ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
「う……ぐ……」
目が覚めると、ジャリッとした感触がハルカを出迎えた。視界一杯に広がる、こげ茶と黄土色に、結局あの後倒れ込んで眠ってしまったのだと悟る。
「最低の目覚めだ」
不満気にそうひとりごちながら、身体を起こす。その際に口に入ってしまった砂を吐き出した。それでもざらざらとした感触は拭いきれず、不快感が口内に残った。とはいっても、現実とは違いこの感覚はしばらくすれば消えるものであるので、水を探しにいくべきか若干迷う。
とりあえずその問題は保留にしておき、現在の状況を明らかにすることにした。
まず時刻だが辺りは暗く、未だ日が昇り切っていないのだということをうかがわせた。見覚えのあるその状況に軽く嘆息しつつ呟く。
「習慣化された起床時刻は一種の精神世界にすぎないここでも――いや精神世界であるここだからこそ変わらないってことか」
彼の日課である新聞配達が関連している起床の早さ。日の昇り具合と経験から時間を推測しようとするが、そんなことするまでもなくシステムに時刻表示があったことに気づくとウインドウを開いた。
表示された数字は5時を少し過ぎたくらいを示している。日にちはデスゲームが開始された次の日。かなり密度の濃い一日を過ごしたせいか、すでに何日も経過しているような気分になってしまっていたハルカはなんともいえない感情が湧いたのを自覚した。
「……そうだ!」
次いで現在地を確認しかけて、ハルカはとある忘れていたことに気付いた。
「おれとしたことが……」
ウインドウを操作してフレンドリストの欄を開く。そこには《Silica》の文字が確かな明るさで点灯しており、彼女が生きているという証明になる。それを見てハルカは ほっと一息ついた。まさかそんなことはないと思うが、もしシリカがフィールドに出た挙句……いや、別にフィールドに出なくてもいい。なんらかの問題に巻き込まれてしまったらと思うと気になって仕方なかったのだ。一日の終わりには必ずこのチェックを行おうと、別れた時から決めていたハルカであったが、その初日から忘れてしまったことに悔しさで歯噛みする。
次いで、これに関わる矛盾点――これだけシリカのことを心配しているのに、当の本人の傍にいない――その強い矛盾に嫌気がさす。彼女の隣にいつまでも居たいという気持ちがないわけではない。しかし、それをハルカが選択するわけにはいかなかった。
このゲームをクリアする、と決めたのだから。シリカを連れていくという方向も考えたが、妹を危険な目に遭わせるという案はどうしても彼の中では可決されなかった。――シリカ本人がどうしたいかは別として――
ともあれ、シリカがきちんと生きていることを確認して安堵したハルカは、ウインドウを閉じた。他人に見えないように不可視モードにしているわけではないので、うっかり誰かに見られたりでもしたらたまらないからだ。
現状確認から少し話がそれてしまったような気がするが、ハルカは現在地の確認をすることにした。視線を数秒彷徨わせれば、ここがなんとなくではあるが村のどの位置かわかった。
別段どこどこがこの位置だったからなどと、小難しいことを考える必要はなく、通常森を抜けるとすぐにゲートがある。つまり指標のようなものであるが視界の端にそれが映る。つまり本来この村に入る位置の反対側に彼はいるということだった。
こんな位置に倒れ込んでいたのでは、たとえキリトが村に戻ってきたとしても気付いてもらえる可能性はそう高くないだろう。そう結論を出すと、疲労に耐えきれず眠ってしまった己を呪った。強く握りしめた拳から鈍い音声エフェクトが聞こえる。それが自らの体力を減らす音だと気付くとあわてて力を抜いた。
「……後悔先に立たず、とも言うし悔やんでばかりいる場合じゃないか」
それからクエスト達成のために、例の民家にもう一度立ち寄り、報酬である《アニールブレード》を受け取ったハルカは、この後どうするか軽く思案した。
この場に留まりレベル上げをするか、もしくは一度街に戻るかだ。一度街に戻る理由としては、アニールブレードを売りさばくことが挙げられる。そろそろ行動を始めるプレイヤーも増えてきたことだろう。その際に強力な装備は喉から手が出るほど欲しいはずだ。故に、通常よりも高値で売れる可能性が高い。
ただ、往復する時間が何気に面倒で、買ってくれるプレイヤーが見つかるかどうかも不確定。あまり気乗りはしない案だ。
しかし、レベル上げをするにしても辛いことがあった。未だ体から疲労が抜けきっていないのだ。もうしばらく寝れば回復するのかもしれないが、今までの生活からそれはできそうになかった。
しばらく考え込んで、結局剣を売りに行くことにした。良く考えれば自分の剣もすでに耐久値は限界ギリギリなので、買い替える必要があったからだ。この武器屋でも買えないことはないが、大きい武器屋の方が安心できる感じがするのだ。実際に買い物する時もこぢんまりとした店よりも大きな百貨店やスーパーの方が値が安い気がするのと、おそらく同様の心理だろう。
善は急げ、思い立ったが吉日。それを実行するかのように、ハルカは素早く行動に移した。まず、現状の装備で帰り道を戻りきれるかどうかを確認する。現状メインの《スモールシミター》が壊れる可能性を考えたら、本格的なものではないにしてもサブとなるような武器くらいは買っておくべきかもしれない。
ハルカの予想通り……といっていいのかどうかは微妙だが、シミターの耐久値は改めて確認すると相当酷い状態にあり、出現したモンスターの2,3体でも狩ればすぐに壊れてしまいそうだった。もっとも、行きではたった1匹しか
しかし油断が死に直結するこの世界では、念をいれておくに越したことはない。結局ハルカは、数本の投擲用ピックをこの村で揃えて出発することにしたのだった。道端の石ではよほどうまく弱点を狙わない限り、まともなダメージは期待できず心もとない。元から弱点を知っていたようなものだったネペントはともかく、これからはどんな相手でも初見だ。そううまくいくわけもない。
使わないならそれはそれで構わないのだから、この
そんな風にある程度のチェックを済ませ、村を出る。少し前まで問題だった口内の砂利は時間経過で消え去ったようだった。
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道中何度か戦闘はあったが、どれも危なげなく切り抜けると最初の街についた。
そして戦闘の際にハルカが気付いたことだが……
「盾……いるのだろうか?」
盾が邪魔に感じてしょうがないのである。戦いにも不慣れな当初こそ、イノシシ狩りに貢献したバックラーだったが、何度か戦闘をこなすうちに、ハルカは自分には不必要と感じるようになってきていた。多少遠距離も対応できる《投剣》スキルも取り、相手の行動を観察しつつ戦うハルカのやり方に合わなくなってきていたのだ。貢献するどころか、逆に俊敏な動きを阻害する要因ともなりうるし、どうにも使う機会がない。
「ついでにこれも売ろうか……?」
そう考えたが、これを売るのは難しいだろうという思いもある。いや、正確には元を取るのは難しい、と言うべきか。店売りと同等から一コ下くらいの値段で売っても誰も寄り付かない可能性が高い。冷やかされるだけ冷やかされるのがオチだ。
そんな悩ましい問題に頭を抱えそうになっていたハルカは、ふと周囲から発せられる違和感に気がついた。それは一部からのものであったが、無視するには少々数が多く、かといって何かの集団だと断ずるには違和感の発生源がちらばりすぎている。
その違和感――つまり視線だが――にハルカはだんだん気まずくなってきた。ただ単に自意識過剰なだけかもしれないが、これだけ多くの人に目を向けられるというのは珍獣扱いにでもなったかのような気分で、好ましくない。
お世辞にも好意の視線とは思えないそれらから、逃げるように路地裏へと入っていくハルカだった。
「なんであんなに見られてるんだ」
自問するが当然ながら答えはでない。そもそも簡単に答えが出るようだったら自問などしていないのだから。
だが、ハルカ自身はわからなくともそれに応じる声があった。
「簡単なコトサ」
「――っ! ……?」
どこからか聞こえてきた声に身構えかけたハルカだったが、周囲を見回しても誰もいない。誰もいないような場所を選んで入ったのだから当たり前ではあるが。
声はすれども姿はない。その定番といえば――
「上か」
「ヤアヤア」
にわかに信じがたいことではあるが、そのプレイヤーは屋根の上に乗っていた。家の高さはそれなりに高く、ハルカの身長の約3倍ほど。つまり5m弱となるわけだが一体どうやってそこまで登ったのか。レベルアップしたハルカの現在の能力を駆使して、壁蹴りをしたとしてもそこに辿り着けるとは思えなかった。
そんなハルカの疑問に気付いたのか、人影は
「ま、ちょっとしたコツがいるのサ。そこで少し待っててくれるカイ?」
とだけ言うとハルカの視界から消えた。
――しばらくすると、シリカとそう変わらない身長のプレイヤーがこちらに歩いてきた。フードを被り、金褐色の髪の毛を持った女性。身長はシリカとそう変わらないが、大人びた雰囲気を纏っており、大きく違いを感じさせる。
それを見たハルカは何かが記憶に引っかかるのを感じた。
「ん……んー?」
「?」
突然唸り始めたハルカに、いつの間にか目の前に来ていた女性プレイヤーも少々狼狽した様子で、どうかしたのかといいたげな色を瞳に宿した。しかし、ハルカ側としてはそんなものを気にかけている余裕はなく、ちょうど閃いてきそうなところだったので懸命に記憶を探る。
「……確かおれの目の前でフード装備してた」
「何だい、ソレ」
ようやく出たハルカの答えに呆れたような表情で返す女性。この対応にハルカは、記憶違いかと首を傾げた。
「まあ、正しいんだけどサ。あの時はオイラもまさかゲーム開始直後に路地裏に飛びこんでくる奴がいるとは思わなかったヨ」
女性は呆れ顔を保ったまま、そう言い放った。先ほどとは違い、呆れと共に疑問も浮かんでいるようで表情は少しだけ違う。そんなことに何かの意味があるわけでもないが。
「えっと、結局キミは……」
「キミじゃ呼びづらいダロ。アルゴでいいヨ。情報を売ってるのサ。さっきなぜ自分が注目されているのかとか言ってたネ?」
「ああ」
捲し立てるように綴られた言葉に若干後ずさりそうになるハルカ。金褐色で巻き毛の女性――アルゴは、指を3本たてた。
「3コルでその理由を売ってやってもイイ」
「そんなので金とるのか」
「気になるんだロ?」
全くもってその通りであるが、この程度のことを知るために金を出すというのはなんとも釈然としない思いで一杯のハルカだった。――まあ、結局出したのだが。