日も完全に落ちた夜。
クルルシファーに言われた通り、大広間へ行くために廊下でルクスを待っていた。今頃、まだ雑用の依頼をこなしているだろう。シルクにも依頼は沢山あったが、今日の依頼のほとんどがお茶を一緒しましょう、といったものだったためすぐに終わった。
シルクがルクスを待って数十分。ようやく雑用を終わらせたようで、ルクスが廊下の奥から歩いてくるのが見えた。
「おーい。遅いぞ、ルクス」
シルクの声に気づいたルクスは小走りで駆け寄る。
「ごめんね。最後の雑用がお風呂掃除で広いから結構時間がかかっちゃった」
「お風呂掃除か〜。……そう言えば、お前いつの間にリーシャ様と仲良くなってたんだ?」
今日の休み時間にリーシャ自らルクスの元へ行き、何かを話していたのを何度か見ていた。編入前までとは大違いだ。
「えっ、そ、それは……その、い、いろいろあったんだ!」
「いろいろか〜。いろいろって、もしかして
あんな事や、そんな事でもあったのか?」
「なっ! ち、違うよッ…!? シルクが思っているようなことはなかったよ!」
ルクスは顔を赤くすると、シルクは悪戯が成功した子供のような顔をした。
「何を顔を赤くしているんだ?それに俺が思っていることって、君は一体何を想像したのかな?」
「うっ……! また、ぼくをからかったな!」
「く、くくく…! お前は本当に弄りがいがある」
「ちょっ、それどうゆうこと!?」
「……えっと、大広間はどこだっけ?」
「無視するな!」
ルクスは未だ突っかかるが、シルクは相手にしていなかった。
そして、広間へ行く階段を降り始める。そこにはアイリとイリアの姿が見えた。
「やっぱり、いつ見てもお兄ちゃんはカッコいいね!」
「一応、身だしなみは二人とも整えて来たようですね。見直しました、兄さん、シルクさん」
「ありがとう。イリアもいつ見ても可愛いよ。……それとアイリちゃん? 俺だってちゃんとするときはするんだよ?」
「ぼ、僕だってそれくらいはするよ!その、女の子たちからの依頼だしーー」
「では、来てください。みんながお待ちかねですよ。イリアも早く」
「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん。って、そうだった。お兄ちゃん、早く早く!」
シルク、ルクスの言葉は無視され、イリアがシルクの手を取る。
そのまま廊下を挟んで、食堂へ。
あれ? もう食堂ってしまってる時間じゃないか?
シルクがそう思い、首を傾げる。
ルクスも同じように、首を傾げていた。妹二人に手を引かれて中に入ると、
「編入ーーおめでとう」
少女たちの声が、一斉に聞こえてきた。
「は……?」
「え……?」
正面を見るとたくさんの料理がテーブルの上に載っていた。
「な、なんだ?」
「これは君たち二人の編入祝いだよ。シルク君、ルクス君」
シルクの反応を見て、三和音のシャリスが軽く微笑んだ。
見れば、ここには何人もの同じクラスの生徒たちが集まっていた。ライグリィ教官まで部屋の隅に座っていた。
その光景が信じられなくて、シルクとルクスは少しの間。ぼうっとしていた。
「あの、もしかして、俺たちのために?」
「まあ、私たちが寄り合って企画したものだ」
「そうだよ! 料理はみんな手作りだよ! あっ、ちなみに私の料理は期待しないでね。すごく下手だから」
満面の笑みを浮かべてティルファーが。
「No.それはこの場で言うべきではないと思います」
すかさず、ノクトが相槌を打つ。
「お兄ちゃん。私も料理作ったの! 食べてね!」
「ルーちゃん。これから、一緒だね」
「あなたたちには期待しているわ。ーーいろいろと、ね」
イリア、フィルフィ、クルルシファーと続き、
「よっ、あー、そのなんだ」
椅子に座っていたリーシャが、手を挙げて立ち上がった。
「そ、そのーーシルク・グランフェルト! お前にはまだ昨日の礼を言っていなかったな。あのとき、お前が来てくれなかったらどうなっていたかわからない。最悪死人さえ出たかもしれない。だから……助かった。」
「…ちょっ、頭を上げてくれよリーシャ様。別に、俺は当然のことをしたまでだよ」
この国の王女に頭を下げられ、げょっとしたシルクは、頭を上げるよう説得する。
「むっ、そうか……?」
そして、頭を上げてもらうことができ、シルクは胸をなで下ろした。
リーシャはルクスにも同じようなことをしたが、その時、恥ずかしそうに視線を少し逸らしながら。呟いていた。
自分のときとは違う反応に、おや?と、何かまた新しいおもちゃを見つけたような顔をするシルク。
そして、ノクトがこの企画はリーシャが提案したとバラし、恥ずかしがるリーシャをみんなで笑ったりと、その日の夜の食堂は賑やかに更けていった。
♢
「……んっ、重い………」
いつものように寝ていたシルクは、腹部に感じる重さで目を覚ました。
首を起こし、視線を腹部に向ける。
「すぅ……すぅ……」
隣で寝ていたはずのイリアが、いつの間にかシルクの腹部へ乗っかって寝ていた。
重くはないが、身動きができない……。起こそうかな?
シルクはそう思っていたが、起こすことは躊躇われた。それは、シルクの腹部で寝ているイリアの顔が、本当に幸せそうに見えたからだ。
「…幸せそうな顔して……、一体どんな夢を見てるんだ?」
イリアの長く、美しい白髪を優しく撫でながらそう呟いた。ますます、幸せ顏になるイリアを見て、もう少しだけこのままいさせてあげようと、シルクは思った。
♢
朝の誰もいない食堂に水が流れ出る音が響いていた。まだ起きるには早い時間。周囲を見ればわかる通り、まだ誰も起きていない。そんな中、シルクはひとり昨晩使った食器を洗っていた。普段なら使った食器は食堂で働く人たちがやることだが、昨日は本来閉まっている時間の食堂を使わせてもらった。そのため、使った食器は自分で洗おうと、あらかじめシルクは決めていたのだ。
「ふぅ…、それにしても、結構な量だな」
歓迎会のパーティともなれば必然的に料理は多くなる、そうなれば食器の量が多くなるのは当然のことだ。
「あら、随分朝早いのね」
黙々と食器を洗っていると、後ろから透き通るような声が耳に届く。
「クルルシファーさん?」
声の主は、同じクラスのクルルシファーだった。だが、シルクはクルルシファーの着ている服を見て、疑問に思った。
「クルルシファーさん。今日、学校は休みのはずだろ?どうして制服なんて着てるんだ?……それともこんな朝早くから何かあったか?」
「ちょっと学園に忘れ物をしたから取りに行くの?……それにこんな朝早くからって、あなたも何をしているの?」
「見てわからない?昨日使ったお皿を洗ってるんだよ」
シルクは手に持っているお皿をクルルシファーに見せる。クルルシファーは少し呆れたような目でシルク見て、
「それぐらいわかるわ。私が言っているのはどうして洗わなくていいお皿を洗っているのかってこと」
「洗わなくていいって……なんで?」
「このお皿はここに置いておけば、食堂の関係者が洗うのよ?」
「でも、昨日は食堂を借りたんだから、自分たちで片付けるのは当たり前じゃないか?」
この答えにクルルシファーは少し目を開き驚いた。そして、すぐにあの気品のある笑みを浮かべる。
「…意外ね。ここの子たちですら、そんな風に考えることないのに……、あなたに対する評価が変わったわ」
「おっ! そいつは嬉しい限りだ」
二人はお互いの顔を見合せながら静かに笑った。そして前へ向き直り、止まっていた手を動かし、残りの食器も洗っていく。洗剤を水で落とし、隣に積んである食器の上に重ねる。もう一枚同じように水で濯ぎ、隣へ置こうとすると、
ヒョイ。
と、何者かに取られてしまう。
「ーーーえ?」
シルクは視線を隣へ向ける。そこには何食わぬ顔で先程シルクが置こうとしていたお皿を布で拭いているクルルシファーがいた。
「お手伝いするわ」
クルルシファーはシルクを一瞥し言う。
「え、で、でも。忘れ物があったはずーー」
「ええ、忘れ物はあるわ。でも、忘れ物があるからって急いで取りに行かないといけないものではないの。だから、私は昨日使ったものを片付けてから取りに行こうと思ってたの」
その言葉にシルクは耳を疑った。さっきの彼女は何で洗っているのかを疑問に思い、シルクに聞いたはずだ。それを聞いた本人が実は私も洗いに来た。などと言うとは思えなかった。
「フフ。どうしたの? あり得ないものを見たような顔をして」
「いや、だって。さっき俺に何で洗うのか?って聞いてた張本人が洗うだなんて……」
「あれはただ私が聞いてみたかったから聞いただけよ。それに、他の子はしないとは言ったけど、私自身がしないとはいってないわよ?」
「な、なんじゃそりゃ……」
「ほら、口より先に手を動かしたらどうかしら?」
「は、はい」
そんなシルクの反応が面白かったのか、全てを洗い終わるまでクルルシファーは終始、笑っていた。