「ジュエルシードなんだけどさ……」
いつものように訓練室を借りている時間。光剣をひとしきり振り回した後、あいつが声をかけてきた。
「もう一回願い直すというのはどうだろう」
「?」
何の話だかわからなかった。オレの顔には疑問の表情が出たらしく、続けて発言の説明が始まる。
「君の身体の話だ。ジュエルシードに願ったせいで女性になったなら、今度はもう1度別のジュエルシードに、男に戻してもらうよう願うっていうのは?」
「……うーん」
「それはやめた方が良いな」
図ったようなタイミングで、滅多にここには来ない人物が現れた。クロノだ。……ユーノと、なのはもいる。
「そうするのは彼の身体にとって非常に危険だ。あれは複数個あると共鳴するのは知っているだろう。最悪、胸が爆発するかも……」
「うおお……」
最悪の場面を想像し、血の気が引く。男には戻りたいが、再びジュエルシードに頼るにはリスクが大きすぎる。まだ手術にでも頼る方が断然マシだ。
「じゃあ、胸の中のジュエルシードをもう一回使うというのは? 魔法の威力に影響が出ているなら、まだ力を溜め込んでいるはずでは?」
「……なるほど」
こちらに目を向け、あいつが言う。
今日はやけに絡んでくるな。事件の終わりをやつなりに感じて気でも遣っているのか? だけど……
「それこそ、やめた方が良い」
クロノははっきりと告げる。
「そもそもジュエルシードは正しく願いを叶えない。彼は願いを曲解されて女性の身体に変えられてしまったが……」
その言葉は、妙に頭の中に残った。
「――次は、どんな姿になると思う?」
今までに遭遇した、ジュエルシードモンスターたちの姿が頭をよぎる。クロノが言わんとしていることは、おおむねそういうことだろう。
視線をあいつからオレに移し、諭すように、クロノは言葉をつづける。
「いいかい、そんなことをすれば男に戻るどころか、今度は自分に戻れなくなるかもしれないぞ」
「……わかってるよ」
返事をした自分の声は、妙に弱々しくて、情けなさを演出してしまっていた。
なのはとユーノが気の毒そうにオレを見つめるのがわかって、二人から目をそらす。
いや、あいつらのことだから、自分の責任でも感じているんだろう。
そんな顔をしないでほしい。少しみじめだし、それにもう、オレは別に……
「そうか。ごめん、適当なことを言ってしまった」
「……いいよべつに。お前はそんなことより少しでも魔法の練習しろっての」
「いたっ」
まったく。お前のせいだぞこの空気。その話はいいんだよ、今は。
妙に重くなった空気を誤魔化すように、指から小指くらいのしょぼい魔法弾を出してあいつに当てた。
「ところで、なんでここに?」
話題を変えるべく、やってきた3人に話をふる。
「訓練室に来たんだから訓練だよ、みんなで」
「う、うん。わたしも、今度はきっと負けないために」
「これだけ魔導師がいるんだ、模擬戦でもしようか?」
なるほど。なのはが強くなるのは大事なことだな。
そうだ……今ならもしかしたら、力になれるぞ。模擬戦の相手くらいならできるんだから。
「たまには1 on 1でもやってみるか。君、僕とやろう」
「は?」
「じゃあ僕らは見学しようか」
「おお……クロノさんとタイマンなんて、すごいぞ。頑張れ」
オレに声をかけてきたのは、クロノだ。
あれ? みんなでやるんじゃないの?
そそくさといなくなる3人を尻目に、クロノが黒いバリアジャケットを纏う。どうやら本当にやる雰囲気だ。
……面白いじゃねーの。
クロノ。いけ好かない管理局のエリートめ。いつかボコボコにしてやろうと昔から思ってたんだよね。気持ちよく勝ってなのはに良いところ見せたあと、管理局をぼろくそに批判してやろう。
戦闘のスイッチを入れる。オレは元から強いが、ジュエルシードがリンカーコアと融合した影響でさらにパワーアップしている。なのはに次ぐ主人公級の天才だと自負している。執務官程度を相手に負けるはずもない。
思わず笑みを浮かべ、オレはクロノに向かい合った。
見せてやる……傲慢な管理局の人間など、オレの足元にも及ばないということをな……!
「うおおおおっ!!!」
翌日。
ジュエルシード事件の終わりも目前まで近付いている。ユーノによると、残りの数は5つ。
オレの記憶では、それらはすべて海の底に眠っているはずだ。痺れを切らしたフェイトが一斉に強制発動させ、無茶な回収を試みると言う展開がこれから起こるはずだ……。
いろいろあったが、自分はこうしてアースラにいる。憧れの世界を間近で見られることの興奮、そこに自分がいない空虚感、物語が佳境にあることへの緊張感なんかを感じながら、オレはクロノの肩を揉んでいた。
「なんで肩揉んでるの?」
クロノの作業デスク前を通りがかった淫……ユーノが、オレに声をかけてくる。それと、あいつも一緒だった。
「はあ~ん? 見せもんじゃねーぞ。暇ならクロノさんにパン買ってこいよ」
「そういうのやめてくれないか……もういいからほんと、行ってくれ」
「えー」
クロノに追い払われ、しぶしぶ引き下がる。
淫……ユーノが目で疑問を投げかけてきたので、二人に仕方なく耳打ちで教えてやる。
「アイツの魔法でさ、スティンガーブレイド・エクスキューションシフトっていうのがあるだろ」
「ああ、君がボロボロにされた技ね」
うるさいな。デバイスがあればオレが勝ってたよ。
「あれがさ、ゲートオブバビロンとか無限の剣製に似てるんだよ! カッコいいから、機嫌取って術式を貰おうと思ってさ」
「なにそれ? 有名な魔法?」
「ははは、そうか。ゲートオブ……? ってなに?」
「いーよ、知らないなら」
ユーノはともかく、お前は知っとけよ。つまんないな。
王の財宝も知らん転生者がいるか。ばか。修得しても見せてやらんぞ。
「そんなことだろうと思ったよ」
「ホアッ!?」
背後から声をかけられる。クロノだ。
ヒソヒソ話をしっかり聞くやつがあるか! 空気読め!
「術式のデータならあげるから、自分で練習してくれ。君ならそれで十分だろう」
「えっ?」
クロノはオレにカード型の端末をよこした。魔法用デバイスではなく、記録用の情報端末のようだ。
中身を確認すると、クロノの使用魔法のデータが保存されているのがわかった。
魔法の使い勝手や出来というのは使用者の資質に依るところが大きいため、術式をそっくり真似たくらいで同じものを発動できるとは限らないが、それでもずいぶん参考になる。
民間警備会社の魔導師とか魔法競技の選手なら、こう簡単に自分の魔法を公開したりはしないのだが。
「いいのか? あんたのオリジナルじゃないの?」
「師匠から学んだもののアレンジだよ。役に立つなら使ってもらってかまわない。ああそれと、武装局員用に予備のストレージデバイスがあるから、訓練に必要なら貸し出そう」
「あ、その……ありがとう」
こいつ、なんか、意外とお人よしというか、柔軟というか。その……とにかく意外だ。最初に会ったときも思ったが、少しイメージと違う。
なんだか少し嬉しくて、クロノに礼を言った。
「………」
「なんでお前がニヤついてるんだ」
「え? これ、彼笑ってるの……?」
横から飛んできた熱量にイラッとして、つっこむ。
ユーノには何故かわからないようだが、奴はこちらを見て気持ちの悪い薄ら笑みを浮かべていた。基本は無表情だが、ごくまれにこういう顔を見せることが最近分かってきている。
「いや別に。その魔法、きっと今度見せてくれ」
「……まあ、いいけど」
それは、ちょっとした約束だった。
まあ言われずともいずれかっこよく披露するつもりだったが、クロノがあそこまでしてくれたんだし、少し本気で習得してみようかな。別にこいつに見せるとかはどうでもいいんだけど。
……そんなふうに、アースラでの短い日々は過ぎていく。
『いいことを教えてあげるわフェイト。あなたを作りだしてからずっとね、私はあなたが……大嫌いだったのよ』
フェイトは手に握っていた、待機形態のデバイスを取り落す。落ちてひび割れてしまったそれは、持ち主の心そのもののように見えた。
オレはそれをただ突っ立って見ている。
フェイトと会えたらどんな風に話しかけようか、なんて楽しく想像できたのは少し前までのことだ。こんな場面にあって、誰がこの子に声をかけられるだろうか。
同じ人工的に作られた生命だとしても、オレには博士がいたし、もっとさかのぼれば前世で優しくしてくれた人はたくさんいた。気持ちは分かる、なんてことは言えない。
プレシアの攻撃によるアラートが鳴り響く中、オレはただ、フェイトを医務室へ連れていくみんなの姿を眼で追っていた。
ジュエルシードの事件の終わりが、目の前まで迫ってきている。
あれからすべてのジュエルシードは、なのは側か、フェイト側のどちらかに集まっていた。そうして元の話からそうズレることなく、ジュエルシードを賭けた二人の最後の戦いが行われた。
もしもいわゆるバタフライエフェクト的な何かで、なのはが負けてしまったらどうしよう……などと心配していたが、結局は全く文句のない勝利をなのはが手にした。この世界には幼くして戦える魔導師たちはざらにいるのだろうが、年齢1桁で収束砲撃なんぞぶっぱなす子はそうはいないだろう。アニメと違ってアースラのモニターから眺めたリアルな映像は、魔法を学んだ今の自分にそのすさまじさを存分に伝えてきた。
そうして原作通り、フェイト・テスタロッサは身柄を拘束され、業を煮やした黒幕のプレシア・テスタロッサは次元跳躍魔法でジュエルシードのいくつかを回収しつつ、アースラに攻撃をしかけてきたのだった。それもまた、舌を巻くほどの高度な魔法だった。
アースラのブリッジでは、いつも落ち着いていた局員たちが忙しなく脅威に立ち向かっている。柔和なリンディ提督も険しい顔で指示を飛ばしていた。
プレシアが複数のジュエルシードやら時の庭園の駆動炉やらを暴走させ、このあたりの世界が次元震に襲われているらしい。このままでは次元断層が起き、巻き込まれて消滅する世界も出てくるだろう。さっきからゴロゴログラグラと、ジュエルシードの恐ろしさを改めて肌で感じる羽目になっている。
ともかく、ここにいては邪魔だろう。オレはブリッジを出て、アースラの廊下を走った。
向かう先は……。
「……何故、君までここに来た?」
アースラの転移ゲート。そこにはみんなが集まっている。
プレシアの居場所、時の庭園へ乗り込み、最後の戦いをするのだろう。
そこにのこのこ顔を見せたオレに、クロノは咎めるような目を向けてきた。
声をなんとか絞り出す。
「オレも……最後は、みんなの役に立ちたい」
クロノには自分の功名心や虚栄心を見透かされていそうで、声が震えてしまう。
「立派なことだが、君の場合は……」
「入り口で少し暴れたら、すぐ引っ込むよ」
「………」
クロノはため息をついた。愚かさに呆れられただろうか。そう気づくと、自分の言ったことへの後悔がわいてくる。
「いや。君には、庭園入り口に留まって退路の確保と、後から来る提督の護衛を頼む。この状況が進めば、庭園の深部では転移魔法での帰還がままならないかもしれない」
「え……」
クロノの指示を反芻する。それくらいならオレにも務まりそうだ。
しかし、いいのだろうか。自分で言い出しておいてなんだけど。
「無論現場での君の体調次第だ。ちゃんと自分で判断して、即帰還を選択肢に入れてくれ。それができないなら、君は僕に人殺しをさせることになる」
「……っ」
クロノの眼に気圧される。もしも胸の中のジュエルシードが他のやつの気にあてられて、再び暴走するようなことがあったら……そのときオレは、どんな目に遭うか分からない。そしてその責任は許可を出したクロノが被るのだ。
さらに、オレの異変はみんなにも余計な負担をかけるだろう。下手すれば原作より悪い結果になるかもしれない。実のところ、オレが庭園に行くことは、みんなの足を引っ張るのと同じだった。
今更になって怖気づく。思わずクロノから目を逸らすと……あいつが、声をかけてきた。
「行こう、君がいれば百人力だ」
「……い、いいのかな」
「大丈夫。いてくれた方が絶対に良い」
そう言われると……安心、してしまった。
心を決め、手に持ったデバイスカードに起動を促す。
アースラの武装局員たちと同じバリアジャケットがオレの身を包み、量産型の魔導師の杖が手に握られた。
彼の顔を見る。なんだかやれそうな気がした。
「なのはとユーノは最上階にある駆動炉の暴走を止める。君は僕とプレシアの逮捕へ向かう」
「わかりました」
「では行こう、時の庭園へ」
地面に描かれた大きな魔法陣が光り、オレ達の身体をここではない場所へと運んだ。
光がおさまる。閉じた眼を開かずとも、空気の違いが肌でわかる。
……それだけじゃない。暴走状態のジュエルシードが、近くにいくつもある。それがオレの胸を騒めかせた。
眼を開く。時の庭園……もともとはどんな建造物だったのかはわからないが、次元震の影響かあちこち崩れていて、おどろおどろしい雰囲気である。
極めつけは、眼前に立ちふさがるひとりでに動く甲冑たち。ここを守る魔法の鎧、『傀儡兵』だ。
まずはここを突破すること。すぐに前に出ようとしたなのはを制し、クロノが杖を構える。
「この程度の相手に無駄弾は……」
「あーあー、オレにやらせてくれ」
「……急いでくれよ」
人の見せ場を奪う形で悪いが、これが最初で最後だ、許してくれ。
皆の道くらいは綺麗に切り開かないと、生まれてきた意味がない。
デバイスと自分の間で魔力を循環させ、術式を分かち合う。オレの魔力は現実の世界に干渉し、やがて幾数もの光の剣を作りだした。
「くらえ、アンリミテッドゲートオブブレイドっ!!」
視界に入る傀儡兵たちに、刃が叩き込まれる。一斉掃射ののち、行く先を邪魔するものはいなくなった。
「よっしゃ。どーだいクロノさん」
「ああいうごり押しは好きじゃないんだが……いや、この短い期間でモノにされるとは思わなかったよ」
「ふええ、フェイトちゃんよりすごいかも……」
「君が手伝えたら、もっと早く解決できたかもね」
「惚れ直した」
「お……おう」
なのはやユーノに感心してもらえるとは思っておらず、正直嬉しかった。
そうだ、本当はこんなふうに、みんなから認めてもらいたかったんだ。
……って、なんか余計なやつも混じっていたような。返事しちゃったよ。
「クロノ君、行こう!」
余計なことを考えそうになったのを、なのはの声で引き戻される。
今は修羅場だ。活躍して手柄を立てたいなんて不純な気持ちでも、みんなの助けくらいちゃんとやらないと。
「待て、あの地面の亀裂の中……ユーノ」
「ああ。虚数空間だ……!」
クロノがなのはを制止し、割れた地面を指さす。その中は、次元の海とはまた違った、果てのない空間が広がっていた。
内部の空はさまざまな色が入り混じり、流動しているように見える。それは綺麗だというより、水と油を混ぜようとしてずっとかき混ぜ続けているような……そんな印象だ。
「あの空間の中では全ての魔法がキャンセルされてしまう。飛行魔法もね。足を滑らせたが最期、あるかもわからない底に叩きつけられるまで、重力の限り真っ逆さまだよ」
「今回は対策を用意する時間もない。みんな、くれぐれも気を付けてくれ」
大丈夫だ。そこに落ちることになるのは……たぶん、プレシアだけだ。
みんなが落ちることはない。
「行くぞ!」
彼らの背中を見送り、オレは新たに召喚される傀儡兵へと向き直る。
この場所は任された。みんなの帰りを待とう。
「はぁ、はぁ……ハハハッ」
今日はいつになく調子がいい。魔力がどんどん湧いてくる。
なぜか傀儡兵たちはオレにどんどん立ち向かってくる。倒した数は相当だが、全体の数に限りはあるだろう。これなら結果的に、みんなの負担を減らすことはできたのかもしれない。
しかしさっきから楽しくてしょうがない。あの人形共は脆い。レベルを上げ切ってから挑むゲーム。圧倒的な力でねじ伏せるのは好きだ。
胸の熱が際限なく高まっていく。もうここを襲ってくる傀儡兵がいなくなってしまった。オレは別の敵を探そうと、庭園の中へ歩き出し――、
「お疲れさま。おかげでここは安全ね」
誰かに肩を叩かれて、振り向く。そこにいたのは……リンディさんだった。
熱が冷めていく。今、自分は何をしていたんだろう。
「そうだ、オレ……提督を、守らないと」
「ええ、頼りにしてるわ。だから、私の傍から離れないでね」
緑色の優しい光が辺りを包む。
ディストーションシールドという魔法だそうだ。戦闘用ではなく、次元断層などに対抗するためのものだという。
この手の魔法には詳しくないが、実際、リンディさんが来てから次元震が弱くなったように感じる。
……胸のざわめきも、収まった。
「傀儡兵はもう来ないわ。もう少しだけ奥へ行きましょう。次元断層の進行を抑えます」
「は、はい」
あたりを警戒しながら、庭園へ目を向ける。
アニメで結果を知っていても、この臨場感には安心していられない。
早く時間が過ぎてほしい、帰ってくるみんなの顔を見たい。今考えられるのは、それだけだった。