ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
シリカは騒がしいプレイヤー達とも離れ、静かな宿の部屋内にきたことから幾分か落ちついていた。それでも異常なほどの速さで落ちつきを取り戻したハルカに比べると、まだまだ冷静とはいえない。
不意にハルカの耳に小さな――しかし辺りが無音であるためはっきりと届く声が響いた。
「お兄ちゃん……。大丈夫だよね? きっと誰かがすぐに助けてくれるよね?」
シリカの縋るような声色にハルカは声をつまらせた。無理もない。彼女は本来であればまだ小学生。それに日頃よくその落ちつき具合から、実年齢より年上に見られる兄と付き合っているのだ。兄を頼っている部分も大きくその兄が顔を曇らせている以上、一般的な子どものようにこれを何かの遊びだと勘違いすることはできなかった。
「ああ……」
ハルカは微かに顔に浮かぶ沈んだ面持ちのまま蚊の鳴くような声でそう返した。ナ―ヴギアの感情表現は微細なところは表現しきれないため、表情については雰囲気による想像もついてはいるが。正直こんな状態の妹をこれ以上見ていたくなかったし、悪化させたくもなかった。
嘘も方便。そんな言葉がハルカの頭をよぎり、数瞬後にそれでいいのか? という心の声が聞こえる。ハルカはこのゲームをクリアすること――自分一人で攻略できるなどとは自惚れてはいないから正確にはクリアに貢献することだが――を決めたのだ。安易に大丈夫、助かる などと返せば自分がゲームをクリアするために行動することは難しくなる。
そう考えるとハルカは、あまり表情の色が見えない顔を引き締めて、ひとつ深呼吸を入れた。まるで自分に言い聞かせるように深く、これからの展開を予想しそれに耐えるように悲痛に。
「……いや。……おれ達はまず助けられることはないと思う」
「…………え?」
呆けたようなシリカの声。それが耳を通り抜けるとハルカは表情を崩しそうになったが懸命に耐えた。
「考えてもみるんだ。シリカ。さっきのマントの男……茅場の言っていることが本当だとすればすでに2000人もの人たちが物理的なログアウトに挑戦している。そしてその後……」
その先を再度シリカに聞かせるのはあまりにも忍びなく、ハルカは一旦そこで言葉を切った。シリカの表情は未だ変わらない。
「もしログアウトに成功しているなら、おれ達は順次ログアウトされていくだろう。けど思い出して欲しいのが、茅場のいたあの場でひとりとしておれ達の目の前で消えた者がいたか?」
少し考えるようにしてからシリカはふるふると首を左右に振った。ハルカはそれに頷いて肯定の意を示すと続けて口を開く。
「そう。少なくともおれ達の周りにはいなかった。なら、それはきっとログアウトできないという証拠になり得る。もしこの推測が間違っているとしても、悪い状況を想定して動くのは悪いことじゃない」
言いようのない胸騒ぎがしたことも根拠にはある。しかしそんな非科学的……感じた本人の根拠にはなれども、他の人を納得させる証拠にはなりえないものでは何の意味もありはしない。
ハルカがそこまで言い切ると、みるみるうちにシリカの表情がある色に染まっていく。――悲しみと絶望に。
ハルカは歯噛みした。こんなシリカを救えない自分が情けなく……次いでこんな状態にした茅場が憎く――
落ちつけ。感情を身を任せてもこの場合にメリットはない と自分に言い聞かせ、強引に思考を止めると先ほどと同じ平坦な口調で言う。
「おれはこのゲームをクリアするために動く」
「え……」
「だからシリカはここで待っててくれ」
そう言い終えるとハルカは扉を開けて部屋から出た。これ以上暗く沈んだシリカの顔を見ていたくなかった。そんな精神が生んだ逃げのひとつだった。
そのせいで気持ち足早になってそこから立ち去ったハルカには、その背に向けて伸ばされた手とその子の顔に映る泣きそうな表情に気がつくことができなかった――
ハルカは外まで出るとまず自分の所持金を確認した。実は自分が動き妹を残しておく案はとっくに考え付いていたため、その準備はしてあった。
つまりどういうことかというと、ハルカが狩りで得たコルは必要最低限と思われる量を残してほぼ全額シリカに渡されていた。
表示されたあまりにも心もとない数字に、一瞬苦々しい顔を作りかけるがこれも妹のためと思い直すと即座に立ち直った。むしろこれだけあれば充分と考えることにしたのだ。――実際はこの程度で買える商品などダガーくらいのもので、新たな武器すら買えない程度だが――
「まずはフィールドに出てレベル上げか……」
とりあえず当面の方針を決めた。デスゲームと化したからといってあまりにも強烈な痛みが存在するわけではない。ならば恐怖はそれほど湧かず再びモンスターと戦うことを決めるのもそう難しくはなかった。しかし痛みがないことがある意味現実感をなくならせ死亡原因ともなるのだから、いいこととは一概には言えないが。
今はまだ混乱のまっただなかでフィールドに狩りにいこうなどというものはそうそう見当たらない。故にそれほど混雑していない道を悠々と走り抜け、フィールドに続く道に来たところで人影がふたつ見えた。
隠れる必要は全くないはずなのだが、無意識的にどこか隠れる場所を探す。すでに町はほぼ抜けてしまっているため障害物はそれほどなかったが、なんとか見つけるとその影に隠れて耳をすませた。
「――俺は次の村に向かう」
「…………?」
聞こえてきた言葉にハルカは咄嗟には反応できなかった。理解できる範囲を超えていたというのが正しい表現だろうか。
(次の村……?)
そう疑問を募らせながらプレイヤーが続きを言うのを待った。次の村という意味深な情報を無視するなどというもったいないことをするつもりはなかった。
「――この《はじまりの街》周辺のフィールドはすぐに、すぐに狩り尽くされて枯渇するだろう。モンスターの再湧出をひたすら探しまわるはめになる。今のうちに次の村を拠点にした方がいい。俺は、道も危険なポイントも全部知ってるから、レベル1の今でも安全に辿り着ける」
「なに……!?」
思わずハルカの口からは愕然とした声音の呟きが洩れた。無理もない。始めたばかりである状態のはずと想像していたのに予想外の情報だ。幸いその呟きは彼らの届くことはなかったようで、何の反応もなかった。
(道も危険なポイントも知ってる……なら、あいつはベータ上がりなのか? だが一緒にいる男からするとあいつはベータ上がりのようには見えない……。知り合いってあたりか)
ハルカはそうあたりをつけると思案しはじめた。それはすなわち彼らのあとをつけるかどうか、ということだ。つけた場合のメリットは今の段階ではそう枯渇しそうにない狩り場を得られること。それはクリアを目指すハルカにとってかなり大きなものだった。
そしてデメリット。もしあのプレイヤーの知るベータの情報と現在とが食い違っていたとしたら。待っているのは死かもしれない。
「………………」
じっくり考える暇が欲しいところだったが、どうやら彼らの話はもう終わったようだ。バンダナをつけた男の方はその誘いを断るようで、ハルカにとってはにわかに信じがたい状況ではあったがこの場で即決しなければならなくなった。
「……どうせ、どうせこれから命のやりとりをするんだ。それが今になるか後になるかの違いだ……。それならメリットがある方を選んだ方が……」
ハルカは決意を固めるとすでに大分距離があいてしまったベータ上がりらしきプレイヤーを追いかけた。
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