ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
この程度で金を取るのかと微妙な気持ちにはなったものの、何十匹も狩ってきたハルカの稼ぎからすると、3コルははした金どころか塵芥と変わらないレベルである。現状、トップクラスの金持ちともいえるので、まあこの程度ならと思い直すのだった。
ハルカから指定した金額を受け取って、頷いたアルゴは口を開いた。
「さっきも言ったけど至極簡単なことだヨ。ただ単に容姿のせいサ」
「容姿?」
予想の斜め上を行く回答に、ハルカは思わず訊き返してしまった。自分の所持金を見て感じたことだが、現在トップの位置に立つ自分を狙っているのだと勘違いし始めていたからだ。
「そうサ。男なのに肩の辺りまで髪を伸ばす奴なんて中々いないヨ。それに顔もどっちつかずだしネ」
「ま、待て。つまり女性プレイヤーに勘違いされたってことでいいのか?」
そろそろさっきの自分の勘違いとのギャップに、顔が熱くなるのを認識してきたハルカだが、押さえるところはしっかりと押さえておくべく口を挟んだ。ハルカのその疑問に、アルゴは首肯で返して一応とばかりに説明を付け足した。
「ま、そういったところダ。補足するなら、デスゲームが開始してから動き出した女性プレイヤーは未だ少ない……ってことも付け加えておくヨ。ま、勘違いした人しない人は半々くらいだと思うけどネ」
ハルカはアルゴの言葉を、確認がてら自分なりにまとめてみることにした。
・自分は女性と勘違いされた
・ただし、その数は半々といったところで全員が全員間違えているわけではない
・行動を開始した女性プレイヤーは少なく、注目されたのはその影響
こんなところか、と頭の整理を終えたハルカはアルゴを見た。情報屋――アルゴを利用できることはないかと。自分は売りたいものがある。ならばその情報を広めてもらえばいいのではないか。
「ま、注目されるのが嫌ならオイラみたいにフードでもかぶることだナ」
とりあえずフードを買うことを頭のチェック項目に入れた。アルゴはそれだけ言うと、仕事はしたとでもいいたげにくるりと背を翻した。一方、このまま去られては困るハルカはそれを引きとめる。
「アルゴ。頼みたいことがある」
「何だイ?」
「売りたい装備があるんだが、その情報を広めて欲しい」
「装備? 言っとくケド、店売りしてる程度のモノだったらそうそう売れると思わない方が身のため――」
「それは問題ない」
アルゴの発言を途中で遮り、ウインドウを操作する。証拠を見せるためアイテムウインドウを出すつもりだからだ。可視モードなので操作中もアルゴにも見えはするが、反対向きなのでいかんせん読みづらい。
「これだ」
そして、ハルカの提示した装備を確認した瞬間、驚きを隠しきれなかった。
「《アニールブレード》だッテ!? とあるクエストをクリアしないと手に入らないはずの装備じゃないカ!」
アルゴはハルカのことを侮っていた。正直に言えば、まだ動き出したばかりの
アルゴもそのクエストの詳細は知っている。だがしかし、駆け出しがおいそれと行ける場所ではないし、そこからクエストをクリアするのも不可能に近い。
そんなこともあって、アルゴはハルカの情報を見直すことにした。対応の仕方も初心者として応対していたが、上級者へと向けるそれに。……ついでに提示するコルの価格も上級者に提示するものに。
情報を扱うものとして、動揺を見せ続けるのはよくない。今となっては手遅れな気もしたが、急いで押し隠した。内心軽く舌打ちをしつつ。
「確かにこれなら充分すぎるほどだろうナ。売値も今ならボーダーより高くなるに違いナイ」
「だろうな。だからこそ売りたいんだ。やってもらえるか?」
ハルカの質問にアルゴはしばし考え込んだ。その様子を見て少しだけ不安になったハルカだが、雰囲気からして断られることはないだろうと確信に近い何かを感じていたのも事実だった
「――100コルで手を打とうじゃないカ」
「さっきと比べると相当高いな……」
思わぬ衝撃に動揺してしまった気恥ずかしさもあってか、確かに少し高めにしてしまったかもという自覚はあるアルゴ。しかし、すでに彼にとっては100コルですら躊躇するレベルの値段ではないということを決めつけていたアルゴとしては、適正価格でもあるだろうと思っていた。
しかし今度はアルゴが不安になる番で、意外にもハルカは考え込むような素振りを見せた。さっきまでは大丈夫だろうと考えていたがひとつ前の値段からすると値を上げすぎたかと悩む。足元を見られる危険性はあるが、少しずつ値を下げていこうかと口を開きかけ――
「100コル払おう。頼んだ」
出鼻をくじかれた形となり拍子抜けしてしまった。飄々としたその態度には、さっきまで考えていたことをにおわせる空気は微塵もなく、ハルカが返答し次第即座に返事をしようと考えていたはずのアルゴも呆然とした。
「わ、わかったヨ。」(やりづらい相手だネ)
自分のペースがいつの間にか崩れている。このままでは不味いと思ったアルゴは早々に100コルを受け取るとそそくさと路地裏から出て行った。
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アルゴに剣の販売情報を流してもらう契約をしたはいいが、その相手をどこに呼び出すかは決めてなかったな、と微妙なツメの甘さにハルカは溜息をついた。次いで、確かにアルゴに頼んだのは剣を売っているという情報を流すことだが、どこで売っているのか訊いてくれてもいいじゃないか……とアルゴのせいにしてしまうかと馬鹿な考えを抱く。
結果――数瞬後にその案を可決したのだった。
「さて……ローブを買いにいかねば」
路地裏からでて少しすれば、また好機の目線に晒されるであろうことは想像に難くない。自分は見世物ではないし、無駄な注目を浴びたくないハルカとしてはそれは避けたかった。
きょろきょろと辺りを見回して人通りが少なくなったところで店にダッシュ! その際に怪訝そうな顔を向けてきたプレイヤーもチラホラいたが、そこまでは気にしないことにした。のんびり歩いていれば人も多くなってくるかもしれないのだから、考えても仕方ない。
500コル程度で安物のローブを買うと、店内で即座に装備した。微妙な出費であるが、決して無駄ではない。理由はローブという防具の扱いが少々特殊なためだ。
通常、防具というのは1個しか装備できない。服なら服、盾なら盾といったようにだ。だが服の装備が軽装の場合に限り、ローブも装備状態にできるのだ。ローブも微々たるものではあるが、防御力を兼ね備えており雀の涙程度だが補強にはなる。
そんなこともあって、今回の出費は決して無駄ではない。そう思いたいハルカだった。
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ローブを装備してからは妙な目線も減り、いくらか精神的にも余裕が持てた。それ故に今まで切羽詰まっていたせいか、無視していた空腹感を思い出すことになったのだが。
やっと仕事ができる、とでもいうかのように鳴りだした腹の虫はどうにも治まりそうになく、どこかで食事を取る必要があると感じさせた。
「もっとも、ここで問題になってくるのが――」
アルゴに装備を売りだしているという情報を広めることを依頼したことなんだよな、と自嘲気味の溜息をつく。そんな情報を広めたくせに、のうのうと食事をとった結果買う人が離れていく……なんてことも考えられる。
「一体何をそんなに悩んでいるんダ?」
「いや、アルゴに頼んだのは失敗だったかと……」
「それはどういう意味なんだヨ……」
隣から変な威圧感が発せられていることに気付いたハルカはそちらを向いた。
視界に入ったのはさきほども見た金褐色の巻き毛におヒゲペイントの情報屋である。
「…………」
思わず押し黙ってしまったハルカを訝しみながら、アルゴはハルカの目の前で手を振った。視界をよぎる肌色にハッと正気を取り戻したハルカは動揺を押し隠して尋ねた。
「まさかもう情報を広め終わったとか言わないよな?」
予想外の早さに若干焦りつつもそうコメントしたハルカ。アルゴはその質問にまさか! とでも言いたげな顔を作ったので、ひとまずホッとしかけたハルカだったが、
「広めるだけなんてことしないヨ! 買い取りたいって人物まで特定したからネ」
さすがにこれには唖然とした。アルゴと別れてからどの程度の時間が経ったのだろうか。10分? 15分? どちらにしても大した時間が経ったような気はしない。それだけの少ない時間にこの情報屋はそこまでの仕事をしたのだろうか。
「この働きぶりなら文句ないダロ?」
「あ、ああ……」
100コルだと高いかななどという発言が尾を引いているのか、どうやらアルゴはハルカの期待以上に頑張ったようだった。一体どんなことをすればこの早さでこれだけの仕事ができるのかは解らないが。
「その人物が払いたいと言ってるのは1万コル前後。さすがにこれ以上は出せないようダ」
「1万コルか……」
内心ではこの状況下で1万コル出せるってどんなだよ! という思いがないわけでもないハルカ。彼が今までの狩りで集めたコルも1万とちょっとといったところである。それだけ払えるなら、すでに充分な装備だって手に入るんじゃないか? そう思ったハルカだったが、余計な詮索は不必要かと思い直す。
「不満カ? 優良物件だと思うんだケド」
「ああ、いや。そういう訳じゃない。それじゃあ、これ。よろしく頼む」
そういってハルカはアルゴにトレード申請をする。当然差し出すものはアニールブレードだ。
「? 自分で交渉はしないのカ? ……っ!?」
受け取るもの、次いで差し出すもののトレード欄を見たアルゴは息をのんだ。無理もないだろう。なにせそのトレードでハルカが受け取るものは なし だったからだ。
「なにをそんな驚いてるんだ? その相手から前払いしてもらったなんてことはないだろ。大金なんだし」
「その通りだケド……」
アルゴはますますハルカという人物が解らなくなってきた。初心者だと思えば、ベータ上がりらしき部分を見せる。注意深いかと思えば不用心なところを見せる。そしてベータ上がりなら、さらにいえばこの剣が手に入る1人用のクエストをこなしているものなら解るはずの、他人を疑う警戒心の無さ。あまりのチグハグさに若干混乱し始めた。
疑問を通り越して不安になってしまったアルゴは、気付けば彼女にしては珍しいおせっかいを妬いてしまっていた。
「大金とはいうケド、この剣自体がその価値を持ってるというコトを解ってるのカイ?」
「ん? あー……」
対するハルカの反応ははっきりとしないもので、やっぱり考えてなかったのかという思いを彼女に抱かせた。もっとも次の発言でその思いは崩れるのだが。
「いや、情報屋だったら信用が全てだろ? もしおれとの約束を破ればこれを生業にはしていけないだろうし、おそらく盗んだりすることはないかなって。まさか……盗む気だったりした?」
「そんな訳ないダロ!」
考えていないように見えて考えていた。さっきからずっとこちらの想像の正反対をゆく彼に、アルゴは苦手意識を持ち始めている自覚をした。とりあえず咳払いをひとつしてこの話題を流す。
「まあ、それはオイラへの信用として受け取っておくヨ。……さって、じゃあ買い取り人との交渉を済ませてくるカラ、それまでにキミは食事でもするといいヨ。お腹……空いてるんだロ?」
「…………」
その一言に飄々とした態度を打ち消し、一転顔を赤くし始めたハルカ。苦手意識を感じつつもやり返すことだけはきちんとしておくアルゴだった。