「それでは新王国第一王女リーズシャルテ対、旧帝国元第七皇子ルクス・アーカディアの、機竜対抗試合を、これより執り行う」
シルクたちが演習場へ入る少し前、模擬戦は開始された。
周囲を円状に石壁で囲い、中には土を敷いた広いリングがある。その中央でリーズシャルテとルクスは対峙していた。このリングは旧時代のコロシアムを彷彿とさせる形になっている。
そして、観客席には強靭な格子が張られ、生徒の機竜使い数名が、常に障壁を展開して守っており、巻き添えの心配はない。
周りを見渡すと、相当な数の女子生徒と、教官までもが、この私闘を見に来ているようだった。
「何で、こんなに人が集まってるんだろう……」
大勢の学園関係者に見られ、ルクスは緊張する。
「理由を知りたいか?ルクス・アーカディア。私が何故お前に戦いを挑んだのか」
「………それは僕が旧帝国の王子だから?」
(それとも裸を見たから?)
旧帝国は百年以上も圧政を敷いてきた。その生き残りの王子を新王国の姫が叩きのめす。
確かに傍から見れば、目を引く見せ物になるだろう。
だがーーーー
「わたしに勝ったら教えてやる」
「えっと。戦いの前に、確認してもいいかな?」
「何だよ?怖じ気づいいたか?今更命乞いは見苦しいぞ」
「命乞いって……、僕を殺す気だったの!?……じゃなくて、その、引き分けだったら、ここ勝負はなかったことにしてくれませんか?」
その一言を聞くと、リーズシャルテの雰囲気が変わった。
「ふっ、私の気のせいか?……この期に及んで、寝言が聞こえた気がしたのだが」
「寝言じゃなくて、僕は本気でーー」
「そうか。なら、いいぞ?」
審判役の教官が、ルクスを促した。
「ルクス選手、接続の準備を!」
ルクスはこしから機攻殻剣を抜く。
二本の色違いの鞘からひとつ、その白い鞘から、
「来たれ、力の象徴たる紋章の翼竜。我が剣に従い飛翔せよ、《ワイバーン》」
詠唱符を唱え、《ワイバーン》を呼び出す。
「接続・開始」
機竜は、装甲を開きルクスの体を覆う。
頭、両腕、肩、腰、両脚、そして、翼、武装。
機竜と同じく遺跡より発掘された装衣は、幻創機核から、エネルギーを効率的に伝導させ、通常の障壁とは別に、表面からも強力な障壁を発生させる。
竜を模した機竜は、ルクスと一体化するよう装着され、本人の二倍以上大きい。
「何だ?そのもうひとつの剣はただの飾りか?」
「ッ……!?」
ルクスは眼を見張る。
リーズシャルテの体が見たことない、赤い機竜に覆われていた。
汎用機竜と呼ばれる三種、飛翔機竜、陸戦機竜、特装機竜とは、全く外見が異なる。
汎用機竜の《ワイバーン》より巨大な赤い機竜。
「新王国の王族専用機。神装機竜ーー《ティアマト》。この機竜は、そこいらのものとはわけが違うぞ?」
両者が機竜を展開したことを確認し、審判役の教官が頷く。
ぴりぴりとした緊張の空気、それを破るように、甲高いベルの音がリングに響く。
「模擬戦、開始!」
♢
演習場に入ると、既に激しい攻防が始まっていた。よく見ると、ルクスの機竜が所々壊れていた。
「へぇ、あれがリーズシャルテ様の神装機竜《ティアマト》か」
ルクスが汎用機竜に対し、リーズシャルテは神装機竜だ。
汎用機竜より巨大で真っ赤。そして、《ティアマト》の周りに十六機の宙に浮いている兵器。これは《ティアマト》の付属装備の何かだろう。
神装機竜は汎用機竜を遥かにしのぐが、その分、精神力と体力の消費、操作も桁違いだ。神装機竜は国から認められたものしか使うことが出来ない。つまり、《ティアマト》を扱うこと自体が、無二の才能と弛まぬ努力の証明だ。
「あっちゃー。もう無理だよ!《ティアマト》の付属装備の空挺要塞《レギオン》なんて出しちゃ、勝負になんてならない!先生に言って止めさせないとーー!」
普段は軽い調子の少女、ティルファーも、さすがに慌てたように言う。
他のノクトとシャリスも同じように慌てていた。
「まさか、こんな戦いが起こってしまうとはな……………済まない、ルクス君」
このままでは、敗北はもとより、命の危険すらある。
ノクトが模擬戦を止めるよう言ったが、そこで、アイリが止めた。
「その必要はありませんよ」
その言葉にシルク以外の三人が驚いた。
「リーズシャルテ様の《ティアマト》……並みの汎用機では数十秒保つかでしょうね。だけど……兄さんは負けませんよ。それこそ……私たちにも背負うものがありますから」
指を今戦っているルクスへ向ける。
そしてーーーーー
「強いですよ。覚悟を決めた兄さんは……」
自信満々に言い切ったアイリに、三人が模擬戦のほうを見た。
「アイリちゃんの言う通りだよ。ルクスはこの程度じゃ倒せない」
今まで黙っていたシルクは、食い入るように見ている三人に言う。
「というより、このままじゃ、間違いなくリーズシャルテ様はルクスを倒すことはできない。それに、リーズシャルテ様は今感じているはずだよ、『無敗の最弱』の本当の意味を……」
「『無敗の最弱』の本当の意味?ただ勝ちもしないし負けもしないから『無敗の最弱』なんじゃないの?」
言われたことの意味がわからず、ティルファーは首を傾げて問いかける。
「うん。確かにどんな戦いでも勝たないし負けないから『無敗の最弱』なんて呼ばれている。けどね、本質はそれだけじゃないんだ」
「うん?他にも理由があるのか?」
この質問はシャリスから。
「はい。『無敗の最弱』と呼ばれる所以は………どんなに攻撃して装甲を壊そうが、障壁の出力があと僅かだろうが“倒しきれるイメージが湧かない”んですよ」
「?倒しきるイメージが湧かない?」
わからなかったのはティルファーだけでなく他の二人も一緒だったようだ。
「こればっかりは実際に戦ってみないとわからないよ」
それだけ言うとシルクは模擬戦へ意識を移しす。
リーズシャルテが、少し焦っているのにシルクは気づいていた。
『無敗の最弱』という意味を身をもって知っただろう。
模擬戦終了まであと三分。それまでにルクスを倒すことは難しいだろう。この模擬戦は引き分けに終わると結論ずけた。だが、その結論を出すには早すぎた。何故なら、リーズシャルテが《ティアマト》の神装を使ったからだ。ルクスは地面に伏せるような体勢で、倒れていた。
どうやら《ティアマト》の神装は重力制御のようだ。
七つの竜頭《セブンスヘッズ》を向けられ、終わった。誰もがそう思っただろう。
だがーーー
突然《ティアマト》が傾いた。それと同時にルクスへかかっていた重力の効果も消える。
あれは、『暴走』だ。
リーズシャルテも、ここで暴走するとは思っていなかったのか、どこか焦った様子だった。
何とか《ティアマト》を制御下に戻し、上昇して斬りかかるルクスへ狙いを定めるリーズシャルテ。
二人が激突する瞬間、そいつは現れた。
キィイイイエエエエエェェエアアアッ!
戦っていたルクス、リーズシャルテはもちろんこの模擬戦を見に来ていた者全員が、演習場の高い空から、突如現れた人ならざる闖入者に目を向けた。