もしもし、ヒトモシと私の世界【完結】   作:ノノギギ騎士団

10 / 107
友人

 四角区切られた天井を見上げる。リビングのある空間は、一部が吹き抜け構造になっている。そこから空からの光を受けることができる。

 

 そこから降り注ぐ、真っ白な朝の光を見上げていた。朝は好きなほうだ。静かで、人間の気配がしない。目を閉じて耳を澄ませば近くの森からポッポが鳴く声が聞こえてくる。

 

 故郷シッポウシティの朝も好きだった。

 

 ピッと手にしたモバイルが音を立てて、アオイを現実に引き戻す。

 

(コウタ……)

 

 パンジャではない。そのことに落胆を覚えてしまう。

 

 苦手な人というのは確かに存在する。何が苦手なのか。そう問われたらアオイは「価値観」だと答えるだろう。

 

 何事にも積極的で場の雰囲気を明るくしてくれる、そんな彼のことをアオイは苦手に思っている。とはいえ、嫌いなわけではない。異なる価値観を持つからといってそれをいちいち排斥していては成長は望めない。受け入れないが、認知はしておこう。アオイはどんな価値基準にも一定の敬意を払い、理解努力をしている。

 

 脚が動かなくなってから長らくふさぎ込んだ自分に親しく声を掛けて気遣ってくれたことに感謝もしていた。

 

 そんな彼が来るらしい。嬉しいという気持ちと、惨めな気持ちが一混じり、メールの文章を読みながらジリジリと腹底を焦がされるように落ち着かなくなる。まるで逃避したように見られはしないのだろうか。アオイは体面を気にする性格なのである。

 

 ヒトモシのミアカシが膝によじ登って腹を叩いた。もちろん、痛くない。どうしたの? と訊ねたようである。

 

「私の友人が、最近来るんだよ」

 

 それを、どうしようかと思ってね。

 実際、行為を無下にするわけにはいかないので受け入れるつもりなのだが、感情がついていかない。

 

 一日中思い悩んでも何か良いことがあるわけでも無し、アオイは食事の準備を始めた。朝のうちに散歩をしておきたい。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 食事を作る際の約束事がある。普段、肉でも野菜でも一本のペティナイフで済ませている。刃と柄が一体化したナイフの一種である。とても衛生的でアオイは気に入っている。

 

「これ、触ったらダメだよ」

 

 これは刃物である。ゴーストタイプに物理って……等と言ってはいけない。危ないものはヒトでもポケモンでも危ないのである。

 

 一方のミアカシといえば、モシィ、と返事はするものの、生返事で珍しそうに見ている。ちょっと、信用ならないな、とアオイは一計を案じる。

 

 シャープナーで数秒研いでから、ニンジンを取り出す。

 

「いいかい、よく見ててごらんね」

 

 腕を一杯に上げてまな板の上に横たわるニンジンの真上からナイフを落とした。ザクッと湿った音がして、ニンジンに突き刺さった。

 

「これは、とても痛いからね。くれぐれも触らないように」

 

 今度はちゃんと返事があった。こういうものは予め説明すべきだと思う。

 

 しかし、料理中、ミアカシをモンスターボールの中に入れておくという発想が無い辺り、アオイはいつも車イスの収納箱にあるはずのボールの存在自体忘れかけていた。

 

 野菜を適当な大きさに切ってから鍋に入れる。ぐつぐつ、と音を立てる様子は調理台にいるミアカシの方が良く見えるだろう。

 

「ちょっと、ストップ。調理台には上らないこと」

 

 その代わりに足の長い椅子を出してやる。これなら大丈夫だろう。

 

 同時に煮だった鍋にダイブする可能性も無くはないが、ほのおタイプらしく、湯気がかかるのは嫌そうにしているので大丈夫だろう。

 

 追加で固形調味料と香辛料を入れる。サラダはさっき手でちぎったやつにドレッシングをかけて、主食はパンである。

 

 頃合いを見計らって、よそってくる。

 

「では、いただきます」

 

 ミアカシはポケモンフーズである。人の食べ物は塩分諸々多すぎる。

 

「今日は……」

 

「モシ?」

 

「散歩しつつ、買い物して、それからお仕事しますかね」

 

 朝食で今日一日の日程が決まる。チャチャが来る日は、決まっているのでそれ以外は研究書類の整理と執筆作業とネットで出来るバイトである。

 

 今日のように、散歩が入る時もある。

 

 午前中の穏やかな時間が過ぎれば、アオイは机にかじりつく。

 

 カタカタと忙しくキーボードを叩き、数字を入力していく。退職金や貯蓄があるからといって、早々にそれに手を付けるわけにはいかない。それに、郊外であれ街に近い立地である。この家の値段は意外と高くついた。1日3時間のデスクワークで1日当たり数千円、これで1日分の食費にはなる。もっと経験を積んで勝手を覚えれば、ますます効率よく作業できるようになるだろう。

 

 そんな見通しを立てて、お湯を沸かす。

 

「一緒に遊んであげられなくて、ごめんね」

 

 アオイはコーヒーブレイクにミアカシを抱え上げて言った。彼の仕事中、ミアカシはずっと家の中を探検していた。

 

 今のところアオイが行ったことのない場所は2階だけである。管理会社から2階の状態は説明されていたが、やはり自分の家としてこの目で確認してみたい。

 

 いつか機会があれば、行こうか。

 

 ミアカシが妙に自信満々の顔で「モシモシ」と言う。

 

「ふふっ、生活のためって分かってるって?」

 

 ありがとう。アオイはミアカシにそう告げると撫でた。

 

「ああ、そういえば、バトルの件ね。来週末にあるそうだよ。連れていくから、ちょっとだけ練習しておかないとね」

 

「モシ?……モーシー、モシ! モシ!」

 

 忘れかけていたようで、ポーっとしていたが、徐々に記憶が蘇ったらしく大はしゃぎをして部屋中を走り回った。

 

 相性関係を頭に叩き込んでおかなければならないな、とアオイはちょっとだけ考えていた。

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 その頃、ミオシティに1人の青年が到着していた。ボーッと低い唸りのような音を立てて船が離れていく。

 

 胸いっぱいに潮の香りを吸い込み、彼は「着いたぞーっ!」と記念すべき第一声を叫んだのである。

 

「うぉぉ! やっと着いた! 肩がバッキバキだぜ。船旅なんてな、久しぶりってもんじゃないさ。修学旅行以来? 何年ぶりだっての! 地下暮らしが長いと、こうも大変だとは……うぅぅっ!」

 

 目が痛ェ、蒼が沁みるぜー……

 

 蒼穹を仰いでハラハラと涙を流す男を気味悪がって乗客は早足で遠ざかる。

 

「よっしゃァ!」

 

 零れる涙を拭い、男は爽やかに白い歯を輝かせた。

 

「左右確認! 安全運転! さァ、ハクタイシティに向けて出発進行だぜ!」

 

 胸に留まったバッヂが陽光で銀色に輝いた。

 

 こうして、ライモンシティ:バトルサブウェイ勤務、コウタ・トウマはシンオウ地方へ到着したのであった。

 

 

 

 

 




《 あとがき 》

 価値観の違い、というのは人間関係の不和の原因のひとつだとコミュニケーションの本に書いてありました。
 誰かと話していて「なんで分かってくれないんだろう」と思うことというのは意外とあったりします。親しい友人なんかと話してしてそれを見つけてしまった瞬間、冷めてしまう……そんなことがあります。
 そのうち、「その人の性質だから」或いは「育った環境が違うから」と諦めるのもひとつの方法ですが、血の繋がりの中でそんなものを発見すると意外と思い悩んでしまう……そんなこともあります。(一般的に、同じような生活を送っている者=家族の価値観は類似する統計もあるそうです←マジかよ)
 そんなこんなで、付き合い方として「そういう人だから」と割り切ってしまうと案外、その差異が楽しく感じられることがあります。
 アオイは少年時代に、そんなことに気付き、そういう接し方が年齢の割にできるようになった人物、という設定です。
 しかし、少年時代は多感な時代です。背伸びして割り切っているつもりでも、どこかで何かが切れてしまう……そんなこともあるでしょう。
 そして今、愛と情熱に揺れ動くPassionを持て余した青年アオイの未来は如何に。

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

  • 登場人物たち
  • 物語(ストーリーの展開)
  • 世界観
  • 文章表現
  • 結果だけ見たい!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。