ガーゴイルを二体を相手にしているルクスは限界を感じていた。
(ダメだ!このままじゃ、やられる!シルクが来てくれればどうとでもなるのにっ!)
ルクスでは幻神獣を倒すことはできない。それは圧倒的に火力が足りないからだ。だが、そのことに関しては問題ない。演習場の真ん中でリーズシャルテが『七つの竜頭』をいつでも撃てるように準備をしているからだ。
問題は『七つの竜頭』をどのタイミングで撃つかだ。今撃つと、ルクスが巻き込まれる。けれど、ルクスが離れればガーゴイルは観客席にいる生徒たちを狙うだろう。そうすれば死者が出る。それだけは絶対に回避しなければならない。
「ッ……!やっぱり僕だけじゃ……」
何とかガーゴイルの攻撃を防いでいるがもう限界に近い。
(しまった!)
ルクスは前にいたガーゴイルの対処で後ろから迫り来るもう一体のガーゴイルの対処ができない。ガーゴイルの爪がルクスに迫った瞬間。
ガーゴイルの腕が、衝撃波のようなものに押し返される。
(今のは機竜咆哮『ハウリングロア』!)
機竜咆哮とは幻創機核(フォース・コア)から発生させた衝撃波だ。
♢
『遅くなった、ルクス』
ルクスの頭の中に、直接聞こえてきた。
竜声というーー機竜同士を介した通信能力。
頭に聞こえてくる声を聞いて、ルクスは思わず頬を緩めてしまう。だが、すぐに真剣な顔になり、怒り口調で返す。
『遅いよ!何やってたの!シルクがなかなか来ないから僕がまとめて相手してたんだよ!』
『悪い悪い。その分今からちゃんと戦うからさ』
ルクスは竜声を送ってきたシルクに不満をぶつける。
それを聞いたシルクは、苦笑いをするだけだ。
『大丈夫ですか?お姫様』
次はリーズシャルテへ竜声を送る。
『わたしをお姫様と呼ぶな!』
『ははは、冗談ですよ。リーズシャルテ様はあと何発それ撃てますか』
『くだらん冗談を言うな。ーーーそれというのは『七つの竜頭』のことだな。……そうだな、ちょうど、二発が限界だ』
『なら、一体のガーゴイルは俺が引きつけます。だから、先にルクスと一緒にもう一体のガーゴイルを倒してください。そのあとにもう一度『七つの竜頭』で残ったガーゴイルを倒す。お願いできますか?』
『ふん!貴様一人で幻神獣を抑えられるとでも思っていーー』
『大丈夫ですよ。砲撃合図は、俺がガーゴイルの翼を切り落としたときです』
『お、おい!ちょっと待て!?シルク・グランフェルト!』
プツッと、勝手に竜声の通信を断たれて、リーズシャルテは歯噛みする。
「キィエアアァァァァアア!」
ガーゴイルが両腕から高速で爪を繰り出し、シルクはブレードで弾き、いなす。
息もつかせぬ勢いで繰り出される連撃は、ひとつひとつを完璧に防いでなお受けた装甲がその度に軋むほどの威力だ。
「俺は……ルクスみたいにっ!防御専門じゃないんだけどなッ!」
攻撃をいなしながら、シルクは反撃の機会を伺っていた。シルクはダガーを投げる。ガーゴイルは自分に飛んできたダガーを手で叩き落とす。その瞬間、シルクへの攻撃がやむ。その隙をついて一気にガーゴイルへ接近する。
「悪いが、こっからは俺のターンだ」
幻創機核からエネルギーを少しだがブレイドに集め、ガーゴイルの腕を斬る。
「ギッ……!?」
ガーゴイルにはシルクのブレードが見えなかっただろう。ガーゴイルの体にはいつの間にか切り傷が無数にあった。だが、やはりシルクの振るブレードの動きは捉えきれていない。
機竜は幻創機核からエネルギーをもらい動いている。エネルギーの量により装着部分の運動性能も大幅に強化される。だが、機核全体をスムーズに動かすには均等にエネルギー送る必要がある。そのため機竜の動きはみな同じだ。あとは操り手によって強い弱いは変わる。
シルクは、本来なら障壁などを張るエネルギーのほとんどを機動力、すなわち機竜の動くスピードに送り、少しのエネルギーをブレードに送る。
すると、普段使っている汎用機竜とは比べ物にならないほどのスピードになる。それに加えシルクは昔から剣術を学んでおり、その腕はすでにアティスマータ新王国内で、一番だ。そして、機竜の速さと、シルクの剣の腕から繰り出されるブレードは人の目では追えないほどに速い。いや、幻神獣ですら目で追えていない。
しかし、これには弱点も存在する。機竜には相手の攻撃から自分を守るために障壁が張られる。これも幻創機核から送られるエネルギーで発生するため、今のように機動力にほとんどのエネルギーを送っている場合、障壁は発生しない。つまり、今のシルクは丸裸で戦っているようなものだ。幻神獣であるガーゴイルの攻撃を受ければ間違いなく即死だろう。この技は、攻撃面では最強を誇るが、何と言っても制御が難しすぎて、自爆する恐れもある。その上防御が無くなり死ぬリスクまで出てくる、まさに諸刃の剣だ。
だがシルクはそれを完璧に使いこなし、公式模擬戦でもルクス同様無敗を誇り、シルクの他者を寄せ付けない圧倒的なまでの絶技から『無敗の剣聖』と呼ばれるようになった。
突然シルクの後方から爆発音が聞こえてきた。
(ルクスとリーズシャルテ様がガーゴイルを倒したんだろう。なら次は俺だな)
「お前さんには悪いがここいらで死んでもらうぞ」
まず、残った片方の腕を切り落としたあと、シルクはガーゴイルの後ろへ回り込む。両腕を斬られたことで攻撃手段が翼だけになったガーゴイルは翼を広げた。
だが、その行動は翼を狙っていたシルクの前ではするべき行動では無かった。
「もらったッ……!」
「ギェァッ」
片方の翼を斬り、ガーゴイルの動きを少しだが封じる。シルクは直ちにその場から離れた。
「……バカな、幻神獣をたった一人で…?」
あり得ない光景にリーズシャルテは愚か、観客席にいる女生徒全員が呆気にとられていた。いや、イリアとアイリだけはその中には含まれていない。
『あとはよろしく。お姫様』
『…………あ、ああ。って、わたしをお姫様と呼ぶなと言っているだろう!……まったく……あとは私に任せろ』
リーズシャルテは既に『七つの竜頭』を構えていた。そして、シルクが安全圏まで行ったことを確認する。
リーズシャルテの駆る神装機竜《ティアマト》が持つ、最強主砲。砲口から放たれた七筋の光柱が、強固な金属の体をぶち抜き、粉砕した。
ァァァアアアァァアアアアアッ!
断末魔の残響をまき散らし、ガーゴイルが爆散した。悪鬼の敗北と戻った平和に、待避していた女子生徒たちから、安堵の歓声が上がった。
「しかし。なんて男だ……、お前たちというヤツは」
リーズシャルテは一体目の幻神獣を倒したあと気絶したルクスを受け止めながら笑う。
ルクスが考えた作戦もシルクが言った作戦も普通のヤツなら考え付くようなものではない。いや、シルクのは作戦と言っていいのかすら怪しいが……。
汎用機竜一機では幻神獣と戦うことができない。これが常識だ。しかし、ルクスは二体の幻神獣の攻撃を耐え、シルクは幻神獣を圧倒してみせた。
(『無敗の剣聖』。何故汎用機竜であんなスピードが出せるか知らんが、『無敗の最弱』といい本当に恐ろしいヤツらだ)
♢
幻神獣を倒し、シルクはすぐにイリアの元へ向かった。
「お兄ちゃん!」
機竜を解除して、目に涙を浮かべながら走ってくるイリアを受け止める。
「ほら、ちゃんと帰ってくるって言っただろう?だからそんな泣くなよ」
「ぐすんっ……だって、だってぇ」
何を言っても泣き止まないのを見てどうしようかと悩んでいたところに顔をニヤニヤとさせている四人の女生徒が来た。
「幻神獣を倒しに行くときみたいに抱きしめてあげたらどうですか?」
「そうだよ!もう一度見たいな、熱々の兄妹愛を!」
「Yes.私たちのことは忘れて熱く抱擁してはどうですか?」
「うんうん。もう一度見せて欲しいな」
何故か無駄に迫力のある四人。それに加え、周りの女生徒たちもみんなシルクの方を見ていた。思いもよらぬ状況に引きつった笑みを浮かべる。
「ずいぶん心配していましたよ?泣くのを必死に我慢していました。ですから今はそれぐらいしてあげてもいいんじゃないですか?」
アイリの言葉を聞いたシルクは絶句した。
今の今まで甘やかすな!と、シルクに言っていた者からの言葉とは思えない。もしや偽物?そう思ったシルクは手を伸ばしアイリの頬を掴む。
「ッ!?…な、ななななにしゅるんでしゅか!はやきゅはなしゅてくだしゃい!」
「いや、だって……アイリちゃんがイリアを甘やかしていいって…今目の前にいるアイリちゃんは偽物かと思って、つい」
「つい、ではありません!私をなんだと思っているんですか!そもそも、こういった肝心なときにいつものようにして上げるんです!いつもは平然としていることを何みんなに見られてるからって恥ずかしがっているんですか!それにシルクさんはーーーー」
いつまでも続きそうと思ったシルクはとりあえずアイリを無視した。
「アイリちゃんのことは今はほっといて……シャリスさん、ティルファー、ノクト。妹を守っていただいてありがとうございます」
そう言って頭を下げたシルクを見て少し意外そうな顔を三人。
「どうしたんですか?俺、何か変なこと言いました?」
「…い、いや。ただ機攻殻剣を持たない生徒を守るのは当然だ。だから突然頭を下げられてびっくりしていたのさ」
他の二人も同じ意見のようで、首を縦に振っていた。
「でも、妹を守ってもらったのは事実です。お礼ぐらいしますよ」
「ならそのお礼、ありがたくいただくよ。……それにしてもシルクくん。幻神獣を一人であそこまで圧倒するなんて、君、本当に人間かい?」
「それは酷いです。俺はちゃんとした人間です!」
「さすがは『無敗の最弱』と並ぶ『無敗の剣聖』と言ったところだね!」
「Yes.どうしたら汎用機竜であんなにスピードを出せるのですか?」
「それは秘密だよ。あれは失敗すると死ぬ恐れがあるからねーーーおわっ!」
三和音のメンバーと話していたシルクだが、突然、襟元を引っ張られた。そのせいで視線が下がる。そこには目を赤くし、頬を膨らませたイリアが睨んでいた。
「……お兄ちゃん。私、ずっと心配してたのに…………何で私には構ってくれないの!」
それを聞いた三和音とアイリ、シルクは苦笑いした。イリアはアイリや三和音のメンバーに嫉妬していた。
「ごめんごめん。でもイリアのことを忘れてたわけじゃないから。……それとアイリちゃん、もう疲れたから俺、部屋に戻るわ」
「そうですか、まだ言いたいことは山程ありますが今日のところは勘弁してあげます」
アイリの許可を得て、未だ胸に抱きついたままのイリアを抱き上げた。
「うわっ!お、おにいちゃん!?こ、これって……」
今のイリアの体制は女の子なら一度は憧れるお姫様抱っこの状態だった。さすがにこれは恥ずかしいようで顔を赤くし、シルクの首元に顔を埋めた。そして、周りの女生徒全員もイリア同様に顔を赤くしながら、黄色い声を上げる生徒もいればボーッと輝いた目で二人を見ている生徒もいる。目の前にいるのは四人もボーッとしていた。
「じ、じゃあ。また明日!」
やった本人であるシルクも、恥ずかしかったらしく、慌てて演習場から早足で逃げた。
そのあと、リーズシャルテからルクスとシルクの処遇について話があったが、先に寮に戻っていたシルクが聞くことはなかった。