『ーー顕現せよ、神々の血肉を喰らいし暴竜。黒雲の天を断て、《バハムート》!』
先に神装機竜を召喚したルクスが、神装《暴食》を発動し、敵の機竜使いたちを次々と落として行く。
ベルベットがルクスの黒い神装機竜を見て、何かに気付いていたが、もう遅い。今更慌てようが、騒いだところで何も覆らない。数百といたはずの機竜が気付けば半分に減っていた。
旧帝国軍はその光景を唖然と見つめている中、シルク・グランフェルトは空を駆る漆黒の神装機竜を見て、ニヤリと笑った。
「こうしちゃいられない。早くしないとルクスに全部持って行かれちまう」
シルクは腰に差すもう一本の機巧殻剣に手を伸ばし、そして引き抜く。
キンッ! と、鋭い音を空気中に響かせる。その音を聞いたレオンハルト等の意識が一斉に引き戻され、音の発信源であるシルクに視線が戻った。
レオンハルトと視線が合う。シルクは軽く笑うと、汚れ一つとない機巧殻剣を一度振り払い、詠唱を開始する。
「ーーッ! 奴を止めろォオオ!」
レオンハルトがいち早く危険を察知し、そう指示を出すが、時すでに遅し。シルクは言葉を発していた。
「ーー君臨せよ! 天の覇者たる白き龍の皇帝。神々を喰らい覇を示せ《アルビオン》!」
瞬間、光の粒子が高速で集まる。
そしてそれは、白龍の形を成し天へ吠えるように飛翔する。
その光景に誰もが圧倒される。
現れたのは、白。
例え闇の中であろうと輝く、一切の曇りも陰りも見せない白きもの。
「接続・開始」
大きく羽ばたく白龍が、シルクを覆うように全身を包んで行く。
そこには、背中から八枚の光の翼が闇夜を切り裂く如く、神々しいまでに輝きを発しっている機竜があった。
「さて、俺もそろそろ行かせてもらおう。早く帰らないと、妹が心配するからな」
《アルビオン》を纏ったシルクが言う。それを聞いたレオンハルトの表情が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……い、いまさら神装機竜を使ったところでーーーー」
レオンハルトが何か言い終える前に、シルクは動いていた。
《アルビオン》の翼がより一層、輝くと、空を斬るようにしてその場から飛翔した。
その速さは人が極限の集中状態の中でも視界に捉えることが難しいレベル。そんな速度を、呆然としていたレオンハルトたちが反応できるわけもなくーーーー、
バキン!
「ーーえ?」
突如、四機の装甲機竜がバラバラに弾け飛んだ。
装甲の両腕と腰に差してある機巧殻剣。
両肩にある幻創機核を除いた装甲が一瞬にして四機も破壊された。
「な、に……!?」
やられた男たちの目には、見えなかった。何が起きたのか。いつやられたのか。何もわからず、ただ地面へと落下していった。
そしてレオンハルトも何がどうなったのかわからず、立ち尽くしていたが、すぐに周囲を見渡し始めた。
が、一向に見つからずじわじわと焦り始めるレオンハルト。そんな彼に追い打ちをかけるように、またも四機が破壊された落ちて行く。
「ど、どうなってやがる……ッ! 姿は見えないのに次々とやられて行く!」
姿が見えず、未知の恐怖と戦うレオンハルトは戦場だと言うのにイライラを隠せずいた。
冷静さを欠いたリーダーの部隊は崩れやすい。先ほどまで陣形を組み、連携で動いていた部隊が、隊長が狼狽して指示を出さないせいで陣形は崩れ、どうすればいいのかわからず空に浮かんでいるだけだった。
更に原因がわからない迎撃を受けて、完全に浮き足立っていた。
その様子を、シルクは遥か上空で見ていた。
決定的な大きな隙。シルクはそれを見逃さず更に追撃をかける。
「行くぞ、《アルビオン》」
シルクの言葉に答えるように、翼が輝き出す。
シルクはまたも高速で空を切る。
《アルビオン》の持つ大剣を構え、機竜を追い越す瞬間に装甲を破壊して行く。
そして、レオンハルトを追い越すとシルクは《アルビオン》の翼を大きく広げて、静止する。
「……白い、神装機竜……。まさか、お前は……」
怯える彼らの目には、白き龍が空に君臨する絶対な王者と写っていることだろう。
しかし、自分が気圧されていることが我慢できなかったのか、レオンハルトだけは虚勢を張る。
「……『白き英雄』の話なんて眉唾だっ! たった二機だけで三千もの機竜を落とせるはずがない! それにやつは男だ。神装機竜なんてそう長く使えないはず! 時間を稼いで、弱ったところを叩けっ! ーーーーッッ!?」
レオンハルトが指示を出し終えたと同時にシルクは《アルビオン》を加速させ、レオンハルトがギリギリ反応できる速度の一閃を放った。
レオンハルトがギリギリの所で反応し、シルクの大剣を何とかブレードで受け止めた。
シルクは突き放すのではなく、自らつばぜり合いに持って行き、必死に大剣を受けるレオンハルトに言う。
「余所見している余裕があるのか? 今のお前に」
それは先ほどレオンハルトがシルクに言った言葉。だが今は完全に立場が逆転していた。
やり返されたレオンハルトはというと、あまりの屈辱に顔を真っ赤に染めて、鬼の形相でシルクを睨んでいた。
「ち、調子に乗りやがって……!」
押し込む力が強まる。完全に怒りで我を忘れているようだ。
シルクは込められた力を大剣をスライドさせ流した。急に押し返す大剣が消えたことで、レオンハルトは機竜ごと前のめりに傾く。
決定的な隙に、しかしシルクは攻撃することなく、レオンハルトの背後に飛翔する機竜使い達を攻撃する。
やはり、誰一人シルクのスピードについて来れずに、何もわからないうちに落とされて行く。
青白い光で高速に飛び回る《アルビオン》は、空に突如現れた稲妻のようだった。
三十機、四十機、五十機ーーーー。
増援で来ていた旧帝国の機竜使いも、その数を半分にまで減っていた。
いや、その半分も、既にルクスの《バハムート》によって破壊されていた。
そして、そのルクスはクーデターの首謀者であるベルベットと対峙していた。
(さすがルクス。さて、こっちももう終わらせるとするか)
と、シルクがルクスからレオンハルトに目を向けようとした瞬間。
「クソがぁあああああああああああッッ!!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶレオンハルトがいつの間にか眼前に迫りブレードを構えていた。
怒りに任せた雑な動き。《神速制御》のような繊細な動きは無く、避けてくれと言わんばかりの大振り。
シルクは大剣をただ構えて受け止め、
「無駄が多すぎる」
キンッ! と、大剣を払い押し返した。
「クソがぁ……。どうして男のお前が、そんな長時間も神装機竜を操作できる……!」
忌々しいものを見る目で、睨みつけるレオンハルトは肩で息をしている。もう、機竜を操作できるのも時間の問題だろう。
「敵にわざわざ教えるわけないだろ」
「はぁ、はぁ……、へっ、そうかよ!」
吐き捨てられた言葉と同時に、レオンハルトがエネルギーを最大に使用し、瞬間的にシルクとの差を詰めた。
一矢報いるつもりなのだろう。小細工なしに真正面から放たれる《神速制御》。
怒りに燃えているが、これが最後と決めたレオンハルトの内心は冷静だった。感情に任せた大振りでなく、敵を沈めることを意識した最速の一撃。
その一閃は、今日見た《神速制御》のなかで一番鋭い。
これなら狙い通り、一矢報いることはできるだろうと、レオンハルトはそう思っていた。
しかしーーーー、
「《アルビオン》」
シルクが自身の神装機竜の名を呼んだ刹那。
「Divide!」
《アルビオン》から音声が発せられた。
途端に、レオンハルトの纏う機竜が急停止した。
「な、なにっ!?」
《神速制御》が途切れ、前につんのめりにシルクの脇を通り過ぎて行く。
シルクに背中を無防備に晒すことは、この状況下では敗北を意味する。
しかし、今すぐ振り返ろうにも機竜が一切反応しない。
「これは……貴様の神装か……ッ!」
憎悪のこもった瞳で睨んでいるレオンハルトに、シルクは淡々と頷く。
「そうだよ」
そして、無防止に晒されている背中に《神速制御》で三箇所を破壊する。
装甲、機巧殻剣、幻創機核。
機竜を機能させる急所を的確に、そして確実に破壊し、レオンハルトは空から落ちていった。
落ちて行く最後まで、レオンハルトの瞳には憎悪が宿っていたーー。
♢
「はぁ……。やってくれましたね。兄さん……」
「でも、私はお兄ちゃんが死にそうになるくらいなら使って欲しいって思うから。お兄ちゃんが使うって決めたなら反対しないよ」
一方、城塞都市に戻ってきたノクトに頼んで、一緒に城壁の外に出たアイリは深々とため息をついて、イリアは嬉しそうに、その戦場を見据えていた。
アイリとイリアはノクトの《ドレイク》に抱えられている。アイリはルクスの使う機竜の出力と可動限界を間近で把握するため、イリアも同じような理由でノクトに無理を言って連れてきてもらったのだ。
「何が起こっているのですか? ルクスさんに、シルクさんは……。あの白と黒の神装機竜はーー?」
普段冷静なノクトが声を震わせて尋ねる。
神装機竜の存在もそうだが、本来機竜への適性が低い男の二人が、それを十分に使いこなしていること。
そして、ルクスの襲い来る敵軍を一瞬で撃墜する、不可解な動き。シルクの、目で追うことすら出来ないほどの超光速の動き。
「……ノクト。今から話すことは他言無用でお願いしますね?」
「Yes. 従者の一族、リーフレット家の誇りと、我が主に誓って」
ノクトが頷くと、アイリは深呼吸をひとつして、話し出す。
「あれが、兄さんです。帝国最強の機竜、《バハムート》を駆る、最強の機竜使い。五年前のクーデターで、三千機の帝国軍機竜を破壊した二機の内の一機ーー『黒き英雄』」
「そして、あれが私のお兄ちゃん。神装機竜の名前は《アルビオン》。帝国の三千機を破壊したもう一機ーー『白き英雄』」
「ーー!?」
それを聞いたノクトは目を見開いた。
「《暴食》(リロード・オン・ファイア)ーーあれが《バハムート》のもつ神装。その能力は圧縮強化、十秒間の魔法です。先の五秒間、対象に流れる時間を数分の一に減少し、後の五秒間で、数倍にまでに加速する。これが《暴食》です」
「そして、お兄ちゃんーー《アルビオン》の神装は《半減》。触れたものの力を十秒ごとに半減し、半減した力を自らの糧にする」
二機の神装を聞いたノクトは呆然とする。しかし、ひとつの疑問がノクトを我に返らせた。
「ですが、先ほどシルクさんが神装を使ったとき、相手の機竜は動きを止めたように見えましたが?」
「それは簡単だよ? お兄ちゃんが相手のエネルギーを奪ったことで、相手の機竜は、動くために必要なエネルギーを消失したってことだよ」
イリアに続き、アイリも口を開く。
「『神速制御』を使うには十分なエネルギーが必要です。レオンハルトは既に消耗していたエネルギーを半分も奪われ、無理に『神速制御』を使おうとしました。まあ、即決に言えばガス欠ですね」
この説明にノクトは納得がいったらしく、何度か頷いていた。
三人はそのまま戦場へと目を向ける。無事に帰ってくることだけを祈って。
「へ〜。あれが私のライバルなの〜」
「「「ーー!?」」」
突如聞こえてきた声に、アイリたちは即座に振り向く。
そこにはーーーー
リーシャの《ティアマト》よりも赤く、どことなくシルクの《アルビオン》に酷似した神装機竜がそこに佇んでいた。
「……あ、赤の神装機竜……!?」
アイリが心底驚きの声を上げるが、気にした様子もなく、ただ《アルビオン》を纏ったシルクを熱のこもった目で見ていた。
「さすが私のライバル、神装機竜を完全に扱っているの〜」
声からして女の子ということはアイリたちはわかったが、太陽の逆光で相手の素顔が見れない。
だが、この少女がいま、笑っているのは確かにわかった。
「さあ、私のライバルに挨拶しに行くの〜」
少女はそう言うと、その場から飛びたった。
アイリたちはそれをただ、見送ることしかできなかった。
♢
「……残るは幻神獣だけか」
待機していた幻神獣の群れはレオンハルトがやられてから、自由に動き始めた。
「ちょこまかとウザいな」
シルクは幻神獣たちの上へ浮上し、手を広げ幻神獣たちへ向ける。
「いくぞ、《アルビオン》」
シルクがそう呟いたのと同時に、背中にある光の翼が巨大に伸びていく。
「『Half Dimension!』(ハーフ デェメンション)」
宝玉からの音声とともにまばゆいオーラが周囲に広がり、多数の幻神獣を覆う。
グバンッ!
と、地にある大きな瓦礫などが一瞬にして半分になる。半減の領域が幻神獣をその空間に縫いくける。
「ギィィイイイイ!!」
「これで終わりだ!」
シルクは大剣に膨大なエネルギーを集中させる。レオンハルトの部下から奪ったエネルギーや二十体以上の幻神獣からの力を奪い取った《アルビオン》のエネルギーは有り余っていた。そのエネルギーを余すことなく大剣に注ぐことで、大剣は大幅にでかくなる。
それは、二十体以上の幻神獣をいっぺんに滅せるほどの大きさ。シルクはそれを容赦なく振り下ろした。
轟音とともに幻神獣のほとんどが消滅し、その下の荒野には隕石でも落ちたのか? と思うほどの大きな穴が空いた。
すこしやり過ぎたと思ったが、気にせずに残りの十体を蹴散らそうと、動き出した瞬間。
ドン!ドン!ドン!
と、次々に幻神獣が撃ち落とされていく。
砲撃が飛んでくる方向へ視線を向けると、そこには《アルビオン》とそっくりの機竜が、肩の部分に大きなキャノンを二つつけて、幻神獣を撃ち抜いていた。
シルクは直感的に感じ取った。
あの赤い神装機竜は間違いなくーー。
『おい、もしかしてあいつが俺の……?』
シルクは《アルビオン》へと語りかける。
『そのようだな。あいつが今代のお前のライバルだ』
シルクは近づいてくるライバルを観察するように見る。だが、これからのライバルの姿を見て、シルクは開いた口が塞がらなくなった。
「初めましてなの〜! ペルシアはね〜、ペルシア・ローレンフロストっていう名前なの〜。よろしくなの〜」
そんなシルクの様子を無視して自己紹介を始める少女、ペルシア。黄金に輝く金色の髪が腰のあたりまで伸び、ひらひらと風に揺れている。
空のように蒼く光る瞳がシルクだけを捉えていた。
そして容姿だが、シルクはこれに驚いた。
ペルシアと名乗った少女、その姿はどこからどう見てもまだ十歳ぐらいの小さな女の子だった。
「あれ? 様子が変なの。もしかして、ペルシア、何か間違えた!?」
全く反応のないことに、ペルシアは慌ててしまう。
「……はっ!ご、ごめん。俺のライバルさんがまさか十歳くらいの女の子なんて思わなかったから……」
シルクはまだ動揺したままで、少し、言葉がぎこちなくなってしまった。
「ううん。別に大丈夫なの!それに見た目で判断したらダメなの! ペルシアこれでもとっても強い方なの」
「ッ……!?」
ペルシアの気配、顔つきが一瞬でガラリと変わる。天真爛漫な女の子から、戦士の顔つきに……!
「……彼女を見る限りあの幼さである程度神装機竜を使いこなしているな」
『まだお前の方が上とは言え油断するなよ』
《アルビオン》からの忠告に、当然だと頷く。
シルクは感じ取っていたのだ。
彼女は……ペルシアは既に目覚めている。
あの破壊の力に……。
いくら通常が優っていようがあれ一つでこちらが殺される可能性は高いーーと言っても、それはシルクも同じことだがーー。
対峙し合う二人。
赤龍帝と白龍皇。
出会えば即、殺し合いが始まると伝承がある中で、シルクは考える。
(正直、今ここで赤龍帝との宿命の戦いを始めるのはメリットがない。だけど、白龍皇としては戦うのが当然……)
宿命からは絶対に逃れられない。
しかし、それは必ず合えば勝敗を決めないといけないと言う意味ではない。
つまり、シルクはここで戦わないという選択肢を取れるわけだが……、
(ペルシアちゃんはどうなんだろう。俺としてはぜひやめてもらいたい所だが)
ここは新王国の領土内だ。学園も近くにあり、多くの生徒たちが集まっている。その中には当然、クルルシファーのような留学生や、貴族の出の娘たちがいて、ここで赤白対決を始めようものならまず間違いなく新王国は世界の地形から消える。それはつまり、赤白対決は新王国の滅亡を意味していた。
互いに対峙し合う間に、シルクの頬に一筋の雫が流れる。彼女次第で戦況が大きく変わる上に、新王国の危機となる。
それだけは回避しなければならない。
シルクはどんな状況にも対応できるようにしていたが、対峙するペルシアの表情が途端に破綻する。
「今日はね、戦いにきたわけじゃないの〜。ただ、ライバルに挨拶してきなさいって言われただけなの〜」
「挨拶……それは誰に言われたの?」
「それはナイショなの〜」
楽しそうに、人差し指を唇に当てて、しぃ〜と漏らすペルシア。とても愛くるしい仕草だが、シルクは赤龍帝の彼女に指示出しした人物が気になった。
赤龍帝に指示を出せるということは、そいつはとんだ大物だ。気になって尋ねたが、当然答えてもらえるわけなく、ペルシアは無邪気な子供の笑顔を振りまいて、
「またね! こんどあったときは戦うの! バイバイなの〜!」
天使のような笑みで元気よく手を振って飛び去っていくペルシア。普段なら、あの笑顔にほっこりしているはずだが、シルクは深いため息をこぼす。
「あんな小さくて可愛らしい女の子が俺の宿命のライバルね」
『戦い辛くなったか?』
「正直に言えば、な……。だってよ、俺たち……と言うよりお前たちの戦いってどちらかが死なない限り続くだろ? つまりは俺が生き残るためには彼女を殺さなくちゃいけないってことだ。……人を殺めるなんて今更のことだが、ああも年端のいかない少女となるとどうしても手が止まっちまう」
だが、それ以上に忌避しているのは、イリアを思い出すからだ。
まだ幼い頃の彼女も、今のペルシア同様の笑顔を浮かべてよく兄のシルクに抱きついて、甘えてきたーーそれは今も変わりはないが、当時はまだ恥じらいがなかった分、遠慮がなかったーー。
故にだろう。こうも、ペルシア・ローレンフロストとの勝負に否定的なのは。
『シルク、お前の気持ちもわからんでもないが、やらなければこちらがやられるだけだぞ?』
そんなことシルクには分かっている。《アルビオン》も同然、そのことは理解しているだろうが、言葉にすることでもっと明確に意識付けたかったのだろう。
「ガァァアアッ!!」
生き残っていた幻神獣が、空に佇んだままのシルクに狙いを定め襲いかかってきた。
『シルク!』
「……分かっている!」
悩んでいても仕方がない。そう結論付け、シルクは思考を即座に戦闘用に切り替える。
翼を輝かせ、振り下ろされた腕をすんでのところでかわす。腕が宙を切り、生まれた一瞬の合間に、大剣にて幻神獣を真っ二つに切り裂いた。
幻神獣は絶命し、空から自然落下を始め、最後に地面との衝突音を響かせた。
「考え事は後回しだ。こっちは終わったからルクスの手助けにーーっと、もう終わったか」
ルクスの手助けに行こうと、今だけ前向きな気持ちになり、翼を広げた途端、『騎士団』の歓声が微かに耳に入り、シルクは即座に状況を把握した。
旧帝国、幻神獣、全てがシルクとルクスの手によって倒され、終わったのだ。見れば、ルクスは神装の使いすぎか、《バハムート》の接続を解除してリーシャにもたれかかっていた。
♢
旧帝国を退けてから一週間以上がたった。
『騎士団』から負傷者は出たものの、重症な傷を負った学生はひとりもいなかった。これは幸運とも言えるだろう。
今では、怪我を負った『騎士団』の皆も治り、普通に生活している。そのことにシルクはほっと安堵する。
「お兄ちゃん!」
「イリア……、どうした?」
元気よく抱きついてくるイリアを優しく抱きとめ、尋ねる。
「あのね、今から学園長室に来てって、クルルシファー先輩がお兄ちゃんにって」
「そっか、わざわざありがとな」
そう言い、イリアのさらさらした白髪を撫でる。
「んっ……別にいいよ、このくらい。それより、ほら!早く行こう」
「お、おい!わかったから引っ張るな」
「あははは。お兄ちゃんがぼーっとしてるからいけないんだよ?」
シルクは元気よく笑うイリアの顔を見て、この笑顔を守れて良かったと、心から安堵した。そして気づけば、シルクは兄の手を引くイリアを引き寄せ抱きしめていた。
「きゃっ!な、なに!?どうしたのお兄ちゃん!」
「いや、何でもない。ただこうして後ろから抱きしめたくなっただけ」
「えへへ。嬉しいな〜、お兄ちゃんから抱きしめてくれるなんて」
「イリア……。お前は俺が絶対守る。だから、俺の前からいなくならないでくれよ」
普段のシルクからは、絶対に聞くことのない声。それはどこか、何かにすがりつくように弱々しい声だ。
イリアは自分を抱きしめている手が震えていることに気づき、そっと、手をかぶせる。
「大丈夫だよ。私は絶対にお兄ちゃんの前からいなくならないよ? それよりも、私的にはお兄ちゃんの方が心配。みんなの為ならどんな無茶なことしそうだし」
冗談ではなく、イリアは本気で言っているようで、シルクは笑って誤魔化した。
「もう!笑って誤魔化さないでよ!こっちは本気で心配なんだから〜」
「ごめんごめん。だけどーー」
シルクはイリアの首にかかっているネックレスを手に乗せ、
「これがある限り、絶対に俺は帰ってくる」
安心させるように笑う。
「じゃあ、お兄ちゃんはこれが無くなったら帰ってこないの?」
「そんな訳ないだろ?俺はきちんと戻ってくるさ。あの時、広場で誓っただろ?」
「ッ!? は、はぅ〜〜〜」
イリアはその時のことを思い出したのか、茹で上がったタコのような顔色になる。
「う〜〜って、こんな事してる場合じゃないよ!お兄ちゃん、早く行こう!」
そう言ったイリアは、さっきより強く手を引き、早足で学園長室へ向かった。
♢
シルクたちは学園長室の前まで足を運び、扉をノックしようと手を上げた。
中に人の気配がいくつもあり、自分が遅かったのかもしれないと、申し訳なく思った瞬間、
「シルク! そこどいて!」
帝国侵略の際、一緒に戦ったルクスが、勢いよく走ってくる。シルクは言われた通り扉から一歩横にズレて、ルクスに道を譲った。
そして、
「どういうことですか、レリィさん!?」
バン!
と、扉を両手で開いたとき、
「正式入学おめでとう!ルクス君、シルク君!」
小さい歓声と共に、ぱちぱちと割れんばかりの拍手が巻き起こる。広めの学園長室には、レリィの他に、クルルシファー、フィルフィ、アイリ、三和音の三人に、他のクラスメートたちが集まっていた。
何のことかわからず、シルクは目を点にしていると、最後に入ってきたリーシャが説明をしてくれた。
どうやらシルクとルクスは、城塞都市と、ひいては新王国を守ったことへの感謝。そして、このまま学園に残り、力になってほしい。との事らしく、最後にルクスはリーシャから、シルクはクルルシファーから、まだ完全に治っていないが《ワイバーン》の機攻殻剣を渡された。シルクはそれを受け取ると、「はい」と力ずよくリーシャの、そして学園長の要望に頷いた。
ルクスもリーシャから機攻殻剣を受け取り、この学園に残る道を選んだ。
二人が残ると言ったところで、学園長室はさらに盛り上がりを見せた。
「お兄ちゃん。良かったね」
いつの間にか隣にいたイリアが、涙を流しながら嬉しそうに微笑んだ。そんなイリアをシルクは抱きしめ、目から流れる涙をそっと拭う。
「ああ、そうだな。これで、本当にいつでもイリアと一緒にいてあげられる。守ってあげられる」
「……うん! うん! 私も、お兄ちゃんとずっと一緒にいれることになって本当に嬉しいっ!」
イリアはシルクの胸に顔を押し付けて、背中には手を回しぎゅっと、抱きついた。
そして、その様子を見ていた皆にシルクがからかわれたのは言うまでもない。
次回からクルルシファー編に入ります。