オリ主×踏み台   作:もぬ

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9話

 

「ほら、お茶でもどうぞ」

 

 勘違いした外国人が日本っぽいものを寄せ集めたような内装の部屋で、オレは二人と対面していた。

 管理局執務官のクロノと、その母親でこの船の艦長である、リンディ・ハラオウンだ。

 あれから少し時間が経ち、することもないが落ち着いてきた頃に、アースラに呼び出された。

 棚上げしていたが、自分が法を犯して管理外世界に住み着いていることについての話だろう。

 だが。このリンディというおばさん――、

 

「んー? なあに?」

 

 このリンディさんというお姉さんは、口が達者な印象がある。強い力を持つなのはをたぶらかし、人手不足の管理局へ引き込む……そんな、狡猾な人物。

 とにかく、弱みを見せないようにせねば。これからどう扱われるのか、気を抜けない。

 お茶を手に取り、一口すする。

 

「めっちゃあまっ!!!」

「あら?」

 

 脳が処理しきれない刺激に味覚を蹂躙され、ひっくり返る。もう少し多く摂取していれば二度と甘みを感じられない身体になっていただろう。クロノが憐れむ目で見ていた。

 これが時空管理局という組織である。卑劣だ。

 

 

「――私達としては、あなたを保護したい。そう考えています」

「保護?」

 

 しばらくとりとめのないやりとりをしてから、リンディさんは本題に入った。

 逮捕ではなく、保護という言い方をした。

 クロノも口を開く。

 

「君は本局の児童保護施設で暮らすことになる。必要な生活や、教育を受ける権利が保障される。君が望むなら、いずれ養子として引き取られることもあるかもしれない」

「……そんなの、管理局の手なんか……」

「その年齢で身寄りがなく、戸籍もなく、適切な福祉を受けられず、ギリギリの生計で、我々の助けが及ばない管理外世界で生きているだろう。今のままでは見過ごせないよ」

「でも……」

 

 クロノの言うことは、オレの粗を的確についてくる。いつまでもこのままじゃいられないのはわかっている。

 苦し紛れに、言葉をつむぐ。

 

「管理局が人手不足だから、オレを手駒にして働かせるつもりなんじゃ……」

「違うわ!」

 

 思わぬ大きい声に驚く。

 

「そんなことは絶対にしないし、誰にもさせないわ」

 

 真っ直ぐに目を合わせて、リンディさんは言う。嘘をついているようには、どうしても見えない。

 

「君の未来は君が決めるものだ。そのためには今より落ち着いて暮らせる環境が必要じゃないかな」

 

 それは……その通りだ。このまま地球にいると、いずれまっとうには生きられなくなる。そんな気はしていた。

 遠い未来のことなんて、あまり考えたことはなかった。

 でも海鳴を離れるなんて。なんのためにここに来たのか。これからここで起きる事件に関わって、大活躍するんじゃなかったのか。

 それにもう、会えなくなるかもしれない。誰に? アニメのキャラクターたちや……

 あいつに。

 

「地球に思い入れがあるなら、正しい方法でまた来ればいい。その日まで、僕らに君を守らせてほしいんだ」

「……少し自分で考えてみて。また後で、あなたにとって一番いい形を一緒に探しましょう。ね」

 

 ふたりは子どもを諭すような言い方をする。彼らにとってオレは事実子どもなのだから、それはそうだ。

 これからの自分。

 今まで想像して作りこんできた自分とは違うものを、考えていかなければならなかった。

 

 一旦この話は保留、ということになったが、そのあとのもうひとつの話も大事だった。

 海鳴のジュエルシードとオレが接触することを防ぐため、アースラにしばらく泊まるように言われた。

 軟禁みたいなものじゃないかと思ったが、ジュエルシードの危険性は説明されるまでもない。しぶしぶ受け入れることにした。

 なんかうまく外堀を埋められた気がする。このまま施設にぶちこまれそうだ。

 

 泊まるとなると、必要な荷物を持ってくる必要がある。学校に連絡もしないといけない。

 先に艦内の転移ゲートで待っていてくれと言われ、部屋を出た。

 こうしていちいちクロノやアースラの誰かに送ってもらうというのも嫌になってきた。そろそろ転移魔法を修得した方が良いか。

 通路を歩いていると、時折管理局の連中とすれ違う。会釈すると嬉しそうに話しかけられたりした。子供扱いだ。

 ヒマだけど、初めましての他人と話すのはやっぱり好きじゃない。適当に切り抜けてゲートへ歩を進める。

 

「あ……」

 

 しばらく歩くと、あいつの背中が見えた。

 ……アースラにいたのか。何の用事だろうか。

 足音を鳴らさないようにしつつ、なるべく早足で歩いて、背中に追いつく。

 なんと声をかけよう。朝だから、おはよう、とか?

 いやいや。なんでこいつに朗らかに挨拶しないといけないんだ。バカかオレは。

 まあせっかく背後をとったのだから、脅かしてやる。

 

「………おい」

「ん」

 

 驚かないな。気付かれてたか? つまらん。

 

「クロノさんたちとの話は終わったのか?」

 

 特に話すことも無く、並んで歩いていると、向こうから声をかけられた。

 知ってたのか。

 ……何の話をしたのかも、知っているんだろうか。

 もし自分が海鳴からいなくなると告げたら、こいつはどんな反応をするのだろう。

 

「なんか元気無さそうだけど、その、あんまり面白くない話だった?」

 

 おお。こいつが人の機嫌を窺うようなことをするとはな。雨が降りそうだ。

 そうだな。管理局の二人にされた話は、面白いか面白くないかといえば、面白くない。

 でも……こいつに相談するような話じゃない。いや、したくなかった。

 

「なんでもないよ」

「……!」

 

 投げやりに答えを返すと、そいつはオレから視線を逸らした。

 変わった反応だったので、顔を眺める。今日はやたら血色がいいな。本物の小学生のように顔を赤くしているが、こいつには似合わねー。

 風呂にでも入ってきたのか?

 

「いや。やっと話すのに慣れてきたのに、最近しおらしいから……調子が……」

「なんて?」

「な、なんでもない」

 

 こうして互いに曖昧なことを言いあい、なんだか会話にならなかった。

 向かう方向が同じらしく、なかなか道が分かれない。こいつは口下手なので、しかたなく、不本意ながら、しぶしぶ、歩きながら話題を探す。

 といっても、どうしても頭の中を占めるのは、自分の身体のことや……さっきあの部屋でされた話だ。

 自分が海鳴からいなくなったら……いや、そんなことを聞くなんて、どうかしている。

 別の話がいい。

 

「なあ。おまえはさ、将来何するかとか、考えた事ある?」

 

 相談をするわけじゃない。なんとなく聞いた。

 

「うーん。今度は企業勤めじゃなくて、せっかくだから夢のある……公務員とか」

「一番夢がないんじゃないか? それ」

 

 この手の質問に対して、一番面白くない答えだ。こいつらしい。

 だけど、公務員か。それってあれだろ、市役所とか、警察官とか。

 ……地球で働くのか? せっかくのアニメの世界なのに。

 そうか、魔法の世界のことをあまり知らないのかもしれない。

 

「アニメの話だけど、なのはは将来、時空管理局で働くことになるんだよ。知ってた?」

「え? そうなのか。この前は将来の夢がないって言ってたけど……なるほど、魔導師の仕事か……」

 

 こいつ、なのはとそんな話するんだ。アリサとすずかも一緒かな。

 少し視線を宙に彷徨わせて、オレに言う。

 

「夢のある話だ」

 

 オレは意外とないと思うね。管理局の人間って、あっちの世界の公務員なのだし。

 でもまあ、一度ミッドチルダの風景は見てもらいたいもんだ。自分の見聞の狭さを思い知ることだろうよ。

 

「そうだ、魔法で思い出した……ほれ」

 

 ポケットにしまっていた金属製のカードを放ってよこす。

 クロノからオレに戻ってきたデバイスだ。一回あげたものをまたこっちから渡すのはどうにもカッコ悪いが、クロノが悪い。

 

「いいのか? これ、もう直してもらったから、また使えるはずだ」

「だから、おまえが使えって」

 

 返却されないように、ポケットに手を入れてみせる。

 オレはデバイスなんぞなくても強いし、もし必要になったら、アースラの連中にでも貸してもらうさ。……無理かな。

 

「………」

 

 あいつが、おもむろに足を止めた。

 自然とこちらも止まる。

 手の中のデバイスをひとしきり眺め、オレに言った。

 

「俺に魔法を教えてくれないか」

「……は? オレが?」

 

 こくりと頷かれる。

 突然なんだ、魔法を教えろ……?

 ええと、その、なるほど、初心者が教えを受けたがるのはわかる。オレはマジで強いからな。この前まで発動が滞っていたが、それも今は改善できた。こいつの人を見る眼だけは褒めてやる。

 しかし、オレは暇じゃないんだがな。まあどうしてもというなら……いや、待てよ。そういえば。

 

「魔法のテキストもくれてやっただろ、あれで基礎はわかるよ」

「ああ、その……字を読むのが難しくてね。あまり勉強は進んでない」

「字ぃ? ……あ、そうか」

 

 ミッドチルダの言葉で書かれた教本だ、日本生まれには簡単に読めないか。

 自分が普通に読めるようになっているから気付かなかった。これはこっちの落ち度……いや、やっぱり読めないやつが悪いね。

 

「……いいぞ、オレが暇な時だけな」

「ほんとか!」

 

 オレ様の教えを受けられることがそんなに嬉しかったのか、やつは興奮した様子でこちらの手を握ってきた。

 

「ありがとう」

「き、気安く触るな。アホが」

 

 なんですぐそういうことするかね。

 手を振り払い、早足でゲートに向かう。

 ……暇つぶしには、ちょうどいいかな。

 誰かと魔法の話をするなんて、きっと……つまらなくは、ない。

 

 

 

 アースラに宿泊し始めてから、数日が経った。

 ジュエルシード事件の進展としては、なのはの活躍で順調に回収が進んでいるようだ。みんなが出動するたびにアースラからモニターで見学しているが、もし待機を強制されていなくとも、オレの出番はなさそうだった。そこに気付いてしまうと、すこし、面白くない気分になった。

 残りのジュエルシードの数からいって、そろそろなのはとフェイト最終決戦があるだろう。自分が何もしないうちに、この事件は終わりに近づいている。

 ……まあ、退屈はしていない。

 なのは達がモンスターをやっつける映像や戦闘データから学ぶことはあるし、クロノから最新の教本を借りたりしている。このアースラには訓練室もあるし、魔法の練習には困らない。

 それに。

 

「お前、魔法覚える順番がでたらめだよ」

「そうなのか。最低限戦闘に参加できていると自分では思うけど」

「魔力刃で斬りかかるだけしかできないやつなんて、魔導師未満だからな」

 

 アースラの訓練室で、仏頂面のやつに説教をする。

 なのはたちの手伝いができるように、魔法を使えるようになりたいというから、毎日こうしてつきあってやっている。

 今日までにこいつは、デバイスの先端に魔力刃を形成して刀のように扱うというスキルを身に着け、それなりに現場で活躍している。

 それ以外に出来る魔法はなし。防御はデバイス任せ。よく戦場に出られるものだとオレは逆に感心したね。クロノもかなり渋っていた。

 今はミッドチルダ式魔法の基本中の基本である、シュートバレットを教えようとしているところだ。これひとつ使えるだけで立ち回りに選択肢が増える。

 正直こいつの動きは、ミッドよりベルカ式が向いているんじゃないかと思うが、あいにくそれを教えることはできない。

 少し後ならともかく、今の時点でベルカの使い手は少ないだろう。ベルカ式についてはこいつがある程度魔法のことをわかった後で、自分で勝手に学べばいいと思う。

 オレは魔法弾の形成にやたら手間取るそいつを眺めながら、この日々が終わるまでにどこまで教えられるかを考えていた。

 

「あーあー違う違う違……そーうそうそうそう! そう!」

「君……教えるの下手だな」

「はあ~!?」

 

 いやいや。

 教えを請うた立場でその物言いは失礼だろ。ちょこざい過ぎてびっくりする。

 

「てめーにセンスがないの。人のせいにするな」

「それもそうだな、悪い」

 

 やつは目を閉じ、集中し始めると、張りつめた空気を纏いはじめた。

 ふん、雰囲気あるじゃないか。

 普段のマヌケ面とは違う表情を見る。身体の歳は同じくらい、すなわち小学生のガキのはずだが……なんだか自分より、大人に見えた。

 

「できた」

「やっとかよ」

 

 魔力によって形成された球が1つ、そこに浮いていた。

 弾は赤色に発光している。赤い魔力光。

 この色の持ち主は情熱的で真っ直ぐな性格だとか、この前休憩所で誰かが談笑していたのを聞いたことを思い出す。

 つまり暑苦しいやつだってことだ。あってる……かな? あってると思う。

 思い出すのもはばかられるが、オレがジュエルシードに女の身体にされたときとか、こいつ、おそろしいことを言ったんだよな。

 そう、こうやって近くまで寄って来て。こっちを正面から見て。

 

「どうした?」

「っ……い、いや、別に」

 

 一歩下がる。この野郎に近くに寄られると、熱い。

 心なしか気温が上がった気さえする。

 

「……ん?」

「あ、ちょっと。危ないんじゃないか」

 

 違和感を感じ、弾殻に手を近づけてみる。

 ……熱い。弾が熱を放っている。魔力というエネルギーが熱をもつことはもちろんあるが、ただ弾を形成してこの温度にはならない。

 結論から言うと、これには、炎熱属性が付与されている。

 

「何やってんだおまえ。一発目から属性足そうとするから時間かかるんだ」

「いや、普通の球を出そうとしたのに……属性って?」

「なに?」

 

 通常の魔法を使うつもりで、炎熱属性が足されたということは……こいつの魔力そのものが炎の性質を持っているということ。

 こいつ、『魔力変換資質』持ちだ。

 魔力は術式によって、電気や炎などに近い性質のエネルギーへと変換することが可能だ。それを攻撃魔法と混ぜてうまく使えば、敵対者により大きいダメージを与えることも可能だろう。これは鍛錬や学習によって修得できる技術である。

 しかし、この変換を、意識せず自然に行える魔導師がいる。例えばフェイト・テスタロッサがそうだ。使用魔法のほとんどが電気の性質を持っていることがモニター越しに見てもわかる。

 この資質を持っている魔導師は希少だ。

 

 ここまでの説明を聞いて、やつは「へえ」とだけ言った。遠回しに才能だと言ったのに、腹立たしい態度……!

 まあ、魔力変換資質なんて、あって得ではあるけど、無くても困りはしないものだ。羨ましくなんてないね。

 

「じゃあ俺って、たとえば雷属性の魔法は使えないのかな」

「お……考えた事なかったな、それ」

 

 魔力が自動で炎に変換される人間が、雷ならまだしも、氷結魔法なんか使えたりするのだろうか。無理そうだ。

 

「属性って、他にどんなのがあるんだ?」

「あ、ああ。いろいろある……ほら」

 

 すこし時間をかけ、いくつか魔力スフィアを作りだす。それぞれ炎熱、氷結、電撃の効果をもつ魔法だ。

 他にもあるらしいが、メジャーなのはこんなところだろう。

 

「きみ、3つも属性操れるのか?」

「訓練したから」

「それってすごいんじゃないか? やっぱり君はすごいんだ」

 

 いや、これはお前のと違って自然に出せるものではなくて、しっかり準備しないと使えるものじゃないんだが。

 珍しく目を輝かせた様子で言われると、まあその、悪い気はしない。

 

「そうだろう。すごかろう」

 

 オレがすごいなんてのは自明のことだが、人から言われるのもたまにはいい。

 この日はしばらく、色んな魔法を見せてやった。

 気付くとシュートバレットの訓練は進むことなく、訓練時間が終わってしまっていた。もうやらない。

 

 

 

「よし」

 

 彼女からもらったデバイスの先に、赤い光の刃が現れる。

 元は杖の形状だったデバイスは柄の長さを短く調整し、今は有名なSF映画やロボットアニメでみた、ビームの剣といえる見かけだ。

 両手で握って振り回すと、以前とは違って刃に慣れ親しんだ重さが宿っていた。あの子に調整の仕方を教わり、手になじんだ重量にすることができたようだ。

 これなら、多少は高町やスクライアの力になれるだろう。

 

「準備ができたならかかってこい、ほら。試合開始ー」

 

 少し離れた場所に立つ、銀の髪の少女を見据える。

 普段着にしているらしい聖祥の男子制服を着たままだ。魔導師たちが纏っているバリアジャケットというものを装備していないようだが、本人の言うにはそれに相応する不可視の防護フィールドを纏っているらしい。デバイスが無いと防護服のデザインがよく決まらないのだそうだ。大けがのリスクは抑えられているようで、戦いに支障はないだろう。

 相手は模擬戦の開始を宣言している。距離はそこそこ空いているが、自分ならばすぐに詰められるだろう。しかしあまりにも無防備で、本当に戦いを始めていいものか戸惑う。

 

「来ないならこっちから行くぞ」

 

 腕を組んでふんぞり返るという、およそ戦闘状態には見えない立ち姿のまま、彼女は戦いの始まりを告げる。

 

「死ねぇ!!」

 

 天使の様な声音が物騒な掛け声を飛ばしてきた。とっさに首を横へ逸らす。

 右の頬が熱くなる。魔法弾が掠めたのだ。

 手で頬を触る。出血などはない。なるほど、これが非殺傷・訓練用魔法弾というものの効力だろう。人間を制圧するのにこれほど良いものはない。

 しかし補助のデバイスなしでそんな力加減ができるものだろうか。やはりあの子はすごい。

 続けざまに、魔法弾が撃ち放たれる。

 反応できない数ではなく、動きも直線だ。身体をひるがえして躱し、あるいは刃を振るって切り裂いた。

 彼女の様子をうかがう。性格からいって怒ったり不機嫌そうにしたりという反応を予想したが、そうはなっていない。表情から思考は読み取れず、値踏みするような無機質な目でこちらを観察していた。

 普段の言動からは想像できなかったが、今は隙が無い。魔法戦闘に通じているのは本当のようだ。嘘と思っていたわけじゃあないが。

 散発的に放たれる魔弾の、最後の一射を弾く。攻勢に転じようと体勢を整えると……彼女は腕組みを解き、手をこちらにかざした。

 その瞬間、重いプレッシャーに襲われる。様子見は終わったのだろう。

 またしても紫色の魔法弾が放たれた。だが、先ほどとは種類が違う。

 弾数も多く、その一つ一つが異なる動きで、無規則だ。共通しているのは、いずれ自分に当たるだろうという事実だけ。

 今の自分の経験値でこれを凌ぐのは困難だ。また、未熟な防御魔法であの子の攻撃を防ぎきれるとは思えない。ならば。

 

 脳の扉をこじ開ける。

 世界から色彩が失われた。

 紫色の魔弾はモノクロになる。その代わり、すべての動きが緩慢になり、15の弾の軌道をはっきりと捉えられた。

 静止しかけた世界の中で、自分を無理やり動かす。あちこちに負担がかかるが、身体を強化する魔法を使うと、随分マシになった。

 引き伸ばされた一瞬の中で、丁寧に自分を操る。

 すべての凶弾への対処を終え、彼女に斬りかかろうと息を吸おうとして、忘れていた呼吸を思い出す。

 そこで、時間切れになった。

 

「ふっ、ふっ」

「なっ!? 初見でこれを避け……ふうん」

 

 視線が交錯する。一瞬驚愕に染まった瞳は、すぐに冷めた。

 限界を悟られたんだ。

 これが連続して使えるものなら、避けてそのまま攻め込んでいる。そうしない理由はもう読まれているだろう。

 

「いつまでもつかな?」

 

 そこからは防戦一方だった。

 紙一重で躱すことはできても、攻めに転じる間が空かない。距離を詰めようとしてもダメだった、向こうもうまく立ち回っている。

 

「しぶとい!」

「!」

 

 焦れたような声をあげ、あの子が腕を高く掲げる。

 次々と作りだされる魔法弾の数は、これまでの比ではない。視界いっぱいに広がりつつある。撃たせるわけにはいかない。

 身体を深く沈める。ここで防御に専念するメリットはない。今こそが攻め得る好機だ。

 魔法弾を作りだしたり、操ったりしている最中は、防御や回避に避ける意識はあまりないはず。

 近付いて斬るならば、今。

 

「しっ!!」

 

 最速で二人の間を駆け抜けることに成功し、剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 初めてこちらがいれる一撃、となるはずだった。

 だが自分の手に返ってきたのは、強固な壁に剣が阻まれる不快な感触だった。

 

「へへ、無駄だね」

 

 刃を押しとどめるバリアの向こう側で、眉をきりりと吊り上げた得意顔を見せつけられる。可愛らしいと思った。

 しかし、この防御膜は硬すぎる。攻撃魔法を作りだしている途中にもかかわらずだ。どう力を入れても、刃は少しも進まない。やがて、自分の刃の方にひび割れが生じた。

 だめか……!

 これを叩き切るには魔力刃の精度と自分の膂力を鍛え上げねばならない。あるいは炎の属性とやらを使いこなすことが出来れば。

 次の行動が見いだせずにいるうちに、彼女が動く。

 まるで号令をかけるように、挙げていた手を振り下ろした。

 見上げる。夜空の星が降ってくるように、紫の光が殺到していた。まさか、自分ごと巻き込むような攻撃を……!?

 

「ぐ、ああ……っ!」

 

 身体のあちこちへの衝撃や明滅する光に襲われ、自分はたまらずその場から逃げようともがいた。

 駆けども身体のどこかを掠め、庇えども薄い防護服では威力を殺せない。

 どれくらいの時間、耐えていただろうか。

 ぼやける意識の中に、彼女の声が響く。

 

「終わりだな、初心者にしてはそこそこだったよ」

 

 距離を開けられた。この距離を詰めるのも、最初のように弾丸をやり過ごすのも、非常に困難だ。攻撃により体力もずいぶん消耗した。趨勢は決まってしまっただろう。

 ……しかし、終わりではない。力が残っている。まだ試したいことがある。

 

「まだやる」

 

 脚に力を入れ、スタートを切る準備をする。

 少し驚いた色を眼に宿した後、彼女はそれを隠すように、つまらなさそうな顔をした。

 

「シューティングレイ」

 

 彼女が魔法を呟くのに合わせ、脳に眠る力を再び叩き起こす。これが最後の時間だ。

 放射状にカーブしつつあらゆる方向から飛んでくる魔弾を、緩慢な世界で見極める。

 これまでは避けるのが精いっぱい。避けながら距離を詰めるには、自分の運動能力や、力の持続時間が足りない。

 それを補う方法を、考えた。

 高町やフェイトという子が使っていた、高速で自分を動かす魔法。それを学んできた。

 仕込んだ魔法をデバイスが発動する。スローでしか動けないはずの今、自分は何かに押されるようにして、ぐんと前に進んでいく。そのスピードで魔弾をくぐり抜け、振り切った。弾道を見切っているからこそできる無茶だ。

 地面を蹴り、弓を引き絞るように半身を反る。

 高速移動術の速さを乗せた刺突によってバリアを徹す。それが自分の考え得る必殺技だ。

 切っ先が、彼女と自分を隔絶する壁に到達する。神速の領域を出る直前、彼女の目が驚愕に染まるのが見えた。

 

 世界に色が戻る。

 自分の刃は砕け散ったが、バリアを穿つことに成功した。

 しかし、それが限界だった。

 思考速度の変化に自分で対応できず、姿勢を崩してしまう。

 高速移動の制動をかけることができずに、気付けば自分は柔らかい地面に顔から突っ込んでしまったようだった。

 地面に手をつく。体勢を立て直さなければ。

 

「う……っ!?」

 

 自分の真下、両腕の間に、きょとんとしたあの子の顔があった。

 何が起きたのか気付く。戦闘中であるというのに、身動きが取れなくなる。

 ここまで顔が近くにあるのは初めてだった。長いまつ毛に縁取られた紅と蒼の瞳が自分を映している。不意を突かれたのか、表情にはまだ感情の色が乗っていない。だから、その造形から目が離せなくなった。

 呼吸も忘れて見惚れていると、やがて彼女の雪のような肌には朱がさしていた。眉根を寄せた強い眼で見返されると、まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。

 彼女が手を動かす。その手のひらが自分の胸に当てられた。わずかな熱が伝わる。

 

「どけ、バカ」

 

 光の奔流が立ち上り、自分の身体は吹き飛ばされた。

 

 

 

 模擬戦が終わった。とーぜん、オレの勝ちである。

 よほどの天才でもない限り、魔法歴一か月もないヤツと戦えばこうなるのは当然だ。表情を見た限り、あいつからはオレが相当強く見えたかもしれないが、まだまだあっちが弱いというのが実力差の正体と言っていいだろう。デバイスを使えばこんなもんじゃないからな。

 とはいえムカつくことに、驚かされる場面はあった。

 まず、回避の勘が優秀すぎる。いや、避けた後の消耗具合からして、何か変なスキルを使っていると見た。魔導師はああいう戦い方はしないし、おおよそできない。

 そして、最後の高速移動だ。オレの鼻を明かそうとでも企んでひそかに修得していたってわけだろう。そういうの、教える側からしたらカチンとくるね。

 あげくあいつはバリアを破り、オレにマウント取りやがった。

 至近距離まできた、あの顔を思い出す。

 

「………」

 

 運動したせいだろう。動悸がひどい。

 胸を手で押さえつけながら、転がっているアホに声をかける。

 

「きょ、今日は終わり」

 

 思いのほか上ずった声を出した自分の喉に腹を立てながら、オレは訓練室を出た。

 

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