オリ主×踏み台   作:もぬ

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2話

 眼を焼くような強い光が収まったのが、瞼越しにわかった。

 うっすらと目を開け、確認してみる。

 ……何も、変わった様子はない。さっきまでと同じ夕暮れの街だ。

 これで願いは叶ったのだろうか? 周りを見渡しても、モテモテハーレムキングダム的なものは特に見当たらない。美少女どころか人っ子一人いやしない。

 頭の中は疑問符でいっぱいだ。あのジュエルシード、パチもんか。

 

 考えることを放棄しつつあった頭に、人の足音が響いた。反射的に視線を向ける。

 そこにいたのは、平々凡々な容姿のガキだ。オレと同い年くらい。

 いや、見たことあるなコイツ。

 

「あ……? お前、たしか……モブか?」

 

 誰かと思えば、そう、オレと嫁たちの逢瀬を邪魔する罪深き者ではないか。顔が平凡なんで思い出すのに時間がかかった。

 ……なんで美少女を願ったのにこいつの腹立たしい顔を見ないといけないのか。ポンコツにも程があるだろ、ジュエルシード。

 こちらと向き合ったままただ立っているこいつの、数々の愚行を思い出し、だんだん胃がムカムカしてきた。そうだよ、今日こそ制裁だろ。

 見ろ、なんだあの顔。目も口も開いたアホ面でボケーっとして。なんかいつも以上にマヌケだな。

 

「てんし……?」

「はあ?」

 

 ぼそりと、何かを呟いたのが聞こえた。いや、耳はそこらのモブの10倍くらい良いので何と言っているのかは聞き取れたが、その意味が分からなかった。

 そして、こいつは一瞬の間に。

 オレの懐、近接戦闘距離(クロスレンジ)まで、あっさり、その足で、踏み込んできた。

 

「ッ――!?」

 

 馬鹿な。バカな馬鹿な馬鹿な。

 このオレが、反応出来なかっただと――!?

 速度の問題ではない。精神の隙をつくような、あまりにも自然な歩み。

 隙をつかれた。このオレが、モブ如きに……っ!

 

 頭を戦闘に切り替えようとした刹那、両手を取られた。デバイスを取り出せない……!

 至近距離にいるそいつと、目が合う。

 

「ひっ……」

 

 息が漏れた。いつも何を考えているのか分からなかったその瞳は、睨み殺さんばかりの怒気を孕んでこちらを射抜いている。

 恐い、と思った。

 

「結婚してください!!」

 

 そして、いつになく力の入った声で――体の芯から底冷えするような恐ろしいことを言った。

 

「……はあ!?」

 

 こいつ、今とんでもないことを――ケッコンシテクダサイ?

 いやどういう意味だろうか。わからないね。理解不能すぎて脳細胞がすごい勢いで死滅していく感じがする。

 体温が下がってきた気がする。頭は理解を拒んでいるのに、身体はちゃんとわかっているらしい。

 

「結婚してください!!!」

 

 2回言いやがった。

 得も言われぬ怖気に冷えた頭で、改めてこの状況を俯瞰してみる。

 両手を優しく包み込むように握られていて、オレに向けられた視線はやけに熱っぽく、距離が近くてモブといえども気圧される。

 模範的なプロポーズの構図だった。

 つまり……けっこんって、やっぱり、結婚?

 

「い……」

「い? Yes?」

「い、イカれちまったのか……?」

 

 Yesなわけあるか、なんでポジティブなんだお前。

 仇敵とはいえ、さすがに心配になる。頭が。

 あと手を離せキモい。

 

「……確かに、イカれてしまったみたいだ」

 

 手を振り払って少し距離をとると、そいつは目を伏せて言葉を紡ぎ始めた。

 

「俺も自分のことが分からない。こんな気持ちは、その……初めてだ。たった今気付いた。君が可愛い女の子だということに」

 

 言っていることが支離滅裂で要領を得ない。危険な状態だった。

 これは、あれだ。

 

「そうか。今日は殺さないでおいてやるから、ちゃんと病院に行け。じゃっ」

「まっ……待ってくれ、せめて、お友達からお願いしま……!」

 

 オリ主並みの脚力を駆使して全力で逃げた。

 

――――――――――――――――――

 

 別れ際に見た顔が今にも追いかけて来そうな形相だったので、少し遠回りをして家に戻った。

 あんな一般庶民がこのオレのスピードについてこられるはずもないが、用心するに越したことはない。

 鞄の中から鍵を探し当て、部屋の扉を開ける。

 

「ハアッ、ハア……ッ」

 

 やけに体が熱く、動悸が激しい。ちょっと走った程度で息切れするほど体力無しじゃなかったはずだ。

 自分で思う以上に、動揺しているということだろう。あいつがあんな、頭のおかしい変態だとは思わなかった……。

 

「なんだってんだ、一体」

 

 呼吸が落ち着いたら、さっきの出来事を反芻する。

 ――結局、何も願いとか叶った様子ないし、美少女いないし。

 というかジュエルシードが無い、置いて来ちまったかな。

 鞄を放り投げ、制服のネクタイを解く。日もすっかり落ちたようで、窓から見える外はもう夜だった。

 体の熱が頭にも回ったのか、なんだかボーっとする。風邪薬でも飲んでさっさと寝てしまいたい。明日学校に行けば俺のハーレム王国が建設されているかもしれないし。

 ……風呂に入ろう。それで寝る。

 洗濯籠の前を陣取り、汗でベトベトになった上着を脱ぐ。

 

「いてっ」

 

 脱ぐとき、胸の辺りに小さな痛みが走った。

 胸の辺り、というか、乳首。そういえば走っている時も微妙に痛かった。

 視線を落として見れば、大きな異常は無いが……何か違和感があった。昨日までと体型が違うような気がする。先ほど痛みを感じた乳首は、虫にでも噛まれたのか、腫れているようだった。

 熱で頭は鈍いが、身体は半ば自動的に普段の動きをこなす。下も脱いで、風呂場へと足を踏み入れる。

 

「あれっ、ない……」

 

 ――思わず、口をついて出た。

 そこにあってしかるべきものが、無かったからである。

 視線を落とし、手でまさぐり、備え付けの鏡を見て、ぞっとする。

 

「女になっ……! いや、いやいや、ふへっへ」

 

 叫び声をあげかけた己を制止する。そう簡単にこのオレが狼狽えると思ったか、まったく。

 極めて冷静に、鏡に映る自分を観察する。

 相変わらず、神が凝りに凝って造りこんだとしか思えない極上の美しさを持つオレの顔がある。だが、なんだろう。いつも以上にこう、妖艶さが増しているような気がする。良い匂いオーラ……フェロモンが出てる感じだ。女の子みたいな。

 そして、身体の肉付きがわずかに違う……特に、胸のあたりが顕著だ。

 具体的に言えば、膨らみかけだった。

 頬をつねる。痛い。

 腕をつねる。痛い。

 乳をつねる。

 

「痛ってえ!!」

 

 めっちゃ痛かった。

 思わず飛び上がり、沸き上がる叫びをそのまま解き放った。

 

「女になってる!!!」

 

 魂の慟哭である。

 身体が突然女になるなんていう現象は、この広い(らしい)次元世界でもあまり聞いたことがない。

 頭がどうにかなりそうだ。これは現実なのか?

 

「ど、どうする……?」

 

 思わず頭を抱えてうずくまる。そうすると、実にすっきりしたフリースペースになってしまった股間が視界に入った。

 何も生えていない。幼児。精神によろしくない。やむを得ず立ち上がり、視線は気持ち上に向ける。

 ――落ち着け。落ち着け落ち着け。男に戻る方法を考えるんだ。

 腕組みをし、考えるポーズをとる。

 ……よし。落ち着けるわけないのでもういい。やや混乱した頭のまま考え始める。

 さて。オレは今、どうしてこんな、悪夢のような出来事に直面しているのか?

 原因の心当たりなんぞ一つしかない。絶対ジュエルシードだ。

 そうだ。魔法によって起きた現象ならば、魔法によって解決できるのが道理というもの。だったら……

 

 切り口が見えてきたところで、ふと、鏡に意識が向く。

 そこには銀髪の美しい少女が、腕を組んでふんぞり返っていた。

 見てくれの程は……今まで見てきた美少女と比較しても、トップを争う容姿。元が超美少年なので妥当ではある。しかし顔がそうガラリと変わったわけでもないのに、何故美少女だと思えるのだろう、わからない。

 是非ともハーレムに加えたいが不可能である。この少女は、オレなのだ。

 試しに笑顔を作ってみる。いつも通り、女の子を一発で虜にするようなそれを意識した。

 鏡の中の少女が微笑む。笑っているのにどこか儚げで、庇護欲を、または嗜虐心をそそる。今はまだ少女だが、成長すれば男が放っておかない――そんな印象だ。

 

「まずい」

 

 このまま鏡に向かっていると、おかしくなりそうだった。

 頭を振り回して倒錯しそうな空気を払い、すっぽんぽんのまま風呂場を出る。

 

 ――ジュエルシードは、いわゆるロストロギアだ。アニメではそう言ってた。たぶん。

 ロストロギアとは、最終戦争なり大発明の暴走なりで今はもう消滅してしまった世界の遺した、超文明の塊である。

 謎テクノロジーの産物なので、様々な厄介を引き起こす存在だ。危険なものとして、これを時空管理局が回収して管理しているらしい。

 次元世界で幅を利かせている悪徳組織だ、どうせ悪いことに使っているに決まっている。

 それはさておき。

 原因がロストロギアとなれば、やれることは限られてくる。

 ロストロギアの災害を止めるには、その機能を強制的に停止させるために、大威力魔法か封印魔法を使うのが常套だ。

 そしてその前にまず、効力を発揮しているジュエルシードを見つける必要がある。魔法で探すのが良いだろう。

 となれば――

 

 さっき洗濯籠に放り込んだ制服のポケットをひっくり返す。

 やはりジュエルシードは無いが、手の中に納まるサイズの、金属で出来たカードが出てくる。オレのデバイスだ。

 意思の無いストレージタイプで、かたっぱしから使えそうな魔法を詰め込んである。探査や封印は苦手なので、こいつの補助が無いと使えない。

 オリ主たるオレには美少女型のユニゾンデバイスか、高性能のインテリジェントが相応しいはずだが、あそこではこれしか支給されなかった。以来、仕方なく使用している。

 

「おい、セットアップだ」

 

 魔力を通して起動を促す。

 いつもならすぐに杖の形態を形作り、魔法の使用をサポートしてくれるはず、なのだが。

 

《機……につき……動……不可……》

「クソ、またか」

 

 去年の暮れ辺りから、こいつは調子が悪い。最初は応答が遅れる程度のものだったが、今じゃこのように起動することすら手間だ。

 ノイズ交じりの耳障りな音声。何度起動のプロセスをとっても、エラーを吐き出す。

 

「~~っ、いいから動けって言ってんだ、この安物!」

 

 苛ついてきたので、魔力を多めに流す。調子の悪いテレビを叩くのと同じだ。

 魔力の扱いにはそれなりに慣れている。このやり方も何度かやって、コツは大体掴んでいたはずだった。

 

「え?」

 

 それが――焦り過ぎたせいなのか、思った以上の魔力が流れ出してしまった。

 

「うっ!」

 

 ばちっ、と音を立ててデバイスが明滅した。

 手に電流のような痛みが走り、思わずそれを取り落す。

 嫌な違和感が残る手をプラプラ振りつつ、デバイスを拾い、魔力を流してみる。

 声をかけてみる。

 いろいろ弄ってみる。

 

「………」

 

 鬱陶しかったエラー画面すら表示されず、うんともすんとも言わない。

 万策尽きたところで、現実を認識し、背筋が冷たくなってくる。

 

 ――こいつ、壊れやがった。

 

 叩いて直したり、調子が悪いなでは済まない段階。どう見ても、ちゃんとした修理が必要だった。

 すっと血の気が引くのが、自分でも分かった。急速に冷えていく頭と、早鐘を打ち始める心臓のアンバランスさが気持ち悪い。

 額の冷や汗を拭いつつ、修理について考えを巡らす。

 オレはデバイスには詳しくないので直せない。地球の電気屋に行っても当然ダメ。製造会社に問い合わせたら新品くれるとかもない。そもそも知らん世界の研究所で奪った物だ。

 高性能のインテリジェントデバイスなら中破しても自己修復できるらしいが、この中古ストレージにそんな機能は期待できない。

 デバイスが無ければ、何もできない――男には戻れないということだ。

 

「……くそっ! このポンコツっ」

 

 どうしようもなさすぎて、手に持ったそいつを洗濯籠の中に放り投げる。

 あっ……たまに服のポケットに入れたまま洗濯してしまうのが悪かったのだろうか。

 

「いや、近未来科学の塊なんだから、防水ぐらいついてるはず……いっ、くちゅん!」

 

 そういえば全裸だった。

 体調も微妙に悪いうえ、踏んだり蹴ったりな一日でどうにも気分が悪い。頭がくらくらする。

 ……もう、寝てしまおうか。

 そう考え始めると、だんだんと頭の回転は鈍くなり、やがて何もかもが億劫になってくる。

 全裸でいつまでもボーっとしているわけにもいかないので、身体の汗を拭き、寝巻に着替える。乳首が服にこすれて痛かった。

 風呂に入る気力も無くなったので、灯りを消して、そのまま万年床に横になる。ふて寝とも言う。

 

 ……疲れた。

 後のことは明日考えればいい。今日はもう、何もしたくない。

 そう決めると身体はだんだんと重くなり、眠気が増していった。

 

 朝目が覚めれば、男に戻っている。

 そんなことを想像しながら、目を閉じた。

 

 

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