮かべて紫は言う。
青年キッと刺すような目つきで紫を見つめた。
「貴方のおかけで、二度と里の人に関われなくなりましたから……」
「生きてるだけ感謝して欲しいわね、でも、貴方には感謝してるのよ?貴方が退治されて、博麗の巫女の地位は向上したし、里の人間も妖怪を更に怖れるようになった。」
「興味ないです」
切り捨てるように青年は、答えた。
正直なところ、この人とは話したくない、顔だって見たくない。
そう思っている相手だ。
「そうね、貴方には関係ないわね……里に入ると鴉になって里の人間達と意思疎通できないんですものね」
ニヤァと見下す様に紫は笑った。
それを見て青年はチッと舌打ちする。
ああ……背中の大剣、無いんだっけ?
あったら、叩き斬ってたな……まぁ、無いからこの人は、こんなにオレを煽るんだろうけど……
イライラと貧乏ゆすりをして、あからさまに不機嫌そうな態度をとって見せるも逆効果だと気づく。
ハァ……
と小さくため息をついた。
「なんでオレを殺さなかったんです?」
目を合わせずに青年は、紫に問う
「利用できるからよ、今まで通り、幻想郷に入ってきてはいけない物を消して貰いたいの」
「いや、オレがあなたの頼みに応じると思います?」
噛み付くように青年は答える、しかし、紫は口元を扇子で隠し、余裕綽々と話を続けた。
「でも、貴方は一度私に命を助けられてるのよ?」
「知った事じゃないです」
「いいえ、貴方は断れない筈よ……普通なら里で人を襲った妖怪は殺されるのに、貴方だけ『特別』に生かされたんだから」
「二度と里の人間達と関われないように呪いを掛けといて……正直なところ、生きてる方が辛いですよ、あなた、本当に生粋のサディストですね……」
「当然の報いよ……」
低い声で紫は、答える。
その答えに、確かにな……と青年は思った。
しかし、青年は自分のとった行動に後悔はしていない。
たとえ、間違っていたとしても……
後悔なんてしてたまるか……
じゃないとやってられないんだ……
遠い目をして青年は思う。
煙草吸いたいなぁと思い、ポケットをガサゴソと探すも出てきたのは空の煙草の箱だった。
チッと青年は舌打ちする。
「分かってますよ……オレ、とんでもないことしたんですから……でも、もう二度と伊織の様な子が現れるのだけは貴方達で阻止して下さいね……じゃないと、やっぱりこんな世界……ぶっ壊した方が良いとオレは思うので……」
「特別に約束してあげるわ…………貴方が私の言う通りに動くのならね」
「貴方の言う通りに動けば、約束してくれるんですね、分かりましたよ……貴方が約束を守ってくれるのなら……じゃないとあの子が浮かばれない……安心して寝てられないでしょうから……」
深い深い奈落を見るような目で青年は、答えた。
「………………」
暫く沈黙が続いた。
「ねぇ、私を殺してその腕輪の呪いも貴方ならどうにかできるんじゃない?何故それをしないの?」
長い沈黙を破って紫は、怪訝な表情で青年に問うた。
すると青年は、フッと自嘲気味に笑う。
「この呪いは報いなんでしょ?付けておくべきなんですよ……愛した相手を守れなかったオレみたいな男には……それに、オレは愛した者の為にあんな事しました……愛した者の為に……だから、紫さんのやってる事……ほんの少しだけ分かったんです」
「何が分かったって言うの?」
「教えてあげません」
青年は、意地悪そうな顔で即答した。
ちょっとした仕返しだった。
そして、この人の口から言わせないと意味がない……自分を納得させる事ができない。
青年は、そう思った。
青年の意図を知ってか知らずか、紫は少し間を置いて話し始める。
「そう、私はこの世界を愛してるの……だから……この世界のためなら何だってするわ、例えどんなに恨まれようと……貴方が人間の幼子を愛したように、私もこの世界を愛しているのよ」
「やっぱり……」
「言わせないで欲しいわね、結構恥ずかしいのよ?」
「言わせたかったんです、貴方の口から聞かないと、自分の中で決着付かないんですよ、一生貴方を恨み続けないといけなくなるじゃないですか……貴方だって愛したものの為にオレにこんな仕打ちして……伊織を守ろうとしたオレの邪魔して……」
「……恨んでもいいのよ?」
「恨みませんよ……貴方だって愛したものの為にやったんだ、気持ちは分かる気がします、それに、誰かを恨むってすっごく疲れるんですよ……オレは山の哨戒の仕事に、新聞作りの助手でヘトヘトなんです、これ以上疲れたくないですから……」
「優しいのね……」
「あっ、でもちょっと恨むかもしれないな……あの後、文にめちゃくちゃ怒られたんですから、里の人間に関われないなら取材はどうするの!?結局、私一人で取材してるじゃないバカ!!取材できない助手なんていりません!!ってな感じですよ……ほらっ、この頭のたん瘤なんて、意識戻って早々に高下駄で頭ぶっ叩かれてできたんですから」
青年は、ヘラヘラと笑ったが直ぐにその笑みは消え、「ごめんな」と誰にも聞こえないように呟いた。
「そう……一つ貴方に伝えておきたいの、きっとこれを言っても貴方は信じないでしょうし、嫌がるでしょうけど、私はこの世界を愛してる……でも、その中にちゃんと貴方だって含まれてるのよ?」
「戯言として受けとっておきます、だってオレ、あんたの事大嫌いですから、なに訳分かんねぇ事言ってんだバァカ」
ニッと青年は笑って答えた。
「ふふっ、それじゃそろそろ帰るわね」
紫は、微笑んでスキマに消えた。
先程の青年を煽っていた時とは打って変わってとても穏やかで優しい表情だった。
誰も居なくなり、青年はおもむろに右手に嵌められた腕輪を太陽にかざした。
「邪魔だなぁ……」
暫く青年は、腕輪を見つめた。
そして、ポワンと
気の抜けた音を立て、青年の姿は消え、青年の立っていた場所に真っ黒な鴉が現れた。
(里に入る時は強制的に変じさせられて、それ以外は任意に変じてられるのか……)
鴉はチョンチョンと辺りを飛び跳ねる。
「アーアーアー!!」
(へぇ、人語じゃないから何言ってるか分からんなぁ、さっきはスキマ妖怪のクソババァ〜って叫んでみたけど、こりゃ悪口言ってもバレないぞ……)
「アーアー!!」
(文の馬鹿やろ〜毎日毎日働かせてやがって、少しは助手を労われ〜休日をよこせ〜アホ天狗、馬鹿天狗〜)
そして再びポワンと気の抜けた音と共に鴉は青年になった。
「こいつはいいや……」
フフッと青年は、笑う。
我ながら馬鹿な事やってるなぁと思ったけれど、まぁ、たまにはこういうのも良いよね?
と青年は思ったけれど、そういえば文も元は鴉だったんだっけ……
と思い出し、サッと血の気が引いた。
「バレてませんように……」
小さく青年は、呟いた。
「今回はブルブルしなかったなぁ……」
青年は、腕を組んで考える。
一度、取材の手伝いをする際に、鴉の状態で文の肩に乗って移動した事があった。
すると、自分の意思に反して尾羽がブルブルと震えるのだ。
犬が尻尾振るのと一緒かな?
と青年は、考える
確かにそれだと説明つくし、鴉の本能的な何かなのだろう。
「あの後の文……なんか機嫌良かったし、多分そう言う事なんだろうな……うん、そうだろう、何か恥ずかしいことしてやしないか不安だけど、そう言うことにしとこうか、文に聞いても教えてくれないし……」
うんうんと青年は、頷いて自身を無理矢理納得させ、その場を立ち去った。
数十分後……
青年がボコボコにされたのは言うまでもない。