戦乱の漢帝国で人の命の価値は平等ではありません。国家の存続は民より優先される事で、この時代はまだ国民皆兵制度と言う事もあり、
こう言う時こそ皆に大切なのは、心のゆとりです。見たい物だけを見て、見たくない物は見ない。精神衛生上、正しい事です。
かぜをひいてしまったなら、パパの嫌いな玉ねぎとお砂糖入りの温かいミルクを飲むのもありますが、戦はそうもいきません。
黄色い頭巾を被った人達が暴れていた頃、ムーミンパパは
「今更ですが良いのですか。この様な事をしていても」
そう言う星にムーミンパパは頷き返しました。
「うん。皆、これから大変だ。美味しい物を食べれば、遠く広く視野も開ける。今何が出来るか考えたらこれだね」
真面目な愛紗ならお説教でしょう。桃香を誘えば周りが心配してしまいます。
そこで星がお供に選ばれたのです。
「そう言う物でしょうか?」
人は産まれた時に幸せに成る事が決められています。無理に闇の中や暴風雨の中を進む必要はありません。
就職も派遣先もアルバイトも決めるのは自分です。
ムーミンパパは美味しい物を食べる事で、世界には他にも楽しい事があると伝えたかったのです。
それが分かるのも、若い頃に孤児院の生活からさよならをしてからの冒険で、友達や家族を作った経験があるからです。
星もメンマの事を考えると、切なくなります。メンマへの愛だけは真実でした。
お城の貯蔵庫には大根、人参、白菜、ピーマン、キャベツ、レタス等がありました。
豊富な食材に驚き、美味しい物を求めて世界を旅すれば、流通経路をたどればいつか家に帰れるかなとムーミンパパは考えました。
「それで、ここは何処なのですか?」
自信を持って先を進んでいたムーミンパパに星は従っていたのですが、何処だか見知らぬ場所に来ていました。
鬱蒼と生い茂った木々と地面の傾斜で山の中と言う事は分かります。
「ふむ。何処だろうね?」
シルクハットの中からパイプを取り出して煙草を一服するとムーミンパパはそう答えました。
「いやいや、それは無いですぞ!」
迷子になったのか、星は頭を抱えたくなりました。
「落ち着きなさい」
そう言ってムーミンパパは座り込むと、隣をポンポン叩きました。
並んで一休みする二人の間を吹く風に、木の枝が揺れています。汗がすーっと引いていきます。
「おや」
尻尾をピンと立てたムーミンパパ。どうしたのでしょう?
星も警戒して得物を構えます。
鼻を鳴らして何かを嗅ぎ当てたムーミンパパは言いました。
「こっちの方から料理の臭いがするね」
「ほう?」
暫くして、木々の切れ目から砦が見えた。星にも料理の臭いが分かりました。
あら。星の目が鋭く成りました。
「パパ殿」
それは黄色い頭巾を被って悪さをする人達、黄巾党の皆さんです。星にとって正義の剣を打ち込む機会です。
「あれは民の敵、賊徒です。罪を犯した者を捨て置く訳にはいきません。参りましょうか」
やる気満々です。
「うん。放っておくわけにもいかないか」
弱い者を守る。それは侠の人である星にとって当然の事でした。無駄な戦いではありません。
でもムーミンパパにとって一番大切なのは家族と友達を守る事です。
「しかしあまり無茶をしては駄目だよ」
星も大切な家族でした。
「かしこまりました」
そう答えると星は駆け出しました。ムーミンパパもシルクハットを押さえて後を追います。
木々の間を駆け抜けて飛び出した星をムーミンパパは抱き上げると跳躍しました。
「おお、これは良い!」
二人は砦の外壁を飛び越えて、中に飛び込みました。
「な、何だてめえら!」
そこでは黄巾の将である
「お前達、賊徒を倒す者だ」
星の言葉に張さんは激おこプンプンしました。
黄巾党が勝てば、漢王朝はおしまいです。これから高位に昇ろうと言う自分への無礼は許せませんでした。
星は容姿も良く、捕らえて身体で楽しむ事が出来ると考えた張さんは手下に命じます。
「たった二人で何が出来る。やっちまえ!」
美少女は共有財産に成ります。手下も気合いを入れて一斉に向かって決ますが、ムーミンパパは相手の攻撃を受け流し、関節技や打撃で相手を無力化していきます。
「パパ殿、大したお手並みですな」
殺さずに倒す。それは中々、骨の折れる事でした。
「昔取った
戦場は数や経験よりも心の余裕が物を言います。ゆったりとしたムーミンパパの余裕につられて星ものびのびと闘えました。
「私も負けておられませんな!」
ムーミンパパの厚い皮膚は刀剣もちょっとやそっとでは効きません。
星にとってムーミンパパの傍らは、どこに居るよりも安全でした。
──そして孫策が討伐の兵を率いて到着した時、ムーミンパパと星はキャンプファイアの様に砦を燃やして、数珠繋ぎにした賊徒と共に炎を眺めていました。
「貴女達が落としたの」
桃香の仲間なのに不実にも逃げ出したと思っていましたが、たった二人で砦を落としてしまった事に驚きました。冷静に見ると、他に兵を連れていない事にも気付きました。
「おい、女! 俺を逃がしてくれたらお宝を分けてやるぜ」
縛られていた張さんは、それなりに高位の者だろうと当たりをつけて孫策に話しかけました。
「何、こいつ」
いきなり買収されて鬱陶しい表情を浮かべた孫策に、星は不敵な笑みを浮かべて答えます。
「賊将
辺りが一瞬、静寂に包まれました。そして孫策の声が辺りに響き渡りました。
「ちょっと、それって賊の頭目じゃないの!」
「さようですな」
平然と答える星と違いムーミンパパは、うるさいなとシルクハットを深めに被り押さえました。
「さっきまで私が討ち取る積もりだったんだけど……。私の家って、袁術ちゃんの所と色々あるじゃない。だから立つ瀬がないと言うか……」
孫家は客将として飼われている状態でした。正式に臣従する積もりは無く、いつか独立をしたいと願っていました。
ムーミンパパと星は目を合わせて頷きました。賊の責めは免れません。それなら誰が捕らえても大丈夫です。
「手柄はお譲りしましょう」
「良いの?」
貸しは大きいので孫策も慎重です。
「その代わりに少々、頼みたい事があります」
星の後をムーミンパパが続けます。
「筍を探す手伝いをしてくれるかな」
孫策は予想外の言葉に大笑いしました。
「まぁ良いわ。少しぐらい寄り道しても」
しばらく周りを歩いてると竹林が見つかりました。十分な量の筍を収穫する事が出来たムーミンパパは孫策にお礼を言いました。
「これぐらい大した事無いわ」
戦はただ勝てば良いのです。大功を手に入れ、兵を損なわずに済んだ事もあって孫策は笑顔で答えます。
南陽郡がこれで平和に成ったかと言うと、そう単純に事は進みません。賊は散り散りに成って各地で暴れるだけでした。
中途半端なやり方はいけません。荊州の火種を消す為に、南陽の外にも派兵される事に成りました。
専守防衛の自衛とはやられるだけと言う意味ではありません。時には越境作戦で他所様の主権を侵してでも戦う事が必要なのです。イスラエルも南アフリカもローデシアもアメリカ様も、皆、そうやって自国を守って来たのです。
朝廷は黄巾賊の蜂起を食い止める事には失敗しましたが、そこから各地で防衛から逆襲に至る戦略構想を確りと確立していました。
賊を殲滅する。その為、各地で勝利を収め、包囲網を延伸し追い込んでいました。こうした作戦行動に桃香達の活躍も寄与しています。
熱気と勢いに飲み込まれてこそ良い仕事が出来るのです。
戦場で喚声が聞こえます。関羽に率いられた騎馬は一群と成って突撃し、黄巾賊の戦列を切り裂きます。賊も阿呆ではありません。両翼から突破口形成部を潰そうとしましたが、関羽の浸透する速度の方が早いようです。
「愛紗ちゃん、凄い!」
最初の頃は、賊が殺される様にも顔色を変えていた桃香ですが、最近は割り切って慣れてしまいました。
賊は、自分の努力が足りない事を棚に上げて、逆怨みし世間の人々に迷惑をかける悪い人達です。
「正義の為だって……仕方ないよね」
おやおや、やっぱり割り切ってはいないようです。
賊は根から絶やさなければいけません。難しい決断ですが、漢の確固たる姿勢は崩れません。政に携わる者として手を汚す覚悟は出来ていましたが、桃香にとって辛い日々です。
「お姉ちゃん、どうかしたのか?」
桃香の護衛で残っていた鈴々は桃香に尋ねました。
鈴々は殺し殺される事を知っており、桃香と違い罪悪感を持っていませんでした。ですから桃香の気持ちは分かりません。
「ううん、何でもない」
義妹達と交わっても満たされません。良心の呵責と言う悩みが払拭されないのです。
でも本当は知っています。
直接手を下さなくても、命じる立場にあれば、その手は血塗られているのだと。そしてその恩恵を間接的にあっても受ける者は、末端の民草に至るまで汚れています。
殺した者は生き返らず、罪は消えず、償う事は出来ません。ですから後悔すると言う無価値な事に囚われるよりも、未来を進む事が大切なのです。
人を呪わば穴二つで、一寸先は闇。桃香が鬱々としてるこんな時、ムーミンパパはお城の書庫で読書に耽っていました。
何やらお勉強中の様です。
勉強のお手伝いをしてるのは孫家で最近、軍師に抜擢されたと言う少女、呂蒙です。
軍師は主の為に知恵を働かせるます。軍師の前では愛も無価値で、時として男に股を開く事もあります。ですから知的好奇心を押さえる事が出来ませんでした。
「何か聞きたい事でもあるのかい?」
呂蒙はチラチラとムーミンパパの様子を窺っておりました。ここ最近は、ムーミンパパもその様な視線に慣れていました。
「その、ムーミンパパの様な方を私はお見受けした事が無くて」
ムーミンパパの軽く嗜める視線と口調に、呂蒙は淑女にあるまじき行いを自覚して赤面しました。
手を休めたムーミンパパは、懐かしいムーミン谷の仲間達を思い出しました。
「私達ムーミン族に似た存在だとスノーク、ヘムルと言った種族も存在するよ」
ムーミンパパの話に呂蒙は興味深く耳を傾けました。
「そのどちらも聞いた事がありません」
眉間に皺を寄せて記憶を探った呂蒙は申し訳なさそうに答えます。
「そうだろうね。ムーミン谷からは遠いみたいだ」
この様子ではニョロニョロやモランも知らないだろうと見当を着けます。
権力には無縁のムーミンパパにとって若い彼女達はいかに
だからでしょうか、呂蒙の頭をくしゃくしゃと撫でたのは。
「えっ」
周囲からは軍師として一人前の大人に成る事を求められましたが、ムーミンパパは違います。何気ない事ですが、子供の様に扱われた呂蒙はびっくりしました。