少し薄汚れてはいるものの、町の人が見れば「十分に綺麗な娘さんだ」と言うであろう少女が、ひとり、山道を歩いていました。
その背には細身の刀。年若いながら、その立ち姿にはどこか凛とした風格がありました。
──しかし、この国には、強さや清らかさを求めぬ者もいます。
気配に気づいた少女がさっと得物に手をかけると、茂みから、いかにも悪事を生業としていそうな男たちが三人、現れました。
「へへ……勘のいい嬢ちゃんだ」
よれた衣の隙間からは、日に焼けた肌と、すえた臭い。
目にはいやらしい光を浮かべて、男たちは少女を取り囲みました。
けれども、少女は眉ひとつ動かしませんでした。
「賊か」
静かで澄んだ声。それは若さの奥に、意思の強さを秘めていました。
「そういうこった。持ち物を置いてってもらおうか」
男たちは余裕の表情でした。
だが、少女の目は、ただまっすぐに彼らを見つめていました。
──その名を、関羽雲長。真名を、愛紗と申します。
司隷・河東郡解県の生まれ。とある事情から、今は幽州・涿郡の山道を一人旅している最中でした。
賊の数は三。彼らはこの山道で通行人を襲い、生計を立てていたのです。
ですが愛紗にとっては願ってもない偶然でした。
「悪を討つことこそ、我が道」と、彼女は迷わず刀を抜きました。
言葉を交わすより早く──鋭い斬撃が風を切り、最も大柄な賊の首が、するりと宙を舞いました。
その身体を盾に二人目を打ち倒し、三人目の足を払って止めを刺します。
斬るべきものを斬ったあとは、茂みに遺体をそっと運びました。
いずれ鳥や獣が自然に還してくれるでしょう。
「しけてるな……」
退治した賊の懐から財布を覗いた愛紗は小さくため息をつきました。
──と、そのときです。
山道の先から、どこか異様な雰囲気をまとったなにかが歩いてきました。
白く、丸く、二足で立つ姿。後ろには、年ごろの娘が一人ついてきています。
愛紗は、とっさに思い出しました。
昔、町の本屋で読んだ絵本──「豚の妖怪に拐かされる姫君」。
(……拐かされた娘か!)
正義感が火を灯し、愛紗は刀を構えて走り出しました。
そのころ桃香とムーミンパパは、旅の途中にありました。
西の村に盗賊が出ると聞けば向かい、東の山に山賊が出ると聞けば向かい──行く先々で人助けを重ねていたのです。
「今度は白蓮ちゃんに会いに行くんだよ。盧植先生のところで一緒に学んだ、私の大事なお友だちなの」
桃香はにこにこと話します。友だちは大切な存在。ムーミンパパも、大きくうなずきました。
「そうだね。ムーミン谷でも言っていることだ。友だちは損得で測ってはいけない。困っていたら、助けるものさ」
そんな会話を交わしながら歩いていたそのとき──
「ん……?」
ムーミンパパの鼻がひくつきました。風に混じって、血の匂いが運ばれてきたのです。
「パパ?」
桃香が問いかけると、茂みの奥から黒い影が風のように飛び出しました。
──それは、先ほどの愛紗でした。
彼女の目には、ムーミンパパが異形の魔的なものとして映っていたのです。
「落ち着きなさい。話せば分かる──」
パパが手を広げ優しく言いましたが、愛紗は耳を貸しません。
「うるさい! この妖怪め!」
彼女の剣は、疾風のごとく振るわれました。ですが、ムーミンパパはひらり、ふわりと受け流します。
──数合を交えたのち、パパは道ばたに落ちていた木の枝を拾い上げました。
「……すまないね」
次の瞬間、枝が愛紗の首筋にそっと当たり、彼女の意識はすうっと遠のいていきました。
目を覚ました愛紗は、ムーミンパパの膝の上に頭を乗せられていることに気づき、跳ね起きました。
「謝りなさい」
桃香が少し怒った顔で言います。
瞬間、賢い愛紗は状況を理解しました。
「……申し訳ありません」
愛紗は、心から頭を下げました。
(あのまま斬っていたら、私は命を奪っていたかもしれない。だが──あの動き、あの器量。まるで……)
敗北の悔しさより、そこにあったのは尊敬の念でした。
そして愛紗は申し出ます。
「お願いです。武の手ほどきを私に授けてはいただけないでしょうか」
こうしてムーミンパパに弟子入りし、桃香たちの旅に加わることとなったのです。
パパの日記
ω月ω日
今日、ひとりの娘が私にこう言った。
「弟子にしてください」と。
関羽雲長──その名にふさわしい真っ直ぐな心と腕を持つ少女だった。
しかし私は思った。この国では、どうしてこうも子どもたちが戦わねばならないのだろう?
ムーミン谷では、子どもたちは森で遊び、夏には海で泳ぎ、雪の日にはストーブのそばで話をした。
こちらでは少女が剣を握り、血を流しながら旅をしている。
彼女の「力を正しく使いたい」という願いはよく分かる。
だからこそ、その願いが、誰かの笑顔のために役立てられるように──
私にできることは、そばで見守り、導くことだろう。
彼女の、未来のために。
──ムーミンパパ