ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
ハルカが実験をして、その成功に喜んでからはや数週間が経とうとしていた。武器の耐久度回復のために度々街に戻るのだが、時が進むごとにピリピリとした緊張感が増しているように思えた。ハルカ自身も未だ1層すら攻略できていないことに焦りを感じていたのだから無理もない。
しかし、1週間も経つ頃には、迷宮と呼ばれる次の層へと上がる階段の存在するダンジョンが発見された。事態がようやく進んできたという実感を得られたからか、それからは重たい空気が多少緩和されていった。
そして今、ハルカはそこに潜っていた。
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現状況の最前線となる迷宮に行くためには、当然レベルも相応に高くなければならないわけだが、あれからずっとソロ狩りを続けてきたハルカからすれば安全マージンは余裕で取れていると言っても、過言ではないくらいだった。
もっとも、ソロの際に安全マージンなどは気休め程度にしかならない。相手が1体ならば労せずして倒せるだろう。それこそ重大なミスをしてしまってもリカバーできるくらいに。
しかし、相手が多数となればそれだけで話が変わってくる。逃げることを即座に判断してそれが成功したならばいいが、そうでない場合には精神的にきつい戦闘が待っている。1体1体の挙動に集中し、それらを避け続けるあるいは防御し続けなければならないのである。
理由としては単純だが実に恐ろしいこと。攻撃されるとノックバックが発生するのはわかるだろう。ノックバック――怯みの間中は行動が制限される。その利用で複数の敵に連続して攻撃されれば、余裕を持ったHPもあっという間に危険域だ。
また、SAOの回復薬が時間経過による回復であるということも関係している。即時回復ならば、一瞬で態勢を立て直すこともできる。しかしそうでないこちらは回復している間は攻撃を受けてはならないという制約がつくに等しいのだ。
人は完璧ではないのだから、集中力を切らしてしまうことだって勿論ある。特に焦っている時などはそうなる可能性が格段に上がる。だからそうならない為に気を張るのだ。それが集中力を切らすことにも繋がり――考えればそうやってループしてしまう。
――まあ、自覚は無くとも人並み外れた冷静さを持つ彼にとってはそれらが問題として表面化することはなかったが。
ソロにおけるデメリットばかりを語ってきたわけだが、当然大きなメリットも存在する。しかし命を賭けてまで重視するほどのことかと問われれば、多くのプレイヤーが思わず口ごもってしまうのは間違いない。そのメリットとはただ一点――うまくすればパーティープレイよりもソロの方が強くなれるからだ。
多くのMMOと呼ばれるゲームでは、ソロプレイがパーティープレイに勝つことは難しい。それは経験値効率にしろアイテム入手の効率にしろだ。それは元々コミュニケーションをとることを推奨されているからで、単独での行動を想定されていない結果ともいえる。だが、このSAOにおいてはソロでもやっていけるような便宜が図られている。経験値が活躍度で変化することや
開発者である茅場がこの状況にするつもりだった……ということも大きく関わっているだろう。彼はおそらくデスゲームという状況下になれば人を信じないプレイヤーも当然出てくると考えたに違いない。実質ハルカもそういうプレイヤーを何人か見てきた。彼らはハルカが近付いただけで大小の差はあれど警戒心を示し、ハルカが離れるまでそれを解こうとはしなかった。裏切られた経験を持つハルカとしてもその行動を咎めることはなんだか気がひけて、その時は結局通り過ぎたのである。
ハルカがパーティーを組んでいないのも、その辺りが起因しているといってもいいだろう。彼が持つ目的のためには、間違っても死ぬわけにはいかない。もし死んでいいとすればそれはゲームがクリアされるのを確信した時だけだ。
モンスター相手ならば自分が気をつければなんとかなる。だが、プレイヤー相手となるとシステム的な思考を与えられたモンスターと違って、行動が読めない。いくら自分が気を張っても不可避の状況を作り出されることもあるかもしれない。
コペルの時は運良く死から逃れることができたが、これからもそうだとは限らないのだ。
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今日だけで何度目かわからない戦闘を終え、ハルカは一息ついた。モンスターを構成していたポリゴンの欠片が崩れ落ちるように霧散していく。視界の端に手に入ったコルとアイテムが表示されるのを力を抜いて石畳に座りながら呆けたように見送る。
気付けばハルカはボス部屋の目の前まできていたのだった。眼前にそびえたつやたらと大きい扉。ハルカには見た目だけではボス部屋と判断できなかったが、マップにあからさまな表示が出ていた。
『BOSS』と。
そこでふと考えた。一体ボスがどれほどの強さかはわからないが、偵察することはできないだろうかと。相手の見た目だけでもいい。どんな武器を持っているかで相手の攻撃方法を予測することができる。しかし――リスクは高い。
ハルカは無駄に大きいうえ重苦しく感じる扉をあきらかに疲労を感じさせる瞳で見上げた。これからもわかるようにコンディションはあまりよくない。回復薬は迷宮に潜ってから未だ1個も使っていないため、余っているから問題はない。体の反応を鈍く感じるくらいだ。座り込んで硬直してしまった体を起こし、2度3度動かす。思考に動作がついてこない。まるで休み始めてそう大した時間も経っていないのに、再び動かされることに不満を漏らすかのように。
それでも情報を得るというのは抗い難い誘惑だった。相手の姿を見るだけだからと半ば強引に自分を納得させると重厚な扉を押しあける。まさか閉じたりはしないよな、と懐疑の視線を扉に送ったが心配のしすぎだった。扉は開きっ放しで誰でも歓迎とでもいいたげだ。
ボス部屋はハルカの予想より幾分か広く、真っ暗で視界が確保できなかった。
「なんでこんなに暗いんだ……」
何か光源はもっていたかとウインドウを操作しかけたところで、灯りが供給された。壁についている松明に勝手に火がともったのだ。
いかにもな演出だがそれなりに効果はあった。ハルカの緊張感は増し、重かった体も戦闘へと意識が向きはじめて気にならなくなってきたのを感じる。
視線の先に鎮座している玉座。その上にはそこそこ大きいシルエットが玉座に座っているのが見える。3mといったところだろうか。しかし、目測できる距離であるというのにボスであろうモンスターは反応を示そうとはしなかった。
おそらく一定距離に近付くあるいは遠距離から攻撃を加えることで動きだすのだろう、ハルカはそうあたりをつけるとどれくらいの距離がその範囲なのか確かめようとした。今の位置からでは目測だが玉座までに40m近くあり、何の反応も示さない。恐る恐る近付いて30mを切った辺りでもまだ反応しなかった。これ以上進むとなると安全に逃げ切れる自信がなくなってきた。50mやそこらなら全力疾走してもなんとか逃げ切れるとは思ったのだが……
すり足で距離を詰めながら、もう一度退路の確認をする。相変わらず扉が解放感溢れる状態であることになんとなく安堵の息を洩らす。
さすがにここまでくれば反応してもよいものを、と思いながら首を傾げ始めたハルカだったが20mラインにきたところでソレは動き始めた。
同時に取り巻きとして召喚される雑魚コボルドもPOP。左右の壁からぞろぞろと湧き出るように出てきたそれらは、大半はハルカの前側にいるものの、数体が退路を塞ぐ形で陣取っていた。思いがけない増援に少し驚きを隠せないハルカだったが、することに変更はない。
雑魚に注意を払いつつボスであるモンスターを最優先に警戒。ボスモンスターは玉座のところから、なんと跳びあがって距離をつめてきた。
ドシン! と重たいものが着地したような鈍い音が響き、次いでそれにより発生した風がハルカの髪を撫でた。一瞬にして距離を詰められたことへの動揺はさしてない。それよりも問題は退路付近の雑魚をどうするかだ。
一気に距離を詰めてきたボスが、何か構えを取った。ハルカもそれに応じて体の力を抜いた。身構えたりはしない。ハルカのスタイル的に防御はしないのだからそんなことしても意味がない。逆らわないように避けることが重要なのだ。
結論としてはせっかくの警戒は無駄の一言だった。ボスは雄叫び――咆哮を上げただけで少なくともその瞬間は一切の攻撃をしようとはしなかった。これまた想定外の行動にあっけらかんとしてしまったハルカではあったが、これ幸いと背を向けて扉へと走る。すでに残す距離は30m弱。ボスとの距離は6mほどしかないが、ボスの持つ武器の刃渡りは1m半。加えて動きは機敏なわけでもなく、どんなに腕を伸ばして有効範囲を加算したとしてもせいぜい届くのは4m。
道中にいる敵の処理さえ手間取らなければ悠々と逃げ切れるはずだ。そう考えるとボスのことを完全に意識から捨て去る。真後ろに敵がいるというこの状況下でそのことを忘れることができるなど大した剛胆さである。
全力で足を動かしながら、腰に差してあるスローイングピックを投げて出口を邪魔する2匹に牽制をかける。狙うのは眼。無論弱点ではないであろううえに狙いどころが果てしなくシビアなところだが、今までの修練の結果か狙い通りに刃は突き進む。あいにく走ることを優先しているので《投剣》スキルを発動させることはできなかったが。
この世界はゲームであるがリアルさを追求する製作者の意向なのか、人型の敵に向かって急所を狙った攻撃をしようとすると、攻撃後の隙など態勢的に不可能でない場合防御行動をとる。ハルカとそれらの間には距離が空いているわけで、攻撃範囲に入っているはずもない。必然、防御姿勢をとってピックを弾く雑魚コボルドの横を一気に走り抜ける。
そのすれ違いざま防御後の硬直から抜けた1体がハルカに向かって、手にした剣を振った。幸い、唸りを上げて迫る刃は髪の数本を持っていくに留まり、ハルカは支障なくボス部屋から脱出した。コボルド達の怨嗟のような声を背景に。
いつもの悪い癖が発生