朝だ。布団の中で目が覚めてすぐ、時計で時間を確認する。
体内時計はおおむね元に戻ったらしく、いつもの時間に目覚めることが出来ていた。
身体を確認する。ない。まだ女の身体のままだ。
「はあ」
今日こそは学校に行かなければならない。連絡も無しに何日も欠席などしたら、担任から連絡が来る。今は電話代わりにしていたデバイスも壊れているから、そろそろこの家に乗り込んでくるかもしれない。そうなると非常にまずい。あまり詮索されると、オレが親無しだとバレるかもしれないからだ。魔法で誤魔化すのも限界がある。
意を決し、身支度を整えて、最寄りのバス停へと向かった。
「おはようございます!」
「はい、おはよう」
先にバスへと上がったガキが、運転手のおっさんにあいさつをした。朝から元気でやかましいことだ。
スクールバスの中では、毎日同じ時間に利用しているだけあって、オレの美しすぎる容姿にいちいち好奇の視線を向けてくるやつは、もうあまりいない。こっちだって運転手の顔も覚えた。モブのくせにオレに記憶されるなど、光栄なことと覚えてほしい。……よし、たまにはあいさつでもしてやるか。
「……お……おはようござ、います……」
「……! ああ、おはよう」
後ろの方の、隣が空いている席に座る。
……なんだろう。いつもより、他のガキどもに見られている気がする。
あり得ないことだが、女になっていることを見抜かれているような気がして、落ち着かなかった。
学校の玄関で靴を内履きに替え、教室へと向かう。
いつもなら、原作キャラクターの3人が揃う教室へと足を運ぶところだが……
今日は、気分じゃない。
ほら、オレが女になってしまったとバレたら、大変だろうしな。皆驚いて学校生活どころじゃないさ。
階段を上がり、教室がある階へとたどり着く。いつものように廊下を進んでいく。
すると、向かう先から、あの3人娘が、こちらの方向に歩いてきた。
「……!」
どうしよう。なんて話しかける? オレの変調がバレやしないだろうか。いや、2日も休んだのだから、心配してくれたかな。
どうする? もうそこまで来てる。何故俺はうつむいているんだ? いつものように堂々とすればいい。
「……あ……」
3人は、オレの横を通りすぎていった。
…………ふう、バレなかったようだな。オレは原作キャラクターのみんなの前では、最強でカッコいい俺でないといけない。やはり一刻も早く、男に戻る必要があるだろう。
2日ぶりの教室はつまらない。オレが欠席したところで、声をかけてくるクラスメイトはいない。
「おはよう」
友人でもないのだから当然だ。不満に思っているわけではなく、事実を確認しているだけである。
「おはよう」
そう、オレは孤高の男。小学生なんぞと慣れあう気などない。
「おは……」
「って誰だ! うるさいなさっきから!」
「俺だとも」
「なんだお前か……って、ギャアアア!?」
いつの間にか、すぐそこにやつがいた。
こいつ……なんなの!? というか何故オレに気配を悟らせずここまで近付ける!?
「お、おい、金輪際オレに近づくなって言っただろ!」
「ああ、それな……昨日、どうしようか考えたんだ」
無表情のまま、そいつは語ってきた。
「君の言うことを聞きたい気持ちもあるんだが、それ以上に君の近くに行きたかった。すまない」
なんてワガママな奴だ……! 死ね!
「頼むから、どっか行ってくれ……」
「それはそうと、おはよう」
「………」
「おはよう」
「………」
「おはよう」
まさか、返事をするまでこの無限ループから抜けられないのか……?
「おはよう」
「…………ああ」
「おはよう」
「ああ!」
「おは」
「おはよう!!! はい帰れ!!!!」
この返答に満足したのか、奴はキモい表情をしながら、自分の教室へと戻っていった。
……あいつがいると思うと、もうあの教室に行きづらくなってきた。どうしたらいい。
追い払って安堵したのもつかの間。本当の地獄はこれからだった。
「国語の教科書かしてくれ」
「ものさし貸してくれ」
「昼ご飯、一緒に食べよう」
「今日は良い天気だな」
「一緒に帰ろう」
ダメだ、もう学校には来れない……。頭がおかしくなる。
休み時間ごとに話しかけに来るな。クラスメイトのモブどもも変な顔してるだろうが。
お前はオレが嫌がっているのがわからんのか。このアホが。
「てめー、前に言ってたよな。『相手の女の子こと思いやれ』ってよ。その言葉そっくり返すぞ。あっいやオレは女じゃないけどな」
「……なるほど、わかった」
言ってやったぜ。スカッとした。
「また明日話しかけよう」
「は?」
「じゃ、また」
無表情のまま爽やかに手を振り、やつはこの場を後にした。
え? 何もわかってなくない?
帰り道。
商店街の方によって、その……女児用の……胸が痛くならないようにするための……あれを……拘束具を買ってきた。
なくても動かなければ我慢できるが、正直、体育の時間とかもうやってられん。買ったブツは、男に戻ったあかつきには魔法で焼き尽くしたい。
「ん? あれは……」
距離が離れていてもすぐわかる。モブとは違うオーラ……高町なのはだ。
心が浮き立つ。声をかけようとして……やめた。隣には厄介なあいつもいる。
二人は、さっきまで談笑していたかと思うと、何やら顔を見合わせて、走り出した。
……なんだ? やけに真剣な様子だ。ついていってみるか。
「はっ、はっ、はっ」
二人を見失わないように追いかけていると、すぐに息が切れた。
おかしい。女になったときに、ここまで体力が落ちたのか?
二人が神社の境内へ続くクソ長い階段を上り始めたのを見て、オレは足を止めた。……キツい。
こんな階段、いちいち上るのはアホだ。飛行魔法……高速で飛び回るのはデバイスがなきゃやめるべきだが、浮遊くらいなら身一つでできる。
人に見られないよう、山の斜面……茂みのほうから、ふわふわ浮いて上を目指すことにした。
「あれ、なんか安定しないな……」
どうにも、意図した方向へ進む力が安定しない。
木を掴んだり、蹴ったりしながら山を進む。
境内へ辿り着く頃には、階段を使わなかったことを後悔していた。余計に疲れた。
藪の中から、あいつらの様子を見る。
「……!」
二人の前には、グロテスクな犬の化け物みたいなやつが立ちふさがっていた。
ジュエルシードモンスターか。……危険だが、魔法が万全に使えれば大したことはないだろう。
そうだ。どれ、かっこよく助けてやるか。なのはもオレのことを見直すだろう。
そう思って、機をうかがうことにした。
そうして、すぐに気づく。
あいつが、邪魔だった。
魔法の使えないモブだが、モンスターの注意をうまく引いている。なのはやフェレットに牙が向かないように立ちまわっていた。運動神経は良いらしい。
心臓が熱い。
なぜ、なぜなのはのそばにはあいつがいる? なぜあそこにいるのがオレじゃないんだ?
憎らしい。妬ましい。……許せない。
心臓が燃えるように熱い。
研ぎ澄まされた視覚が、やつの輪郭をはっきり捉える。あれだけ動いているのに、表情はいつも通りの間抜けな仏頂面。昨日、一昨日と、間近で見せられたそれだ。
やつに向けた指の先に、紫色の弾丸が現れる。気が狂いそうだ。こいつをぶちこんで、あいつを……
――明日も、届けに来るから。
「……腹、減ったな」
あんなやつ、いつでも倒せる。今日は気分じゃない。
気が向いたときに、ボコボコにしてやるさ。
なのはがジュエルシードを封印し、二人が去るのを見届けてから、オレはゆっくりと階段を下りた。
……下りるのがまたキツイ。もうこの神社には来ねえ。
その日の夜。教本の浮遊魔法のページを眺めていると、部屋のチャイムが鳴った。
来たか。
「こんばんは」
「何か用か。帰れ」
「今日は肉じゃがだよ。うまくできた」
「言い忘れたが、オレは別に病人じゃない。お前に施しを受ける理由はない」
「作り過ぎたんだよ。助けると思って」
「……まあ、どうしてもというなら、もらおうか」
ドアの隙間から、やつの差し出した包みを奪い取る。
「結婚……」
「今後その単語を口にしたら、殺してやる」
「………」
大体お前、まともに会話もしたことないのに結婚結婚ってなんだ。もしオレが元から女だったとしても、同じようにドン引きしてるわ。
コミュニケーションを勉強しやがれ。
「なあ」
鉄面皮が話しかけてくる。なんだ。あと一言だけ聞いてやる。
「じゃあ、君と友達になりたい」
「え?」
……何て言ったんだ、今?
友達、って言ったのか。
それはオレにとって、もう、ずっと聞いていない言葉だ。
「……だーれがお前なんかと友達になるか! 言っとくけどな、オレはお前が嫌いだ」
……なんでこんなことを、言ってしまったんだろう。
いや。いやいや。オレはこいつは嫌いだ。正直に返して何が悪い。
「そうか」
そう言ってそいつは、ふっと口角を1ミリほど上げて、笑った。
初めて見る表情だった。こいつ……こんな顔も出来るのか。
「キモッ」
とりあえずキモいので高速で扉を閉めた。
明日もあいつの顔を見ることになるのか。しんどいな。
貰った包みを食卓に置いて、オレは明日の学校で使うものをカバンに詰め込んだ。