棘   作:moon

1 / 9
棘

「エインフェリアになるか?」

闇の中で眩しい光を放つ金色の髪と緑の瞳を持つ神族。そう、戦乙女がひとつの魂に問い掛けた。

魂となった存在は、小さな光となったソロンは戦乙女を眺めながらどうしたものかと考えた。

あの女性と同じ命、いや同じ時間の流れを生きるのか。

そうしたら、あの女性(ひと)が何を考え、何を想い、何に生きたのか、理解できるのだろうか。

 

----------

 

俺は五歳の時に、黒森と呼ばれる深くて暗い森の入り口に捨てられた。

その時は捨てられた理由なんて当然分からなかったし、誰も教えてくれなかった。ただ「捨てられた」という事実だけは理解できた。

 

その日は夜明けと共に起こされて早い朝食を摂った後、両親と共に家を出た。父親が「付いてこい」と言い、母親は弁当を詰めた籠を持ち上げて微笑んだ。

そして村を出発して、俺達親子は黒森を目指して歩いた。もっとも当時は黒森なんて存在自体を知らなかったが。

家族に関して覚えているのは、二人の兄と三人の姉がいたという事だけだ。

だから、両親に誘われて家を出たのは、俺だけ特別にどこかへ遊びに連れて行ってくれるものだと思ったからとても嬉しかったし、弾む気持ちで親に付いていった。

実際とても楽しかった。母親が作った弁当を三人で食べる時は、三つの笑い声が蒼穹の空に響いた。

歩いている間も、普段はあまり口を利かない父親が会話に加わった事で幼かった俺は凄く嬉しかったのを覚えている。

 

三時を過ぎた時間、黒森の入り口に辿り着いた。親と一緒に森の入り口をくぐり十分程歩いた場所でここで待つように言われ、俺は待った。

待てども待てども両親は俺を迎えには来てくれなかった。

鬱蒼と木々が生い茂る「黒森」は、真昼間といえど届く光は微かだ。そして夕刻となると辺りは闇となる。

恐怖に慄き、親に捨てられたという事実をうっすらと感じ取った俺は泣きながら入り口を目指した。

だが辺り一面は既に闇の支配下にあり、俺は知らず知らずの内に森の深部へと歩いていた。人ならぬ気配や獣の遠吠え、森の中に響く小さな物音。それら全てが恐怖の対象で、恐怖が限界に達した俺は声にならない声で、ありったけの思いで叫んだ。

膝を地面に付き、両手で下衣を握り締めて叫んだ。そして涙を流しながら小刻みに息をしていた俺。

そんな俺に人ならぬ気配が近づいた。

黒い森の中で一際黒く染め抜かれた影、その細い影が徐々に近づいてくる。俺は恐怖のあまり呼吸する事も忘れてその影を凝視した。

そして俺の側で止まった影は赤い瞳で俺を見る。

フードを後ろにおろしたから、くすんだ金髪が顕わとなるが闇の中では顔までは見えない。

ゆっくり膝を折り赤い瞳が俺の目と同じ高さになった時、初めて影が女性であると気付いた。

「故に捨てられたか、ソロン。」

紅い唇から零れた言葉。だが何を言われているのか、あの時の俺は分からなかった。

 

五歳の時、黒森に捨てられた俺を拾い育ててくれたあの女性(ひと)はウォルスと名乗った。

魔女と呼ばれた双子のウォルス姉妹。その姉である「黒森の魔女」との出会いが俺の人生を決めた。

 

生きている間にはその事実を忘れる時だってあった。だが、俺とウォルスが過ごした時間は棘となって俺に刺さり続けている。

棘が刺さった場所をそれごと肉が塞ぎ皮膚が覆う。だから棘は存在し続ける。肉が塞ぎ皮膚が覆う異常な状態が普通となっていった。

それ程までに、棘は俺の一部と化している。

今もそれは俺の深い場所で存在しているんだ。

 

火炎魔法の完成と同時に「黒森の魔女」の存在は消滅した。

いくらその女性(ひと)が望んだ事とはいえ、俺にとっては身体と精神を引き裂かれる想いだった。

厳密に言えば不死者とエインフェリアの時は違う。だが似た様な時の流れを漂う存在、似て異なる者といったところか。

その時の流れに魂を預ければ。

あの女性(ひと)の心に近づけるかもしれない、そして遠ざかるかもしれない。

俺の中の奥深い場所、何人たりとも触れることの出来ない場所。そこで今もなお痛みを発し続ける棘。

 

—それと共にかの女性(ひと)と同じ時を歩いてみるか—

 

----------

 

「俺を選ぶとは、いい眼をしてる。」

面白そうに返事をするソロン。

 

一つの魂はエインフェリアとなった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定