桃香ちゃんと白豚   作:キューブケーキ

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 ムーミンパパのお部屋はベットと小さな机が一つ。

 私物は机の上に置いたシルクハット一つです。

「うーん……」

 ベッド上で横になっていたムーミンパパは、目が冴えていました。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ。転がっていた豚……ムーミンパパが止まりました。

 ムーミンパパ達が滞在する荊州の南郡は、名前こそ南と付いていますが荊州の北西にあります。そして南郡の襄陽城で桃香は政に励んでいました。

 ですが、まだまだ元気はありません。

 泣いてる子は放っては置けません。ムーミンパパはそんな桃香を元気付けようと考えました。

 ぽん、とベッドから降りると桃香のお部屋を訪ねました。

「あ、パパ。どうかしたの?」

「何か食べたい物は無いか。何でも取ってきてあげるよ」

 ムーミンパパの心遣いは桃香にも伝わります。ですから軽く冗談を言ってみました。

「ん……そうだね。じゃ、虎が食べてみたいな」

 くすっと笑う桃香の頭をムーミンパパは撫でて、軽く請け負いました。

「任せておきなさい」

「えっ……」

 おや、ムーミンパパは本気で虎狩りに行くようです。

 木苺(きいちご)のジュースが入った水筒を肩から下げて門に向かいます。

「パパ殿、どちらへ?」

 星が出かけるムーミンパパを見かけて声をかけました。

「ちょっと虎を調達しに行ってくる」

「虎ですと」

 話を聞けば桃香の為に食材を探しに行くと言う事です。

 その心意気は星にも理解出来ました。仲間の為なら手助けをしたくなります。

「なるほど。私も御一緒しても?」

「構わないよ」

 それにムーミンパパと一緒なら面白そうだと星は同道する事にしました。

「おい星、ちょっとこっちにおいで」

「何ですか?」

 ムーミンパパは星に石蹴りの遊びを教えました。

「ふふふ」

 コツン、コツンと石を蹴りながら森に入り、山を越え遠くに行きました。

 パパが石を蹴った時、茂みの中に飛んでいき見えなくなりました。

「私の勝ちですな」

 星は楽しそうに笑いました。

 その時、ムーミンパパはきょろきょろと周囲をみまわしました。

「どうしました?」

「しっ。静かに」

 ムーミンパパに言われて星は黙ります。

 微かに泣き声が聴こえました。

 ムーミンパパは石の消えていった茂みに向かって飛び込みました。

 おや、女の子がしゃがみこんで泣いています。これはどうした事でしょう?

 ムーミンパパは子供を慈しみ守るのが大人の役割だと思っています。ですから声をかけました。

「やあ君、私はムーミンパパ。いったい、泣いたりしてどうしたんだね」

「えっ?」

 女の子は話しかけて来たムーミンパパを見て泣き止みました。

「ちょっと……」

 口ごもる女の子は足首をさすりました。

 ムーミンパパは女の子の足首が赤く腫れている事に気付きました。

「ふむ、捻挫かな」

 パパはしゃがみこむと背中を見せました。

「掴まりなさい。家まで送ろう」

「でも……」

「失礼」

 遠慮をする女の子を星は抱え上げるとムーミンパパの背中に乗せました。

「よいしょっ」

 ムーミンパパと星は女の子を連れて山を降りました。

 女の子は孫尚香と名乗りました。今は亡き孫堅の末娘だったのです。

 

 

 

小蓮(しゃおれん)があんなになついてるなんて」

 そう言うのは孫尚香の姉、孫権です。

 孫権は、南陽郡の袁家に援助を求めて交渉に行った姉、孫策の留守を守っていました。

 責任感の強い孫権でしたが、思い込むと頑固な所もあります。

 最初は、妹を背負って現れたムーミンパパを妖怪と勘違いして切りかった孫権と家臣達でしたが、ムーミンパパと星に軽く無力化されてしまいました。

「お姉ちゃん、シャオの恩人に何してるのよ!」

 激怒する妹を前に孫権は自分の過ちを悟りました。

 恩人を殺しかけた。これが世間に伝わると孫家の評判は大きく損なう事に成ります。

 姉の留守を守るどころではありませんでした。

 膝を付いて項を垂れた孫権。その姿を前にして何やら考えたムーミンパパは、孫権の頭を撫でて許しました。

「私達は怒っていない。誰にでも間違いはある。それに君は妹を守ろうとしただけだよ」

 優しく許してくれたムーミンパパに感激した孫権は真名を預けました。

蓮華(れんふぁ)とお呼び下さい」

「あーっ、お姉ちゃんずるい!」

 孫尚香も小蓮の真名をムーミンパパに預けました。

 蓮華の家臣、甘寧(かんねい)はその様子を不快そうに見ていました。

 ムーミン族やヘムル族、スノーク族を知らない甘寧にとってムーミンパパは妖怪です。妖怪と馴れ合う事は間違いに思えたのです。

 

 

 

 孫家で歓待を受けたムーミンパパは鶏の足やアヒルの水かきをお土産に貰って帰りました。

 あらら。これは二人には合わない食材ですよ。

 ですが蓮華は良い笑顔で渡して来ました。お礼の気持ちでした。

「パパ殿、これを食べるのですか?」

 顔をしかめる星にムーミンパパはパイプをくわえながら答えます。

「桃香なら喜ぶんじゃないかな。私は食べないが」

 こうしてムーミンパパと星のちょっとした遠出は終わりました。

 戻った襄陽城はいつも通りです。

 もう我が家として馴染んでいました。

 食堂で豚の血豆腐を食べていた桃香はムーミンパパに気付きました。

「パパ、お帰りなさい。星ちゃんと何処に行ってたの?」

「すまない桃香、虎は取ってこれなかった」

 ムーミンパパ達は虎を狩りに行っていたのです。その事に気付いた桃香は温かい気持ちに成りました。

 差し出されたお土産を受けとるとお礼を言いました。

「パパ、星ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして」

 ムーミンパパと星はにっこりと笑いました。

 

 

 

 それから十日ほど経ったある日。その日は夕方までムーミンパパは昼寝をしていました。その傍らで鈴々(りんりん)も丸くなって寝ています。それはとてもとても長いお昼寝でした。

「パパも鈴々も二人共、いつまで寝てるのですか」

 そっと揺り動かされ、愛紗の言葉に起きた二人は顔を見合わせて空腹を訴えました。

「パパが若い頃は何日だって寝たんだよ。それじゃ、夕食に行こうか」

 空腹は何よりも調味料と言いますから。今日はどんな料理でしょう。きっと美味しいご馳走ですね。

 例えばそれは納豆、オクラ。長い長い歴史で作られた食品がここには不思議な事にありました。

「パパ」

 手を繋いでいた鈴々がムーミンパパを呼びました。

「何だい?」

「愛紗はパパと一緒に寝たかったので怒っているのだ」

 伝えられている所では、その後、鈴々は愛紗に追いかけられて食堂に駆け込んで二人揃って叱られたといいます。

 そこから食事を済ませ寛いでいると、都の洛陽から漢の大地を治める皇帝の勅使がやって来たのです。

 ムーミンパパを見てぎょっとした勅使でしたが、語り始めます。

 そのお話とは、それはそれは大変な内容でした。

 黄色い頭巾を被った賊、黄巾賊がこれまではてんでバラバラ暴れており、諸侯が独自に対処をして居たのですが、黄巾賊は大きく勢力を広げたのです。

 このままではいけません。遂に朝廷が重い腰を上げたのです。諸侯はこれを速やかに討伐せよ、と言うお話です。

 これまでは荊州を守るだけで良かったのですが、これからは官軍の一員として見知らぬ土地にも遠征しなくてはいけません。

 勅使を見送った後、不安そうな顔で桃香はムーミンパパに抱き付きました。

「七乃ちゃんに相談しないと」

 山賊でも黄巾賊でも他人の物を盗らなければ良いのに、と桃香は言いました。

「そうだな」

 そこに南陽から早馬が駆け込んで来ました。

「御注進、御注進! 袁公路様より劉玄徳様に参陣要請です」

 荊州にも張曼成(ちょうまんせい)と言う賊将率いる黄巾軍が攻め寄せて来たのです。

 どうやら、もう平和な日々に戻る事は出来ない様です。それどころか、長い長い戦乱と言う物語が幕を開けました。

 

 

 

「妾は袁公路じゃ! たしかに妾は南陽郡太守じゃが、袁家の威光以外には何もない。でも、荊州を守りたいと言う気持ちに嘘はない! だから皆、妾に力を貸して欲しい」

 美羽の後ろには七乃や一刀が控えています。

「公路様!」

「太守様!」

 サクラが煽動して民は美羽の名を呼んでいます。

「民を襲い略奪する。こんな悪い事は、断じて許せないのじゃ。漢を倒す? 暴力で民を苦しめておきながら、本気なら頭を疑う。官吏と民は気持ちを一つにして、この国を創って行くと妾は信じている。賊徒には誰も見向きもしてくれない。悪者に与えるのは罰。漢に忠実な皆は、一生懸命頑張ってくれると信じている。だから、妾の気持ちを届けたい。妾から言える事は民を守ってくれと言う事だけじゃ」

 そこからは集団心理で美羽の言葉に歓声を上げる南陽郡の民の姿がありました。城外の集結地に袁家の軍勢が集結しています。

 訓示を受けるのは荊州各地から集まった豪族の私兵や義勇兵です。

 菱形の真ん中に劉の姓を書き込んだのが桃香の旗で、ガンギエイをモチーフにしています。

 桃香の隣に桃色の髪をした女性が居ました。親戚でしょうか?

「伯符さんは呉の出身なの?」

「え────? あ、うん、違うわ。先祖の孫武が呉の出自なの」

 美羽に放っていた厳しい視線と雰囲気に物怖じせず、唐突に字を呼び気安く話しかけて来た桃香に戸惑うのは孫策さんです。

「孫武さん、ああ、私、孫武さんの書を読んだ事あるよ。凄い面白いよね!」

 何かを思い出す素振り。ばればれの嘘とは違う。

「あ、ああ、そう。そんな事言う人には初めて会ったわ」

 孫策にとって孫武と言えば優れた先祖であり、面白い云々な内容の物を残していたとは思いもよりませんでした。

「策殿。御歓談の所、邪魔をしてすまないが張勲殿より状況開始の号令じゃ」

「分かったわ、祭。劉将軍、仕事を済ませるとしましょうか」

 報告して来たのは孫家の宿将である黄蓋で、蝶々を追っていたムーミンパパに警戒の視線を向けました。

 荊州黄巾党。それが今回倒すべき敵であり、悪い賊徒です。

 理性を失うほどお酒を飲めば周りにも迷惑です。この人達の場合は殺戮と略奪で血と暴力に酔っていました。

「伯符さんはこれまでに賊退治をした事はあるの?」

 桃香は他者が賊にどう対応して来たか、自分との違いが気にかかったのです。

「これまで129人を捕らえたけど96人が刑を受けた後も再犯してたわ。法と理で漢が動く以上、反乱で世を正そうとする連中の末路は自業自得よ」

 あらあら。孫策さんは硬い決意がある様ですね。剣を把持していた拳は固く握りしめられています。

「なんだろう。これで人生変わる人も居るんだろうね。お母さんが悲しむよ」

 人は現状を維持するか、過去を懐かしむ物です。ですから、今を壊そうとする存在を許せません。

「いい? 賊徒っていうのは民を苦しめる連中で、賊徒に成った瞬間から漢の民としての権利を失ったの。賊徒を改心させたり、許す事を決めるのは太守であるあのこや、州牧代理である貴女じゃない! しっかりしなさい。これは民に笑顔を取り戻す仕事。それを自覚して事に当たりなさい!」

 孫策の言葉に励まされた桃香は、孫策の手を握り締めました。

「伯符さん、ありがとうございます! 私、頑張りますね! それと、私の真名は桃香って言います」

「ちょっと、貴女、真名を!」

「駄目ですか?」

 美羽の仲間である桃香と真名を交換する事に、孫策も考える事がありました。ですが邪気の無い桃香の眼差しを受けて吐息を漏らしました。

「……雪蓮(しぇれん)よ」

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