戦に赴くことは、遠足に出かけることとは異なります。
けれど、どちらにも心得と順序があることは同じです。
趙雲子龍が率いる袁術軍の前衛は、きちんとその手順を踏みつつ、隘路を慎重に通過しておりました。
山と川に挟まれたその細道を、前衛が進み、本隊が続き、後衛が守る。
側面には側衛の縦列が付き従い、医療班や輸送隊も整然とその列に連なっていました。
「七乃殿の目利きは、いつもながら素晴らしいな」
指揮官・趙雲は、湯気の立つ壷の蓋を開けながらそう呟きました。
中には蒸されたシロアリが、静かに湯気を立てておりました。
ほんの少し摘み口に含めば、ぷちりと弾ける甘みと淡い風味が酒を誘います。
──だが、報告が入りました。
「将軍、前方にて子供が賊に囲まれております!」
咄嗟に壷の蓋を閉じると、趙雲は馬に飛び乗り、報告の斥候を先導に駆け出しました。
まるで風のように、彼女の隊は隘路を駆け抜け、やがて小さな戦いの場へと辿り着きました。
そこには、まだ幼さを残す少女がひとり──敵を前に、ひたむきに立っていました。
「卑怯者ども、この趙子龍が相手になろう!」
駆けつけた趙雲が放った言葉は、雷鳴のように響きました。
槍が舞い、賊がなぎ倒され、ようやく静けさが戻ります。
「怪我はないか?」
優しく声をかけたその相手──少女は、怯えと怒りに身を震わせながら叫びました。
「みんな……みんな、殺されたんですよ! 今さら助けに来たって、遅いんです!」
趙雲は、その怒りを真正面から受け止め、ただ一言、低く返しました。
「それでも、今ここに君が生きている」
その声は、押しつけでも叱責でもありませんでした。
けれど、少女はふと戸惑った表情を浮かべます。
「……あの、あなたは……劉表の兵じゃないの?」
「いや、我らは袁術軍。劉表殿の援軍として参っている」
──その言葉を聞いた瞬間、少女の顔色がさっと変わりました。
「……申し訳ありません!」
その場に武器を伏せ、深く頭を下げた少女の名は、
一方そのころ、桃香たちは南郡への道中で、劉表という人物について話を交わしていました。
「男の子しか後宮に置かないなんて、変わってるよね」
桃香が言うと、愛紗は少し顔をしかめました。
「劉表様は、学識あるお方と伺っております。軽々しく言うものではありません」
けれど、七乃は静かに頷きました。
「でもね、頭が良くても国を治める器とは別の話なんですよ」
桃香は、ムーミンパパに寄り添いながら、困ったように笑いました。
「……助けたくないなぁ。そういう人のために戦うのって、なんだか違う気がする」
「それでも──放っておけないのが、私たち人の情というものでしょう」
七乃の言葉に、誰も返すことはありませんでした。
そのとき、ふと鈴々のお腹が鳴って、一同の重い空気をやさしく散らしました。
「お腹がすいたのだ」
「ふふっ。では、ご飯にしましょうか」
昼食には、一刀がこの地に再現したたい焼きがありました。
蜂蜜の甘みを含んだ生地に、やさしく包まれた餡。ムーミンパパも満足そうに頬をほころばせています。
そして、桃香は──ネズミの踊り食いを食べていました。
ちゅうちゅうと鳴く声に笑顔を浮かべながら。
「うわっ、美味しいよ、これ!」
七乃はさらなる驚きを用意していました。
「桃香さん、これもどうぞ。新鮮な猿の……脳です」
生きた猿の上に、薬味と香辛料が用意され、豆腐のような食感が舌にとろけました。
「……すごい味。これ、初めて!」
目を輝かせる桃香の姿に、七乃もほっとしたような笑みを浮かべます。
(──料理には、人を変える力がある)
美味しいものは、人の心を近づけ、争いすら忘れさせることもあるのです。
その日の午後。ムーミンパパは、庭でなにやら大きな布を広げていました。
「パパ、何してるの?」
「気球をつくっているんだ」
「ききゅう……?」
首をかしげる桃香の隣に、七乃と愛紗も立っていました。
「空を飛ぶ乗り物だよ。理屈では、ね」
「そんなもの、本当に飛ぶの……?」
夕暮れまで、皆で針と糸を手に縫い合わせ──そして、翌日の昼には、空にふわりと、布の塊が浮かび上がりました。
気球でした。ゴンドラにはムーミンパパの姿。
「パパ、すごい!」
手を振る桃香に、パパは笑って応えます。
七乃は、その様子を黙って見上げていました。
(──使い方次第で、空も戦の道具になる)
彼女の中には、冷静な将としての視点もあれば、遠く未来を見る目もありました。
その夜、寝床には川の字になって横たわる姿がありました。
桃香、鈴々、愛紗──その真ん中にはムーミンパパが静かに眠っています。
「おやすみ、子どもたち」
「おやすみなさい、パパ……」
愛紗は目を閉じながら思いました。
(家族って──こういうことなんだ)
あたたかなぬくもりに包まれながら、彼女は静かに夢の世界へと落ちていきました。