あれから、毎日あいつは飯を作ってきた。
どうしてもと言ってしつこく帰らないので、仕方なく貰ってやっている。
ところがだ。数日それが続いた辺りで、問題が発生した。
「これ……返さないといけない、のか」
包みを受け取ってすぐ戸を閉めるようにしていたら、洗ったタッパーや弁当箱を毎回返しそびれていた。
ヤツの所持品など粉々にしてやってもいいのだが、さすがにそれはやめた。食器に罪は無い。
しかしこれらを返却するということは。それはつまり、オレが自分からあいつに、能動的に、声をかけなければいけないということである。
「ハッ」
マジでありえない。
つい鼻で笑ってしまった。
オレは何を考えているんだ? 食器が根こそぎ無くなって、困ったあいつが自分から言ってきたときにでも、返せばいい。
そのときはこう、ブツを眼前に突き付けて……
「……こここ、これ、あり……ありが……」
返すものを、新聞紙で包んで詰めた紙袋を持ち上げると、手がプルプル震えた。
「ちがーーーーう!!!!」
なんでお礼の言葉まで添えねばならんのだ。相手はあいつだぞ。他の人間ならまだしも、あのバカ野郎にだ。
もういい、適当で。ともかく。
今日は休日で学校はない。なのはたちの顔が見れないのは残念だが、昼間はあのマヌケ面は見なくて済む。
……済むよな?
「……出かけるかあ」
休日の明るい時間は、ジュエルシード探しをするなら最も適したタイミングだ。探索ついでに、あわよくばフェイトに会って嫁にしてしまいたいが、まずは元の身体に戻るのを優先しよう。そのためなら一旦敵対しても仕方がない。むしろその方が、あとで恋心がめばえるってもんさ。
残り何個あるのかは知らんが……いや、ええと、全部で21個だったかな? だからあと18か17くらいか。その中に、オレを女にした、ビンビンに発動中のジュエルシードがあるはずなんだ。
なぜそんな爆発物が見つからないのか不可解だが、とにかく探し続けるしかないだろう。
外を出歩けるようなまともな服があまりないので、いつものように聖祥小の制服を着る。
苦労して2個に増やしたサーチャーを、巧みなコントロールで頭上の空に旋回させつつ、街に繰り出す。
はやく男に戻って、また原作キャラクターたちに話しかけたい。
―――――――――――――
近所で見つからないので、あえて栄えている街中まで出てきたが、成果はない。
……まあ、人通りのあるところにジュエルシードが落ちていたら、大事になるだろうからな。無駄足だった。
次は、どこ、へ……、
「ぐっ……」
胸の中が熱い。
「っ……!? なんだ、地震……?」
揺れと、建物が崩れたような酷い音。
しかし、地震ではなかった。遠くの方、街中に、すさまじくデカい樹木が生えてきたのが見える。樹は太く、広く、アスファルトを派手に破壊し、建物をボロボロの産業廃棄物に変えていく。
……あったな、この話アニメで。あの大木はジュエルシードが、誰かさんの願いに反応して生み出したものだ。
やはりこいつはろくな代物じゃない。あの木を生やしたやつがどんな人間だったかはモブなので忘れたが、少なくとも街を破壊したかったわけじゃあるまい。
美少女をくれと願ったらひ弱な美少女にされるし。今なら心から同情できるね。
「助けてやってもいいが……」
ま、ああやって何かしらの形で発動しているジュエルシードは、オレの探しているやつじゃない。
放っておいてもなのはが解決するし……どうしようかな。援護して良いところ見せるか? 派手な現場だ、オレの初参戦をここにするのもやぶさかではない。遠目なら女になっていることはばれないだろ。
……そんなことを、考えていた。
「な、なんだ? 木の根が……うわっ!?」
ひたすらに、版図を広げ続けているだけのはずの魔樹。その木の根が、尻もちをついたオレの眼前のアスファルトに突き刺さっている。
いま起きたことを振り返る。
………襲ってきた、ように、見えた。オレを。
そんなことがあっていいはずがない。あれに人間を狙う性質があったのなら、その被害は。失敗を痛感した高町なのはが気持ちを入れ替えてやり直す、なんてオチでは済まない。
たまたまそういうふうに根が伸びてきただけ、のはずだ。
「な……!?」
勘違いじゃない……! 数多の木の根が、今やオレに向かって殺到していた。咄嗟に、全身を守るバリアをはる。
淡い紫の膜が球状になってオレを覆い、攻撃を阻んでくれた。
……ビビるな、大丈夫だ。オレの身体は間違いなく天才級のはず。補助などのくだらない魔法はまだ浅くしか学んでないが、攻撃と防御はSランクに達している。デバイスが無くてもだ。
防御魔法には特に自信がある。範囲は狭いが、それは自分だけを守れれば十分なので、展開規模を絞ったからだ。この調整で、最硬の障壁を作ることが可能になった。
このまま守りを固めていてもいいが……その辺のモブどもは襲われたりしてないか? さすがに近所で死にまくられると面白くはないし、この町はもうだめになる。
周りを見渡すと、視界に人間は何人かいる。
「チッ」
地球の人間に魔法を見られると厄介だが、そうも言ってられまい。必要なら、バリアを……
……襲われて、いない?
彼らは成長を続ける大木から逃げ惑いはすれど、オレのように”攻撃”をされてはいないようだった。
そうか! 魔力のある人間に反応する性質なのか? ならば、このまま引きつけて、人通りのないところを探すのがベストか。
「よし」
参戦する気は無かったが、近所の平和ぐらいは守ってやるか。なのはやアリサやすずかにも、いずれ活躍を教えてやろう。
「……え?」
ふと。耳慣れない音がして、その元を探す。
そうすると、自分の防御魔法に、ヒビが入るのが見えた。
「ごっ、は……!」
目の前がちかちかする。息が苦しい。
ゼイゼイと呼吸して、必死で息を整えようとした。
……頭と、背中を打った?
「い、いたい。痛い――」
右腕に、泣きたくなるような感覚があった。叫びたくなるような。呻きたくなるような。燃えるような。
「血……? なん、で?」
切り傷があった。わからない。わからない。
オレのプロテクションが、この程度の攻撃で破られたのか? 攻撃を受け、吹き飛ばされたのか。そんな、バカな。
こんなこと、ありえない。
「く、そっ。くそっ、くそっ、くそ、くそクソクソ」
デバイスが無いからか? いや。もしかして、この身体になったせいか。
防護膜を再度展開する。いや、今度は、出来なかった。
……外から壊される以前の問題だった。オレのバリアは、内側から弾けたように見えた。
容赦なくこちらへやって来る木の根やつるをかわそうとして、無様に転げまわる。
「クソがああーーーっっ!!!」
指先に、紫の魔弾を灯す。バリアに不備があるなら、敵を消し飛ばしてやればいい。
形成した弾殻に魔力を詰め込んで、眼前に迫る1本に撃ち放った。
弾丸は、敵にぶつかる前に、空中で弾けて消えた。
「は?」
腕が、頭が、背中が、足が痛い。
何が……自分の身体に何が起きているのか、わからない。知りたくもない。
気付けば、オレの顔は、地面のすぐ上にあった。
腕に力を入れて、顔をあげる。そうすると、とてつもなく痛くて、嫌になった。
殺到する魔樹。何もわからないまま、オレは――
「……おい! 大丈夫か……!」
すごい力にぐんと身体を持って行かれて、いつの間にか場所を移動していた。
耳には、ここ数日で聞くことが増えた声。顔を動かしてみると、自分が、こいつに庇われたのだということがわかった。
「なんでこんなに怪我を……クソッ」
木の根どもからの攻撃を遮るように、そいつは前に出た。
どこから持ってきたのか知らんが、手には木刀を持っている。はは、アホか、そんなものでどうするってんだ。
……頭が、追いついてきた。
オレは……オレは今、こいつに守られているのか?
状況を認識した途端、顔が、熱くなる。胸の内が、ぎゅっと締め付けられる。
――そんなこと、許せるはずがない。
「!! 高町か……?」
言葉につられて、空を見上げる。桃色の光線が、いくつも、いくつも、この街の空を駆け巡っていた。
「……サーチャー?」
知っていた。知っていたはずだ。
魔法を知って数日で、こんな規模のエリアサーチをやってのける。
そんなことは、オレには――
独特の衝撃音がした後、オレを執拗に襲っていた樹木は、いつの間にか消えていた。あたりの割れた地面や倒壊した塀、傷ついた建物、そして身体の痛みが、今までの出来事が夢じゃなかったことを示しているだけ。
なのはが砲撃によって、ジュエルシードを封印したのだろう。
「………」
立ち上がることが出来ず、考えなくてもいいことを考えてしまう。
ジュエルシードにまつわる事件、すなわち原作の物語が始まれば、オレはその中心で八面六臂の大活躍をしてみんなから認められるのだ、と。そう思っていた。
この世界では、誰かに必要とされる人間になれるのだと。
それが、うまくいかない。きっとそれは、オレの身体に何かをしたジュエルシードのせいだし、それだけじゃない。
主人公はオレじゃなくて、なのはだ。それは当たり前のことだが、今までちゃんと理解できていなかったのかもしれない。この意味が今日、なんとなくわかってしまった。
……それは別にいい。それでこそなのはだ。スーパーヒロインだ。オレの嫁だ。
まぶしくて、憧れたあの子と、あの子たちと、肩を並べられる場所に来れたのだから、オレの第2の人生は素晴らしいものになるはずだ。
でも。みんなと肩を並べているのは――、
「血が出ている……ちょっと待っててくれ。鍛錬のために持ち歩いていてよかった」
塗り薬や包帯を持ち出して、オレの前に膝をつく。
どんな鍛錬だか知らないが、こいつがオレを助けたときの動きは、小学生としては異常だ。高速移動・身体強化の魔法を併用したに違いない。やっぱり、こいつも転生者なんだ。間違いない。
「なあ」
「なんだ?」
オレの腕に、器用に包帯が巻かれる。それは不快な感触ではない。
それも、嫌だった。
「お前がいると、オレは自分がみじめだ……」
そいつは一瞬、動きを止めた。でもすぐに、オレの目を見て言い返してきた。
「……でも俺はもう、君がいないとダメだ」
本当に、何の意味もない会話だったが、こいつがわがままな人間であることはわかった。
……人と目を合わせて話すのは、嫌いだ。
座ったまま視線をよそに向ける。夕暮れの中、しばらくの間、そうしていた。