「頼むから来ないでくれ!ウォルス!!」
俺は肩で息をしながら必死に懇願する。両方の目から熱いものが顎のへと流れて、落ちる。
ウォルスの姿が徐々に大きくなるのを、俺は真っ黒な絶望の只中で見ていた。
両親に、いや人間に捨てられた俺を育ててくれた。
ウォルスがいてくれたから俺はここまでこれたんだ。
宮廷に上がる時、研究途中のあの魔法の資料を「余裕が出来たら完成させてみろ」の言葉と共に渡された。おまけに「お前に出来るとも思えんがな」と言いながらにやりと笑ったウォルス。
登城して一息ついた時には三ヶ月の月日が流れていた。
ようやく俺はウォルスから渡された紙包みの魔法の封印を解き、中身を広げた。
正直、驚いた。
何故、不死者が自分達の弱点である「炎」の研究をしているのか。しかも結構な時間を掛けている。俺は意図が全く読めなかった。考えても考えても研究する理由が思い当たらないので、単なる探究心から発生したのだろうと自分なりに結論付けた。
資料の隅々にまで眼を通して、足りない部分や肉付けしなければならない部分など、完成に向けての目鼻立ちを立てた。
ウォルスの庵は研究室として見ても超一流だが、やはり不足する部分はある。その足りない箇所を補うには、国の管理するパルティアの図書室や塔の最上室はうってつけだった。流石は国が管理する書物としか言いようがない。
暇を見つけては、「炎の魔法」の研究を少しずつ進め、遂に完成させた。
やっと取れた休暇で術の完成を手土産に来る森に帰ってきたら、今度から此処には帰ってくるなと言った。
いくら食い下がってもウォルスは二度と来るなとしか言わない。なら言う通りにするから抱かせろといったら、それも拒否された。何度も何度も理由を聞いてやっと引き出した答えは、到底納得できるものじゃあない。
俺の気持ちなんて、ウォルスはお構い無しだ。勝手な理由で勝手に境界線を引いた。俺に許されたのは、一晩中ウォルスを抱きしめる事だけだ。
朝になり、ウォルスは完成された術を見たいと言った。何故だか炎の魔術は見せたくないと思った俺は、万が一にも森に火が着いてしまったらならば、例え魔術師が二人居たとしても手が付けられなくなるからという理由で断った。
それなら丁度いい場所があるからと、気乗りしない俺を無理矢理引っ張り出してウォルスと二人、並んで此処まで歩いて来た。
この森の深部で唯一太陽が当たる場所が俺達に目視出来た時、ウォルス足を止めて俺に先に行って待てと言う。
休暇は今夜で終わる。明日の朝早くに黒森を発たなければならない。
俺は一秒でも長くウォルスと一緒に居たい、そう言ったら紅い唇が俺の言葉を封じた。
ウォルスは驚いた俺に微笑えむ。
「ソロン、お前の背中を見たいから、先に歩いてくれないか?」
陽光が降り注ぐ場所で俺は振り返りウォルスを待つ。
此方へとゆっくり歩きならがウォルスはのたまった。
「完成した炎の魔術で私を滅ぼせ」と――――
----------
俺は、大切な女性を滅ぼすためにあの術を完成させたんじゃない!
こうなる事が解っていたら、術を完成させなかった・・・!!
出来る訳無いといえば、出来るから言っているのだと言い返された。
ウォルスは、自分が勝手に引いた境界線に俺が踏み越える事は絶対に許さない。
そのクセ、俺の引いた境界線は完全無視でさっさと踏み越え、踏み入るんだ。
嫌だと言ってもウォルスの美しい脚は止まらない。
何で俺なんだと喚いたら、以前から決めていたと返ってきた。
何なんだ。もう頭が混乱して訳がわからなくなった。
俺はウォルスが自分を滅ぼさせる為に、拾われたのか?
魔力が理由で俺を育てたのか?
術を完成させる為に、知識を与えたのか?
魔力や魔術ではそうそうに引けは取らない。
だが、市井の魔術師が「乞われて」宮廷へ上がれば、面白く思わないお高く止まった連中が何かにつけ足を引っ張る。
ウォルスの、知識以外の「躾」があったから、礼儀や作法では難癖を付けられることは無かった。その一点だけでも、俺の負担は随分と軽くなったし、術の研究に向ける時間も捻出できた。
「ソロン、お前の元へ。」
俺の気持ちなんて、置き去りにしてウォルスはどんどん近付く。
滅びが此方へやってくる。
俺は、大切な女性を滅ぼさなくてはならないのか?
後生だから、やめてくれ!!
「頼むから来ないでくれ!ウォルス!!」
咽喉が裂けんばかりに叫んだ相手は、闇から光への境界線一歩手前で止まった。