桃香ちゃんと白豚   作:キューブケーキ

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さらに続き

 ビューっと風が吹くなか、ムーミンパパの隣で鈴々が涙を浮かべていました。

 あら、どうしたのでしょう?

「う~、気持ち悪いのだ」

 ゴンドラから身を乗り出して嗚咽の声をあげる鈴々の背中を、ムーミンパパは優しくさすります。

 空を飛ぶ気球は荊州までやって来ました。

「吐きたい時は吐きなさい」

 下から見れば、鈴々の口から流れ落ちる汚物はキラキラと輝いていましたが、下で浴びた人はたまった物ではありません。

「うわっ、何だこれ」

「臭っ、汚いな。近寄るな!」

 何だあれは面妖な、と空を指差し騒ぐ人々の中に星の姿もありました。桃香は星の姿を確認すると手を振って呼びかけました。

「星ちゃ~ん」

 頭上から聴こえてきたその声に星は驚きました。

「桃香殿!?」

 パパの発明と言う事を教えられ、星は感心しました。

「ははは、流石はパパ殿ですな」

 不意に星の顔色が曇りました。

「星ちゃん?」

 桃香は驚くべき事を聞かされました。助けにやって来た劉表は、実はとっても悪い人だと。

「不老の妙薬である水銀を求め、民に重税をかけて苦しめている。その上、賊は役人に賄賂を渡す事で目こぼしをして貰っているそうです」

 他にも領内の統治に使うべき税を私的流用し、豪華を購入していました。

 民草を蔑ろにするなんて、不況やハイパーインフレを呼び起こすだけでは済みません。そんな悪夢を考えたくはありませんでした。

 ここまで漢が乱れたのは官匪だけが理由ではありません。皇帝の責も重いです。

 実際に地方は荒れていました。

(潜在的不穏分子である諸侯を疲弊させるという意味では成功か。これで朝廷主導で乱を収められるなら権威も戻るのだろうが、そこまでは狙ってはいるのか?)

 話を聞きながらパパは考え込みます。最良の手は何かと。

 桃香は感情の発露も素直でした。

「酷いよ!」

 泣き出す桃香が、慰められる姿を見ながら愛紗は考えました。

 武人は戦う事を止めれば価値がありません。

 愛紗は戦う牙を持っています。自らの意思で手に取った得物です。

(桃香様の願いを叶える事こそ我が願い)

 武器を持って戦うと言う事は様々なリスクを覚悟します。そして国を変えるのは並大抵の事ではありません。

 愛紗は桃香の求めに答える形で、戦いに身を投じていました。安寧の日々を送る為に。

 家族と呼んでくれた義姉の為、邪魔な石をどけると言う考えでした。

 

 

 

 深夜、ムーミンパパと愛紗はこっそりと気球でお出かけをしました。

 家出でも夜逃げでも不倫の逃避行でもありません。

 それはとても素敵な考えで、向かった先は劉表のお城である襄陽(じょうよう)城です。そうです、悪い劉表をやっつけようと言うのです!

 劉表のお城は高い城壁に囲まれた街の中で、夜は門が閉じられています。さらに劉表自身の身辺は沢山の兵士が昼夜を問わず、交代で守っておりました。だから暗殺者も近寄る事が出来ません。

 そう言う事で、劉表は安心してぐっすりと眠っていました。

 ですが、その夜は違いました。

 ドタバタと激しい物音に劉表は目を覚ましました。

「何事だ!」

 賊徒が押し込んで来たと報告が入ります。護衛の兵を呼び寄せて避難しようとしました。

 しかし影が行く手を遮ります。

「何奴!」

「袁公路様が客将、劉備玄徳が義妹、関羽雲長」

 愛紗は鉄槌を下しに来たのです。

「それで関羽とやら。わしに何用だ」

 押し込みの賊徒にしては確りとした受け答えだったので、劉表は部下を抑えて尋ねました。

「跪け。不埒な行い漢に代わって誅を下す」

 愛紗にしてみれば疑わしきは罰せよどころか、本当に悪い人なので仕方ありません。

 しかし劉表には世迷い言に思えました。

「ふざけるな。身の程を知れ」

 おお怖い。劉表は激怒しました。まるで鬼の様でした。

 ですが愛紗は鬼など怖れはしません。

 護衛の兵が愛紗に向かって来ますが、えい、やあ、と青龍偃月刀を一閃させました。

 飛び散る鮮血。床に斬り伏せられたのは劉表の兵でした。

「劉表様!」

 二人組が飛び込んで来ました。相手は、黄忠と魏延です。

 名のある武将と見て取った愛紗は対話を求めます。

「我々は漢の為に働いている。貴様達に機会を与えよう」

 劉表の部下を斬り殺した青龍偃月刀を下ろすと、愛紗は黄忠と魏延に言いました。

「我らに降れ。国の為、民の為だ」

 黄忠は悩みながらも問いかけました。

「嫌だと言えば?」

 すると、背後からムーミンパパがぬっと現れました。

「魂が救われる。神の御加護で墓場行きだ」

 いずれはこの国が乱れ、諸侯が潰し合うと言う事を誰もが知っていました。愛紗にとっても、桃香の対抗馬は早い内に芽を摘んでおくだけです。

 桃香が歩いて行く道のお掃除ですね。

 劉表は会話に割り込んで来ました。

「ズベ公め、下等生物の平民ごときが劉氏の私を見下すとは!」

 虫酸が走ったのか愛紗は体を震わせました。

「喜べ。安息と安らぎを与えてやる」

(間抜け野郎は民草や兵を私物化してる。小さな皇帝だ。我々は違う)

 劉表は黄忠と魏延に愛紗を討てと命じました。

「自分の手を汚さぬ腰抜けめ」

 と言っても格闘技、武術で勝る愛紗を相手に劉表が勝てる道理はありません。パパもじゃれ合いに加わります。心に響く物があったのか、黄忠と魏延は事態を静観しました。

「ふん!」

 倒れた兵の首を蹴り砕くパパの姿に敵は怯みます。その間に愛紗は次々と倒して行きます。

「悪に荷担する者は同罪だ」

 容赦の無い斬撃で血の池と屍の山が出来上がりです。

「ま、待て。話せば分かる。金か、金が欲しいのか?」

 両手を上げて押し止め様とでもする劉表の姿が滑稽です。

「問答無用」

 遂に劉表の首が討ち取られました。

 翌朝、劉表の首が城下に掲げられ民衆は抑圧から解放された事を知りました。

 

 

 

 劉表を倒した事で袁術の勢力は南郡に広がりました。世間的には、劉姓を名乗る遠縁の桃香が、病に倒れた劉表に荊州の後を託され、袁術に保護と支援を求めたと言う事に成りました。

 南陽郡太守の袁術が荊州州牧代理の桃香を助ける。おかしくはありません。ですが、劉表小飼いの家臣や豪族は異を唱えます。

「門の前に晒した首はどう言い訳する積もりだ! 簒奪者どもめ、貴様らに従う事など出来ん」

 とても良い考えですが、纏まるお話も纏まらなく成ってしまいます。それでは困ってしまいます。

「あら、そうですか。残念ですね」

 疑念を抱く者も居ましたが、当然、七乃が排除しました。

「他の人は賢い選択をして下さいね?」

 粛清と言う地盤堅めが済むと、外敵に備える事は当然です。北の防備を強化すべく、南陽郡にある砦や城塞の補強が行われる事に成りました。

「袁紹さん?」

「はい。お嬢様の従姉、袁本初様は汝南袁家の本家を継いだ御方です。悪い人では無いのですが、いささか自意識の強い御方なので……」

 美羽は袁紹に苦手意識を持っていました。卑しい自己顕示欲にうんざりしていたのでした。

「美羽ちゃんを苛める悪い袁紹さんなんか、絶対に近付けないよ!」

 義憤に駆られて力強く宣言する桃香は頼もしげです。

「必要な物は何でも言ってくださいね」

「うん、有難う」

 七乃の許可を得て桃香は廃城の取り壊しで資材を流用しようとしました。再利用で経費を安く収める考えです。

「うりゃうりゃうりゃ」

 鈴々が嬉々として廃材を積み上げています。ムーミンパパもぽいぽいと石垣を壊していました。

「流石、桃香様です」

「えへへ」

 愛紗の称賛に照れていると、足元に蜚蠊目(ゴキブリ)が飛び込んで来ました。巣を壊されて右往左往してるのでしょう。

「きゃっ」

 愛紗が叫び声をあげて飛び上がると、桃香は平然とゴキを捕まえました。手づかみで!

「やったよ愛紗ちゃん。後で一緒に後でたべようね!」

 あらあら。

 愛紗は困ってしまいました。義姉が自分とは違う生き物に思えたのです。

 価値観の違いですね。

 満面の笑みを浮かべる桃香の言葉に、愛紗は辛うじて返事を返しました。

「け、結構です」

「そう?」

 油で揚げたら美味しいのに、と呟いていました。

「どうやって食べようかな」

 調理法や食感を呟く桃香の隣で苦悶の表情を浮かべる愛紗です。

(聞こえない。私は何も聞いてないぞ!)

 この時だけは目を瞑り耳を塞ぎたく成りました。

 他の人と仲良くすると言う事はとてもとても難しい事なのです。

 愛紗の憂鬱な気持ちとは異なり、空は晴れ渡り楽しげな笑い声に満ちていました。

 全てが丸く収まった訳ではありません。

 桃香がお城を貰って政に励んでいたある休日の事でした。

 桃香は昼過ぎまで惰眠を貪り、休日を満喫していました。

「ふぁ~」

 伸びをして起きた桃香は遅めの朝食を兼ねた昼食に出かけました。

 お城に住み町を治める偉い人には護衛が着く物です。ムーミンパパは尻尾をゆらゆら揺らしながら桃香の後に続いていました。

 食事を何にするかきょろきょろ辺りを見ながら考えていた桃香は「パパは何か食べたい物ある?」とムーミンパパに振ってきました。

「私は何でも良いよ」とパパはパイプをくわえながら答えました。

「うぅ……何でも良いって、一番難しいよ」

 悩む桃香を探す声が聴こえてきました。

「劉将軍、御母堂が危篤との知らせが参っております!」

「へっ?」

 それは桃香の母が倒れたとの知らせでした。

「桃香様、いえ姉上、ここは私にお任せ下さい」

 愛紗の言葉に星も続きます。

「そうですぞ、桃香殿。私達が留守を守ります」

 危急と言う事で仲間達は桃香に帰郷を促しました。

 気球で駆け付けた桃香は着陸を待たずに飛び降りました。

「お母さん、お母さん、お母さん!」叫びながら走る桃香は涙を溢しながら家に飛び込みます。

 母の世話をしてくれていた親類が首を振ります。

「そんな……」震える手で母の手を握りました。まだ温もりがありましたが、力は入っていません。

「つい先程だったよ」そんな声が桃香の耳を通り過ぎて行きます。

 まだまだ話したい事があった。一緒に美味しい物を食べたり、旅行にも行きたかった。親孝行だってこれからだった。孫だって見せていない。そんな思いが罪悪感となって桃香を責めます。

 そして母を失った孤独感が桃香を押し潰しそうでした。

 ムーミンパパが桃香を抱き締めました。

「うあああああっ」

 人は本当に大切な人を失った時、泣くか怒るしか出来ないのです。

 極内輪だけで葬儀は淡々と進みました。

 桃香は人生の虚しさ儚さを痛感していました。自分が死んだらどうなるのか。何もかもどうでも良い。母の元に逝きたいとさえ考えました。

「桃香、お母さんの分も君は生きなくてはいけない。君が幸せでないと、お母さんも悲しむ」

 そう言われて桃香も頷きます。「そうだよね。私が頑張って生きないと、お母さんだって……」そう言いながらも悲しさと寂しさから涙は溢れます。

「頑張る! 私、頑張って生きるよ!」

 それが母への手向けだと信じて空元気でも頑張ろうとしました。

 桃香は六日間の喪に服しました。その間、愛紗達も心配でやきもきしましたが桃香は自分なりにけじめを着けました。泣いてもいつもと同じ朝が来るのです。

 時々、母を思って涙を溢す時もありますが笑顔で頑張っています。母への供養、世のため人のため生きると誓いました。

「私らしく生きる事が一番だと思うから」

 食欲の減退、睡眠不足、疲労など体調を崩す事も多いですが、桃香は母が亡くなった後もきっちりと食事を取りました。その事に皆は安心しましたが、ムーミンパパは疑問を漏らしました。

「どうされました?」

 食後の食堂で一人、腕を組んで考え込むムーミンパパの姿に星は尋ねました。

「桃香の事だよ」

 ムーミンパパから見て桃香の食事量が少し量が増えた様です。食欲はあるようですが、何度も厠に向かう姿を見かけました。

「普通なら肥っても良い。だから納得がいかない」

「そう言えば今日もサムギョプサルを五人前は食べておりましたな」

 杞憂であれば良いと断って、ほとんど吐いているのではないかとムーミンパパは言いました。

「ふむ、愛紗はどう思う?」

「わ、私は……」

 食欲は旺盛であれば健康的だと思ってしまいますが、過食症と言う病気もあります。

 眉間に皺を寄せて愛紗は考えました。桃香の心労を考えればもっと注意して当然でした。武一辺倒で義姉の体調変化に気付けなかった事を恥じました。

「この身を恥じるばかりです」

 悔し涙を溢す姿を見て、ムーミンパパは愛紗の頭に手を伸ばして撫でました。星はそんな二人を黙って見ていました。

 

 

 襄陽城には南陽郡の袁家から官吏が送り込まれ桃香の政を助けていました。業務は滞りなく進んでいましたが、七乃の元に届く桃香の近況は不安を感じさせる物でした。

「桃香さん、早く元気に成ってくれると良いのですけど」

 友人の心配をする七乃の元に部下がやって来ました。

「張将軍、孫家より孫伯符殿、周公瑾殿が到着されました」

「あら、もうそんな時間ですか」

 二人は長沙の太守、孫堅の娘とその軍師で、孫堅の死後、家中をまとめていました。ですが劉表とは反目しており、ここで新たに桃香が上に立った事で選択を迫られました。

 劉表の代わりが桃香なら、彼女が一番偉いと言う事に成りますが、実際は袁術の影響下にあります。袁術の機嫌を損なえば孫家の独立維持も難しくなります。

 ですから袁家の保護を求めて交渉に来たのでした。

(孫策さんは油断の成らない相手ですね。桃香さん達みたいに、美羽様の御役に立つなら良いのですが、飼えないなら相応の対応をしないと……)

 七乃にとって大切なのは主である袁術を守る事です。害する者なら排除する事も躊躇いませんでした。

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