ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
一旦町に戻って盾を購入。それからしばらく2人はモンスターを狩り続けた。シリカも最初の頃にはあった気負いや緊張もなくなって、楽しそうに無邪気な笑顔を浮かべている。つかず離れずの距離を保ちつつ、二人一組となってモンスターを相手取る。元々一人でも狩れるレベルのモンスターであり、二人で組を作って狩るとなれば作業効率と安全性は格段に上がる。気付けば二人ともレベルが2に上がるまで必要な経験値の半分を越していた。
多くのプレイヤーがいる町の出入り口近くのところまで戻り、座って一息つく。ふと時刻を見れば5時を回ろうかというところだった。
そろそろログアウトすべきか とハルカは逡巡し数瞬の後に答えを出した。シリカにも手順を解りやすく教えられるよう下調べをするべく、右手をサッと横に振ってウインドウを出現させる。確かメニューに一番下にあるとか言っていたような と脳内シミュレーションをしながら、イメージ通りに指先を動かし目当ての項目を触る。
しかしハルカの眼前にはログアウトの文字が現れなかった
「――――!?」
持ち前の冷静さも異常事態の前に崩れかける。何度かウインドウを閉じたり開いたり、違うところを探してみたりもするが状況は一向に変わらない。――どこにもログアウトの文字が見当たらないのだ。
「どうしたのお兄ちゃん?」
突然挙動不審になる始めた兄に気付いたシリカは訝しげに問う。ハルカはシリカを動揺させまいと出来るだけ落ちついた声音をつくって口を開いた。無理矢理笑顔を形作って。
「いや、何でもないよ」
きっと運営のちょっとしたミスだ。すぐに修正が入る。頭ではそう考えていたものの、いやに胸のあたりがざわつくような気がした。ザラついた岩の表面が心を削るように、焦りが加速していく。
シリカはハルカの様子に疑問符を浮かべながらも、きっとなにか考え事でもしているのだろうと楽観的にとらえた。実際ハルカが無言になるのは珍しくないということもある。この時シリカがもっとよくハルカの表情を見ていれば、兄の滅多に浮かばない焦りの色に気付いたかもしれないが、兄に顔を近付けることがやけに恥ずかしく感じる彼女にはちょっと無理な注文だろう。
「シリカ。ちょっといいか」
シリカが 何? と返す暇もなくハルカはシリカの右腕をガシッと掴んだ。突然のことだったので ひやっ と小さな声が上がるがその程度の大きさでは周りの人はおろかハルカでさえ気付きもしなかった。
兄に腕を掴まれた部分に熱があつまるような気がして、気恥ずかしさから眼を逸らす。その間もハルカはシリカの腕を使ってウインドウの何らかを操作しているようだった。
「やっぱりシリカのところにもないか……」
ハルカはシリカに聞こえないくらいの大きさで呟いたつもりだったのだが、さすがに焦ってきたのか音量の調節を間違えたらしく、ばっちりシリカの耳にも届いた。
何のことか聞き返そうとしたシリカではあったが数秒後にはその必要がなくなった。
なぜなら近くにいた一人のプレイヤーが言ったからだ。
「あん? ログアウトボタンがねえぞ?」
一瞬シリカも驚いてそちらを向いた。ハルカはといえばバッと瞬時にそちらを向いており、どことなく顔色が悪いようにも見えた。
「バカなこといってんじゃねえぞ。オレはβ上がりなんだ。ログアウトボタンくらいほらここに……」
それに反論する男の声に安堵しかけたシリカだったが、さきほどのハルカの行動と言葉。引いては今なお張り詰めた雰囲気を崩そうとしない兄に、思わずゴクリと息を呑んだ。
まさか―――
「ねえ! ねえぞ! オレのログアウトボタンもねえ!」
その男のヒステリックめいた叫びに同調して、ははは、まさか と思っていた者達も自分のウインドウを開き確認し始めた。それに少なくない数のプレイヤーが愕然とし、一部が肩を落としながらいった。
「オレ配達頼んでんだよなぁ。これで配達に出られなかったらメシ食うのが遅くなっちまう」
「私もこれから夕飯を作らなきゃいけないのに」
騒ぎはやがて非難めいた色へと変わっていき、運営へと文句を言うような形に変わっていったが、一部にはハルカと同じで嫌な予感を感じ始めている者もいた。
あくまで楽観的な雰囲気を崩そうとはしないプレイヤー達だったが、自分達を光が包むとちょっとは静かになった。
「お。運営が対応してくれんのかね」
「ホント頼むぜ。補償もしてくれんだろうな」
彼らの身体をすっぽりと転移の光が包み、目を開くと彼らの多くが凍りついた。
空は禍々しい赤色へと染まり、予測ではあるが全てのプレイヤーが一ヶ所へと集められていた。それだけではない。空にはマントを着た怪しい人物が浮いていた。
シリカは思わずぐいと傍らにいるハルカの胸元を引っ張った。それを受けたハルカは逆らわずシリカに近付くと彼女を軽く抱きしめた。
「一体何が起こるんだ……」
そう呟いたのは誰だっただろうか。さきほどまで皆がなんとなく感じていた恐怖が大きな塊にでもなったかのように、怯える人々の後を押した。それらは早くここから出せ などといった叫びに変わり、マント姿の者へと叩きつけられた。
『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』
マント姿の――おそらく男――が喋ったことを皮切りに辺りはしんと静まった。皆が次の言葉を待って――あるいはさきほどの言葉の意味を考えながら黙っている。
『私は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
それから茅場晶彦と名乗ったマント姿の男は次々と説明していった。まずはこのゲームを自発的にログアウトできる手段は、塔の頂上までクリアすること以外に存在しないこと。そしてもし外部からの接触でナーヴギアの解除と停止が試みられた場合――
死を迎えること
ざわざわと辺りが喧騒に包まれていき、シリカは眼を強く閉じながら兄の服を掴む手によりいっそう力を込めた。兄は無言でそれに応えるように、シリカの小さな手を握り返すとナーヴギア本体についての思考を始めた。それはつまり――茅場の言うことが本当かどうか。ナーヴギアが取り外された場合、高出力のパルスが脳を焼き切るなどといっていたがそれが本当に可能なのか。そう考えてハルカはすぐに内部バッテリーのことに思いあたり表情を曇らせた。
その間にも茅場という男の説明は進んでいく。すでに二百人ほどのプレイヤーが死亡していること。そして、もしプレイヤーの擬似的な仮想体力であるヒットポイント尽きた場合――
それもまた現実のプレイヤーが死を迎えること
それを伝えると茅場はもう一度念を押すように言った。
『諸君らがこのゲームから解放される条件はたったひとつ。先に述べた通りアインクラッド最上部、第百層まで辿り着きそこで待つ最終ボスを倒してくれればよい』
そこかしこから無理だ という声が上がる。それらの声を拾っていくにはこの正式サービスが始まる前――つまり二ヶ月間あったベータテストでもほとんど攻略は進まなかったという。
ハルカは天を仰いだ。視界に広がる赤黒い空を見つめ、決意を固める。すなわち――クリアのために動くという決意を。死ぬのはもちろん怖くないわけがないし、茅場という男の言葉を荒唐無稽なホラ話と断じてもいなかった。しかしやらなければいけないことがある――
現実感は湧かないが彼の言うことが真実なのだろうということはこれだけ大々的なことをしでかしているというのに、外部からのアクションが起こらないことからもわかる。いや、一部の人間はそのアクションのせいで死んだという言葉を受けたばかりではあったが。
『私からのプレゼントが――』
なおも茅場の説明は続き、聞き流していた形となっていたハルカではあったが、ウインドウを操作する妹を見て真似をしてウインドウを開く。そのプレゼント欄に新着の表示が点灯していた。
それを操作するとアイテム名『手鏡』というアイテムが目の前に出現した。
「?」
疑問符を浮かべながらそのガラスの中を覗き込む。相変わらず映っているのは自分の顔だ。そう思った直後そこかしこで光が上がり、同様にハルカたちのところからも発光現象が起きた。
「ッ―――」
脳に直接伝えられた情報であるため意味はないのだが、咄嗟に腕で目のあたりを覆う。しかし当然無意味でハルカは眼を閉じることを余儀なくされた。次に眼を開いた時には――
見た目的には何も変わっていなかった。訝しげな表情を作りかける。そしてハルカ自身の変化はなかったが胸に抱きとめるシリカの身長が変化していることに気付いた。――具体的にいえば15mmほど縮んでいる。そして辺りのプレイヤー達の容姿の変化。周囲からあがる叫び声を加味してから、ハルカはこのアイテムは現実の己の姿をアバターに投影するものだとあたりをつけた。
『――健闘を祈る』
長々とした茅場の説明が終わり、マント姿の男は崩れ去った。それと共に赤黒い空はひびわれたように亀裂が走り、砕け散るようにして元の空の色へと戻った。
恐怖を煽る空の色は水色の明るいものに戻りはしたが、すでにそんなことに意味はない。聞こえてくる怒号、絶叫。それら全てに耳をふさぐ。シリカはそれらに怯えたようにびくびくとし始めた。ハルカはそれを見て目を痛々しく細めるとシリカを抱いたままこの場から離れた。