第1話 日常
「やっと帰ってこれた。今回の任務は少しキツかったな」
そう呟いた者は、今回の任務報告のため、この国の王に、会いに行く途中だ。
見た目は16歳か17歳くらいで、身長は平均より高く、腰には白い剣がぶら下がっている。話し方でわかる通り男である。
少年は大きな扉の前まで行き、その扉をコンコンと、ノックする。すると、向こうから返事が聞こえる。
「どなたですか?」
中から女性の声が聞こえる。
「先日から女王陛下の命により、任務へ行っていたシルク・グランフェルトです。任務報告に参りました」
少年ーーーシルク・グランフェルトは扉の向こうの人物へそう返す。
「シルクですか。少々お待ちください」
扉が開かれシルクは、一礼して、扉中へ入る。
部屋の一番奥に一人の女性が座っていた。
「お疲れ様です、シルク・グランフェルト」
女性は、この新たな国の女王陛下。
シルクは国のトップ直々に任務を与へられていて、その任務を終わらせ帰ってきたとこなのだ。
「いえ、気にしないでください。私はこの新王国に、そして女王陛下に忠誠を誓いました。ですから、必要なときはいつでも私にお任せください」
「そう言ってくれると助かります。だけど、あまり無理しないでくださいね?あなたは、この国の“切り札”なのですから」
そう、今女王が言った通りシルクは、この国の“切り札”なのだ。もしこの国が本当の危機にさらされたときの軍事力として。政治としても“切り札”となりえる。
女王へ任務報告を済まし、少し雑談していた頃。女王はその途中に、シルクにひとつ提案する。
「ねぇ、シルク。あなた、明日から学校へ通ってみない?」
「学校……ですか?」
「そ、名前は『王立士官学園』」
「何故、今頃なのですか?」
「実は、あなたに話が来てるのよ。『王立士官学園』の学園長から」
「学園長から?」
シルクは学園長からと聞いて訝しんだ。
「ええ。なんでも、王都のトーナメント戦であなたの試合を見ていたらしくて、是非、学園に通って欲しいって」
「…………」
シルクはそれを聞いてどう答えたものか?と、黙り込んでしまう。
「迷っているなら行きなさい。この学園に通うことはあなたの為になる。ーーーあなたの会いたい人とも会えますしね」
「ん……?聞こえなかったが……、ま、いいか」
最後は聞き取れなかった様子だが、シルクは気にしなかった。
♢
任務報告を終えたシルクは、今日は休むため帰宅した。部屋には机と本棚、そしてベッドがあるだけのシンプルなものだ。
帰ったシルクは、まずお風呂に入り汗を流す。ここ数日依頼のため一度もお風呂に入れず、濡れタオルで体を洗うことしかできなかったため、早く汗を流したかったのだろう。
お風呂から上がると、朝食を作り、食べ終わるとベッドへダイブし、仰向けに寝転がった。
「はぁ〜、疲れた体にベッドは気持ちいなぁ」
シルクは疲れた体をベッドに沈め、大きなため息をひとつし、脱力する。
暫くすると、部屋の開いた窓から何やら大きな機械に身を包んだ者が多く目に入った。
あの機械は装甲機竜『ドラグライド』
装甲機竜とは、十数年前から遺跡で発見された古代兵器。本体と機攻殻剣(ソード・デバイス)で一対の状態になっており、機竜を召喚できる。
中には神装機竜というのもあって、それは世界に一種類しか存在しない希少種で、汎用機竜を遥かに上回る性能と、神装と呼ばれる特殊能力を持っている。最近の研究で機竜の適性は男性よりも女性の方が高いことがわかっている。そして、装甲機竜を使う者は機竜使い(ドラグナイト)と呼ばれている。
ちなみに、シルクも神装機竜を持っている。朝、腰に差していた白い機攻殻剣がそれだ。
シルクは依頼の疲れが溜まっていたのか、一瞬で意識を手放し、眠りについた。
♢
その日の夕方。
起きたシルクは気分転換に町へ出掛けようとした。腰には二本の機攻殻剣を差して。
その道の最中、何やら複数の誰かが言い争っている声が聞こえてきた。声が聞こえるほうへ視線を向ける。
すると少し離れたところに制服を着た女子たちを囲むように立っている王都の兵士がいた。
「何やってんだ?あいつら……」
仲良く交流しているようには見えない。その逆、既に一触即発の雰囲気が漂っていた。
しかし、自分たちで対処するか。そう思っていたシルクはそのまま立ち去ろうとした。
だが、その想いとは裏腹に、言い合いは苛烈していき、とうとう男の一人が自分の前にいる女の子を殴った。殴られた女の子は尻餅をつき、口の中を切ったらしく、血が出ていた。それを見ていた周りの生徒は恐怖で萎縮してしまった。
その様子を見た男共はいい気になり、萎縮したことをいいことに、女生徒たちを罵声し、口汚く彼女たちを罵り、しまいには土下座しろ!などの言葉も口にしていた。
流石にここまでくればシルクも無視しておくことは出来ない。
シルクは未だに女子生徒たちを罵っている男共へ声を張り上げた。
「お前ら!何をやっている!」
王都の兵士がその声を聞いた瞬間、兵士たち全員、顔を真っ青にし、冷や汗がダラダラと流れ、皆一斉に動きを止めていた。
女生徒たちは新しい男が来たことにより一層萎縮してしまった。
シルクが近づくと兵士が道を譲るように退いていく。それを気にすることなく、先程の殴られてまだ地面に座ったままの女生徒の前まで歩き、手を差し出す。手を差し出す際、彼女の目は涙を溜め、体が震えていた。
殴られたばかりで、男が怖いのだろう。シルクは安心させるためにニコリと笑い、そっと手を取り、立たせた。その際、女生徒は顔を赤くしていたが、そのことにシルクが気づくことはなかった。
立ち上がらせた後は、ハンカチをポケットから取り出し、渡した。渡された方は、首を傾げていた。いきなりハンカチを渡されて困っているのだろう。シルクは指で口元を指す。そこで自分の口から血が出ていることに気づき、ハンカチを渡された理由がわかり、またも顔を赤くしてしまう。今回はそれを見たシルクだが、首を傾げるだけだった。
「もう一度聞くが、お前らは何をしていた?」
次は静かに、しかし、威圧するかのように言う。兵士たちは、先程までの勢いはどうした?と、言いたくなるほどビクビクと震え、縮こまっていた。
だが、それは仕方ないだろう。シルクは月に一度行われる王都の公式模擬戦で無敗を誇り、他者を全く寄せ付けない卓越した剣技から『無敗の剣聖』と呼ばれ、新王国では凄く人気のある人物だ。それに加え、女王の頼みで依頼のない日はほぼ毎日、王都の兵士に稽古をつけている。
彼ら兵士たちにとって、公式模擬戦で無敗を誇り、時間のある日は稽古をつけてもらっているシルクは、敬意する人物でもあり、同時に恐怖の対象でもあった。
女子生徒を殴り飛ばした男が、顔を引きつらせ、体を震わしながらオドオドと口を開く。
「い、いや、その……こ、これは…………」
「これは?何だ?」
「ヒッ!……これは……その、あの……」
男は完全にビビって話すことができないでいる。「はぁ」と、ひとつため息つき、周りを見る。周りの者は自分は関係ないと言わんばかりに、顔をそらし黙っているだけだった。
その様子を見てシルクは顔をニヤけさせ、言った。
「ま、お前たちがやっていたことは見ていたから知っているんだがな」
その言葉に、我関せずと決めていた兵士たち全員の心は、
((((((((なら聞くなよ!))))))))
今だけ、ひとつになった。
同じくそれを聞いた女の子達も、
((((((((ならもっと早くに助けてよ!))))))))
と、心の中でひとつとなったが、どちらもシルクが、知る由も無い。
シルクは真顔に戻し、兵士たちを叱咤する。
「どういった経緯でこうなったかは知らんが大の大人が寄ってたかって女の子を殴り飛ばすなんて……、お前たちは恥ずかしくないのかッ!この大バカ野郎ども!そんなことしてる暇があるなら訓練でもしてろ!何なら今からしろ!これは命令だ!いや、罰だ!さあ、行ってこい!」
最後に訓練所へシルクは指を向ける。兵士たちは皆、「今からは、ちょっと……」「流石にしんどいぞ」「そろそろ夕食の時間なのに……」
と、数多くの文句の声が上がる。だから「罰だ」この一言でシルクは全員を黙らせた。
最後に「行け」と言うと、兵士たちは一斉に訓練所へ走り去っていった。
「これは何事ですか?」
兵士たちが見えなくなった頃、後ろから一人の女性が歩いてくるのがわかった。
現れたのは金髪碧眼の少女だった。彼女は女子生徒たちを一瞥したのちに、シルクへ視線を向ける。その目はシルクを糾弾するかの様に鋭く、敵意のこもった目だった。
「貴方ですか?あの子たちに手を出したのわ」
より一層目つきが鋭くなり、腰に差してある機攻殻剣を抜き、構える。流石にこんな展開になるとは思ってもみなかったシルクは、慌ててしまう。だが、そんなシルクを御構い無しにレイピア型の機攻殻剣で、突きを放ってくる。
「ん……っと」
しかし、慌てたと言っても一瞬。シルクも自分の機攻殻剣を腰から抜き、難なくと相手の突きを払う。
「なッ……⁉︎」
まさか自分の剣がこうも簡単に弾かれるとは思っていなかったであろう少女は、目を見開いた。だが、少女はすぐさまシルクから距離を取る。そして、もう一度仕掛けようとしたところで近くにいた同じ学園の生徒に呼び止められた。
「せ、セリスさん!その方は私たちを助けてくれた方です」
その言葉にセリスと呼ばれた少女は、一度構えを解き、シルクを見る。
シルクはすぐさま首を縦に降る。それを見たセリスは半信半疑の様子で、次にもう一度自分を呼び止めた少女を見る。すると、そこにいた少女たち全員がシルクと同じように首を縦に降った。
それを見たセリスは、いきなりシルクへ頭を下げた。
「すすすすみません!貴方が学園の生徒たちに危害を加えたと勘違いをしていました!!」
セリスが頭を下げたことで周りにいた者たちは騒然とした。シルクはそれを無視し、セリスに話しかける。
「頭をあげてください。それに、謝らねばならないのはこちらの方です。先に手を出したのはうちの者です。……ですから、こちらこそ本当に申し訳なかった」
この場にいる全員に向かって頭を下げる。セリスたちは突然目の前で頭を下げられ、狼狽している。特にセリスは一番反応が良く、一人、慌てふためいていた。
その様子が可愛かったのでつい意地悪したくなった。
シルクは更に謝罪すべく、土下座をしようとした。その様子にセリスは、
「ちょっ!や、やめてください!土下座なんて、別に私たちはもう大丈夫ですから!」
見事に欲しかったリアクションをしてくれたのを見て、シルクは笑ってしまった。
「え?い、いや、なに笑っているのです!」
「いや〜、だってあなたの反応が……くくく」
自分がからかわれたことに気づいたセリスは顔を赤くした。
「か、からかったのですね!何故そのようなことをするのですか!」
「いやだって、あなたの反応が可愛かったから……つい」
シルクがそう言うと、セリスは顔をより一層赤くし、
「か、かわいい……。はっ!こ、ここれもからかっているのですか!そうだとしたら許しません!」
「今のはからかったわけではありませんよ。あなたは綺麗です。先程のからかわれたとわかったときの顔なんてすごく可愛かったですよ」
シルクは満足!と言わんばかりの笑顔でそう言い残し、この場を去った。
だがシルクは、去る自分の背中を、セリスが顔を赤くしたまま睨みつけていたのだが、気づくことはなかった。
♢
「う〜〜〜!」
セリスは、先程のことを思い出し一人、顔を赤くしベッドの上で悶えていた。今まで一度も「可愛い」「綺麗」なんて言われたことがなかった。いや、両親には言われたことがあるが、同年代ぐらいの異性から言われたことがなかったため、セリスは今とてつもなく恥ずかしかった。しばらくシーツに顔を埋めていると、少しは落ち着いたようで、セリスは今日のことについて振り返った。
振り返るのは、ちょっとだが、剣を交え、そして最後に私をからかって行った少年のことだ。
セリスーーセリスティア・ラルグリスは新王国の有数な四大貴族で、ラルグリス家の長女であるためいろいろな作法を学んできた。当然武術も学んでいる。その中で特に剣技に腕を磨いてきた。それこそ同年代の男にも負けないほどに。しかし、今日剣を交えた少年は、その私を遥かに上回る程の腕を持っていた。一合しただけでわかる程に、セリスとあの少年には差があったのだ。
「私と近い年であそこまで強いなんて……わたしもまだまだですね…………ですが」
そこでセリスは両手に力を入れる。
「いつか必ず、貴方に追いつき、そして追い抜いてみせます」
静かに、しかし力ずよくそう心に誓った。
それからセリスはその後のことも思い出してしまい、また一人ベッドで悶えるのだった。