もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

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アオイの手記

 この手帳はかつてささやかな手記の成果、いわゆる日記として使われた物だ。けれど長い月日の間に彼はこの手帳を喪失したと認識している。

 

 しかし、どんな運命の悪戯か。

 

 その手記は、ある時、彼の所蔵本の隙間に入り込み時に図鑑を借りるつもりで開いた者の前に現れ、またある時は、教書をつかんだ書棚からなだれ落ちた本のなかで一冊だけ開いていたり。それは誰かの前へ現れ続けた。

 

 そしてそれを見つけた彼らは、中身を認め誰が決めたことでもなくひっそりとペンを執った。

 

 所有者に見つからないことを祈る者あり、いずれ見つかることを期待する者あり。誰もが不確定で未知数の未来に思いを馳せながら手帳を閉じた。

 

 そしてこの現在において確実なことはただ一つ。頭をひねるほどもない。目をこらすこともない。ただひとつの事実とは。

 

 その手記の行方は誰も知らない、というだけである。

 

 

 

 

『アオイの手記』

 

 

 

 

 私とて物書きのはしくれだ。

 

 小説はぽつりぽつりと心の整理の心算で書いているだけだが経験の足しになると考えて、この日記の1ページ目から私の友人や知人について紹介しておこう。……ということでまずは私が私の紹介をするべきだろう。他人を語るのもまずは自分からと相場が決まっているらしい。

 

 私の名前はアオイ・キリフリ。

 イッシュ地方シッポウシティの研究室に勤めていた。とある事故をきっかけに脚に怪我を負っている。リハビリもしたが動かないのは精神的な問題なので肉体に依拠する意味はあっても結果はついてこれなかったようだ。これは私の【黒く塗りつぶされている】だろうか。いいや、ヒロイックに美化するのはやめよう。私らしくない。……さて前向きな話をしよう。車イスはなかなか使い勝手が良い。動きが不自由なのは仕方がないが自動で動く椅子と考えれば作業効率とストレスが軽減しているのかもしれない。立ち上がり座るのは手間だった。機械は得意分野ではないがそのうちこの椅子を弄っているのも楽しいかもなんて、ね。効率なんて呆れてしまう。もう研究員でもないのに私は何を考えているのだろう? 同じことを繰り返すのであれば【文字は乱雑に消されている】

 そうだ。ヒトモシのミアカシさんの紹介もしておかなければならないだろう。ノボリさんからもらった「むじゃき」なヒトモシ。私の大切な相棒になっている。彼女がそばにいてくれるだけで私は満足なのだけど生まれたばかりの彼女はそれでは満足できないだろう。だから私は毎日のように頭を悩ませている。それが幸せと呼べることのひとつだ。彼女の――便宜上「人生」と呼称する――それが満たされることを私は願っている。

 

【後年に書き足された記述】

 あなたは良い研究者だ。どうか自信をもってほしい。そして良い友人だよ。どうか疑わないで欲しい。あなたと言葉をかわすだけでわたしは宙にも舞う心地になれるのに。あなたはそうではない。あなたの声を聞くだけでわたしは無知から救われるというのに。あなたはそうではない。それが悲しい。それは空しい。わたしの感動はあなたへ伝わらないのだ。わたしの感情をあなたは理解しないのだ。あなたはわたしを振り返らない。憎らしい、友情を信じない人よ。疎ましい、いずれ裏切る人よ。けれど私こそ声高々に謳おう。あなたの人生に幸いあれ。そして私こそ色鮮やかに描いて見せよう。あなたの未来に光あれ。君はこの項に戻ってくることはないのだろう。誰も、君も私も彼も彼女も再びこれを見ることはないのだろう。だから私は書き記す。――友情は慈しむもの。友情は美しいもの。友情は育むもの。いずれ【インクがにじみ読み取ることができない】。

 

 

 

 さて、次の登場人物に移ろう。

 パンジャ・カレン。私の友人だ。…………親友だ。

 

【後年に書き足された記述】

 ちょっと短すぎるんじゃあないですかね? いえね、あなたと彼女の関係だ。ぼかぁ口を出す筋合いなんかないですけどね。ものの価値を失ってから気付くようじゃ僕もあなたもまだまだ二流、三流ってハナシですよ。まあ! 直接顔を合わせないからこんな偉そうなこと言えるんですけどね! あはははは!――僕はあなたに関して運命に祈ればいいのか神に願えばいいのか分からない。僕個人の小さな感傷は「あなただって幸せになってもいい」と言う。けれどそれと同じ程度には「まだ不幸が足りない」とも言う。僕は残酷でしょうか。僕はあなたに何を告げればいいのか分からない。けれど黙っていることもできなくてペンを執っています。あなたは何を選ぶのでしょうか。それが正答なのでしょうか? そもそも正答とは何ですか? どうせ主観で正誤は違える、イッシュとシンオウの我々が共通史観が持ち得ないように。――先生、僕は悪いことが分かります。けれどその正対にあるはずの正しいことが分からないのです。あなたの幸せって何だったんですか。それは【こすると消えるインクで書かれており消された形跡がある】でやらなければならなかったことなのでしょうか。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 さてさて、次の人物に移ろう。

 コウタ・トウマだ。今はバトルサブウェイに勤めている。価値観はあまり愉快ではないが私の友人だ。困っている時には必ず手を差し伸べてくれるあたりがとても良い人間の証明だと思う。趣味趣向も価値観も大きく違うのにどうして会話をしていて苦痛ではないのだろう。思い当たることはひとつだけだ。「ポケモンのことを大切に思っているから」。その一点の理解だけで私はその人のことをすっかり理解している心算になっているのだろう。今のところそれで不具合は生じていないのでこれで良いのだと思う。私は彼の平穏を祈っている。

 

【後年に書き足された記述】

 お前ってメンドクセーやつだよなぁ。友人関係にいちいち分析求めるかよ。求めるんだろうな、お前なら。知ってるけどよ。……まあ。なんだ。お前がこれを見るかどうか分からないが頭も肩もカチコチだと疲れるぜ。力は適度に抜けよな。元気になったら畑の世話でもしてろよ。じゃあな。せいぜい元気でいてみろよ。

 

 

 

 あとは、そうだ。お世話になっている人の紹介をするべきだろう。

 ハクタイに来てからお世話になっているチャチャさん。ハクタイ生活支援センターに勤めている彼女は毎週火曜日に食材や日用品を届けてくれている。重い買い物の荷物を持って彼女のルカリオは「れいせい」らしい。

 私は人間とポケモンの関係を、ポケモンを導く良き隣人でなければならないという信条を持っている。そのためチャチャさんとルカリオの関係は私にとって興味深いものだ。どちらかが前。どちらかが後ろ。そう歩むことなく隣に寄り添って歩けるのであればそれは人間とポケモンの関係はさらに近しく親密なものになるのだろう。良い関係が続くことを私は祈っている。……さっきから私は祈ってばかりだ。私なぞ嫉妬の塊だと思っていたが素直に幸せを願う心の余地はまだあるらしい。おお、なんと幸いなこと。

設定画/

【挿絵表示】

 

 

【後年】

 アオイさんはむつかしいことを考えるのね。人間とポケモンの仲が良いことは良いことだと思います。わたしとロコンもずっと一緒にいられたらいいのに。べつに、わたしがどこかへ行く予定があるわけじゃないけれど……避けることのできない別れだってあるでしょう? 「さよなら」は嫌いだわ。でも「さよなら」があるから「おかえり」も言えるの。――今だけは変な子って言ってほしい。アオイさんはこんなわたしをきっと子どもらしくないって笑うのかしら?

 

 

 

 

リリ・リーン/

【挿絵表示】

 

 隣の家に住む可愛い少女。小さい子どもは相変わらず苦手だが、彼女は……とても良い子だと思う。このまままっすぐ育って欲しいと願わずにはいられない。

 

【後年の書き足された記述】

 君が子どもを目にかけるとは意外なこともあるものだ。とてもいい子なんでしょうね。いつか会ってみたいな。

 

 

 

ヒイロ・キリフリ

 私の母親。あなたは今、どこにいるのか。以前はカントーだと聞いた。今もそこにいるのだろうか。そこで何をしているのか。

 夢のために生まれて、夢のために捨てられた私には、あなたのことが分からない。いつか理解できる日を夢見ることさえ辛い。あなたは生涯、私を省みることはないのだろう。

 

【後年の書き足された記述】

 それでも、私は生まれる前から愛していた。




(後輩ズ/
【挿絵表示】

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