意外にも、フィルフィとのやりとりがクラスメイトたちの警戒を解くことになった。
「ねえねえ、シルクくんって妹さんとスゴく仲良しなんだね」
「あ!それ思った。昨日、幻神獣と戦う前に抱き合ってたもんね!」
「そういえば、何で幻神獣をひとりで戦えるわけ?すごくない!?」
「男の人って、装甲機竜の使い方はうまいの?適性率は本来女子の方が上だって聞いたけどーー」
授業の小休止の度にシルクの席に集まり、だんだん祭りのように増えていく。
それはルクスも同じで、シルクのように質問攻めにあい、女生徒たちが集まっていた。
シルクは幻神獣の撃退。ルクスはリーズシャルテとの決闘、そして同じく幻神獣の撃退。
幸運なことに風呂場に乱入したルクスと、覗いたシルクの悪印象はすっかり拭われ、ふたりに対する興味と好感だけが生徒たちに残ったらしい。
「ルクスくん。そういえば雑用のお仕事も、まだやってるんだよね?」
「えっと。はい、まあ……、僕の義務ですから」
ルクスの席からそう言う会話が聞こえてくる。それを聞いた生徒たちはシルクに詰め寄った。
「シルクくんは、ルクスくんみたいに雑用のお仕事はしないの?」
「えっ?」
「それ私も思った!それで?シルクくんはしないの?」
「シルクくんもやってよ〜。そして私と一緒にお茶しようよ〜」
「あっ、ずるい。私もお茶したいのに!」
勝手に話が進んでいく。そのことに何か危機を感じたシルクはルクスに助けを求めるが、どうやらルクスも同じ状況のため助けは不可能。
「え!?お、俺は雑用の仕事なんてーー」
「みんなー、依頼があったらわたしがまとめるよ?みんな一斉に言い寄っちゃ、ルクっちもシルっちも大変でしょ?」
と、クラスメイトだったティルファーが皆をまとめる。
(てか、いつの間にか変なあだ名つけられてた)
学園でも有名な三人組ーー三和音のひとり、ティルファーは、クラスでも盛り上げ役らしい。
「はいはーい。ルクっちと、シルっちへの雑用依頼は、紙に日付と一緒に書いて、この二つの箱に入れてね。こっちの左のがシルっち。で、もう一個の方がルクっちのだよ」
「「えぇぇええ!!」」
ふたりの叫びが重なる。
「ちょっと、ティルファー!俺、雑用なんてやらないぞ!?」
「え〜、別にいいじゃん。女の子と親密な仲になれるチャンスだよ?……それとも、本命がいるのかな?」
「えっ!いや、い、いないけど……」
「あーー!!!そういえば、シルっちには可愛い彼女がいたんだった!妹と言う彼女が!だからもう女の子は十分ってことか〜」
ティルファーの言葉に周りの生徒たちが反応する。
「やっぱり、妹さんが一番なんですね」
「妹がいるから他の女はいらないってことですか」
「みんな!イリアは彼女じゃなーーー」
「こうなるとわかっていたから、学園長には許可をもらっている。だからやらないなんてわたしが許さないぞ?」
シルクの言葉を遮ったのはまさかのリーズシャルテだった。
一部を黒いリボンでくくった金髪と、剣先のように鋭い真紅の瞳。
「それと、わたしのことはこれからリーシャと呼んでくれ」
リーシャの発言により、皆がルクスと同じように、シルクの箱に雑用の依頼用紙を入れていく。シルクはそれを、諦めたような目で見ていた。
♢
昼休み。
押し寄せるクラスメイトたちから抜け出し、シルクは昼食の約束をしているイリアの教室へ足を向けた。
一年生の教室に二年生、しかも男が来たことで教室が騒がしくなる。
「あの人って昨日、幻神獣をひとりで戦ってた人じゃない?」
「あの時カッコよかったよね!」
「うん!それにあの人って確か、イリアさんのお兄さんだよね?」
「一緒にご飯を食べる約束でもしているのかな?」
クラス全員に好奇の目を向けられることは、さすがに精神的に辛かったが、約束を破るわけにもいかないため気にしないようにイリアを探す。
「あっ、お兄ちゃん!」
イリアが満面の笑みで手を振っている。そこには三和音のひとり、ノクトとアイリの姿もあった。
「あれ?アイリちゃんたちも一緒?」
シルクは単純に疑問を口にしたつもりだ。だが、アイリとノクトからジト目で見られる。
「私たちがいては何か不都合でも?」
「Yes.言ったではないですか。鬼畜野郎からイリアを守ると」
「あれ本気だったのか!?」
そんなやり取りをしていると、シルクたちのことを見ていた生徒たちから、くすくすと、笑いが起きる。
恥ずかしかったが、一年生の生徒たちの警戒が解けたようで、我慢する。
シルクの右腕に何か柔らかいものが当たる。
そこには胸を押し付けるようにシルクの腕に絡みつくイリアがいた。そして、イリアは頬をパンパンに膨らませ、シルクを睨んでいる。
「またお兄ちゃん、私を無視してる!私が一番に話しかけたのに。……お兄ちゃんは私よりみんな方が大事なの?」
どうやらイリアは、最初に構ってもらえず拗ねているようだ。パンパンに膨らんだ頬が、見ていてなんとも微笑ましい。
「俺がイリアのことを無視するわけ無いだろ?」
依然として、頬を膨らませているイリアが可愛くて、ツンツンと突いてしまう。
「え?…えっ!ち、ちょっと……、お、お兄ちゃん!?」
突然のシルクの行動に、イリアは頬を少し赤らめ、慌てふためいた。それがまた可愛らしく、さらに突いてしまう。
「……何をしているんですか?シルクさん?」
「……はっ!俺は何をやっていたんだ!?」
アイリの言葉に我に戻ったシルクは、目の前で耳まで赤くしたイリアに手を合わせて謝った。
「す、すまん!いきなり突いたりして。嫌だったよな。……でも、頬を膨らますイリアがあまりにも可愛くて……つい、な」
「かっ、可愛いっ!お、お兄ちゃんが…わ、わたしを……可愛いってッ!」
可愛いと言われたイリアはさっきまでとは比べものにならない程、顔を赤くしていた。
「べ、別に……、わたし、嫌じゃないよ。だけど、急にするのは、やめて、ね?」
「う、うん。次からは気をつける」
「「…………」」
初々しいカップルのような雰囲気を展開しているふたり。このまま放っておけば、いつまでも見つめ合ったまま、動くことはないだろう。だが、昼休みの時間は限られている。そのため、アイリとノクトはすぐに行動に出た。
「いつまで見つめ合っているんですか。ここは廊下ですよ?他の生徒の邪魔になります」
「Yes.それにこのままだと昼休みが終わり、ご飯が食べれません」
「っ!?わ、悪い。ーーそ、そうだな、早く行かないと授業が始まっちまう」
「あは、あはははは。お兄ちゃんの言う通り、は、早く行こ」
ふたりはぎこちなく廊下を歩き始める。その後ろ姿をアイリ、ノクトは呆れた目で見ていた。
♢
放課後。
教室から廊下へ出て、階段を上る。
無人の屋上までたどり着くとシルクは手すりに近づき、そっと眼下を見下ろした。
広い学園敷地内の光景が、ここから一望できる。少し離れた場所に、女子寮と機竜演習場、第四機竜格納庫がある。
そして、まだ知らない建物が、いくつかあった。
「あら、待たせてしまったみたいね」
凛とした響き。透明感のある声が、シルクの耳に入る。
妖精のように美しい相貌の少女に、シルクは見覚えがあった。
クルルシファー・エインフォルク。
北の大国、ユミル教国からの留学生で、同じ士官候補生のクラスメイト。
一昨日の事件において、シルクを捕まえようとした、あの少女だ。
「ううん。俺も今来たところだ。ーーそれで?俺をここに呼び出して何の用だ?まさか、愛の告白とかではないんだろう?」
「ええ。あなたに聞きたいことがあるの」
「おう。華麗に流したな……」
冗談とはいえ、あんなにも綺麗にスルーされては、さすがに傷つく。
「ごほん!ーーで?聞きたいことってなんだ?」
わざと咳払いをひとつして、気を取り直す。
「どうして昨日ーー、あのとき倒してしまわなかったの?」
「……それって幻神獣のこと?」
「ええ。あなたならひとりであの二体の幻神獣を倒せた。あなたがその気になりさえすればーー」
見透かすようなクルルシファーの視線に、シルクはため息をついた。
「…………確かに、その気になりさえすれば勝てたよ?でも、俺はちょっと訳ありでね、その気になれないんだ」
「安心して。言いたくないことまで、無理に言えとは言わないから」
「あ、あれ?俺って……、信用されてない?」
「あら、信用なんてできるはずないでしょう?女子のお風呂を覗く、覗き魔を」
「あれは誤解だって、その日に学園長室で話して解けたよね!?」
シルクは一度解いたはずの誤解が解けていないことに慌てていると、クルルシファーはくすっと微笑んだ。
同い年の少女とは思えない、気品のある笑み。その表情に、シルクは一瞬、ドキリとしてしまう。
「あなたも同じで安心したわ」
「え………?」
「あなた、ルクスくんと同じで無害そうな男の子だから」
ルクスは今、目の前にいる少女とはすでに話をしていたらしい。
「それは良かった。有害扱いされなくて」
それを聞いたクルルシファーはまたくすっと微笑むだけだった。
「……ねえ、『黒き英雄』『白き英雄』って、あなたは知ってる?」
「……どうしたの急に?」
「たった二機のーー正体不明の装甲機竜を使い、帝国の装甲機竜約三千機のほぼ全てを破壊して、敗北へと追いやった二機の怪物。どこに所属しているか、目的共に不明。その使い手は、二人とも現在の新王国では確認されていない。旧帝国にとっては滅びの悪魔、新王国からは伝説の英雄として語り継がれている」
「そりゃ、新王国にいれば嫌でも耳に入るよ」
クルルシファーは静かに手すりの前で、眼下の景色を見下ろしていた。
「ルクスくんにも頼んだけど、私からあなたに雑用の依頼があるわ」
「え?」
「『黒き英雄』『白き英雄』、どちらでもいいから探して。私は、その人に用があるの」
「……!? 嘘だよな?」
思いもよらない雑用の依頼にシルクは思はず、息を呑んだ。
「いいえ、本気よ。本気で探して欲しいの」
「で、でもーー」
シルクがそう口を開いた瞬間。
ゴーン!と、大きな鈴の音が、時計台から響いてきた。
「もうこんな時間ね。それじゃ、依頼の件、よろしくね?」
クルルシファーは、それだけ言うと屋上から降りる階段へ、ゆっくりと歩いていく。
だが、クルルシファーの足が、階段に差し掛かる寸前で、足を止めた。そして、顔だけをシルクへ向けて、口を開く。
「ひとつ、言い忘れてたわ」
「何を?」
「今日の夜。ルクス君と一緒に女子寮の大広間に来て」
「……大広間?」
「ええ。楽しみにしていてね」
「楽しみ……?」
クルルシファーは今度こそ全て言い終えたのか、階段を降り、去って行った。