ソードアート・オンライン -シスコン投剣使い-(仮称) 作:石っこ
彼らがネペント狩りを始めて、すでに狩られたネペントの数は数十体に達しようとしていた。
「これで10匹目……っ」
キリトが数を言いながらネペントの弱点を突く。積み重ねられた経験のおかげか、絶妙なダメージ計算でぎりぎり削りきれるくらいのダメージを与えると、ネペントを形作るポリゴンが淡い光を放って四散した。
不意にキリトの頭の中にファンファーレのような音が鳴り響くと、金色の光が彼を覆った。ハルカは一瞬なにが起きたのかと目を細めてキリトの方を見たが、先ほど見たばかりの光景に安堵の息をついた。なんのことはない。ただレベルアップしただけだ。
「おめでとう」
口から紡がれた言葉ほどには祝福する感情がこもっていない感じの声。キリトも、言葉の意味と裏腹な、声にこもった感情の無さの差異になんともいえない表情をつくったものの素直に礼を言う。
「ああ、ありがとう」
早速ウインドウを開いてパラメータに振り分けることを考えるキリト。とりあえずこれでいいかと思ったようにポイントを振り分け終わったあとで、ちょっとしたことに気付いた。
「そういえばハルカはまだレベルアップしないのか? 俺と同じくらい狩っているだろ?」
「ん? ああ……」
キリトの質問に彼にしては珍しく言葉を濁した。どういったらいいのか困ったような表情をつくって口を開きかけては
「あとどれくらいでレベルアップするんだ? なんならそこまでやってから少し休憩にしようかと思うんだが」
まあ、休憩といっても最初の遅れを取り戻す関係上ほんの少しだけどな と軽く自嘲気味に呟いたキリトに、ハルカはなおもはっきりとした返答をしようとはしなかった。その煮え切らない態度に不満を覚え始めたキリトだったが、ハルカも、あるいはキリトよりも早く彼自身の不満気な態度に気付いたようで、口を開く決心を固めた。
「いや、おれはとっくにレベルアップしてたからさ……」
少しだけどもりながら言ったハルカにキリトはきょとんとした顔を向けた。
「冗談だろ? レベルアップのエフェクトは大袈裟……ってほどじゃあないが、気付かないほどにはしょぼい演出でもないはずだ。それに俺とハルカの狩った数は変わらないくらいだし……」
そこまで言ったキリトは少しだけ黙った。ハルカが途中でレベルアップしていたのを証明できるもの、それとなぜ自分より速いのかに理由はないかと記憶を探っていたからだ。
少しの間をおいて思い当たるところがあったことに気付いた。
(ああ、クラインにレクチャーしてた時間か……。あの時はそちらばかりに気をとられてて自分の狩りはほとんどしなかったからな。それなら差がついてもおかしくないか)
とりあえずハルカの方が早く済むであろう理由を見つけて落ちついたキリトではあったが、まだいつレベルアップしたのか証明できてないことに気付いた。まさかこのゲームがデスゲームになる前に上がった――などということはあるまいと思いつつ、尋ねる。
「いつの間に上がった?」
「6匹目を狩ったあたりか。証明はできないが多分その辺りだ。おれが上がったのに気付かなかった理由だが……」
キリトは熱心にハルカが次の句をつむぐのを待っている。それを見るとハルカの心に悪戯心が芽生え、ちょっぴり焦らす意味も込めて何の理由もなく視線をさまよわせたりする。
キリトは?マークを顔に浮かべたがすぐにハルカの意図に気づくと軽く睨んできた。
「いや、すまん。キリトが気付かなかった理由はただ単にその時おれとキリトが離れてたからというのと、キリトが戦闘に入り込んでたからだと思う」
自分が戦闘に入り込むという癖のようなものがあるのを自覚しているキリトは得心がいったように手を打った。そして目の前の男の異常性を確認した。――キリトが戦闘に入るこむ癖があるというのは、要は死なない為であるといえる。デスゲームに変わったという感覚は非常に薄いものの、死にたくはない。故に目の前の戦闘に必死になっているだけだ。それに比べほとんど常に落ちつき払った態度を崩さないこの少年はおかしい。ともすればプレイヤーではなく仕掛け人だと疑ってしまうくらいに――
そんな憶測を立て始めたところでそれはないと自らの思考を否定する。ハルカはキリトでも知っているようなことをわざわざ多数尋ねてきたし、ネペントの初めの戦闘で危なっかしい戦闘もした。もし運営側の人間であるならば危険を犯し、正体がバレる可能性も高めるのは変だ。しかし、それでも用心するに越したことはないとキリトは目の前のプレイヤーに対する警戒を強めた。
「ま、そんなわけでおれもレベルアップは済んでいるし、軽く休憩といこうじゃないかキリト君」
飄々とした態度で話しかけてきたハルカに、警戒を強めたばかりで予想外の発言にあっけらかんとしかけたキリトだったが、速やかに冷静さを取り戻すと首を振った。
「いや。また長話しすぎた。充分休憩にもなったし狩りに戻ろう」
毅然とそういったキリトは、当然ハルカからの反発を覚悟していたのだが――不思議とそんなことはなく逆に拍子抜けしてしまった。ハルカも休んでばかりはいられないという焦りの気持ちはあったのだ。それは珪子のためであり、同時に彼のためでもある。
ふたりが再び索敵に入ろうとしたところで、キリトの《索敵》スキルが何かを探知した。視界に表示されているのはプレイヤーを示すタグ。怪訝そうな顔をしてこちらを見つめてくるハルカに、キリト自身もどういった対応を取るのか迷いつつ少し待てという意味のジェスチャーを送る。
「そこにいる奴……出てこい」
キリトが声を低めにして放った。その声がもつ剣呑な雰囲気にハルカも気付いたらしく、緩みなくキリトの視線の先を追っている。ふたり揃って凝視すること数秒。茂みからそのプレイヤーは姿を現した。見る限り男のようだ。プレイヤーであることに気づくと、ハルカは拍子抜けして警戒を解いたがキリトが未だ解こうとしないので、再び気を引き締めた。
考えればわざわざ茂みに隠れてこちらの行動を見ている――監視しているようなプレイヤーが友好的であるとは考えがたかった。
出てきたプレイヤーは戦闘の意思はないことを示すためか、両手を上げた。次いで、周りを素早く確認すると ほっと安心したような息をついて武器すらも地面においた。この状態で武器を捨てるというのは、相当に決心しがたい事柄であったはずだが、それはすでに必要以上に警戒されている現状況を打破するための行動でしかたないともいえた。
幸い効果は出たようで、キリトはそれでも厳しい視線を崩さないが、ハルカの方は完全に敵意を失う。それを確認した男は口を開いた。
「ちょっと前から話を聞いてたんだけど……まずは二人ともレベルアップおめでとう」
結局キリトから祝福してもらえなかったハルカは、こんなところでちょっとした嬉しさを感じた。
「盗み聞きとは感心しないな」
突き刺すような視線と言葉に怯んだ男性プレイヤーだったが、ここでそうした態度を取るようでは余計な誤解を生むことに繋がりかねないと考える。
「いや、すでにパーティーを組んでるなんて珍しくてね。ちょっとどういう関係なのか知りたかったんだ。でも見た感じ……」
そこで一旦区切るとその男はハルカを見た。そしてちょっと頬を赤くして顔を背けるとゴホンと咳払いをする。
「そういう関係だったんだね。納得したよ」
「……いや、待て。何がどうして納得したのか俺にも教えて欲しいんだが」
キリトは頭をかかえるようにして男に問いかけた。質問とは裏腹に、態度はあまり聞きたがっているようには見えなかったが。
「え? 付き合って――」
「違う! そんなこともなければ、そもそもパーティーだって組んでない!」
若干必死になって否定するキリトにたじろいだ男。キリトは息をつき、どうしてこうなった と恨めしげにハルカに視線を飛ばした。
男とキリトの会話が途切れているのに気付き、意識をそちらにやったハルカだが、どうにも雰囲気が妙だ。黙っていてもキリトも男も喋ろうとはしないのでハルカから接触を試みることにした。
「で。一体あなたは何の用ですか?」
丁寧ともとれるし、突き離すような冷たい態度ともとれる訊き方だったが、男は嫌な顔ひとつせず返事をした。
「いや、よければだけどパーティーに入れてもらいたいと思って。……まさかすでに二人もここに来てるとは思わなかった」
その発言にキリトは何か察したようで、ピクリと眉を動かす。そして先ほど男が地面に置いた武器にさっと目をやると頷く。
「《アニールブレード》は片手剣……いや、片手用直剣使いの必須クエだからな。……あと武器拾えよ。あまり俺達を信用しすぎるな」
軽く笑みを浮かべながら言うキリトと、それに苦笑いを返す男。わざわざした補足には自分へのちょっとした皮肉もこもっているのだろうとハルカは自嘲気味に笑う。再び沈黙に入りかけた二人の間を取り持つようにハルカがうまく話しかけた。
「おれたちはさっきも言った通りパーティーを組んでるわけじゃない。だからお互いにクエを最後まで付き合うということはないが……」
そこまで言ってハルカはチラリとキリトの方を見た。キリトが頷きを返したのを見ると、男の方に向き直る。
「確率ブーストはかかる。それでもいいなら一緒に行動しよう。レベルが上がった今でも、たかだか2程度じゃあネペントの方が少し強い位置にいるからな。危険を少なくすることにもつながる」
男は考えるような仕草をしたが、すぐに結論がでたようで手を差し出してきた。
「それでいいよ。じゃあ、よろしく。僕は『コペル』」
「よろしく。おれは『ハルカ』だ」
「……『キリト』だ」
ハルカは迷いなくコペルと名乗った男と握手を交わしたものの、キリトは若干迷っているようだった。それにコペルは肩をすくめると手を引っ込めた。
「……すまん。……色々あって遅くなったが、狩りを再開しよう。今まで襲われなかったんだから再湧出は充分にされてるはずだし、こっちの人数も増えた。遅れを取り戻すのはそう難しくないはずだ」
キリトの励ましを含んだ言葉にハルカとコペルは頷くと索敵を開始したのだった。