ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称)   作:石っこ

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EP-00 リンク・スタート

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 目の前を駆ける、如何にも初心者然とした格好の男――つまり初期装備だ――を追って疾走する。辺りには鬱蒼とした森が茂っており、時折前方が葉で見えなくなる。

 

初期装備なのも当然だ。このゲームが開始されてから、まだそう大した時間は経っていない。一部の人間はすでに装備を多少いじくれるぐらいにはコル(この世界の通貨)を溜めているかもしれないが、あくまで多少程度であるため装備の全てを初期装備でなくすることはできない。また、序盤は防具よりも武器が優先される傾向にあることもそれを後押ししている。

 

しかし、見た目と違うとわかる程度には彼の動きは初心者離れしていた――正確にいえば躊躇いがなかった。

 

辺りはまだ明るいため、障害物も簡単に視認できそれを避けることはそう難しくなかった。

 

問題は自分の前を疾走する男のスピードだった。男には一切の迷いがなく、また判断に間違いもなかった。ひょいひょいとちょうど頭の高さくらいに来る枝をすり抜け、休むことなく道を進む。

 

その後ろ姿を見失わないよう着かず離れずの距離感を保ちつつ、追跡するのがなかなかに骨が折れる作業で、見失うこともあった。

何をそんなに急いでいるのか。そう聞きたくなるのが当たり前だろう。普通なら先行している男の方に。

 

だが今回は追われている男ではなく、追っている彼の方に着目したお話――

 

 

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「……うぁー、おはよー」

 

 階段を降りながら寝ぼけた眼を擦って、ついでに声を絞り出す。寝ていた部屋の空気が乾燥でもしていたのか、多少ザラッとした声質になっており、彼自身にも耳に嫌な感覚を与えた。思わず顔をしかめて思考。ちなみに彼の声かけに返事はなかった。単純に声の大きさが小さかったためだが。

 

 こんな状態でいることは彼自身にも不快だし、ひいては彼の愛する妹のためにも即刻なんとかするべく、気持ち早めに洗面台へと向かうのだった。――そこで最愛の妹とバッタリ会ってしまったのは不運であるとしかいいようが……いや、会えたことを喜んでもいるから微妙だろう。

 

「あれ? おはようお兄ちゃん、今日は早いね」

 

 彼女がいたことに一瞬思考停止して、次に笑顔を浮かべて口を開きかけ――そして静止した。手を挙げかけた格好で止まっており中途半端であることこのうえない。

 

「………………」

「……どうしたの?」

 

 突然活動が停止してしまった彼を訝しむように、彼曰く最愛の妹こと――綾野珪子(あやのけいこ)は口を開いた。それでも彼からは反応はあるのだが返事がない。口を開いたり閉じたりしながら挙動不審な様子を見せ続けているだけだ。

 

 この事態のカラクリはいたって単純なものだ。彼自身が不快に感じた声を妹に聞かせたくなかった。端的にいえばそれだけである。別に気にするほどのことでもないと思われるだろう。実際彼も妹以外の相手に気にかけるようなことはない。妹なのが問題だったのだ。

 

 彼を見続けているとなんだか可笑(おか)しくなってしまい、珪子の口元からはくすりと笑みがこぼれた。珪子の表情の変化を見てパァッと表情を変えた彼ではあったが、その原因が現在進行形で滑稽な姿をしている己だと知るとガックリと肩を落として沈鬱な表情を浮かべるのだった。

 

 とりあえず洗面台に置いてあるいくつかのカップの中から自分のものを取り、蛇口を捻って水を注ぐ。朝ということもあってか冷え冷えとした水が出てくるものだと想像していたのだが、さきほどまで珪子が使っていた影響か少しぬるめ程度の水が出てくるのだった。

 

 当然彼には珪子がお湯を出していたことなど知る由もないので、訝しげな表情を蛇口に向けた。自分の予想と違うことが起きて多少混乱したためである。

 

「ごめんねお兄ちゃん。さっきまで私が使ってたからぬるいでしょ?」

 

 いや、問題ない――と身ぶりだけでなんとか伝えようとして、うまくいきそうな想像(ビジョン)が全く見えてこないので、彼は行動で示すことにした。

 ぬるま湯――というよりぬるま水といった方が正しく思える温度の液体が入ったカップをぐいと(あお)る。

 

 なるほど確かに中途半端な水温で、彼にとっては若干不快に感じたがそんなことは言えるはずもない。とりあえず温度のことは忘れるよう心がけ、口のなかでもむようにゆすいでから洗面台に向かって吐き出した。もちろんその際に自分の背中で珪子からその状況を見れなくしておくことは忘れない。

 

 口元をすぐ近くにかけてあるタオルで拭いてから、ようやく返事を返すことができた。

 

「ああ、おはよう珪子」

 

 こんな感じで彼の朝は始まった。

 

 

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 色々なことに一段落ついたところで、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「さて、我が最愛の妹よ」

「なんでしょうか、遥お兄ちゃん殿!」

 

 珪子は言った後すぐに、くすくすと笑みを堪え切れない様子になった。それを見た彼――綾野遥(あやのはるか)は小さく幸せそうに微笑んだ。もっとも笑っている珪子は気付かないが。

 

 別に珪子の兄への呼び方は――当たり前だが――いつもはこれではない。朝の初めに言ったように『お兄ちゃん』がデフォルトである。遥が珪子のことを『最愛の妹』や『可愛い妹』などとプラスして言ったさいに、こちらもものものしい敬称を追加して呼ぶことがあるのだ。

 

「まず我が妹が言ったことには間違いがある」

 

 遥はびしっと人差し指を立てつつ宣言するような声を出した。本人はなるべく堂々となるように心がけているつもりだが、実際はちょっとコミカル風味な感じになる。

 

「間違い?」

 

 対する珪子は首を傾げた。いつも兄である遥が洗面台(ここ)にくる時間は遅い。自分基準に例えるならば自分が洗面台でする朝の支度を全て終えてからようやく外から帰ってくる程度……そこまで考えて小さく声を上げた。

 

「おれはいつも朝、家にいないだろう?」

 

 同意を求めるように問いかけ、珪子はコクコクと頷いた。確かにそうだった。自分が起きる後より兄が起きたことなどそうそうない。

 

「ま、新聞配達やってるから当然なんだけどな。家にいないのは」

「お兄ちゃんが家にいなかったのって新聞配達やってたからだったの?」

「そうだぞ。……教えてなかったか?」

 

 一転。遥は機嫌を伺う犬のように珪子の瞳を覗きこんだ。珪子は思わずドキッとして顔を赤らめた。遥はそれに気づいたようで、近付いていた顔を遠ざけた。

 

「そういうわけでさっき珪子が言った『今日は早いね』という発言は間違いだぞ。いつもだったらおれの方が早い」

 

 歯を磨くためブラシを取りつつ彼はそうのたまった。珪子は一瞬きょとんとして、それから遥のいじけたような発言に笑顔を浮かべた。

 

「な、なんだ?」

 

 その視線に気づいた遥は居心地が悪そうに言う。

 

「べーつに。ただ、お兄ちゃんは子どもだなぁって」

「いや、珪子の方が子どもだろ」

 

 途端真顔になって言い返してくる兄に苦笑。

 

「そういうことじゃないの」

「む。珪子の方が子どもだってーの。ほら」

 

 ほら という声と共に珪子の頬が人差し指でぷにぷにとつつかれた。感触を楽しむように数度。間隔をあけたり、親指も使ってつまんだり。

 

「もう! 子ども扱いしないでよ」

 

 遥の腕を振りほどきながら、つい習慣でそう言ってしまう。視線の先では笑みを浮かべた遥が立っており、ちょっぴり恥ずかしくなる珪子だった。

 

 

 

 珪子をリビングへとやって遥はバシャバシャと顔を洗った。ああ、やっぱ冷水の方が好きだなぁ などと思いながら。珪子が近くにいるのは彼にとって嬉しくはあるのだが、同様にこちらの作業がしづらいのも事実。さらにいえばすでに珪子の支度は終わっているので出入り口に立っていた遥が邪魔をしていたわけだ。そうであるならば断腸の思いでは有るが、珪子をリビングへと向かわせることに異論をつけはしまい。そう考えた遥だった。

 

 

 

 自らもリビングへと向かい、椅子に座ってテレビを眺めていた妹を――

 

後ろから抱きしめた。

 

 

「ひやぁっ!?」

 

 驚き半分羞恥半分といった塩梅で珪子は短い叫び声を上げた。みるみるうちに顔が赤く染まっていったが、後ろを振り返るとキッと視線を向けた。

 

「ん?」

 

 対して悪びれた風もない遥の視線がぶつかる。妹の非難がましい視線とぶつかり合うこと数秒。根負けしたように遥は離れて珪子と対角の椅子に腰かけた。

 

「もう! お兄ちゃんたら……」

「悪かったよ」

 

 珪子は己の身体を諫めるのに苦労した。身体の熱は引いていったが心臓のドキドキが止まらない。時折遥は、不意にああいったことをしてくるのでびっくりするのもあいまって中々衝撃が冷めやらないのだ。

 

 返事には悪そうな感じすらない兄を決して叱れない自分も自分だと珪子は思っているが……これはこれでポカポカしてなんだか心が温まるように感じる。そして自分たちは仲のいい兄弟だと思う。

 

「今日が11月6日で明日がお兄ちゃんの誕生日だね」

「うん? うーん、そうだな。あんまり実感湧かないんだけどな……」

 

 明日には誕生日だという遥だったが実感が湧かないと言い、しきりに腕を組んで唸ったりしている。そう。明日で遥は誕生日を迎える予定なのだ。14歳の誕生日。

 

「もしかして《ソードアート・オンライン》っていうのを楽しみにしてるから?」

「ん? んー……そうなのかな……」

 

 遥は顔をよくわからないといった風にしながら、歯切れの悪い返事を返した。彼は二日ほど前に友達からそれを借りているのだ。なんでも友達が家族旅行にでかけることになったんだとか。プレイした感想をメールで送るという条件付きでの許可だったが、その程度ならと承諾した次第である。

 

「珪子もやるんだろ?」

「わ、私?」

 

 思いもよらない兄の返しに狼狽し始める。その様子に遥はきょとんとした顔をして考え込むような素振りをすると、数秒後に得心のいった顔を向けた。

 

「ああ、バレてるぞ。我が妹も《ソードアート・オンライン》を持っているということは。なにせ初のVRMMOだからなー。MMOすらやったことない珪子が引かれるのも無理ないだろ。宣伝も大々的なものだったしな」

 

 そんなことするから開始直後に完売なんてことが起きるんじゃないのか などと遥はブツブツつぶやく。珪子は自身がソフトを持っていたことを遥が知っていることへの驚きが隠せなかった。珪子も自分が手に入れたわけではなく、友達から借りたというクチだ。もっとも兄は自分でも応募したりネットに張り付いたりした末、手に入らなかったらしいが。

 珪子が借りたのはつい先日のことであり、遥よりも記憶に新しい。

 

「それよりお兄ちゃん。今日はその新聞配達は?」

 

 時刻を見れば7時を指しており、配達するには大分遅い時間ながらも、まあぎりぎりオーケーというところだろう。

 

「ああ、今日はないんだ。新聞配達ってのは基本的に元旦くらいしか休みがないもんなんだけどな。今日はちょっと……当番変わってもらった」

「なんだ、やっぱり楽しみにしてるんだね」

「うん、まあ、そうなのかも」

 

 遥は照れくさそうに頭をかきながら答えた。それは年相応に子どもっぽく、悪戯好きな印象をもたせた。

 そんな会話をしているとキッチンからかぐわしい香りが漂ってきたので、二人は食事の手伝いをするため席をたつのだった。

 

 

 

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 そろそろ《ソードアート・オンライン》――略称《SAO》の正式サービスの開始も近い。時計を見れば短針は12を指し長針は6を少し回ったくらいだった。

 すでに少し早めの昼は済ませてあるし、あとは時を待つだけだ。珪子との待ち合わせを考えるが、おそらく労せずして発見できるだろう。日頃妹のことばかり見ているので、どんな行動をとるかなんて容易に想像がつく。

 

コンコン

 

 扉が控えめに叩かれた。……誰だ? すでに母にはしばらくの間ダイブすることを伝えてあるし、さしあたってするべき用もないはず。

 

「どうぞ」

 

 疑問は湧いたものの来訪者を長々と待たせてしまうのもなんなので入室を促す。キィと小さな軋みを上げて木製のドアが開いた。その先に立つのは……

 

「なんだ珪子か」

 

 口調とは裏腹に自分を訪ねてきてくれたことに喜び、抱きしめようとする。残念ながらそれは避けられてしまったので用件を聞くことに。

 

「えっと、アバターの設定ってどんな風にしたらいいのかな?」

「……ん。これは他ゲームをやった奴からの感想とかを交えたものなんだが……構わないか?」

 

 珪子はふるふると首を縦に振って肯定の意を示した。

 

「そうか。えっとだな、基本的には現実世界との身長をあわせた方がいいらしい。あと性転換もお勧めできないな。身長も性別も変わると大分違和感を感じるものらしいからな……ま、それ以外はなんでもありだ」

「お兄ちゃんは変えたことあるの?」

「まさか! 俺はそのままだよ。この中性的な顔が好きってわけじゃないから変更しようか葛藤したこともあるけどな」

「そっか。えっと私のキャラクターネームはSilicaで『シリカ』にするつもりなんだけど……お兄ちゃんは?」

 

 どうやら珪子はそのことが心配だったらしい。遥とゲームを始めた際に合流できるかどうか……ここら辺が気になっていたのだろう。遥はそう納得すると言葉を返した。

 

「おれはHarukaで『ハルカ』でいくよ。名前まんまだけど別に構わないだろ。世の中には同名くらいいくらでもいるだろうし」

 

 珪子はその返事を受けると満足そうな笑みを残して部屋から出て行った。

 

「あー、もう。我が妹は可愛いなぁ!」

 

 珪子が帰るのを見届けると、枕を掴んでそんなことを言っている遥はどう見ても変態だった。

 

 

 

「さって……」

 

 時刻はすでに12時58分を指していた。そろそろ入るか……などと思考しつつ《ソードアート・オンライン》を起動するためのハードである《ナーヴギア》を手に取る。

 手には若干のひんやりとした感触が伝わり、それが気持ちいい。別に開始直後にINしたい願望を持っているわけでもないので、手触りを十数秒楽しむ。

 

「よし」

 

 配線を整え頭へとかぶりベッドに寝転がる。あとは起動音声を口にするだけだ。

 ――さあ、おいで――

 気が逸っているのか誰かに呼ばれているような錯覚を感じながら、遥は魔法の言葉を呟いた。

 

「リンク・スタート!」

 




勢いにのって書き上げました。とりあえず楽しく書けたのでよかったです。
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