みなさんは、フィンランドという国を知っているでしょうか。
それは地図のずっと北のほう、ヨーロッパの果てにある、雪と森に包まれた静かな国です。
その地には、白くまるい体をした、ちょっぴりふしぎで、とてもあたたかい心を持つ種族が住んでいます。──そう、ムーミン族と呼ばれる人びとです。
ある日、ムーミンパパは家を出て旅に出てしまいました。
それは突然のことでしたが、彼にとっては、いつものことでもありました。
ママとムーミントロール──ムーミン坊やは心配になって、パパを探すために長い長い旅に出ました。
途中で、スニフやミイと出会い、いくつもの冒険をくぐり抜け、ついにはパパと再会を果たします。
それが、トーベ・ヤンソンさんの書いた『小さなトロールと大きな洪水』という、あたたかな物語なのです。
でも──その間、ムーミンパパはどこで何をしていたのでしょう?
それを語るのが、これからのお話です。
ムーミンパパは若いころ冒険家でした。
ある人は言います、「彼は海を越え、密林を抜け、遠い戦いに参加した」と。
ある人は、「日本のどこかの役所で、ひそかに世界を救っていた」と言うかもしれません。
でもほんとうのところは、だれも知りません。
パパが語る冒険譚は、たいてい少しだけ誇張が混じっていて、聞くたびに内容が変わるのです。
けれど、ムーミンママに出会い、恋に落ち、家庭を築き、子どもを育てたということ──それだけはきっとまぎれもない真実なのでしょう。
そうして暮らしながらも、ムーミンパパの心の奥には火種のような「冒険心」が、いつもどこかで燃えていたのです。
ある日、風に乗って、ニョロニョロがひそひそと話しかけてきました。
「ねえ、パパ。あの山の向こうに、きっと見たことのない世界があるよ」
パパはそっと帽子をかぶり、おさびし山を越えて、丘をいくつも越えて、やがて大きな海へとたどり着きました。
「この海の向こうには、何があるのだろう」
そう呟きながらパパは波の音を聞き、陽のひかりを浴びて、しばらくのんびり過ごしました。
そのときでした。砂浜にぽつんとひとつの小舟が打ち上げられているのを見つけたのです。
帆は裂け、板はささくれ、ずいぶんと長く放っておかれた様子でした。
「これは、すばらしい……」
パパは目を輝かせました。古びてはいても、心をこめて直せば、きっとまたどこまでも行ける──そんな気がしたのです。
トントン、カンカン。流木を集め、貝殻のかけらをこすり、帆を繕いながら、パパは歌を口ずさみました。
「さあ、旅のはじまりだ。いざ行かん、大海原へ」
その夕暮れ、空が朱に染まるころ、小舟は帆を張って沖へと出て行きました。
けれども旅は長くは続きませんでした。
船はすぐにまた海に飲まれ、小舟の残骸だけが打ち上げられていました。
そのころ、東の国の
名を劉備玄徳。けれども人びとは、親しみを込めて桃香と呼んでいました。
桃香は母と二人、
日々は質素でしたが、それでも誰にも媚びることなく凛として生きていたのです。
ある日、桃香は市での売れ行きを喜びながら帰る途中、道ばたに白く丸いものが転がっているのを見つけました。
「……あれは、豚?」
近づいてみると、それは白くてふっくらした、なんとも言えない可笑しみのある生き物でした。
食べ物ならありがたいな、と思って抱きかかえようとしたそのとき──
「ん……」
その豚が、小さな声をもらしたのです。
「……こんにちは?」
桃香が思わず声をかけると、まあるいつぶらな瞳がじっと彼女を見返しました。
「こんにちは、お嬢さん。ここはどこだろうか?」
豚が──話したのです。驚いた桃香は立ち尽くしました。
「ここは、涿郡涿県だよ」
「涿郡涿県? うーん、聞いたことがないなぁ」
そう言ってその生き物は、近くに落ちていた黒い帽子を拾い上げ、ちょこんと頭にのせました。
不思議と似合っていて、桃香はふと笑ってしまいました。
「おっと、名乗っていなかったね。私はムーミンパパ。気軽にパパと呼んでくれてかまわないよ」
「私は劉備玄徳。桃香でいいよ」
こうして、桃香とムーミンパパの、奇妙で優しい日々が始まったのです。
ムーミンパパの日記より
○月△日
愛するママ、そして坊やへ。
今、私はとても不思議な国にいます。
時計も電話もないこの地では、時間がどこか淀んでいるようです。
まるで夢のなかを旅しているような心地です。
ここで一人の少女と出会いました。
名を桃香といいます。
彼女に助けられて、私は今もこうして生きているのです。
しばらく帰れそうにありません。けれど心配はしないでください。
この国でもう少しだけ冒険をしてみたいと思います。
──でも、きっと帰ります。
いつか、かならず。
あなたたちに、笑ってただいまと言えるその日まで。
ムーミンパパ