ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
走って追いかけることしばらく。ハルカはようやく彼……彼女? の後ろ姿が容易に捉えられる位置まで距離をつめた。そこでハルカは遅まきながらもそのプレイヤーの外見的特徴を覚えておくことにした。これを記憶に叩き込んでおかなければもし見失った時、違うプレイヤーについていくことになってしまったら困るからだ。
しかし今はゲームも始まったばかりで装備による差異はほとんどない。故にその判断基準が顔や背格好に向かってしまうのは仕方がないことだった。
身体はほっそり――というほどでもないが過剰な筋肉がついていたりはせず、しかも肉付きが良いほうではなく、背格好ではどうにも性別の判断はできそうになかった。となればあとは髪や顔になるわけだが、顔を見るためには相手の前面に入ることが必須である。今までこっそりつけてきていた関係上、突然目の前まで出て行って不躾に顔を眺めるのは非マナーであることこのうえないし、後ろめたさも相まって到底やろうとは思えなかった。
髪の毛は大分短くまとめてあり一見男性を思わせたが、毛の質は悪くなくすらりとしており、リアルで見てきた男友達の雑な感じを見ているだけにやはり判断がつかない。
ハルカは苦々しい顔を作った。とりあえずここまでで大きな特徴になるような点は見あたらなかったからだ。強いて言うならばあまり男っぽくもないが女っぽいともいえない中性的なところ……だろうか。こう思うと案外すんなりと頭に入ってきた。自分と似たような状態にあるということに気がついたからかもしれない。
――気付けば軽いダンジョンの入り口のような……簡単に説明するなら森の入口のようなところへやってきていた。ハルカがそれに気づく頃には前の彼――うまい呼び名を作りたいのだが、いかんせん特徴がないため作れなかった――が前傾姿勢をとっていた。
「っ、まずい」
それを見るなりハルカもダッシュできるように姿勢をつくった。それから1秒もしないうちに前の奴はスタートを切った。当然未だレベル1や2くらいであろう現状では、敏捷力や筋力はあがっておらずその速度は大したものではなかった……が。
追う側であるハルカの方も速いわけではない。多少現実の能力は反映されるのかもしれないが、結局のところゲームであるこの世界ではパラメータが全てといってもいい。故に現段階では理論上同じ速度のはず。さらにこちらはここら一帯の地理には詳しくない。果たして付かず離れずの距離を保ちながら追いかけることなどできるのだろうか。
速く動け速く動け と自分の頭に念じながら姿勢を整える。姿勢を作り終えるとすでに走っていったプレイヤーを追い越すくらいの速度で彼は飛び出した。
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結果としてみれば、ハルカの心配は全くの杞憂だった。どうも彼はこの森を抜けるのに慎重に行動しているようで、大したスピードはだしていなかったのだ。とはいっても追うハルカに余裕があるわけではない。彼のとった行動やルートを逐一頭に入れ、出来る限りそれをなぞる。何の休憩も入らない、かつなんの面白みもなく地味なこの作業に、さすがのハルカも必要とされる集中力のためか現実時間より体感時間が大幅に長く感じ、疲労を蓄積させていく。
「くそ……っ」
口からそんな悪態が洩れた。小さな呟きであったのと、木の葉を掻き分ける音が一緒だということもあり、先行している彼が気に留める様子はなかった。
ハルカの方はもうそんなことすら気付かず、一心不乱に機械のように頭を極限まで効率よく活動させる。
意識をそちらに割いていた状況下では気付いたのは偶然だったのだが――
――不意に。視界の片隅にポリゴンが構成される光が見えた。
「――――っ」
思いがけないイレギュラーに息を詰まらせる。出現した位置は、こちらから視認できるということからもわかる通り、とてもではないが良いとはいえなかった。ハルカは概算ではあるが、敵である蜂のようなモンスターと自分及び前のプレイヤーとの距離を計った。その結果、比率は5:5といったところで敵がこちらを発見したとして、どちらに向かうかがわからない。判断に困り前を見ると、前のプレイヤーは進むことを強く考えているのか、あるいは無視しているのかはわからないがずんずんと進んでいた。
そんなこともあってハルカもこの敵の索敵範囲はこちらまで届いていない、と半ば願望のような推測を立てて一気に進むことにした。はたしてふたりは見つかることなく危機から遠ざかることができたのだった。
(……困った)
終わりが見えないこの作業に、限界を感じ始めてきていたハルカは心で後ろ向きな発言をこぼした。だからといって状況が好転するわけでもなく、必死になることを強いられる。
せめて終わりさえ見えてくれれば、安心くらいはできるのに――そんな弱気な自分を叱咤し、周りに目を向けると違和感を覚えた。
(……さっきより葉の密集具合が薄い?)
見た感じではさきほど敵モンスターとあったところと比べて、葉が少なくなっているような気がした。これは何を示すのか。簡単だ。森の終わりが近づいている。
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それから数分後彼らは森を抜けた。じめじめと鬱屈するような空間を抜け、ハルカは身体を伸ばす。見ればすでに視認できるくらいの位置に村があった。
先に抜けたはずの彼はといえば、村にある施設に色々と立ち寄ってウインドウを操作している。それが終わるとある民家に入ろうとしていた。
「……? 何らかのイベント……もしくは仮の宿屋として機能するのか?」
声を聞かれる可能性が格段に低くなって今ようやく、久しぶりに通常の大きさの声を出したような気がした。
ハルカは手を顎に当てながら思案した。
(もしこの民家でイベントがあるとするなら、彼が出た後くらいに入るのがいいのか。もし仮宿とするなら、待ちぼうけになって時間を無駄にした挙句――)
そこでざっと村の中を見回した。ちらほらと出歩く村民が見える。村の大きさはそれほど大きくはなく、武器屋はあるが街と比べると規模が小さく、武器屋と自信を持って言えるかどうかもあやしいところだ。なら宿屋も――
(もしかするとない……かもしれないな。ここが仮拠点になる可能性がある以上、宿になるようなところがないということはないだろう。しかし、その場所を何らかのイベントで確保しなければならないとしたら? そしてその受注方法が特殊……あるいは数が少なければ?)
そこまで考えてハルカは頭を振った。どうみても考えすぎだ。そう自分に言い聞かせて。こういった場合は、勇気を持って動いた方が良い方向に転ぶことが多い。そう決めるとハルカは戸を開いた。
ハルカの視界に入ったのはびっくりしたような顔をして椅子に腰かけるプレイヤーと、いかにもおかみさんといった風情の年配の女性だった。こうして正面に捉えるとよくわかる。このプレイヤーは男だと。この男の顔の特徴を覚えつつ、脳に余ったリソースでおまけのような思考。この男の性別判断は一般には少しだけ難しいものであるかもしれないが、一回勘違いしてしまった経験からそういう方面でちょっと勉強をしたハルカにとっては造作もないことだった。
そんなどうでもいいことを考えていると、年配の女性から声をかけられた。水くらいしか出せませんが、どうでしょうか。といった感じの。そう言われて初めて、空腹や喉の渇きを意識した。喉の渇きは今まで緊張していたせいもあり、大分強かった。ハルカにとってはその申し出はありがたく間髪いれず、お願いしますと頼んだ。
一連のやりとりを呆然とした表情で見送っていたこの剣士は、落ち込んだ表情ではないが喜んでいるようにも見えない微妙な表情を作ると、
「アンタもベータ上がりか」
とハルカに声をかけた。ハルカは否定すべきかと一瞬迷い、その発言に説得力はなさそうという結論にたどり着いた。尾行していたことなど一から説明すれば、説得力を持たせることは可能だろうが、そこまでするメリットが何もないし相手を不快にさせるかもしれないデメリットだけが目立った。
「…………」
かといって堂々と そうだ などと返せるはずもなく無言を貫く。返事をしようとしないハルカに男は少しだけ不満気な表情をつくったが、何を考えたのか一瞬で沈痛な面持ちになると重々しく口を開いた。
「余計なことを聞いて悪かった」
「……ちょっと待ってくれないか」
そういって踵を返そうとした男をハルカは呼びとめた。彼の視界にはクエスト受注マークがあり、それを協力してできないかという判断に至ったのだ。
「……このクエスト、協力してやらないか?」
ぴくりと男の眉が動き、次いで疑問符を顔に浮かべた。
「アンタも知っているとは思うが、このクエは一人用だぞ。それをどうやって協力すると……」
「まずおれがキミを手伝おう。それで目標を達成できたのなら、次にキミにこちらを手伝ってもらいたい」
年配の女性が娘の容態について話すのを頭の片隅で聞き流しながら、ハルカは目の前の剣士に注意をむける。話を聞く態度としていただけないことこの上ないが、しっかりと内容は把握できる程度には意識を傾けてはいるし、現在の重要度では断然こちらの方が上だった。
少しばかり下を向いて考えるような仕草をしていた男性プレイヤーは、意を決したように顔を上げて口を開いた。
「……悪いが出会ったばかりのプレイヤーをおいそれと信用するわけにはいかない。仮に二人で狩りをしたとして、アンタがドロップした目的のアイテムを俺に渡すという確証も信頼関係もない。簡単に信用して裏切られるのは……」
そこで一旦言葉を区切り苦々しい顔を作ると、かぶりを振って再び口を開く。
「……だが、一緒に狩りをするというのは別に構わない。確率ブーストも狙えるし互いに悪いことはないはずだ。お互いの妥協点としてこれがベストだと思う」
ハルカは確率ブーストという聞き覚えのない単語はとりあえずスルーして(ある程度字面から推測できるので)、了承の意を返した。ハルカの返事を見ると、男は少しだけ ほっとしたような表情をした。しかしそれも束の間、すぐに表情を正すと
「……互いにアンタやお前じゃ呼びづらいだろうから、とりあえず名前を教えておこう。俺は『キリト』だ」
言って男――キリトは手を差し伸べてきた。それを握りながらこちらも口を開く。
「よろしく。おれは『ハルカ』だ」
ここにベータテスターとそれを追いかけ、ベータテスターと勘違いされた一般プレイヤーの奇妙な同盟が成立した。それを無言で見ていたおかみさんに気付くと。
――NPCであるとはいえ、昔のように単純な思考ルーチンしかもっていないというわけではない、この年配の女性を、科学が進化した今でも少々判断が難しい状況に置いてしまったのは、ちょっとやってしまったかな とお互いに苦笑いで笑いかけた。