ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
「…………」
ボス部屋を抜けたことでとりあえず安心して一息つく。すでに疲労は限界近くまで達していた。危険な綱渡りだったが、その分収穫も大きい。なにせ相手の大きさや使用武器、さらにはどれだけのモンスターが出てくるかまで確かめることができたのだ。これは今後きっと役立つ情報になることだろう。
そんな風に満足しながら出口を目指す。時刻はもうそろそろ昼になろうかという頃だ。迷宮最深部であるここから脱出し、さらに街に辿り着く時にはおそらく夕方近くまでなっているはず。
今日の予定を思い返すと、それは少し、いや大いに困ることだった。なにせ本日は第1層のボス攻略会議が、この迷宮にほど近い街エリア――≪トールバーナ≫で開催されるのだ。
夕方という曖昧な時間しか知らされてはいないが、開始時刻は17時前後というところだろう。あまりに暗くなってから会議するというのは、この提案をした者の本意ではあるまい。そう考えると、より一層早く出ないとという気持ちが強くなる。
しかし、どうにも気が乗らないというか元気が出ない。踏み出す足に力強さはなく、頭の回転も鈍い感じだ。どう考えても、昨日から休まずぶっ通しで潜り続けているツケだった。そんな失態にそれでもハルカは余裕を崩さなかった。焦ればそれだけ周囲への注意が散漫になってしまうことを、これまでのソロ活動で思い知らされてきたからだ。
ある時は自分。またある時は別のプレイヤーが慌てたことで憂き目にあったのを見てきた。被害の程度は様々なものだったが、偶然――偶然、目の前でプレイヤーがポリゴンと化すのを一度だけ見た。
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ことが起きたのは迷宮。意図したわけではないが、結果的にハルカはとあるパーティに先行して迷宮区の探索を進めていた。そんなハルカに対抗心を燃やしたのか、1人のプレイヤーがハルカを追い抜くように走る速度を上げた。その結果随分とメンバーと離れた状態で敵と交戦状態になった。……元々そのパーティは迷宮に潜れる適正レベルを満たしてはいなかった。正確にいえば、パーティで戦っているからこそ迷宮に入れる強さを持つことができていたのだ。
それでも1対1ならなんとかなったのだろう。おそらく彼もそう考えていたに違いない。しかし運の悪いことに最初から居たモンスターに合わせて、近くでもう一体が湧いたのだ。その剣士は慌てて前へと進もうとする足に急停止をかけて、仲間の援護に頼ろうと後ろを向いた。だが突然スピードを上げた彼についてきた者はいなかった。レベルアップでのステータスポイントを敏捷力に多めに振っている彼と、他のパーティメンバーとでは速さが違いすぎたのだ。それとパーティで安全に戦ってきて自らの力を過信した結果か。
結果的にモンスターにむざむざ背を向ける形となった彼は、コボルドにとって格好の餌となった。振るわれた斧は的確に彼の首の後ろを刈り取り、クリティカルボーナスと不意打ちボーナスがダメージ判定に加算された。
防具がしっかりと整えられているようには見えない彼の装備では、とてもではないがその一撃を耐えることができなかった。
一瞬でHPバーが赤く染まる様を、全員言葉も無くして見続ける。そのプレイヤーは信じられないといいたげな表情を作っていた。
沈黙が場を支配し、ハルカでさえも言葉を紡ぐことができなかった。この状況下では逃げるにしても戦うにしても、素早く判断しなければならないことはわかっているはずなのに。
「……に、逃げろ!」
喉をなんとか震わせてかすり声程度の声を出した。それでも沈黙を破るには十分な効果があり、たちまち我を取り戻した彼らは一目散に逃げ出した。
この相手は何体も狩ってきた。行動パターンも把握しているし、負ける要素はほとんどない。そう自分に言い聞かせながら、戦端を開いた。
戦闘が始まった最初こそ動揺から動きが鈍かったハルカだったが、すぐに思考を切り替えるとさっさとコボルドを片付けてしまった。そして先ほどのことを思い出す。死んでいったプレイヤーの顔が、どうにも忘れられそうになかった。いつか自分もああなるのだろうか――?
嫌な思考に陥りかけたのを留めて頭を振る。あのパーティを追いはしない。どうせ掛けられる言葉も持っていないのだから。そう言い聞かせながら淡々と心を凍てつかせていく。冷たさが浸透するような錯覚を感じるほどになると、ハルカは死んだプレイヤーの所持品――元所持品というのが適切か――を回収した。その内容を見て思考する。大した物ではないが――――
売れば多少の
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暗鬱とした迷宮区から抜けると、ハルカはその身に日射しを存分に浴びた。あくまで仮想の世界であるので影響を及ぼさないはずだが、体調が良くなるような錯覚を受けた。それは彼の精神的なところに起因しているのだろう。日の差すことのない迷宮と外では明るさが違う。人は本能的に暗いところを恐れる。ゆえにこの状況下に安心感を得れたのかもしれない。
また、危険度が低くなったことも大きい。迷宮内のモンスターは外と比べると強さが高めで湧きだす量も多い。外は体数が少ない分警戒を緩めることができ、大分難易度が落ちているのだ。
――もっとも、ハルカが《索敵》スキルを所持していればそれほどモンスターの警戒は必要なかったのかもしれないが――
ふと時刻を確認すれば16時40分を示していた。ここから《トールバーナ》までおおよそ15分程度かかるとすると、状況はそれほど良くない。余裕を持って現地入りしておかないと、その後どんなハプニングが起こるかも解らないのだ。
《トールバーナ》へ向けて走っていると、段々とハルカの視界に『とある厄介な出来事』が映ってきた。出会いたくなかったハプニングのひとつである。
「困ったな……」
それが何なのかを理解するとハルカは軽く空に向かって呟いた。勿論、そんな時でも足を動かすのは止めない。
彼が何に困っているのかは、その視線の先を見れば容易にわかることであった。
彼の前方には4匹のモンスター……《ベル・コボルド》(※ベル・コボルドは小柄な点と能力値が低めな点を覗けばコボルドと変わらないモンスター)に襲われているプレイヤーの姿があった。ハルカ達、第一線に立つソロプレイヤーならば、今更この草原の敵が4体湧いたところでさした苦労もなく屠ることが出来るはずだ。しかし、どう見ても襲われているプレイヤーはそうとは思えなかった。
まず装備からして彼、あるいは彼女はトップとは言えなかった。今現在多くの上位プレイヤーが持つ武器は《アイアンブレード》というものだ。アイアンブレードは店売りの武器ではあるが、容易に入手できるし現時点店売り最高ランクの武器ということもあり、多くのプレイヤーがそこを妥協点としている。店売りであることも重要だ。彼らも出来ることなら、ドロップ品や《アニールブレード》などのようなクエスト限定品を強化したいだろうが、それらは強化時に替えがきかない。強化が及ぼす性能の変化はバカにできるものではなく、強化されたアイアンブレードは無強化のドロップ品を優に上回るからだ。
防具はハルカのように軽装を好むプレイヤーもいるため一概には言い難いが、性能が低いことに違いはない。
話を戻すが、襲われているプレイヤーは強化済のアイアンブレードどころか、それの1ランク下の武器を持っている始末だった。
回避技術も拙く、さきほどから何度か攻撃を受けている。加えて敵数が4体ということで、多対1に慣れていないのか反撃する隙も見出せないようだった。
交戦場所のすぐ近くまで来るとハルカは再び時刻を確認した。16時50分。《トールバーナ》まであと3分くらいか。湧いてきたモンスターを極力無視してきたため、想定よりも時間が余っている。
しかし、このプレイヤーを助けるというのは彼にとって歓迎すべきことではなかった。人道的には助けるのが正しいのだろうが、出来れば早く到着したいという願望もあったし、プレイヤーを助けて――考えたくはないが――寄生されたりするのも勘弁だ。なにより――
助けてもメリットがない。
そう結論付けるとハルカはくるりと身を翻した。構わないことに決めたのだ。
しかし、いざ歩き出そうとすると不意に以前、目の前で死んでいったプレイヤーの顔が思い浮かんだ。一気に気分が悪くなったものの、それを抑え込む。だが後ろ髪をひかれるような思いが消えない。一度だけ様子を見る、そう決めて――振り返った。
ちょうどそのプレイヤーもこちらに気づいたようで、ぴたりと視線が交錯した。瞳に含まれていたのは、助けようとしないハルカへの懐疑? 死への恐怖? あるいは救いを求める懇願? あのプレイヤー……いや、
彼女の瞳はそのどれもを含めていなかった。
「…………くそ」
振り向いたのが間違いだった。振り向いてしまったから、決めたことをあっけなく覆す。
――あんな瞳をした奴を――
こんなところで死なせてたまるか
気付けばハルカは猛ダッシュを敢行していた。迷宮にいる間張り詰めていた神経も外に出ることで、大分癒されたといえどまだまだ万全の状態にはほど遠いにも関わらず。体の反応が鈍いのには気付いていたが、ハルカの想像以上に酷使していたようだ。これだけ酷い状態だと、どうにも彼女が死ぬまでに間に合いそうにない。
「……ふっ!」
ここで彼の持つ《投剣》スキルが生きる。投剣スキル《ツインシュート》を短い間隔で2度。2本同時に投げつける《ツインシュート》は現状ハルカが持つ、もっとも多い本数の投擲攻撃を行えるスキルだ。走りながら投げられた刃は、対象のHPを大きく削ることは叶わなかったが、そこは大した問題ではない。
ヘイト値を稼ぐことが目的なのだから。元々投擲攻撃はモンスターのヘイト値をためやすい性質だったのも幸いしている。このおかげで彼女に向けられるヘイトよりも、ぐんと上がったハルカへのヘイトの方がずっと高い。
「……!?」
突然救助に向かい始めたハルカに一転、彼女は驚愕をその瞳に貼りつけた。どう考えても見捨てようとしていたハルカがこちらに向かってきたのだから、仕方のないこととも言える。
とりあえずは窮地を脱したであろう女性プレイヤーのことは意識から捨て、ハルカは走り込んだ勢いを殺さないまま宙に身を躍らせた。力の籠った跳躍。飛び上がった体はハルカの方をじっと見ていた4体全員の頭上を飛び越えた。そこからソードスキルを始動。狙うは曲刀スキルニ連撃、《ダブル・リッパー》。切断属性のみに特化された曲刀向けといえるスキルの連続攻撃だ。
居合によく似た構えから繰り出される高速の一撃目、右方向への斬り払い。それは的確に《ベル・コボルド》の命を刈り取った。クリティカル判定と不意打ち判定をあわせた一撃だ。レベル差も相まって耐えられるはずもなかった。
強引に近くにいるコボルドの方へと体の向きを変えながら、二撃目、小さく溜めてからの左斬り払い。すでにこちらを振り向きかけているコボルドには、不意打ち判定こそ出なかったものの、クリティカルは健在。加えて二撃目の方が高めに威力が設定されていることから問題なく倒してのける。
ソードスキル使用後の硬直が課せられる。その間2秒ほど。もちろんコボルドがなにもしないはずはないので、振り向きが早かった1体の攻撃を甘んじて受ける。
「ぐっ……。久しぶりにまともにダメージ受けた気がする」
防具越しに久しぶりに身体へと伝わる大きな衝撃に身を震わせると、硬直も解け再び剣を構える。視界に映るHPバーは、ハルカが軽装であることも相まってか3割ほどが削られていた。こちらに攻撃が当たった事に歓喜しているのか、勝ち鬨のような声を上げたコボルドだったが、その目は油断なくハルカを見ていた。
「さて……」
ここからが問題といえば問題である。無論強引に攻めても倒すことは出来るのだが、それはプレイヤースキルの向上に繋がらない。元々この戦闘は本意ではなかったとしても、常にそう動かないと意味がないと思った。
うまい倒し方を考えながらじりじりと間合いを詰める。右手は油断なく曲刀を握り、左手は後ろ手に腰周辺にある《
「あまり使いたくはないが……」
この動きが最善だろうと断じるとハルカは左手でアイアンカトラスを掴んで一気に引き抜いた。パッと見はさながら『二刀流』といったところだろう。もっとも後から構えた二本目は装備状態にはならず、システムアシストを受けれないので二刀とは程遠いが。ハルカの奇怪な行動に耳触りな声を上げながらコボルド達が警戒を示す。
だが経験上、コボルド達は一定の速度を有した初見の攻撃には対応できない、ということを知っているハルカは焦らなかった。アシストを得られないため、若干重く感じるアイアンカトラスをサイドスローのようなフォームで思いっきり後ろに持っていく。
数瞬後には、ハルカの体は青白いような光に包まれた。システムアシストの光だ。
投剣スキル《ワンハンドスロー》が発動され、アイアンカトラスが強烈な横回転をしながらコボルドに向かって飛んでいく。投げたばかりの剣に追随するようにハルカも走りだす。コボルドたちは目の前に飛来する危険物体への対処をしようとし――間に合わず。首の辺りに深く刺さる形となった剣は残る2体のうち1体をポリゴン化させた。
残る1体も後を追っていたハルカが、投げられた剣に注目していて隙だらけのところに一撃を加える。格好だけはさきほど使ったソードスキル、《ダブル・リッパー》をなぞっていたものの、発動はしていない。ゆえに通常攻撃のため火力不足で倒しきれなかったが、そのまま刃を振るって倒しきる。これはいわばスキルに頼らない連撃だ。
1拍遅れて2体ともがほぼ同時にポリゴン化を始めた。首に刺さっていたアイアンカトラスが どさっ と音を立てて地面に落ちるのを確認すると即座に拾った。そして装備している《アイアンカトラス+5》と一緒に2,3度斬りはらって、剣にこびりついた仮想の血糊を飛ばす。
剣から赤色がほとんどなくなるのを確認すると、ひとつは腰の鞘にもうひとつは抜き身のまま腰にさげた。そこでようやく、さっきまでの戦闘をポカンと眺めていた女性プレイヤーは再起動したのだった。