ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
『キリト』と名乗った男と出かけたハルカはとりあえずクエストの確認を行った。しかし、表示されるのはクエスト達成に必要なアイテムのみでこれをこなすことで得られる報酬については、一切の記述がなかった。ハルカはこのクエストの報酬が何なのかわからず、聞いてしまいたい衝動が湧いてくるが、実際にそんなことをするわけにはいかない。相手がベータテスターでありこちらもそれだと勘違いしている以上、ここで報酬を聞くというのは、自ら本当はそうではないことをバラしているようなものだからだ。
もっとも、ただ単に忘れてしまったという言い訳を使えばいいだけかもしれないが、なんとなくこれ以上この男を騙すような形になるのはなんとなく憚られた。今更そんな思いを抱いてどうするという感情が鎌首をもたげる。それを無視するように意識しながらハルカはキリトへと視線をやった。
淀みない足取りで今回のクエストの採取場所であろう森へと向かっていく。それを追いかける自分に、どうにも本物と偽物の違いを感じさせられる。後ろ向きな思考に入りかけたのを、キリトが立ち止まったことで中断すると、声をかける。
「どうした?」
ハルカの疑問の声に、キリトは怪訝そうな顔を向けつつ口を開いた。
「どうしたって……すでに俺達はここのモンスター――《リトルネペント》が
困ったような表情を作りながら言葉を連ねていくキリトに、いや、そうじゃなくて と身ぶりを加えながら説明しようとする――フリをする。
現実としては、この行動はハルカのごまかしにすぎない。後から理由を考えてつけるつもりで咄嗟に動いただけだった。
「おれたちはパーティーを組むわけじゃない。それであってるよな?」
確認を求めるハルカの言葉に、どことなく神妙な顔つきになりながらキリトは頷いた。それを見てもう一度口を開く。
「それでなんだが、一体おれ達はどれだけの距離なら確率ブーストがかかるんだ? 例えばおれとキリトが互いに視認やスキルでの探知もできない距離をとっていたとする。それはまずいのか?」
キリトはきょとんとして、次いで顔を軽く掻きながら答えた。
「いやあ、確率ブーストってのは狩り場単位でかかるんじゃないかな……。ここで言うなら《リトルネペント》が出る辺り一帯なら全部……ってとこだと思う。ベータと変わっているならわからんが、多分ここは変えるようなところでもないはず」
最初は自信ありげに答えたキリトだったが、同じベータテスターだと思っているハルカがわざわざそんな質問を出してきたことに、不安になったためか徐々に声は尻すぼみになってきていた。
「そうか。それなら安心だ。ところでだが――おれとキリトは別行動するのか? それとも一緒に行動してリスク回避か?」
おそらく別行動だろうなぁと思いながらハルカはそう聞いた。パーティーとして組まない以上わざわざ共に行動することもないのではないかと思ったからだ。だから、キリトの返答を聞いた時には理解するのに少々時間を要した。
「――できれば俺は一緒に行動したい。確かにリスク回避ってのもあるが、なにより今の俺達のレベルじゃ《リトルネペント》とは1対1で戦うのが精一杯だろう。なら、当然孤立しているネペントを探さなきゃならないんだが……2人で行動しているなら話は別だ。お互いが受け持つ形で1対1を2組で行えばいいんだからな。索敵時間も格段に減るはずだ。……ハルカはどう思う?」
ここまでを一気に言いきったキリトは、一呼吸置いてからハルカに尋ねた。自分では最善の策だと思っているが、やはり否定されるかもしれないと思うと不安なものである。
しかしその心配は杞憂だったようで、ハルカはゆっくりと頷いた。
「それでいこう。そういえばキリトはスキルは何を取っている?」
何気なく聞いたハルカにキリトは口を開きかけたが、すぐに思い直した。
(俺はこれからソロでいくつもりで索敵を取った。それを見知らぬ相手に簡単に教えていいものなのだろうか)
そう考えて返事はできないとキリトは結論を出した。
「いや、悪いがそれは教えられないな」
「まあ、それはそうだ。――ところで《投剣》スキルってのはどんなのか知ってるか? おれは使ったことがないから……」
キリトの返答にがっかりした様子もなく、ハルカはキリトに新たな疑問をぶつけた。できるだけ不自然にならない質問の仕方を心がけたかいあってか、ハルカが質問をすることにキリトは何の疑問もいだかなかったようだった。
「読んで字の如く……ってところか。基本的にはダガーやピックといった投擲専用の短剣を投げるスキルだと思ってくれていい。けど、厳密には投剣スキルを発動するのになにかしらの《剣》を投げる必要はない。まあ、何が言いたいかというとだな……投剣スキルというより投擲スキルだと思えってことだ」
丁寧な説明を返してきたキリトに、ハルカは心の中で深く感謝しつつ自分のスキルスロットに投剣スキルを選んだ。今特別必要だったという理由があるわけではないが……
「つまりはこういうことか」
そう呟きながらハルカは小石を拾うと溜めをつくった。彼の身体をスキル使用時に出る光が覆うと数瞬の後には、ハルカの右手から小石が適当に投げるだけでは到底出せないような速度で放たれた。
それはキリトの顔面から数センチあたりを掠め……
「――ッ!」
突然の裏切りとも言える行動にキリトはかなり焦りを感じていた。どういうわけかすでにハルカというプレイヤーは、不思議と彼の土俵の内側に入り込んできていて警戒心が薄れていた。その事実に気付いて軽く舌打ちをするとハルカに向かって背中から剣を引き抜く。
「…………?」
対するハルカはキリトを見ていなかった。キリトの方向を向いてはいるのだが正確には見ているものが違う――といったところだろうか。そこまで考えが至るとキリトは自分の思い違いに気がついた。気恥ずかしさも相まって慌て気味に後ろを振り向くと《リトルネペント》が2体こちらに近付いてきていた。
「喋りすぎたな」
自分らしくもないと思いながらキリトはそうひとりごちると、勘違いが申し訳なく剣の切っ先をネペント達に向けてハルカよりも一足先に動くのだった。
・・・・・・・・・・・・
ハルカは先ほど手に入れたばかりの《投剣》スキルで、攻撃して半ば連れてきた2体のネペントの内の1体にちょっかいを出しつつ、もう1体に対するキリトの対応を見ていた。
キリトは茎を執拗に狙い、ネペントにある程度の隙ができるやいなや即座にソードスキルを叩き込んでいた。
それを見て ああいった風に対処すればいいのか と納得しつつキリトのソードスキルに違和感を感じた。心なしか自分より速いのだ。
「……あとでまた聞けばいいか」
質問しすぎてそろそろバレるかもしれないとは思っているが、それならそうで開き直ってしまおうと思い始めていた。もっとも、そうした場合彼からの信用を失ってしまうことはほぼ間違いないが、これからずっとパーティーを組むわけでもないのだし とどこか乾いた思想を持ち始めていた。
ハルカもキリトの例にならって、ネペントに近付いて隙を見計らう。先ほどのキリトの戦闘を見ていたので、キリトに比べると拙くはあるがなんとなく敵の動きもよめる。右のツルを避け、続けて突き込まれる左のツルも避ける。
ツルは視覚可能な部位であるため予備動作を察するのは簡単だったが――
どうにも粘液を発射するタイミングが掴めない。キリトの戦いでは自分の見える範囲ではどこか変わったりはしていないように見受けられた。
かといって相手の攻撃を受けるのも危ないので両方のツルをかわしたところで、強引にソードスキルを始動させ茎に向かって振り抜く。
汎用水平斬撃《ホリゾンタル》は的確にネペントの弱点であろう茎の部分を捉えたが、HPを削りきるまでは至らなかった。《投剣》スキルで投げられた石によるダメージも加味したうえだが、倒すにはあと1割ほど足りなかった。
ソードスキル終了による、若干の硬直時間が課される。無論弱点に攻撃したことによるネペントの怯みもあるが、こちらの硬直に比べると復帰が少しだけ早かった。――これは錯覚だろうが――ネペントは怒りに似た咆哮を上げ、口のような部位のあるウツボに似た部分を膨らませる――これが粘着液の予備動作ということなのだろう。理解したにはしたが、万全の態勢でもない今避けられる気はしない。
受ける覚悟を固めたハルカの目の前を銀の煌きが瞬いた。一瞬の間を置くとネペントの茎とウツボのような部分が切り離され、ボトンと地に落ちた。
それを行った彼――キリトは若干呆れたようになりながらこちらに喋りかけた。
「危なっかしい戦い方だな。それに……」
キリトは目線をハルカの持つ剣に動かした。そしてその目でそれを捉えると、瞳の奥に映る色を訝しげなものへと変えた。
「ハルカ。さしでがましいことかもしれんが、どうして曲剣なのにこのクエストを受けるんだ? 曲剣を持っているってことはスキルはそれ用のものだろう。このクエで手に入る剣は《アニールブレード》、片手用直剣なんだが」
思いがけず報酬を知れたことに喜ぶハルカだったが、呆然としてはいられない。ここで返答につまるようではバレてしまうのは必至だ。先ほどバレたらバレたでその時は、と言ったばかりではあるがあくまでそちらは、こちらが最善を尽くしてなお知られてしまった場合であり、避けられることが可能なのにしないのとは意味が違う。
うまい言い訳を考えながら、気が進まないせいで重たい口を開く。
「確かにおれは曲剣スキルを選択した」
「ならなぜ……」
疑問を挟もうとしたキリトを遮って続きをつむぐ。
「《アニールブレード》をもっていて困るようなことはあるか? 別にないだろう。元々ここには経験値稼ぎ……つまりレベル上げのつもりできていたようなものだったんだ。あくまでこのクエの報酬はオマケだ。それに曲剣用のスキルは使えなくても汎用の……例えばさっき使ったような《ホリゾンタル》辺りは使えるし、使わないなら売ればいい。総じてデメリットがないからな」
ハルカが一気に喋りきった内容を、反芻するようにキリトはまだ納得がいかず考え込むような仕草をしていたが、それもほんの数秒のことですぐに気を取り直すように軽く頭を振ると、
「確かにな。このクエを受けること自体になんらデメリットはない。だが……」
そこで一旦区切り、悪戯っ子のようなにやりとした笑みを口元に浮かべつつキリトは言った。
「クエの達成のためにネペントに攻撃受けるようじゃ、デメリットがないとはいいきれないかもな」
その発言に含まれた少しだけ小馬鹿にするようなニュアンスにハルカは気付いたが、全くもってその通りであるため、何も言い返せずにただ憮然とした面持ちをキリトに向けるだけだった。
「……長話はここまでにして、狩りに没頭しよう。会話しすぎて随分時間を無駄にした」
「そうだな。あ、その前にひとつ聞いていいか」
折角狩りに向けたモチベーションを、すぐさまハルカに崩され思わずこけそうになるキリト。その不満を隠そうともせずハルカの方を向くと続きを促す。
「おれのスキルよりキリトのスキルの方が攻撃速度が速くて力強いように見えるんだが、気のせいか?」
「ああ、それは自分で補正かけてるからな。踏み込む足に力を入れたり、システムで動かされる体の動きに逆らわないよう、意識して自分で加速させる感じだ。ある意味システム外スキルのひとつで、俺の知りうる限りではわりとメジャーなものだと思う」
「なるほど……」
頷くハルカにキリトは考える。
(戦闘系に関するシステムや色々を知らないところからすると、ベータでは鍛冶職人だったのか? ベータ時代で見た限りではハルカなんて名前は見あたらなかったが……。まあ、オープンで名前変えてる可能性もある以上考えたって仕方ないか)
そこで思考を打ち切ってキリトはしらずしらず下向きになっていた視線を戻した。見れば丁度よく2体のネペントが視界に入り、それに向かって駆けだす。
ハルカも唐突に走り出したキリトを遅れながらも追いかけ、その先にいるネペントに気付くと意識を切り替えた。