「こんばんは。時空管理局です」
「は?」
ここ最近は来ていなかったが、時間的にはいつも通りの時間。いつものように呼び鈴に応えて部屋のドアを開けた。はずだった。
しかしそこに居たのは、いつもの人物ではない。
頑固そうな表情は似ているが、目の前のこいつは、黒いコートを着た何者とも知れぬ輩だ。
待て、今……時空管理局、と言ったか?
「なっ、なっ……何かご用ですかー? パパはお仕事で出かけてて……」
「用があるのは君にだ。ミッドチルダ出身とお聞きしましたが?」
「だ、誰に……!」
後ろに真顔で立っているやつと、その肩にいるフェレットと目が合った。
「お……お前ら!! オレを売りやがったな!!」
「いやまあ、君を助けるのに力を貸してくれるっていうから……」
「彼らがこんな遠くの世界まで来てくれているなんて、願ってもない機会じゃない」
なんだその曇りなきまなこ!!
「く、クソ! オレは悪の組織には屈しない!」
「彼女、話が通じないのだが……」
住まいが割れてしまったのならしょうがない、逃げるしかない!
目くらましの魔法を準備する。デバイスなしでは閃光弾などは難しい、弱い魔力弾で脅かすか?
「……管理局の人間に考えなく攻撃するものじゃない。罪が重くなるよ」
「なっ!?」
どこからか生えてきた青い光の縄に縛られる。
早い! 準備していたのだろうが、練度の高いバインドだ。
だがオレがこんなものに捕まるか、こんな術式、スグに解除して……
「できる魔導師のようだな」
さらにバインドを重ね掛けされる。
クソ、解除不能だ! 逮捕用のちゃんとしたバインド……!
「てめえ! なんの権限があってオレを縛るんだ! はなせ!!」
「いいとも」
「はな……えっ?」
バインドが解かれる。
……攻撃魔法を準備する。
「おっと」
また縛られる。
今度はしばらく大人しくしていると、再びバインドは解かれた。
「落ち着いたかい」
「……なんだよ、おまえ」
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」
手の内にホログラムで身分証明証のようなものを投影して見せられる。
時空管理局。この次元世界に広く手を出している治安維持組織。
「君は魔導師のようだが、世界間渡航の申請記録がないね。よければ艦のほうで、話をお聞きしたいのだが」
派手に光る転送の魔法陣によって案内されたのは、どうにもSFチックな船の中だった。ここは管理局が次元の海を渡るための艦船のひとつ、次元航行艦アースラだ。
そのままクロノに連れ込まれた一室は、いかにも取り調べ用といった簡素な部屋だった。
捕縛こそされていないが、やはり被疑者扱いといったところか。魔導師が許可なく管理外世界にいることが、そんなに悪いか。
椅子に座らされ、クロノとは向かい合う形になる。
「では……いろいろと質問してよろしいだろうか」
「尋問の間違いじゃないのか?」
「この会話は僕の副官であるエイミィ・リミエッタも別の部屋で聞いている。不当な扱いはしない」
『よろしくー』
よくいう。
オレと、なのはやユーノたちでは扱いが違うはずだ。
くそ、管理局になんか関わるつもりはなかったのに。
あいつら、オレのことを漏らしやがって。
「そうだ、誤解は解いておこう。彼らは僕らに告げ口などはしていない」
クロノは懐から何かを取り出し、机の上に置いた。
「これだよ」
「それは……」
1枚の金属製のカード。オレがあいつに渡したデバイスだ。
……ああ、自分のまいた種だってわけかよ。
「ユーノ・スクライアが持ち込み、彼に貸し与えたデバイスだと二人は主張していたんだが……本当は君のだろう?」
「……ちっ」
「中身はみていない。ほら、返そう」
受け取ったカードを眺め、ポケットにしまう。
壊れて役に立たない上に、こんなことを呼び寄せやがって。忌々しい。オレはこいつはもういらん。
「彼らの態度に少しひっかかってね。後をつけた。そしたら君がいた。あとは少し彼らに君のことを聞いただけだ」
いちいち説明されなくとも、あいつらの性格はわかる。良かれと思ってこうなったんだろうってことくらいは。
オレが管理局に捕まるかもしれない身分だなんて、話してないし。
「はぁ」
思わずため息をつく。
こうなったらできることはない。余計なことをすればもっと立場が悪くなる。せいぜい真面目に答えてやる。
「それで?」
「そうだな。まずは氏名や年齢、出身世界をどうぞ」
「……それは、言わなきゃダメなのか?」
「名前くらい教えてくれないと、これから君と話しづらいだろ? それにそんなふうにしていたら、何かやましいことがありそうに見られてしまうよ」
疑ってかかるような言い草に腹が立ったが、逆らってもメリットはない。
自分自身の情報について、答えられる質問には答えていった。
クロノは質問をしながら、手元の端末に何やら入力していた。記録でもとっているのだろうか。
質問はどんどん長引き、これまでの生い立ちを話すハメになった。
実験施設生まれ。およそ人道的ではない連中の元にいた。いずれ後ろ暗いことをやらされることになるのが怖かったが、幸いにもそうはならなかった。
「なるほど。……施設からの脱出を手引きした人物の氏名は言えるか?」
「ステップラダー博士。博士って呼んでたから、フルネームは知らない」
「そのステップラダー氏は、今どこに?」
「二人で逃げようって計画してた日の前に、肺かどこかの病気で死んだよ」
「……そうか。気の毒に」
「………」
ミッドチルダのあまり真っ当じゃない施設からこの海鳴に逃げるにあたって、管理局の法律にひっかかるようなことはいくつかしていると思う。
自分はどんな罪状が付くのだろう。海鳴に戻ることはできるのだろうか。
「君を生んだ組織はもう解散しているようだな。2年ほど前に管理局の調査が入り、構成員は逮捕されている」
クロノは空間に投影していたディスプレイを、こちら側にも見せてきた。
逮捕記録。見知った顔が何人か並んでいる。
……追っ手がかかることはないわけだ。心配がひとつ減った。
「ここまで話してくれてありがとう。もうひとつ聞きたいことがあるんだが、いいかい」
クロノは端末の操作を止め、こちらに向き直った。
「今、地球の海鳴市に、非常に危険なロストロギアが出回っていることは知っているね」
「ジュエルシードのことか」
「そのジュエルシードと君の関係を聞きたい」
相手の顔色を窺う。どうもそれが本題のようだな。
その聞き方……ジュエルシードが海鳴にばらまかれたことに、犯罪組織出身のオレが関与していないか、疑ってるってわけだな。
「オレは被害者だぞ!」
「……ああ。つらいかもしれないが、そのことについて聞かせてくれないか?」
「……はあ、またか」
自分がジュエルシードを拾ってから、今日までのことを話す。人に説明するのは二回目だったから、要点を整理して言えた。
素性は明かしてしまったし、大きく嘘をつく必要はない。だけどひとつだけ、ジュエルシードのことはあいつから聞いたことにしておいた。
「……では、ジュエルシードを偶然拾い、願をかけてしまったと」
「そうだよ」
「思っていたより深刻な状況だな」
話しているうちに表情が変わっていったクロノが、汗を一筋垂らした。
誰かさんと同じ鉄面皮タイプだと思っていたが、そうでもないらしい。
さあ。話は終わりなので、できることなら帰してもらいたいんだが。
「予定変更だ。君をこれから、時空管理局の本局に連れていく」
「は? なんで?」
「身体検査だ。エイミィ、すぐに連絡を」
『はいよー』
忙しく手を動かしながら、クロノは自分の上司……リンディ提督を呼び出した。
「艦長、これから彼女……彼を本局の医療施設へ連れていきます。少しここを離れますが、よろしいですか?」
『あら。どういう状況?』
「体内に発動中のジュエルシードがある可能性があります」
『行ってらっしゃい』
「はやっ」
食い気味で言ったな今。
どうも慌ただしくなってきた。
「さあ、行こう」
「い、今から?」
「ああ。1日でも遅らせるべきじゃない。体内に爆弾を飼っている自覚はあるんだろう?」
「………」
クロノに急かされ、始めに通った転移ゲートへ連れていかれる。
事情聴取なんぞすぐに終わるとでも思っていたのか、心配そうに見つめるあいつの顔に見送られ、オレ達はゲートの光に包まれた。
心配そうに見つめるな。なんか腹立つ。
問診から始まり、デカい機械の中に寝かされたり、魔力や血液を採取されたり、各種検査には時間がかかった。
もう夜もふけている頃だろう。もう帰りたいし、この先生らも急な要請で働かされているはずだ。明日でも良かったんじゃないのか。
検査を終え、診察室に呼び出される。
後から色々聞かれても面倒なので、ここまで付き添っていたクロノも同席させた。この男は管理局の卑劣な尖兵だと思っていたが、想像よりいくらか律儀な性格ではあるらしい。
「健康そのものですね」
「はい?」
聞き間違いかな?
何時間も検査して、いや、女に変わってしまったオレに向かって、なにも問題無し……?
「確かですか?」
「ええ。順番に説明していきましょう」
クロノが医者に確認した。
先生は空中のディスプレイを時折指し示しながら、オレ達に検査でわかったことを話す。
「結論から言うと、あなたのリンカーコアはジュエルシードと融合している」
「融合……?」
「ええ。それにより、リンカーコアの性能が飛躍的に上がっている。また、今はロストロギアだったときの機能を失っているようです。すなわち健康そのものだ」
……それって。
すごくいい知らせなんじゃないか?
「でも、そうだ、今までできていた魔法が、ちゃんと発動しないんです」
「ええ。それはコアの貯蔵魔力量と出力が、以前より極端に上昇しているからです。今までの感覚で発動しようとすれば、構築する魔法が出力に耐え切れず崩壊してしまう」
「なるほど……」
「術式を見直したり、あなたに出力リミッターをかけることで改善を試みましょう」
「……は、はい……!」
先生の言うことは、つまり。
魔法を、失ったわけじゃなかった。
興奮で動悸が早まる。自分に再び血が通うような感覚を覚える。
……嬉しい。良かった。
きっとオレはまだ、力になれる。何もできない、不要な人間じゃないんだ。
「ただ念のため、他のジュエルシードに近づくのはよした方が良いでしょう。執務官から頂いた報告書によると、相互に共鳴する特性があるようですから、またジュエルシードとしての機能を取り戻してしまう危険がある。そうなれば、何が起こるかはわかりません」
「そ、そうですか。わかりました」
ジュエルシードについては、なのはに任せるしかないのか。
……いいさ、いいじゃないか。邪魔はしない、オレが活躍できる機会はまだまだあるんだ。
そうしたらみんなオレを認めてくれる。オレを見てもらえるんだ。
「そうだ、先生、オレ、男にはどうやって戻るんですか?」
大事なのはこっちだ。
先生はひとつ間を置いて、こちらを見ながら告げた。
「君を綺麗に元の身体に戻すことは、我々にはできません」
「え?」
言葉が頭に、じっとりと染み込んでくる。
「まるで最初から女性だったように作り変えられている。そして、ジュエルシードをリンカーコアから切り離すのは不可能です。不可逆に混じりあっている」
「解決方法があるとすれば、いわゆる性転換手術という手段もありますが……年齢的に今は難しいでしょう。リスクもある」
「すぐには解決できない話です」
「私から言えることは以上です。……クロノ執務官、診断結果を預けても? あとで彼に……」
「ええ……先生、ありがとうございました」
「……戻ろう」
クロノに促され、アースラに戻った。
そのあとのことはあまり頭に入ってこない。
気が付くと自分は、家でぼうっとしていた。
見たって面白くもなんともない天井を眺めながら、頭の中で反芻する。
男に戻れない。
戻るとしたら手術、か。
……自分でも意外なことに、あまり取り乱さなかった。こうなることをどこかで予想していたのかもしれない。
だけど、耳がキーンとなって、汗が出て、頭がぐるぐるする。
……ああ、いけない。
目を閉じて、いつの間にか荒くなっている呼吸をまた整える。
この身体につきあっていくしかない、という事実。
慣れとは怖いもので、そのことについてはあまり……抵抗が、なかった。
でも、それを簡単に納得して、受け入れてしまっては。
このままだと、これまでの自分がどこかに消えてなくなってしまうようで、怖い。
「平気か? もう帰るけど」
「……ん、いたのか、おまえ」
「ずっといたよ」
よくないタイミングで、あいつに声をかけられる。
そう、おまえだ。おまえがいたら、オレは――
「嬉しいか? オレが男に戻れなくなってさ」
そんなことを聞いてみる。バカだ。どんな返答を期待しているというのだろう。
「そうだな……正直に言うと、わからない。複雑だ」
ジュエルシードと混ざったリンカーコアのあたりが一瞬、チクリと痛んだ。
「ごまかすようですまないが、ひとつ言えるのは……好きな人が落ち込んでいるのを見て、嬉しくはならない」
「……ああ、そう」
こいつと話していると、あれほどざわついていた頭の中が、落ち着いてしまう。
だからこそ今は、会話するべきじゃなかった。
おまえがいたら、オレは――男に戻れないことを、受け入れてしまうかもしれない。
そんなことには、気付きたくなかった。