「……ぅん」
眩しい光に、私は目を覚ました。
状況が呑み込めない。ここは何処だ?
体の感じる冷気から、少なくともさっきまでいた自室ではない。トレミー3の室内はこんなに寒くはない。
状況を確かめるべくゆっくりと目を開けると、こちらを覗き込む、小人がいた。
……小人?
「…うぇっ!?」
軽く跳び上がる。
しかし、彼女?達はそんな事は関係ないと嬉しそうにはしゃぎだす。
「オキター!」
「ぷとれまいおすオキター!」
「ワーイ!」
……なんだこれ。
可愛らしいデフォルメ人形のような彼女達は、何処かへと走り去っていった。
うむむ、よくわからん。
見下ろした肌も少し白くなってるし。
「…ところで、ここは何処なんだろう?」
以前資料で見た、三百年ほど前の軍の工廠のようだが、はっきりした事は分からない。職業柄、古い資料などを漁る事も多いので、似たようなものを見た気がする程度だが。
「……誰です?」
「ふぇっ!?」
「あなたは誰ですか?」
背後から声をかけられる。日本語だ。
とっさに振り返ったが、名を聞かれ、ちょっと躊躇う。
どの名前を言えば良いのか。
本名か、コードネームか。
話しかけてきた少女はこちらを訝しんだ風にこちらを見ている。
長い黒髪で、巫女服のような物を着ている女性だ。女性というには少しばかり幼いが。
「……えっと」
正直私も自分のことをよく理解していない。状況も、変色した肌のことも。
「……よく、わかりません」
「……では、絶対にそこから動かないでくださいね。榛名は提督に報告します」
「は、はい」
女性…榛名さんは駆けて行った。
手荒く執務室の扉が開かれる。
榛名だ。
「て、提督!至急報告すべきことが…!」
普段の様子からは窺い知れない榛名の様子に、提督は目を剥いたものの、冷静に対処する。
「どうした。何かあったのか?」
「それが……」
執務室を後にし、歩みを進める。
榛名に促されるまま、提督は工廠へと向かう。工廠に来たということは、十中八九“アレ”の事だろう。
「榛名、“青いの”が、どうかしたのか」
「…えぇ、動きました」
「…まさか」
「建造が無事終了したようです。ただ、若干彼女は異質でして……」
「なんだと?」
「…明らかに、私たち艦娘とは違う、それでいて人間でもない、そんな子なんです」
「…深海棲艦に準ずるものだというのか?」
「いえ、そういう訳でもありません。ですが、私達のようなヒトではないでしょう。あまりにも異質すぎます」
「そこまで言わせるのか?」
「ええ、少なくとも、人間ではありません」
温厚な榛名がここまでの様子を見せる事に、提督は何事かと焦り始める。多少は覚悟していたが、一体どこまでなのか。
「榛名、開けてくれ」
「わかりました」
工廠へと続く、シャッターが開けられた。
そこには…………
-.-
冷静になって考えてみる。
先ほどの女性は、自らのことを“榛名”と名乗った。長い黒髪。そして身に纏う巫女服。
自分は彼女を見たことがある気がした。
何処だ、何処で見た。
似たような人なんて、仕事先でも見たことはないはずだ。
…似たような“人”?
なら、他は?
写真、資料、データ……他は?
「……ぁ」
そう、イラストだ。
艦これの、イラストだ。
「……榛名、だったの?」
なら、ここは?
榛名は空想上の女の子だ。
ELSが擬態したならともかく、本来存在しない。
転生?転移?分からない。
考えられるのは、これが“GN粒子の奔流による、白昼夢”である事くらい。
ただ、それを引き起こせるツインドライブは、既に喪われている。
そう、刹那…父のクアンタやダブルオーライザーだけなのだ。
辛うじてトレミラに与えられた、擬似太陽炉搭載型ダブルオーライザー「ダブルオーライザー[T]」でも引き起こせるが、効果は薄い。
それにトレミラは完全にイノベイターへと至ってはいないため、完全に効果を発揮できないでいる。
それ故に全ての選択肢が途絶えたのだ。
「…わかんない、なぁ」
私は頭を抱え、しゃがみ込んでしまった。
動かないでくれと言われた手前、ここにいるしかないだろう。
できる事といえば、持物チェックくらいか。
「えっと、護身用のGNハンドガンでしょ?トレミーのカードキーと、携帯端末……うわ、圏外だ。他は……無いね」
この十八年でビーム兵器も改良され、圧縮GN粒子を装填する事でビームを放つハンドガンが、イアンの手によって開発されており、その技術は連邦政府にも伝えられて量産されている。
とりあえず交換用GNコンデンサーも3つある。敵襲でもなんとかなるだろう。
そしてもう一つ。私の身体だ。
「…どうみても、ELSに侵食されてるよねぇ」
侵食というより同化に近いだろうが。
試しに鉄球をイメージしてみると、皮膚が波打ち、手のひらサイズの鉄球が浮かび上がってきた。
身体に変化は無い。
…質量保存の法則はどうした。
「……ぇ」
束の間の液体金属遊びが一変、全身が一度にELSとなり、再び身体が構築される。
元の姿ではあるが……
「…なんで、胸が大きくなってるの?」
それに加え、背が若干伸びた。
推測ではあるものの、この世界が艦これの世界である事を考えれば、艤装に選ばれ、艦娘仕様に身体が再構築されたのではないか、という事が考えられる。
改めて言っておこう。
私はただの人だった。
父のように純粋種のイノベイターでもなければ、母のように優秀なオペレーターでもない。
父譲りのモビルスーツの操縦技術が自慢だが、それでも父や他のマイスター達に劣る。もちろん経験なども関係するのだが。
とにかく、私は普通の女の子。本当に普通の。
そんな私が、こんな状況にすんなりと適応している事実に、激しい違和感を感じる。私は、どうなっているのだろうか。
「…助けて」
助けて。
こんな状況から、私を救い出して。
助けてよ…
「…助けてよ、お父さん……!」
「オウッ」
蹲った私の真横で、唐突に声がした。
どこか懐かしく、しかし聴いたことのない、声だった。
妖精さんだ。
何故かソレスタルビーイングの制服を着込んでいるが、男の子の妖精さんに間違いない。
気がつけば、私の周りには何人もの妖精さんが集まっていた。
「…妖精さん?」
「とれみー、泣カナイデ!」
「私達ガイルカラ!」
「全部知ッテルモン!」
「みんな……」
どこか、ソレスタルビーイングのメンバー達の面影を持つ妖精さんたち。そんな彼らに励まされる。
彼らが何者かわからないが、嬉しいことに変わりはない。
「…ありがと」
「とれみー!」
一斉に皆が私に飛びついてくる。
見も知らない私を慕ってくれている。それだけで救われた。
「…ふふっ」
「…ドウシタノ?」
「なんでもないよ」
今はまだ、大丈夫。
今は、まだ……