ウォルスが杖を掲げ、吹き上がる炎がそれを上空へと運ぶ。
上を見たままウォルスが唇を動かして、マイカを呼んだ。
マイカの姿はヤモリとなって、腕を掴んでいた俺の手から飛び降り、炎の中のウォルスへと駆け寄る。
金糸を首に巻いたヤモリは森の家の周りでよく見かけた。あのヤモリがマイカだったと、マイカはヤモリの変化した姿だったと、俺はこの時初めて知った。
ウォルスが伸ばした手へと飛び移ったマイカはそのまま腕を這い登り、肩に止まった。頭はウォルスの方へと向けて微動だにしない。
あいつは、マイカは、いつも「あんた」とか「お前」とか言って、「ソロン」という俺の名前を呼ばなかった。本当に、最後まで呼ばなかった。
視線をマイカから俺へと移したウォルスは、微笑んだ。
綺麗な、綺麗な、笑みだった。
直後に轟音と共に炎が激しく吹き上がり、炎と共に姿も消えた。
後に残ったのは、黒い灰だけ。
何でこんな事になるんだろう。
体の力が抜けて膝立ちになった俺の視界に、黒い灰が飛び込んできた。
手を伸ばして、灰を握る。だが、それは指の間から逃げて行く。俺から去っていく。
胸の奥から、目から、熱い塊がこみ上げてきて、止まらない。
俺は声を上げて泣いた。
泣いても喚いても失われた存在は戻ってこない。
ウォルスは笑っていた。願いが叶って満足なんだろう。
けど、俺は?俺の気持ちはどうなる?!
やっぱり卑怯だ、ウォルスは。
俺を置いて自分はさっさとミッドガルドから去っていった。
泣いて喚いていた俺は、強大な魔力を頭上に感じてあわてて立ち上がった。
はるか彼方の天空から一本の黒い槍が、ファイナルチェリオの黒い槍が、俺を消そうと降ってくる。誰が上位魔法を使ってまで俺を消したいのか、何故なのか、そんな事を考えながら迫り来る槍を首を伸ばしてぼんやりと見つめていた。
このまま消えてもいい――――
そう思った。だが、槍は俺の眉間から数センチ離れた場所で静止した。
俺の周りの空間がざわつき、ゆっくりと魔力が蠢く。
俺は慌てて手の平を見た。皮膚の上ではなく、皮膚から数センチ離れた空間で魔力がのたうつ。手と顔を上げて今度は手の甲を見る。蠢いた魔力は魔方陣となり、現われて、俺を守護していた。手を動かすと守護陣も動く。という事は、俺をすっぽりと包み込んでいる。普通は皮膚に直接陣を書き込んだり或いは半球状に空間を陣で覆って対象者を守護するものだ。こんな、対象者の数センチ上で、ある意味衣服の様な守護陣は、見た事が無い。
静止していた黒い槍と守護陣の魔力は拮抗している。黒い槍の先とそれを食い止めた守護陣の二つの魔力は互いに相殺しあって、接触している部分から徐々に消えていった。
俺は呆然と消えていく二つの魔法を見る事しか出来なかった。
ぎりぎりと地面に手を食い込ませる。
ぎちぎちと音を立てて胸の奥が軋む。
荒れ狂う感情は止まらない。
でも、客観的な事実は一つだ。
俺は、また捨てられた。
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どのくらい時間が過ぎたんだろうか。
徐々に冷静さを取り戻した俺は、俯いた顔を上げようとした時に光る何かを目に留めた。拾って目の前にかざしたそれはヤモリの意匠を凝らした装身具で、大きさも実物大だった。唯一本物と違うのは、口の部分に小さな穴があいていて、そこに細い金の鎖が通してあった事だ。
ほどけて離れていく金糸を必死で留めている、そんな風に俺には見えた。
苦い笑いと共に声を出した。
「マイカかよ。」
無造作にポケットへ突っ込むと立ち上がり空を見上げるた。日はまだ高い場所にある。
「城に行くか。」
帰るのではなく、行く場所を声にする。
帰る場所は此処、黒森だった。あの家だった。
でも俺は捨てられた。だからもう二度とには戻らない。
真っ直ぐ前を向き、俺は一歩を踏み出した。