模擬戦を端の方で見ていたリーシャは『騎士団』を完全に押されている状況に唖然としていた。しかし、それはリーシャだけでなく近くにいるクルルシファー、三和音の三人、特に普段表情をなかなか変えることのないノクトですら目を見開いて驚いていた。
「幻神獣を汎用機で圧倒するレベルだ。強いということはわかっていた。だが、『騎士団』も幻神獣とは何度も戦っている猛者たちだ。それをいとも簡単にほぼ全滅させるなんてな」
「……そうね。あれはさすがに私も驚いたわ」
「…………Yes.これ程とは……もはや化け物ですね…」
ノクトは、結構酷いことを言っているが、まだ機竜を纏い、空にいるシルクには聞こえることはなかった。
「…………ルーちゃん、何もやってない」
そして最後にひとり、ルクスの幼馴染のフィルフィがそう呟いた。
♢
「なんなんだよー、もう!」
あっという間に終わった、模擬戦の直後。
演習場の控え室に戻ったリーシャは駄々っ子のように喚いていた。
控え室の中には既に、『騎士団』のメンバーはほとんどが着替え終わり退室し、中にはシルクとルクス、そして数人の顔見知りが残っている。
そして、模擬戦の結果だが、シルクは実力を見せつけ、『騎士団』の全員が入団を賛成した。しかしルクスは、模擬戦には勝ったものの、敵の攻撃を防ぐだけでシルクのように皆を納得させるだけの実力を見せれなかったためルクスの入団は多数決により認められなかった。
そのため今はリーシャは機嫌が物凄く悪い。
そんなリーシャを宥めるようにルクスは話しかけていた。
ルクスの賛成票が少なかったのは攻撃を一切しなかったからだろうと、シルクはそう考えていた。いくら防御に長けていても攻撃ができないのなら意味がない。ルクスの入団を却下した女生徒はそう考えているのだろう。しかしルクスは王都の公式模擬戦で『無敗の最弱』とまれ呼ばれるほどの防御力を持っている。その防御力を生かせば……、こう言ってはなんだが、誰かの盾として使うことも出来る。囮にだって使える。
……これをルクスが聞いたら、 絶対に顔を赤くして怒るだろうけど…。
シルクは制服に着替え終わるとすぐに控え室を後にしようとする。
「あら、もう帰るの?」
ドアのノブに手を置いたところでクルルシファーの声が止める。
「うん。これからイリアと出かける約束をしてるからな」
途端、この控え室に残っていた全員がシルクへ一斉に視線を向けた。
「え? なに? 帰っちゃダメだった?」
誰もシルクの言葉に反応しないため、どうすべきか困惑していると、ティルファーが口を開いた。
「ねえ、シルっち。シルっちとイリアちゃんってどんな関係なの?」
その質問はどうやらこの場にいる者が知りたいことのようで目には興味に輝いていた。
「どんな関係って言われても……」
「だって、いつも一緒にいるじゃん?しかも腕まで組んで、他所から見たら兄妹じゃなくて完全に恋人同士にしか見えないよ」
「Yes.一年生の間でもそんな噂が流れています」
どうやら二人は周りから兄妹ではなく恋人として見られているらしく、それを知ったシルクは頭痛を覚え、手を額に当てた。
「あのな。俺とイリアはそんな関係じゃない。……確かにいつも一緒でイチャイチャしているのは自覚はあるが、みんなが思っているような関係じゃない」
「……自覚あったのね」
「当たり前だろ?」
クルルシファーが呆れたような目をシルクへ向けるが、シルクは首を傾げるだけだった。
「それじゃあ、シルっちにとってイリアちゃんはどんな存在?」
「どんな存在か?」
「うん。イリアちゃんはシルっちのこと兄妹としてじゃなく、多分異性の男性として大好きでしょ? ここにいるみんなもそれには気づいていると思うけど。ーーまあ、毎日あんな好き好きアピールしてるからわかると思うけど」
「そう……だな」
シルクも薄々と気づいてはいた。最初は久々の再会にただ甘えているだけかと思っていた。しかし、日を追うごとに甘えとは別に、腕を組むとき意識してか胸を押し付けたり、寝ているときにキスをしようとしたりと、自分を妹としてではなくひとりの女として意識させようとしているのが最近よくわかる。
「……俺にとってのイリアはーーー内緒ってことで」
シルクの回答をまだかまだかと待っていた三和音の三人は「内緒」という部分でずっこけてしまった。
……三人一緒に転けるなんて、本当に仲がいいな。
「ここで内緒とは……」
「そうだよ! 素直に好きって言いなよ!」
「Yes.ここまで来てはぐらかすなんて、往生際が悪いです」
シャリス、ティルファー、ノクトと三人が非難の声を上げるがシルクはくすくすと、ひとり笑っているだけだ。
「でもまあ、好きか嫌いかと聞かれたら、もちろん俺は好きだと答えますよ」
「……えっ!それってーー」
なんの曇りもない笑顔ではっきりと言ったシルクはティルファーを無視し、そのままドアを開け、今度こそ控え室を後にした。
「…………」
シルクがドアの向こうへ見えなくなった後、控え室の中は沈黙が支配した。
「……いま、はっきりと好きって言ったよね?」
沈黙を破ったのはティルファーだ。
「……Yes.言っていました」
「そうね。……でも、彼の言っている好きは、兄妹としてなんじゃない?」
ティルファーに続きノクト、クルルシファーが言う。
「兄妹同士仲が良いのは構わんが、それでも良くなりすぎるのはどうかと思うぞ?あいつらは血の繋がった兄妹なのだろう?……そ、そういう関係になったりでもしたら…」
リーシャは顔を赤くしながらそう言う。
今の時代、近親婚は存在する。しかし、あまり祝福されるものではない。他国の貴族では純血を重視して兄妹同士が結婚するというのは存在するらしいが、ここアティスマータ新王国では近親婚は認められていない。そのためリーシャは仲の良過ぎる二人のことが心配だった。
「確かに仲が良いですけど、あの二人の場合は仕方がないと思います」
「うん? それはどういう意味だ?」
今まで黙っていたルクスが口を開くが、リーシャはルクスの言った意味が理解できず、問いかける。理解できなかったのはなにもリーシャだけでなくこの場にいるルクス以外の全員わかっていなかった。
「これは僕の口からは詳しくは言えません。だだ言えるのは、イリアちゃんが兄であるシルクに恋心を持ってしまうのは昔を知っている僕からしたら仕方のない事だと思います」
「昔……?」
「すみません。僕が言えるのはここまでです。あとはシルクに直接聞いてください」
「…………」
ルクスはそう言うと、またもこの空間を沈黙が支配する。
だが、この沈黙の中、リーシャが立ち上がりルクスを見る。
「まあ、人の過去をあれこれと探るつもりはない。あいつ自ら話してくれるときを待つとしよう。ーーそ、それよりルクスよ。お前この後雑用の依頼は請け負っていなかったはずだな?」
「え、まあ……はい」
……どうしたんだろう?
ルクスはそう思いリーシャに聞き返した。リーシャはすっと息を吸って、胸を張った。
「じゃ、じゃあ追加依頼だ。そのーー今から私に付き合ってくれ」
♢
「もう!お兄ちゃん遅いよ!」
控え室から出たあと、急いで部屋へ私服に着替えに行き、集合場所である門の前まで駆け寄るとそこには既にイリアが頬を膨らませて待っていた。
「ごめんごめん。ーーよし!それじゃあ買い物行くか」
「お兄ちゃん違うよ。デートだよ! デート。そこ間違えたらダメ」
「そんなデートの部分を強調しなくても……」
「そんな事より、早く行こお兄ちゃん」
そう言うとイリアはシルクの腕に絡みつくように抱きつく。そのとき大きくはないがけっして小さい訳でもない膨らんだ柔らかい感触が腕に感じる。
「お、おい、イリア……!」
「どうしたの?」
胸が当たってるんだが……と言おうとしたが、イリアの顔を見てやめる。その顔はわざとやっていると、言わんばかりの顔をしていたからだ。だがそんな顔もすぐに変わり、頬を赤らめ身体をもじもじとさせる。
「……お兄ちゃんも、わ、わたしのこと女の子として感じてくれてるんだね……?」
頬を赤くし、潤んだ目で上目遣いされドキッと、心臓が跳ね、顔がイリアと同じように赤く染まる。
「それは……あれだ。胸を、そんなに押し付けられたら、たとえ妹でも気になるっていうか……」
「わたし…ね、嬉しいの。お兄ちゃんに少しでも女の子として見てもらえて……」
さっきまでの照れとは違う嬉しそうで、それでいてどこか寂しそうな雰囲気だった。
そんな雰囲気を晴らすため、シルクは早くに行動へ移す。
「ほら!デート行くぞ!このまんまじゃ、時間がなくなるぞ」
「きゃっ!? お、お兄ちゃん、急に引っ張らないでよ〜」
これで終わりと、イリアの手を握り引っ張るようにして歩き出す。文句を垂れるイリアだが繋がれた手を嬉しそうに見つめながら、先を歩くシルクの元へと駆けて行く。
♢
城塞都市、クロスフィード。
その中央にある一番街区は、日の出から夜更けまで、人々の賑わいが止むことはない。
入団の模擬戦があったため、日は既に沈み始めたが、まだ日差しが強い夕刻。人通りの多い整備された大通りをシルクとイリアは歩いていた。
「そう言えば、お兄ちゃんは『騎士団』に入れたの?」
イリアの問いにシルクは笑顔で頷く。すると、パァーと、イリアの顔が星のように輝く。
「おめでとう!『騎士団』に入るなんて……やっぱりお兄ちゃんは凄い!!」
「ありがとう」
自分のことのように喜んでくれる姿にシルクも嬉しくてつい街中というのを忘れて頭を撫でる。
「はぅ〜。……くすぐったいよぉ」
我慢するように目をギュッと閉じている。その姿が小動物のように見え、ますます可愛がってしまう。
だから、周りの視線に気づくのが遅れた。
『ヒュー。お熱いカップルだな』
『彼女の方、スゲー可愛いな』
『彼氏の方も凄くカッコいい!』
『お似合いだな』
『いいな〜。幸せそう』
二人は遠巻きに、そして遠慮なく突き刺さる好奇の視線に少し耳まで赤くなる。
「お、お兄ちゃん!は、早く行こ」
「あ、ああ。そうだな……」
今度は逆にイリアに手を引かれて、この場から逃げるように立ち去った。
「ここが外だってことすっかり忘れてよ……」
未だに顔の熱が引かない様子のイリアは俯いたままシルクの手を握ったまま深呼吸をして心を落ち着かせていた。
「俺も忘れてたよ。今後は気をつけないとな」
「……うん」
「ほら、いつまでもここにいないでいろんな店見て回ろう」
街の至る所から何か食べ物のいい匂いが漂ってくる。リリアがどこへ行こうか?と、悩んでいる途中、横から「キュル〜」と、可愛らしい音が聞こえてくる。
「〜〜〜〜〜〜〜!」
横を見ると再度顔を赤くしたイリアがお腹を手で押さへて蹲っているイリアの姿があった。
「お腹が空いたのか?」
「…………うん」
シルクがそう聞くと、控えめながらも小さくこくりと頷いた。
「ははは。そっか、ならさっさと何か食べ物を買うか」
それを聞いたイリアは立ち上がり、シルクの腕に抱きつき、顔を隠すように胸に埋めた。