機竜使いが敵として警戒するのは、同じ機竜使いだけではない。
幻神獣(アビス)。
十余年前、機竜が発見された遺跡から時折現れるようになった、謎の幻獣。その種類は無数にあり、見つけた人間、動物を容赦なく襲う。
獣とは違う、尋常ならざる強さと、特殊能力。故に、ほとんどの大国が遺跡の近くに城塞都市を厳重に置き、機竜使いを配備して、不測の事態に備えている。
この城塞都市も王都と遺跡の間にある、防衛拠点も兼ねた都市なのだ。
だがーーーー
「きゃああああぁ⁉︎」
「な、何でこんなところにいきなり幻神獣がーー!しかも二体なんて!」
「あれって……本に載ってたガーゴイル型!どうして警報が鳴ってないのよ!」
「落ち着け!下級階層の生徒は機攻殻剣を抜くな!まとまって、校舎へ待避しろ!」
観客席の女子生徒たちから悲鳴が上がる。士官候補生とはいえ、実戦経験のある生徒は少ない。そして、幻神獣は出現率は低いが、機竜使いの数倍の戦闘を備えている。
観客席の障壁を張るために配備されていた生徒の機竜使い八名ですら、この未曾有の出来事にまるで動けずにいた。
「一体、何が……?」
女教官のライグリィは、生徒をまとめつつ上空を睨み、機攻殻剣に手をかける。
幻神獣は肉食動物に似ていて、攻撃を仕掛けたものに反撃し、逃げようとした獲物を追う傾向がある。
迂闊に手を出せば、幻神獣が反応して観客席に攻撃を仕掛けるかもしれない。
故にライグリィは判断を迷った。
だが、そのときーーーー
ギイイアアアイイイエエェエアアアア!
翼人のフォルムを持つ機械型の幻神獣の一体が、吼える。
同時に翼から光弾が演習場の観客席へ降りそそぐ。
「ッ…………⁉︎」
教官と生徒たちが、息を飲んだ、その刹那。
ルクスがガーゴイルへ斬りかかった。
♢
ガーゴイルが光弾をばらまき、ルクスがそれの軌道をそらし、周囲に無数の爆発が起きた直後。観客とその周囲は恐慌と混乱に包まれていた。
「ねぇ、抜剣の許可はまだ下りないの⁉︎は、早く逃げるか、戦わないとーー」
「救援はまだなの⁉︎警備隊は何をしているのよ!」
「ど、どうして三年生が演習なんかに行ってるこんなときに……!」
「全員よく聞け!帯剣している生徒は全員抜剣だ!剣を持たない生徒の壁になれ!的の始末はこちらでやる。今は絶対幻神獣に手を出すな!」
初めて目の当たりにした実践に、狼狽える女子生徒たち。それを離れて眺めながらシルクたちは集まっていた。アイリは体が弱く、文官志望であるため、機攻殻剣と装甲機竜を持っていない。イリアも同じで、文官志望であるため、持っていない。シルクはガーゴイルと戦っているルクスを見ていて、機攻殻剣を抜く気配がない。故に、残った三人はシルクたち三人を守るように、上部に障壁を張っていた。
「やれやれ、やはりまだ候補生らしく、皆さん突発的な騒動には弱いんですね」
アイリが周囲を見回しつつ、ため息をつく。
それを聞いたシルクは苦笑いを浮かべた。
「厳しいね、アイリちゃんは」
「yes.ーーーですが、無理もないかと。幻神獣と汎用機竜で戦闘する場合、最低上級階層の使い手が三名、中級なら7名が必要。下級なら十名以上で、撤退か拠点防衛のみの交戦が可能と言われています。ましてや、不意を突かれたこの状況ではーー」
「確かにね」
シャリスは周りを見渡して同意する。
「それより、ルクス君。大丈夫かな?」
ティルファーの不安げな呟きに、シャリスも頷いた。
「『無敗の最弱』……。確かに防御には優れているようだが、幻神獣二体を相手になんて無理だ」
上空を見ればガーゴイル二体とルクスが交戦している。流石に二体は無理なようで、ルクスは完全に押されていた。だが、流石『無敗の最弱』と言うべきか、普通なら一人では相手にできないと言われている幻神獣を二体も相手してまだ負けていない。
「……仕方ないか」
ジッと、上空の戦いを見ていたシルクはルクスを助けるために腰にかけてある二本の機攻殻剣のうち、王都で使っていた《ワイバーン》に手を伸ばす。
だが、伸ばした手を誰かが掴んだ。その相手はシルクの腕に抱きついていたイリアだった。
「どうしたイリア?手を離して欲しいんだけど……」
突然手を掴んだイリアに怪訝な顔を向ける。
イリアは顔を俯かせたまま、掴んだ手を離そうとしない。
「イリア。今はそんなことしてる場合じゃない。早く行かないとルクスが危ない。だから早くこの手をどかしてくれ?」
再度問いかけるが、イリアは手を離さない。
それを見たシルクは無理やり離そうと、腕に力を込めた。刹那。
「いやぁぁぁああああああ‼︎‼︎」
絶叫にも似た声がイリアの口から発せられた。
突然の叫びに周りの生徒たちの視線が一斉にシルクたちに集まった。
「ダメッ!絶対にダメ!もうお兄ちゃんは絶対に私から離れないないでッ!!!」
整った綺麗な顔をくしゃくしゃにし、涙を流しながら、イリアはシルクの手を強く握りしめた。
「……もう、お兄ちゃんと離れるなんて……やだよ…………」
さっきとは違い、か細く、そして壊れそうなほど弱々しい声だった。今まで聞いたことのないイリアの叫びにシルクは唖然としていた。いや、シルクだけでなく女子生徒たち全員だ。
誰も口を開かない。今聞こえてくるのはイリアのすすり泣く声と上空で戦っている轟音だけだ。
少しの間、口を閉ざしていたシルクだったが、ゆっくりと手を強く握っているイリアの手に被せた。
手が重なり合ったとき、イリアの手が震えているのに気づく。何故、少しの間離れるだけでここまで取り乱すのかはわからない。だが、今はイリアを宥めるのを優先した。
「顔を上げて、イリア」
震えているのにイリアを落ち着かせるように優しく声をかける。
「………………」
ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、不安そうに揺れている。
「大丈夫だよ。俺はいなくならない。絶対にイリアの前からいなくならないから、だから、安心してくれ」
イリアの目をしっかり見つめながら、力強く言う。しかし、イリアは駄々をこねるように首を激しく横に振る。
「そう言ってお兄ちゃん、四年前私の前からいなくなった! お兄ちゃんと私が小さいとき、ずっと一緒にいるって……約束したのにッ‼︎」
「ッ!?…だけど、四年前……あのときはーーー」
「わかってる!お兄ちゃんは悪くない。あの時は仕方なかった……私たちではどうしようもなかったから。……でも、結局はお兄ちゃんは私の前からいなくなった。だから、この手を離したらまたお兄ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって……それが怖いの」
イリアは、シルクの言葉を遮り、自分の思いを口にした。
シルクは、重ねていた手をどかし、首元へもっていく。そして首にかかっている銀色のネックレスを取り出し、イリアへ見せる。
「イリア。これ、何だかわかるか?」
「それって…………私がお兄ちゃんの誕生日にあげた…ネックレス」
シルクはイリアの手を取り、ネックレスを渡した。
「え…………?」
突然ネックレスを渡されたイリアは意味がわからず、ネックレスとシルクを交互に見ていた。
「それはな、俺の宝物なんだ」
「ッ…………!?」
目の前でイリアは目を見開き、息を呑む音が聞こえてくる。
「俺の宝物をイリアに預かっててもらいたいんだ」
「預かる?」
イリアは首をかしげる。
「ああ。さっきも言ったがこのネックレスは俺にとっては大切な宝物なんだ。だから大事に持っておいてくれ」
「どうして?大切なら…宝物なら自分で持っておいたほうがいいに決まってるよ」
イリアはネックレスを握ってある手を前に出す。だが、シルクはそれを受け取らず、イリアに言った。
「俺は、そのネックレスだけは何があっても必ず取りに戻ってくる。お前が俺のためにくれた誕生日プレゼントだからな。だから、そのネックレスをイリアが預かってくれたら、俺は必ずイリアのもとへ帰ってくる。だから安心して、もう絶対にイリアを一人にしない、寂しい思いをさせないから」
それを聞いたイリアは、ボロボロとまた涙を流して、
「……うん。お兄ちゃんを信じる。だから、絶対に帰ってきて」
泣き顔を隠すように、シルクの胸へ顔を押し付けるようにして、イリアは抱きついた。
シルクも抱きしめ返し、慰めるよに頭を撫で続けた。
「あの〜、私たちのこと忘れてませんか?」
「うわっ⁉︎」
「ひゃっ!?」
周りのことなど完全に忘れていた二人は、突然話しかけられ、慌てて声の方へ振り向く。
そこには、ジト目で見ているアイリと、ニヤニヤしているシャリスとティルファー。そして、無表情だがどこか楽しそうな雰囲気を出しているノクトがいた。他にも、緊急事態というのに、周りの女子生徒たちも暖かい目でシルクとイリアを見ていた。
「いや、すごい。いいものを見させてもらったよ二人とも」
「禁断の兄妹愛かー。なんかいいね!」
「Yes.私はイリアを応援しますよ」
「ーーーえッ!?いや、そんなんじゃない!」
今までのやりとりをを見守っていた三和音たちが、口々にそう言って、シルクは顔を赤くする。
が、すぐに真剣な顔つきになり、三和音の三人にイリアを預ける。
「イリアのこと頼めるかな?」
「ああ、私たちに任せてくれ。君の妹には傷ひとつつけさせないさ」
シルクはシャリスの返答に笑みを浮かべて頷く。そして、今度こそ機攻殻剣を抜き、機竜を召喚する。
「来たれ、力の象徴たる紋章の翼竜。我が剣に従い飛翔せよ、《ワイバーン》」
「接続・開始」
「お兄ちゃん!」
ルクスの援護へ行こうとしたが、直前でイリアに呼び止められる。
「……その、い、いってらっしゃい」
さっきまでの泣いていた顔ではなく、満面の笑みで言うイリアに、
「行ってきます」
シルクも笑みを浮かべて、そう言い、幻神獣へ向かって飛んでいった。